今日も平和だ。バイトを終えて歩いていると、道端に一人のお婆さんが重そうな荷物を下ろし、座り込んでいた。
「大丈夫ですか??」
黙って通り過ぎるのは不人情が過ぎるだろうと、声をかける。
「ああ、荷物が重くてねぇ。ちょいと休ませてもらってたんだよ。お気遣いありがとうごぜえます」
どこか上品な仕草で頭を下げる。
人通りはなく、タクシーや人力車を捕まえられる場所でもない。
幸い時間はあるし、情けは人のためならずとも言うし。色々な理由をつけて、荷物持ちの役を請け負うことにした。
小さなお婆さんが一人で持っていたものだ。大した重さではないだろうと高を括り、二つの大きな風呂敷包みをまとめて持ち上げる。
「おもっ!」
「そうでしょう。やっぱりいいですよ。あたしが持ちますから」
思わず漏れた声に、お婆さんが申し訳なさそうに荷物へ手を伸ばす。
いやいや、これは老人が持っていい重さではない。身体のどこかを痛めるのでは、と思うほどの重量物だ。
「若いんで、大丈夫です」
笑顔を貼り付けて強がる。頑張れば持てなくもないのだ。
ご自宅が遠くないといいなぁ……。という弱音を少し心の中で漏らす。
「何、運んでんだ、お前」
休憩を一度挟ませてもらおうかと考えていたところ、ばったり銀さんと出くわした。
「助かった~。ごめん、少し手伝って」
自分が請け負ったことに人を巻き込むのはどうかと思ったのだが、腕が限界である。
結局、銀さんが二つの荷物を持つことに。
一つずつにしようと言ったのだが断られてしまった。
お婆さんを前に荷物の奪い合いをするのも
「ありがとうごぜえました」
「いえいえ、こちらこそ、楽しいお話が聞けてよかったです」
温泉旅行の帰りだったそうだ。気ままな一人旅で、同居する家族のためにお土産を買いすぎたことが原因だった。
道すがら楽しい旅の話も聞けたし、徳もつめた気がする。
「ああ、そうそう、これね、旅先で買ってきたものだけど。あんた使いなさいな。恋愛成就のお守りだ」
「いいんです? ありがとうございます」
そう言って差し出したのは、ピンク色をしたつるりと丸いブレスレットだった。善意を無下にすることもあるまいと、さっそく手首に通す。
「ほれ、あんたも。腕を出しな」
銀さんに向けてももう一つ。こちらは青い色をしていた。
「いや、そーいうのはいらねぇ。アンタを助けたのはこいつだろ?」
「そんなこと言わずに、素直に受け取りなせえ。こいつは二つで一つなんだよ。あんた、この子がほかの男のところへ行ってもいいってのかい?」
「これだから年寄りは……しゃーねぇな」
銀さんがぞんざいに差し出した腕を取り、お婆さんはその手首に青い輪を通した。
「綺麗だけどなにでできてるんだろう?」
帰り道、つけてもらったブレスレットを改めて確認する。
一見すると金属のようだが、石でできているようにも見える。
見た目だけでなく、感触も不思議だった。肌に触れている輪はひやりと冷たい。それなのに、手首から身体の奥へ、澄んだ水が静かに流れ込んでくるような心地よさがある。冷たいはずなのに寒くはない。むしろ何かに包まれているようで、温かい。
そんなブレスレットは二つで一つ。銀さんと揃いだ。
銀さんのことだから、万事屋に着く前には外してしまうだろうけど、今だけこっそり楽しむくらいは許されるのではないだろうか?
