白詰草が一面に咲いている場所があるらしい。
来月には掘り起こされ、大型商業施設が建つ予定だという。
その前に、皆でピクニックに行かないかと、銀さんに誘われた。
「おにぎり、さんどいっち、たまごやき、たこさんうぃんなー」
神楽ちゃんはお弁当の中身を繋げて歌っている。
少し街から離れた場所にあるということなので、皆で花畑まで歩いて向かう。
リュックにお茶とお弁当と敷物をつめて、それじゃあ足りないから三段にしたお重も加えて本格的なピクニックだ。
「うわぁー。想像していたより綺麗」
緩やかな丘陵一面を覆い尽くす白い花。
「なんてことはない花なんですけど、ここまでくると凄いですよね」
新八君の言葉通り、どこまでも続くかのような景色は牧歌的で、風が吹くたび、丘全体が白く波打った。
「よくこんな場所知ってたね?」
「ここの建設工事の手伝い、依頼があってな。下見に来たんだよ先週」
なるほど。じゃあここで来月から新八君も神楽ちゃんも働くのか。
敷物を敷いて、荷物を置く。寝そべると柔らかい日差しがとても心地よかった。
お昼まではまだ時間があったので、神楽ちゃんと鬼ごっこをして遊ぶ。
体力では勝てないので、ハンデ戦だ。私の手の届く距離まで神楽ちゃんは逃げてはいけない。
「じゃあ、いくよ」
「いつでも来るヨロシ」
じりじりと近づき、手が届く距離になったら素早くっ!
「遅いアル」
手は空を切り、視界から赤い姿が消える。
「……ハンデ足りなくない?」
「きーやんが遅いだけヨ」
数歩先で笑う神楽ちゃんをもう一度捕まえに走る。
「くそっ」
「だめネ」
「もうちょい」
「まだまだヨ」
何度も避けられ追いかける。
「降参!!」
「しょうがないあるなぁー、じゃあ次はきーやんが鬼ね」
膝に手をつき、体力が切れた私に神楽ちゃんは抱きつきバトンタッチ。
まあ、結果はすぐについた。
「暑いー」
体力がまだまだある神楽ちゃんは今度は定春と鬼ごっこをしてる。
私は昼寝している銀さんの隣にもどり休憩だ。
荷物番として残っていた新八君は、お通ちゃんのCDを聞いていた。
イヤフォンを外して、お疲れ様と冷たいお茶を入れてくれる。
「キリさんも負けず嫌いですね」
「いやぁー、ワンチャンって思ったんだけど厳しいよやっぱり」
夜兎のお姫様は手強い。定春との鬼ごっこも随分アグレッシブである。
手加減はちゃんとしてくれてたんだなと改めて思う。
「新八君のそれは新曲?」
「いえ、ベストアルバムです。昔の曲を新しくリミックスしてるんですけど、前とは違う解釈がされていて面白いんですよ。なんか最近、つんぽさんの音が変わったんですよね。うまく言えないんですが」
へぇー、変わったんだ。いい方にだといいけれど。
新八君の解釈を聞きながらおしゃべりをしていたら、お腹がなった。
「そろそろお昼にしますか」
「そうだね」
銀さんを起こして、神楽ちゃんを呼んで。
敷物の上にお弁当がならぶ。おにぎりとサンドイッチ、タコさんウィンナーに、ブロッコリーのサラダとプチトマト。卵焼き。
定番のメニューも、外で食べると違った物に感じるから不思議だ。
「このタコさん私が作ったアル」
不器用ながら、きちんとタコさんの形になっているウィンナーを指して神楽ちゃんは言う。
「すごい、食べていい?」
「もちろんヨ」
銀さんのタコさんはなんかやる気がない。新八君のタコさんは綺麗な形。神楽ちゃんのタコさんは足が足りてなかったりと面白い。
個性があって面白い。
「これキリがつくったろ」
イカにしたのがバレたようで、銀さんが口のなかに放り込んでいた。
「お腹いっぱいー」
食事後にお茶を一杯。作りすぎたかなと心配したが、神楽ちゃんがぺろりと食べてくれた。凄い。
その神楽ちゃんはまた定春と元気に遊んでる。
私はそんな神楽ちゃんに花冠でも作ろうかと、花畑に座り、一つ白詰草をつむ。
「あれ? 確かこうやって??」
知っている筈だった。何度も何度も誰かの為に作った。ああ、これは無くした記憶だ。
そう思い至るのに時間はかからなかった。空を見上げれば澄み渡り綺麗で、花畑の中ではしゃぐ神楽ちゃんはとても楽しそうで、お弁当も美味しかった。
だから泣けなかった。
記憶は引きちぎられた根のように、細かな物を私の中に残していった。それがなければ無くした事にも気づかないのにと思うのは贅沢か。
「どうした?」
銀さんが覗き込んでくる。
「作り方忘れちゃって」
困ったな。今は上手く笑える自信がないのに。
何かに気づいたであろう銀さんは、何も言わずぐしゃりと私の頭を撫でた。
「仕方ねぇなー、銀さんが教えてあげようかね」
どかりと座り込んだ銀さんは、器用に一本一本編み上げていく。
その手つきが誰か優しい人の手と重なる。かつて私にも、そうやって教えてくれた人がいたのだろう。
「ほらよ」
頭に花冠が載せられる。
とても綺麗で、嬉しくて、だから泣けなかった。
「きーやん、何してるアルか?」
「銀さんに冠の作り方習ってた」
「わたしも作りたいネ」
銀さんに習いながら花冠が量産される。銀さんや新八君、定春の頭にも載せられ、お揃いだ。
「帰るぞー」
夕焼けに染まる頃、銀さんの声で花畑を後にする。
「来月にはなくなっちゃうの、少し残念だね」
遠ざかる花畑を振り返り、隣を歩く銀さんへそうこぼす。
「そうだなー。でもまぁ、そうやって少しずつ何かが変わって、何かが生み出されて、また新しい思い出が作られるんだろ、きっと」
「そうだね。商業施設っていうから家族連れとか大勢の人が遊びにくる場所になるんだろうね」
「そうなったらまた遊びにこようや」
「皆で?」
「皆で」
変わっていくもの、無くなっていくもの。それ自体を悲しむことと、未来を憂いることは違うのだ。
花冠を頭に載せ、踊るように神楽ちゃんは帰り道を歩く。
定春も、新八君も、銀さんも皆楽しそうに笑っていた。
「きーやん、手をつなごう」
温かな手が私の手を取り、その輪の中に混ぜてくれた。
失ったものを忘れることはないけれど、こうして新しく作られていく思い出が、私の中に温かなものを増やしてくれる。