送ってもらったり、ご飯を食べたり、たまに一緒に出かけたり。帰り際には、軽いスキンシップを交わす。
健全といえば健全なお付き合いを続けている。枠からはみ出すことが多少あっても、銀さん曰く軽いスキンシップだ。
銀さんは、一歩ずつでいいと言った。その先に、お前が欲しいもんを探せばいいと。
急ぐ必要がないのは分かっている。だが、『その先』が分からず困っている。
唇を合わせ、抱き合って、それで――。その先はどうしたらいいのだろうか? 「セックス?」と聞いたら多分怒られるやつだ。そしてそんな勇気もない。
「――じゃあな」
帰り際、唇が離れ、身体もゆっくりと離れる。
銀さんは別れの挨拶を告げていつものように帰るのだろう。迷う――。迷ったのはもう三度目だ。
三度目の正直? そんな言葉は使い道が正しいのか。
「ねぇ、もう少しだけ一緒にいたら……ダメかな? お茶だけでも、どう?」
怒られるだろうか? 夜に男を家に上げるんじゃないと。
不安と、とんでもないことを提案したんじゃないかという羞恥で、顔が下を向く。
すぐに返事は返ってこない。やはりと思い、取り消そうと口を開く。
「……いいぜ」
降ってきた了承の言葉にほっとする。
カチャリとドアの鍵をあけ、銀さんを招き入れる。
「茶もいいけど、なんか甘いものねぇの?」
やかんでお湯を沸かしていると、銀さんが肩越しに覗き込んでくる。
「夜から不健康だよ。急須取って。紅茶と緑茶どっちがいい?」
「紅茶。ミルクと砂糖たっぷり入れて」
「結局不健康じゃん」
そう言いながら紅茶のティーバッグを急須に入れて、ミルクと砂糖を用意してしまう。
マグカップを二人分用意する。銀さんのカップにだけ、砂糖を気持ち少なめに入れて、ミルクを注ぐ。
お湯が沸くまでの間、手持ち無沙汰になる。
「座っててもいいよ?」
「いや、見てるよ」
一歩下がるのが分かった。その距離で何を見るというのか……困る。
「明日、晴れるかな」
「天気予報は晴れつってたな」
「良かった。洗濯物干そうかと思ってたんだよね、丁度」
天気予報は私も見ていた。けれど会話がなくて、そんな嘘を重ねてしまう。
空白の時間に迷ったところで、やかんが高い音を立てて鳴いた。
ほっとしながら、急須にお湯を注ぎ入れ、紅茶の色が出るのを待つ。そうして淹れた紅茶を、二人分のマグカップへ分ける。
「銀さんの分、持ってもらっていい? 熱いから気をつけて」
半身ずらして振り向くと、銀さんと目が合った。少し眠そうな目で、ずっと見ていたのだろうか?
喉が渇く。
テーブルに場所を移し、二人分の紅茶が並ぶ。一杯だけ、それできっと終わりだ。
迷った結果、でもどうしたら良いか分からず、結局は他愛もない会話をして終わるのだろう。
どうしようもなさに、情けなくなる。
「砂糖足りねぇ」
「健康に配慮した味です」
ずっ、と啜った銀さんは、紅茶に文句を付ける。
私も息を吹きかけ、恐る恐る口を付ける。
一口飲んで、火傷こそしなかったものの、その熱さにしばらく置いた方がよいと判断した。私もミルクを入れれば良かっただろうか。
けれど、その熱が冷めなければいいなとも思った。
「テレビ付ける?」
「いや、いらねぇ」
片膝をたて、そこに半身を預けながらマグカップ片手に銀さんはこちらを見ていた。
「さっきから見すぎじゃない? 緊張するじゃん」
「連れ込んだほうなのに緊張するんだな」
「言い方!」
にやりと笑う顔に、ドキドキと心臓が暴れ始める。
銀さんは視線を逸らさず、じっとこちらを見ている。
たまらず視線を逸らす。
「赤くなってる」
「それは、銀さんが!」
「俺がなに」
「……見るから」
からかわれているのが分かるのに平静を保てない。
情けなくて、なんだか無性に泣きたくなってしまった。目の奥の熱を払うように、何度か瞬きをする。
「悪ィ。ちょっと浮かれてた」
銀さんの声から、先ほどまでのからかいの色が消える。
それから銀さんはカップをテーブルに置いた。
「こっちくるか?」
「……うん」
返事に、銀さんはテーブルを横にずらしスペースを開ける。
手招きされるまま、銀さんに背を向けて脚の間に座った。
お腹に腕を回され抱き込まれる。
「これで合ってるか?」
まるで私が出題者のような言葉に、疑問が浮かぶ。
「合ってるのかな? 銀さんとこうして触れてるのは嬉しいし、温かくて安心する。でも、もっと……銀さんに触れたいなとも思うんだ。ねぇ、キス、していい?」
脚を横に流し、上半身をひねる。銀さんを見上げ、キスをねだった。
降ってくる柔らかい感触と、強く抱きしめてくれる腕に、心臓がビートを速くする。
何度か唇を合わせ、離れる。聞いてもいいだろうか?
