咲-saki- 野心ある良心の巫女   作:甘枝寒月

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破天荒な風祝

雨が降り続いている。

 

原村和の身体を雨が打ちつける。

 

じっとりと身体が不快に濡れそぼる中で、それでも和は動けず雨の中で立ち尽くしていた。

 

私は何故こうしているのでしょうか。

 

麻雀で、勝ちを譲られてしまったから?

 

譲った人が、「私は麻雀、それほど好きじゃないんです」と言ったから?

 

私はどうすればいいのでしょうか?

 

悔しがればいいのでしょうか。

 

虚しくなればいいのでしょうか。

 

何もわからないまま、和は雨に打たれ続けた。

 

 

 

「あら、ずぶ濡れの迷子さん」

 

ふ、と頭上に影が差す。身体を打ちつける雨が止んだ。

 

うつむいていた顔をあげると、飴色(あめいろ)番傘(ばんがさ)が差し出されていた。

 

自らも濡れながら和に傘差す人は、同じクラスの「東風谷、さん……」

 

新緑色のつやつやした髪を彩る、カエルとヘビのヘアアクセ。脇の出たおしゃれな巫女服に、余裕のある大人びた雰囲気。

 

クラスでも一等(いっとう)目立つ存在である、東風谷早苗さん。

 

和は、不躾(ぶしつけ)にも差し出された傘も受け取らず(ほう)けている。

 

その魂の抜けた(うつ)(つら)を見て、早苗はにっこり微笑(ほほえ)んだ。

 

「雨ざらしでぽけっとしてたら、風邪(かぜ)を引いてしまいます。常識ですよ? 来なさいな。あったかいおフロにいれたげますから」

 

早苗は和の肩を抱き、腕とゆたかなおもちでがっちり押さえ込んだ。番傘は和のどでかおもちに挟んでしまう。

 

「しゅっぱーつ! ですよ」

 

もう片方の手を掲げた。

 

ぐいぐい強引に、和はなされるがまま連れていかれる。

 

山のふもと、『守矢神社』の鳥居をくぐり、ざりざりとした大きな砂利(じゃり)の駐車場を抜け、小さなプレハブ小屋に連れ込まれた。

 

とても簡素(かんそ)な小屋の中。天井から雨の打つ音がする。レトロフューチャー感のあるボタンやレバー満載の機械と、パイプ丸イス、使い込まれた道具でいっぱいの無骨な棚。

 

「不思議なおうちですね」

 

東風谷さんはここに住んでいるんですか。イメージと違いました。あ! いけません、勝手なイメージで判断しては!

 

「ふふ。住めば都――ではありませんね。ここには住んでいませんよ」

 

「そうなんですか!?」

 

「はい。だって、ここにはおフロがないじゃないですか」

 

早苗は機械を操作しながら、和に呆れウィンクを向けた。

 

「!」言われてみれば、です。うう、勘違いしました。

 

和は身体がぼっと熱くなりながらも、がんばって平静を保つ。

 

「ふふ」早苗はその様子を見ながらくすくす笑い「その常識に囚われない発想、好きですよ」

 

今度こそ、顔が火照(ほて)るのを自覚しました。

 

あうあう、ほほを押さえていると、早苗は窓の外に向き直り「来ましたね」と呟いた。

 

何が来たのでしょう?

 

けして話を逸らしたいわけではなくて。和は早苗の(となり)に行き、同じように外を見てみた。

 

…………?

 

…………!

 

星のようにかすかに見える光が、すこしずつ近づいてくる。

 

光が大きく眩しくなるにつれて、ブーンと重いモーター音が雨音に混じりはじめる。

 

かすかに紛れていたモーター音が、雨音と同じくらいに、そして雨音を掻き消すころには、光も目を(くら)ませるくらいにまで(せま)ってきていた。

 

煌々と光るライトを備えやってきたのは、今居るプレハブ小屋と同じくらい大きなゴンドラ。

 

早苗は傘を差さないまま外に飛び出し、両手を大きく広げた『人類は十進法を採用しました』ポーズを取り、

 

「これが守矢神社名物、架空索道――ロープウェイです!」

 

ドヤァ。

 

 

 

架空索道(ロープウェイ)に乗せてもらい、和はごとごと山登り。

 

幼いころの両親の車や、とうが立ってからのタクシーとは違う、乗合(のりあい)らしい広い車内とふかふか座席。

 

早苗は座るように(うなが)したけど、ずぶ濡れ和は遠慮して立っていた。

 

「ホントなら、景色も含めて名物なんですけど」

 

早苗が、ぽつり、つぶやいた。

 

確かに、窓の外は夜のあいだに雨が光るばかりで、景色と言えるものは見えなかった。

 

「この季節はまだ葉が茂りきってなくて、木漏れ日がキラキラしていてステキですよ」

 