「なぁ、さっきからこれ止まんねぇんだけど。そして外れねぇんだけど」
隣を見ると、銀さんのブレスレットはブブブブッと音を立て、小刻みに震え続けていた。
「健康器具?」
「恋愛成就のお守りとかいってなかったか? 健康長寿のお守りと聞き間違えたか?」
「あるいは故障?」
「お守りが故障するってどんなんだよ」
振動はともかく、外れないのは困ると引き返し、お婆さんに聞きにいったのだが、生憎と露店で売られてるものを買っただけで詳しくは知らないとのことだった。
「壊すか……」
「いや、爆発とかしたら怖くない?」
銀さんが壊そうとするのを止める。
しばらくしたら振動は不規則になり、今は収まっている。ただ、ブレスレットが外れないことに変わりはなく、このままでは不便だ。
結局、こーいうのは源外さんのところだろうと意見が一致し、『からくり堂』に行って調べてもらうことにした。
「簡単にいうとな。こいつは着けた二人が互いに向けている感情を読み取って、もう一方に流し込む装置だ。ま、一種のパーティーグッズみてぇなもんだ」
感情を読み取ってもう一方に流し込む……。源外さんの説明を聞いた瞬間、今まで感じていた清流が流れ込むような感覚が薄くなる。
これって銀さんの感情だったんだ? 薄くなったってことは意識して感情を抑えたのだろう。少しさみしい気もする。
「おい、お前、今なに考えた」
「え?」
隣を見ると銀さんのブレスレットが再び震えだしていた。
「入力された感情が一定値を超えると、そういうふうに震える仕組みだ。強すぎる感情をそのまま流し込むと危ねぇからな。安全装置みてぇなもんだ」
「へー」
「止まんねぇんだけど」
「故障じゃない?」
「見せてみろ、壊れちゃいねぇが、出力が最大だな。入力元はそっちの嬢ちゃんか」
源外さんは銀さんの震えるブレスレットをセンサーや不思議な装置を使い調べ断定する。
動揺が止まらない。
「落ち着きねぇな」
銀さんの台詞とブブブッと震え続けるブレスレットにいたたまれなくなる。
「で、どうやって外すんだ?」
「電池が切れるまで外せねぇな。無理に外すと出力した感情が逆流して頭がパーになる」
「銀さんは天然パーマだから大丈夫?」
「それに加え、中身もパーだから大丈夫な可能性もあるが、俺はすすめねぇな」
パーになる。まあ、碌なことにはならないのだろう。
「ちなみに、その電池が切れるのはどのぐらい?」
「その調子だと一週間ってところじゃないか?」
一週間――七日かぁ。
「震えがすげえことになってんだが」
なんで銀さんは器用に感情を抑えられるのだろうか。不思議だ。
「それでお揃いのブレスレットつけて帰ってきたって訳なんですか」
「新八、お揃いとかいうな。こいつの動揺がすごくてすごいことになるから」
「これ、肩に当てるとちょうどいいネ。マッサージ機能付きアル」
神楽ちゃんが銀さんの手を取り、自分の肩へ押し当てている。
「でも、単なる感情じゃなくて、もう一方の相手へ向けた気持ちなんですよね? そんなに始終震えるもんなんですか」
「新八やめろ」
「そうアル、銀ちゃんがいくら好きとはいえ、そんな風になるなんて信じられないね」
「神楽」
銀さんが二人を制止するたび、身体の奥を流れる水に細かな波が立つ。これは呆れや心配……だろうか。
それを感じながらどうして、感情を抑えることができようか。
素数を数えるべき? 二、三、五、七、十一……。
「収まったアル」
「永久機関じゃなかったんですね」
「人の感情を無限エネルギー扱いするのやめてくれる?」
会話しながら素数を数えるのは、地味にしんどいことを知った。
一方、銀さんから流れてくる感情は静かなものだ。日差しに温められた清流のような感覚。呆れれば表面に小さな波が立ち、心配すれば流れが少し強くなる。それでも、底にあるものは変わらない。
熱烈さはなく、名前も分からない。ただ、私へ向けて絶えず静かに流れている。
「ま、一週間っつってたから、その間離れてりゃあ、お互い何事もなく生活できるだろ」
「そうだね、お互い離れて……」
ブブブブッ。
「銀さん、ブレスレットが抗議してます」
「ブレスレットがなんか可哀想アル」
えっと、負の感情も流れ込んじゃうんだよね。多分。
感じる水の温度が、ほんの少し下がった。銀さんも、離れることを少しは寂しいと思ってくれたのだろうか。
ブブブブブッ
止めて欲しいな、本当に。
「脈絡なく震えだしましたね」
「本当に壊れてないアルか?」
「壊れてんのはアイツの頭だ」
ブレスレットが外れるまで、おおよそ一週間。
お互い離れて暮らそうということで合意がとれ、銀さんに送ってもらいながら家につく。
「えっと、良かったのに送ってくれなくても」
そう言うと、銀さんは無言で腕を差し出してくる。
そこにあるブレスレットは、相変わらず全力で震えていた。
「お前は頭の中はいつもこんなに騒がしいのか?」
「いや、ほら、今日は銀さんの感情が流れてくるから……」
口にした途端、銀さんから伝わっていた感覚が弱くなる。
感情の蛇口の締め方を教えてください。
「まだ震えてるんだが?」
「まあ、ブレスレットも寂しがってるんじゃないでしょうか」
「持ち主に似て往生際の悪いブレスレットだな」
「一週間も会えないそうなので」
「ブレスレットが?」
「ブレスレットが」
一週間だ。バイトと万事屋の仕事が重なれば、そのぐらい会えないことはよくあることだ。
寂しいと思うことはあっても、どうってことはない筈だ。
蛇口を締めた筈のブレスレットから、さざめくような感覚が流れ込んでくる。
「ねぇ、少しだけお願いしていい?」
「なんだ?」
「ちょっとだけ、目つぶっててもらえないかな?」
我ながら無茶苦茶なことを言っているとは思う。けれど、銀さんは何も言わずそっと目を瞑ってくれた。
腰に腕を回して抱きつく。一拍遅れて、銀さんの手が頭を二度、ぽんぽんと撫でた。
落ち着くと思ったさざめきは、先ほどより少し大きくなった。