天国には理想郷がありまして、その後   作:空飛ぶ鶏゜

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感情円環モデルと永久運動の可能性(2)

 翌日、銀時は目覚ましよりも先に、ブレスレット越しに伝わってきたキリの感情で目を覚ました。

 形容するなら、春のような温もりを持つ、どこまでも透明な川。ただし、氾濫寸前の。

 銀時は最初、機械の許容量が小さいと思ったのだが――昨日の様子だと、原因はキリにあるのだろう。

 勘弁してくれと思いながら枕元の時計を見ると、あと二十分は寝られそうだった。

 

「はいはい、おはようさん。もう少し寝かせてくれ」

 

 そう呟き、掛け布団を頭まで引っ被って目を閉じた瞬間、ブレスレットがひどく震えだした。

 

「朝っぱらから元気だな……おい」

 

 挨拶に対する返事だろうと見当はつく。自分が何か別のことに意識を向けない限り、向こうも収まりそうにない。銀時は寝直すことを諦め、仕方なく掛け布団を跳ねのけて身体を起こした。

 

「銀ちゃん、今日は早起きアルな」

 

 神楽は先に起きていたようで、定春に餌をあげていた。

 

「ふぁああ、こいつが寝かせてくれねぇのよ」

 

 震え続けるブレスレットを見せるように腕を差し出すと、神楽は露骨に顔をしかめる。

 

「チッ、朝から惚気かよ」

「なにこれ、俺が悪いわけ?」

 

 ブブッと呼応するようにブレスレットが震え、銀時は差し出していた腕をだらりと下ろす。

 玄関の戸がガラガラと開く。

 

「おはようございます」

 

 挨拶をしながら入ってきた新八に、神楽は被害を訴えるように駆け寄った。

 

「ぱっつぁん、聞いてくれよぉ。銀ちゃんが朝からブレスレット相手にしこしこやって、『寝られねぇ』とか言ってるアル」

「銀さん……無機物相手に。しかもそれキリさんのでしょう。本人に手が出せないからって、やめてあげてください」

「ちげーよ! 勝手に震えるから寝られねぇつってるだけだろ!」

「銀ちゃん、変態アルな」

「見損ないましたよ、銀さん」

「ちげーつってんだろ」

 

 弁明するたびにブレスレットが震え、そのたびに話がこじれる。どうにか二人の誤解を解いた頃には、銀時は朝からすっかり疲れ切っていた。

 歯を磨き、朝食を食べ、今日の予定を確認する間にも、振動は何度となく繰り返された。

 意識を向けると長引くことを悟った銀時は、できるだけ気にしないようにする。それでも、手首は脈絡もなく震える。

 新八はその様子を嫌そうな顔で見つめる。

 

「ずっとこの調子ですか?」

「この調子ですよ。って意識向けさせないでくんない。あー、長引くぞこれ」

 

 反応の傾向が読めるようになってきた頃、銀時は溜息をつく。

 すると控えめにブブッ――ブブッと震え始める。

 

「一応、抑えようとはしてくれるみたいですね」

「一応な」

 

 

 

 銀時は時計をチラ見する。そろそろキリが仕事へ出る頃だろう。

 ブブッと、手首が小さく震える。

 

「はいはい、わかったから。いってらっしゃい」

 

 銀時が投げやりに声をかけると、今度はひときわ大きく震え、それきり静かになった。

 

「とうとう会話できるようになっちゃいましたか」

「愛の力アルな」

「うっせー、聞こえてんぞ。ほら、俺らも仕事だ。ちゃっちゃか支度するぞ」

 

 今日、請け負ったのは倉庫の荷運び。銀時が指揮をし、神楽が段ボールを十段重ねで運び、新八が受け取る。

 

 ブブッと手首が震え、銀時は時間を確認する。

 

「ああ、昼か。おーい、一旦休憩だ」

「それ、ブレスレットというより、もうスマートウォッチですね」

「キリからの連絡が振動で届くアルよ。便利な世の中になったアルな」

「こっちはたまったもんじゃねぇけどな」

 

 昼休みのあいだ震え続けたブレスレットは、ちょうど一時間が経つと、途端に静かになった。

 

「よし、気合いれてとっととやっちまおう」

「本当便利ですね。時計いらずですよ」

 

 昼からの作業は午前中運び入れた荷物の荷解きだった。

 熱気のこもった倉庫で、三人は汗だくになりながら作業を終えた。

 倉庫を出る頃には日も傾き、心地よい風が吹いていた。

 帰り道で再び銀時の手首が震える。 

 けれど、流れこんでくる感情に濁りのようなものが混じっている。

 仕事が終わって疲れてんのか。そりゃそうだ。

 

――おつかれさん

 

 銀時がそう心の中でねぎらった瞬間、濁った水がさっと洗われるように透き通っていく。

 

「銀ちゃん、どうしたアルか?」

 

 思わず片手で顔を覆った銀時に神楽が疑問を口にする。

 

「……キリのやつ仕事終わったってよ」

「ああ、本当だまた震え始めましたね」

 

 新八の言うブレスレットからは、綺麗に澄んだ水が喜ぶように波打ちながら押し寄せてくる。

 

「俺等も帰るぞ」

「今日の夕飯何作りましょうかね。あ、今日はキリさん来ないんですよね」

「きーやん、ちゃんとご飯食べてるアルか? お菓子ばっか食べてないアルか?」

「そりゃ、お前だろう」

 

 一週間は長い。そう思うのは、流れ込んでくるキリの感情に神経がもたないからか、それとも、一人で夕飯を食うどこかの馬鹿が気にかかるからか。銀時には判断がつかなかった。

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