翌日、銀時は目覚ましよりも先に、ブレスレット越しに伝わってきたキリの感情で目を覚ました。
形容するなら、春のような温もりを持つ、どこまでも透明な川。ただし、氾濫寸前の。
銀時は最初、機械の許容量が小さいと思ったのだが――昨日の様子だと、原因はキリにあるのだろう。
勘弁してくれと思いながら枕元の時計を見ると、あと二十分は寝られそうだった。
「はいはい、おはようさん。もう少し寝かせてくれ」
そう呟き、掛け布団を頭まで引っ被って目を閉じた瞬間、ブレスレットがひどく震えだした。
「朝っぱらから元気だな……おい」
挨拶に対する返事だろうと見当はつく。自分が何か別のことに意識を向けない限り、向こうも収まりそうにない。銀時は寝直すことを諦め、仕方なく掛け布団を跳ねのけて身体を起こした。
「銀ちゃん、今日は早起きアルな」
神楽は先に起きていたようで、定春に餌をあげていた。
「ふぁああ、こいつが寝かせてくれねぇのよ」
震え続けるブレスレットを見せるように腕を差し出すと、神楽は露骨に顔をしかめる。
「チッ、朝から惚気かよ」
「なにこれ、俺が悪いわけ?」
ブブッと呼応するようにブレスレットが震え、銀時は差し出していた腕をだらりと下ろす。
玄関の戸がガラガラと開く。
「おはようございます」
挨拶をしながら入ってきた新八に、神楽は被害を訴えるように駆け寄った。
「ぱっつぁん、聞いてくれよぉ。銀ちゃんが朝からブレスレット相手にしこしこやって、『寝られねぇ』とか言ってるアル」
「銀さん……無機物相手に。しかもそれキリさんのでしょう。本人に手が出せないからって、やめてあげてください」
「ちげーよ! 勝手に震えるから寝られねぇつってるだけだろ!」
「銀ちゃん、変態アルな」
「見損ないましたよ、銀さん」
「ちげーつってんだろ」
弁明するたびにブレスレットが震え、そのたびに話がこじれる。どうにか二人の誤解を解いた頃には、銀時は朝からすっかり疲れ切っていた。
歯を磨き、朝食を食べ、今日の予定を確認する間にも、振動は何度となく繰り返された。
意識を向けると長引くことを悟った銀時は、できるだけ気にしないようにする。それでも、手首は脈絡もなく震える。
新八はその様子を嫌そうな顔で見つめる。
「ずっとこの調子ですか?」
「この調子ですよ。って意識向けさせないでくんない。あー、長引くぞこれ」
反応の傾向が読めるようになってきた頃、銀時は溜息をつく。
すると控えめにブブッ――ブブッと震え始める。
「一応、抑えようとはしてくれるみたいですね」
「一応な」
銀時は時計をチラ見する。そろそろキリが仕事へ出る頃だろう。
ブブッと、手首が小さく震える。
「はいはい、わかったから。いってらっしゃい」
銀時が投げやりに声をかけると、今度はひときわ大きく震え、それきり静かになった。
「とうとう会話できるようになっちゃいましたか」
「愛の力アルな」
「うっせー、聞こえてんぞ。ほら、俺らも仕事だ。ちゃっちゃか支度するぞ」
今日、請け負ったのは倉庫の荷運び。銀時が指揮をし、神楽が段ボールを十段重ねで運び、新八が受け取る。
ブブッと手首が震え、銀時は時間を確認する。
「ああ、昼か。おーい、一旦休憩だ」
「それ、ブレスレットというより、もうスマートウォッチですね」
「キリからの連絡が振動で届くアルよ。便利な世の中になったアルな」
「こっちはたまったもんじゃねぇけどな」
昼休みのあいだ震え続けたブレスレットは、ちょうど一時間が経つと、途端に静かになった。
「よし、気合いれてとっととやっちまおう」
「本当便利ですね。時計いらずですよ」
昼からの作業は午前中運び入れた荷物の荷解きだった。
熱気のこもった倉庫で、三人は汗だくになりながら作業を終えた。
倉庫を出る頃には日も傾き、心地よい風が吹いていた。
帰り道で再び銀時の手首が震える。
けれど、流れこんでくる感情に濁りのようなものが混じっている。
仕事が終わって疲れてんのか。そりゃそうだ。
――おつかれさん
銀時がそう心の中でねぎらった瞬間、濁った水がさっと洗われるように透き通っていく。
「銀ちゃん、どうしたアルか?」
思わず片手で顔を覆った銀時に神楽が疑問を口にする。
「……キリのやつ仕事終わったってよ」
「ああ、本当だまた震え始めましたね」
新八の言うブレスレットからは、綺麗に澄んだ水が喜ぶように波打ちながら押し寄せてくる。
「俺等も帰るぞ」
「今日の夕飯何作りましょうかね。あ、今日はキリさん来ないんですよね」
「きーやん、ちゃんとご飯食べてるアルか? お菓子ばっか食べてないアルか?」
「そりゃ、お前だろう」
一週間は長い。そう思うのは、流れ込んでくるキリの感情に神経がもたないからか、それとも、一人で夕飯を食うどこかの馬鹿が気にかかるからか。銀時には判断がつかなかった。