早苗の言葉を糸口に、和は夜闇を透かしてみようと目を細める。

 

明るいときは、どのような景色が見られるのでしょうか。

 

「夏は木陰がきもちーですし、秋は紅葉、冬も枯れ木と雪の風情がありますよ」

 

言い終わるがはやいか、「あ、そうだ!」早苗はわざとらしく手を叩く。

 

「原村さんも守矢神社の信徒になりませんか?」

 

「なりません」

 

ありがたいお誘いだと分かっていても、ここは断じて断った。

 

「宗教なんて、そんなオカルトありえませんから」

 

「ふー……ん」

 

しゅるるるる。

 

気がつけば、和はヘビに睨まれていた。

 

2つの頭を持つヘビが、その大きな頭でもって和を挟み撃ちに睨んでいる。

 

「ひっ……」

 

1歩、2歩、後ずさる。

 

ヘビが頭をもたげてついてくる。

 

怖い。やめてください。食べないでください。

 

……いえ。

 

私は、東風谷さんとロープウェイに乗っていたんです。

 

こんな巨大ヘビが隠れている場所なんてありませんでした。

 

いえ。そもそも、2つも頭のあるヘビなんていません。

 

「そんなオカルトありえません!」

 

振り払うように、叫ぶ。

 

いつのまにかヘビは消え、どこか恐ろしく()め回すような目をした早苗が目の前に座っていた。

 

「あ……すみません、東風谷さん。いきなり叫んでしまって……」

 

「いえ。おかげで原村さんのことがすこしずつわかってきました」

 

「?」

 

なんだか噛み合っていない会話。ですが、それ以上自分の失態から始まる会話を深く掘るのは気恥ずかしく。

 

「着きましたね」という声とともに停まったロープウェイにも遮られ、ついつい放っておいてしまいました。

 

 

 

早苗は和の肩を抱き、ぐいぐい連れていく。

 

玉砂利に架かる石畳の道を進み、

 

「ようこそ守矢神社へ! 素敵なお賽銭箱(さいせんばこ)はここですよ!」

 

大きなお(やしろ)を横切り脇道に。

 

「あれは博麗(はくれい)神社の分社ですね。素敵なお賽銭箱もありますよ!」

 

小さなお社も通り過ぎ。

 

石畳の終点は、大きなお社にちぃちゃく取り付けられた簡素(かんそ)な扉。

 

「ようこそ原村さん。守矢神社裏面(うらめん)、居住空間へ!」

 

じゃーん、と早苗は変哲(へんてつ)のない勝手口をやたら大仰に紹介すると、和のおもちから番傘を引き抜いて中に入っていった。

 

和も、あわてて追って入る。「し、失礼します」

 

「おかえり、トンカツ! あと早苗!」

 

ドタドタと金髪幼女が、にっこり笑って出迎えた。

 

「はい諏訪子様。ただいまですよー」

 

そのままぎゅー。

 

あまりにも(なか)(むつ)まじき。

 

ちら。

 

熱烈ぎゅーをされている金髪幼女・諏訪子は早苗の肩越しに和を見つけた。

 

「あー! 早苗が女の子連れ込んだ!」

 

耳元で叫ばれた早苗はビクッと跳ねた。

 

ハグを解いてほっぺむにーに移行。

 

「すーわーこーさーまー?」

 

「ご、ごめんよ早苗。そんな怖い顔しないでよう」

 

ほっぺたをむにむに伸ばされて、><顔になる諏訪子。

 

仲睦まじいのは良いことだと思いますが……「くちゅっ!」

 

くしゃみの音で、2人がこちらを向いた。

 

ずぶ濡れ和を見て、諏訪子は、

 

「おやおや。風邪を引いてしまう前におフロっちゃいなさい。あったまってるよ」

 

そのまま諏訪子に手を引かれ、濡れた服を手早く剥がされ、ぽいっとおフロに放り込まれた。

 

「わあ……♡」

 

おフロ場に入ってまず鼻をくすぐったのが、爽やかな森の香り。

 

普段のむせかえる湯気とは違う、深く息を吸い込みたくなるこの香りは、「檜風呂(ひのきぶろ)……ですか♡」

 

なみなみとお湯を(たた)えて和を待っているのは、真四角で、木目鮮やかなおしゃれおフロだった。

 

これが、檜風呂ですか。初めてです……♡

 

ぶるり。ハダカになって、もう限界まで凍えてしまいました。

 

高級なおフロには忍びないですが。東風谷さんに勧められたようにしましょう。

 

木桶でお湯をすくい、頭から掛け湯して雨だけ落とし、ボディーソープは使わないまま湯船にぽちゃん。

 

かぽーん……

 

「あふぅ…………」

 

広くて豪華なおフロ。

 