「もっと……銀さんのことを知りたいし、私のことも知ってほしいというか。ただ触りたいだけじゃなくて……もう少し深く繋がりたいって思う時、どうしたらいいの? セックスじゃないと、ダメなのかな?」
視線の先にある銀さんの目が戸惑うように揺れた。何かを言いかけ、しばらく考え込む。
「そこでその単語が出んのがおかしいんだが……。なぁ……お前、そーいうのにどんな行為があると思ってる?」
どんなのと言われると困るのだけど。
「キス、ハグ、セックス、フェラ……チオとか?」
急に頭を胸に押し付けられ、視界を塞がれる。
溜息が聞こえた。
「亀甲縛りとか、蝋燭攻めとか、木馬? とか入れていいなら入れるけど?」
「いれるな。……お前そーいや友達いない人間だったな」
「総悟がいるもん。SMプレイなら教えてくれそう?」
「縁切りなさい今すぐ」
いや、特殊なプレイというのは流石にわかるよ? 吉原では四十八手とかなんかそーいうの聞いたけど、アレって結局セックスだよね?
皆どこでそーいう知識を付けるのだろう。
友達同士の猥談的な? 猥談できる友達がいない人間は?
「銀さん?」
「頭痛くなってきた……」
「帰る?」
「ここで帰ったら、前と同じ事故が起こるだけだろ」
頭を押さえていた手の力が緩む。
上を向くと、銀さんは悩む様子でこちらを見ている。
「別に正しい方法なんてもんはねぇよ。好きな場所に触ったり、好きな場所にキスしたり。やりたいことをやりゃあいいのさ」
疑問が浮かぶ。
「でも、それってセックスをする前にやることじゃないの? 前戯とか、愛撫とか」
「お前な……。そうかもしれねぇけど、そーじゃねぇのよ」
「違うの? セックスをスムーズにするためにするものだって聞いたけど」
「誰が言ってたんだよ」
「吉原のお姉さん」
「お前、吉原禁止。そーいう知識吉原から仕入れるの今後一切禁止します」
「じゃあ、銀さんが教えてよ」
銀さんがまた私の頭を胸元へ押し付け、こちらから顔を隠そうとしている。
銀さんの気持ちも分からなくはないよ? でも、だって、他に聞く人がいないんだもの。
「……一応聞いとくけど、お前、セックスって何するかは分かってんだよな?」
「こういうことで……」
「やめなさい」
片手で作った丸に、反対の手の人差し指を入れようとしたら止められた。
さっきから止められてばかりだ。理不尽すぎないだろうか?
「もう、情緒とかどっか消し飛んじまったけど。お前が試したいなら付き合うよ」
「銀さんもしたい?」
「この状況でお前、それ聞くのか?」
「でも、お互いがしたいと思ってするものなんでしょ?」
「なんで、そういうとこだけ……。そーだよ。してぇよ」
抱え直され、頭を押さえていた手でそのまま撫でられる。
気持ちよくて手にすり寄ると、もっと撫でてくれる。
「くち少し開けてみ。嫌だったら蹴るなりなんなりしろよ」
「うん、こう?」
薄く開いた口に銀さんの唇が合わさる。舌先が唇と口の中の境界線をなぞり、引いていく。
驚いて肩が少し跳ねてしまったが、嫌ではなかった。
だから大人しくその続きを待つ。
銀さんの舌が私の舌先をかすめ、左から右へと通り過ぎる。
上顎をなぞり、軽く舌が絡まり一度離れた。
「どうだ?」
「もっとしたい」
そう問いかける銀さんの口調は優しかったが、目の奥に情欲がちらついていた。
崩れ落ちそうな身体を支えるため、銀さんの首に手を回して口を合わせる。
ついばむようにキスをして、舌を差し出すと迎え入れてくれた。
教わった通りの順序で舌を恐る恐る入れて触れると、絡まり導かれる。
「んっ……」
鼻にかかった息が漏れるがやめたくない。
銀さんから紅茶とミルクの味がした。
なんだかそれがとても卑猥に感じてしまいもっともっとと身体が求めてしまう。
互いの口の中を舌が出入りする。私の飲んだ紅茶の味を銀さんも感じているのだろうか?
それを考えた瞬間、身体の芯から何かが溢れ出す気がした。
「はぁ……。はぁ……」
息が続かず唇がはなれる。上手く力の入らない手で、銀さんにしがみついた。
腰に回してくれた腕がなければ、そのまま崩れ落ちてしまいそうだった。
顔を銀さんの胸元に押し付け、息を整える。
宥めるように頭を何度もなでてくれた。
「落ち着いたか?」
そういう銀さんの方は、まだ落ち着いていないように見えた。細めた目は熱を残したまま、私の唇に注がれている。
どうしたらいいのだろうか?
「もっと……する?」
「お前がしたいならな」
私は――心臓がドキドキして、これ以上何かを入れる隙間が見当たらない。
「でも、銀さんは足りないんでしょう?」
素直に告げれば困ったような顔をする。
「あんまそーいう顔で見んなよ。続けたくなるだろう?」
「セックスする?」
「お前はまた」
「だって……そーいうことでしょう? 銀さんがしたいのは」
申し出を受け取らないことは分かっている。
けれど、こうなるのであれば、覚悟がないまま進めてはいけないことだったんじゃないだろうか?
頬に手を添えれば、触れるだけの軽いキスをされた。
「それだって、悪かねぇと思っちまってんだよ。だから、安心してここで終わってもいいんだよ」
「そーいうものなの?」
「そーいうもんなんですよ」
冷めた紅茶が、カップの中に二人分残った夜だった。