手先足先までゆったりお湯に沈み込む。

 

身体全部をあったかいお湯に包まれてるからこそ、身体の冷たさがよくわかり、お茶に浮かべた氷の気持ちになりました。

 

首まで浸かって、ゆーっくりして、たまに動いて身体周りの微温(ぬる)い膜を壊して。新鮮な熱さでまたあったまります。

 

しっかり、ゆっくり、のんびりと。身体がバラ色になるまで堪能させてもらいました。

 

和はすっかり満足して、湯船を出た。

 

脱衣所にはすでに、ふかふかのタオルとドライヤー、それに乾燥機でほかほかになった和のセーラー服が畳まれていた。

 

あのハイカラな巫女服ではないんですね。残念。

 

身体の水気をしっかり取って、ほくほくのセーラー服を身にまとい、和は早苗のところに戻ろうとした。

 

勝手知らない家だから、賑々(にぎにぎ)しい団欒(だんらん)声を頼りに明かりのついた部屋の障子戸を引き開ける。

 

「あの、おフロ、いただきました」

 

顔だけちらっと覗かせて、すこし遠慮がちに声をかける。

 

その部屋はリビングダイニング――いえ、ここは茶の間と言いたいです、であり、奥の台所では早苗が新緑色の髪をポニーテールにしながら鍋をかき混ぜていた。

 

手前の畳張りではさっきの諏訪子ちゃんともう1人、紫髪のオトナな女性が季節外れのおこたに下半身を埋めていた。

 

「お。上がったね。見ればなかなか美人さんじゃないか。ケロケロ」

 

諏訪子ちゃんに手を引かれ、和もおこたに引き入れられる。さすがに電源は入ってなくて、ほっとしました。

 

「えっと、あなたは……東風谷さんの妹さん、ですか?」

 

「……うん! そーだよ! 諏訪子、早苗の妹なの!」

 

「諏訪子様……」

「ババア……」

 

諏訪子の子供らしい笑顔に視線を合わせていたため、和は2人の呆れ顔には気づかなかった。

 

「?」

 

誰かの足がおこたの中でバタバタしているのには気づいた。

 

「いてて。さて、嬢ちゃん。……お名前は?」

 

「原村和です。東風谷さんとは同じクラスで」

 

ぺこり。頭を下げる。

 

「そうか、和ちゃん。私は八坂(やさか)神奈子(かなこ)。早苗と諏訪子のお(かー)さんである! 諏訪子のお(かー)さんである!」

 

「チッ……」

 

今度は諏訪子が苦い顔をしたが、またしても気づかなかった。

 

「はい。お世話になります」

 

お若いお母様です。

 

「よい、よい。私の器は広い。なにせ、お(かー)さんだからな!」

 

神奈子がドヤ。

 

そこに巫女エプロンの早苗がやってきて、

 

「神奈子様。諏訪子様。おゆはんできましたよー。原村さんも……と言いたいのですが。トンカツ3つしか買ってないんですよね」

 

ほほに手を当て困り顔。

 

「いえ、そこまでお世話になっては……」

 

固辞しようとしたけれど、その前に、

 

「じゃ、これで決めようか」

 

諏訪子がおこたの天板を外してしまう。

 

その下から出てきたのは、芝生のように青々としたフェルト生地と、中央に備え付けられた機械のプレート。――そう、このおこたはただのおこたではなく、全自動麻雀おこただったのです。

 

いえ、全自動麻雀おこたってなんですか!? 聞いたことありません!

 

「東風1局。ドベがトンカツ抜きね」

 

「っ……」

 

麻雀を、打つ。どうしても思い返してしまうのは、さっきの苦い思い。まだ冷めやらぬ、花を押し付けられた記憶。早苗との出会いで手放しかけてた虚しい激情が、また蘇る。

 

「おや、苦い顔。賭け麻雀はお嫌いかな?」

 

「いえ、諏訪子様。私は負けヒロインを拾ったんです。どうやら麻雀で負けていたようですね」

 

「じゃ、三麻(さんま)にするか。1日に2回負けさせるのはかわいそうだ」

 

「!」カッチーン、ときました。

 

頭に血が昇って、頭蓋骨の中の圧力が高まるのを感じます。

 

宮永さんには花を持たされた上で離れ業を披露(ひろう)され、ここでは相手にしてもらえない。

 

私はそんな扱いなんですか?

 

「いいです。やります。打ちます!」

 

中央の機械パネルに手を伸ばし、骰子(ロールザダイス)自九(バーンナイン)

 

「あらら。意外と血の気が多いですね」

 

早苗もおこたについて、おこたの四辺が埋まる。

 

『四角の机の四辺埋まればそりゃ麻雀』*1の格言通り、麻雀が開局した!

*1
ピングポングパロ

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