雨が降り続いている。
原村和の身体を雨が打ちつける。
じっとりと身体が不快に濡れそぼる中で、それでも和は動けず雨の中で立ち尽くしていた。
私は何故こうしているのでしょうか。
麻雀で、勝ちを譲られてしまったから?
譲った人が、「私は麻雀、それほど好きじゃないんです」と言ったから?
私はどうすればいいのでしょうか?
悔しがればいいのでしょうか。
虚しくなればいいのでしょうか。
何もわからないまま、和は雨に打たれ続けた。
「あら、ずぶ濡れの迷子さん」
ふ、と頭上に影が差す。身体を打ちつける雨が止んだ。
うつむいていた顔をあげると、
自らも濡れながら和に傘差す人は、同じクラスの「東風谷、さん……」
新緑色のつやつやした髪を彩る、カエルとヘビのヘアアクセ。脇の出たおしゃれな巫女服に、余裕のある大人びた雰囲気。
クラスでも
和は、
その魂の抜けた
「雨ざらしでぽけっとしてたら、
早苗は和の肩を抱き、腕とゆたかなおもちでがっちり押さえ込んだ。番傘は和のどでかおもちに挟んでしまう。
「しゅっぱーつ! ですよ」
もう片方の手を掲げた。
ぐいぐい強引に、和はなされるがまま連れていかれる。
山のふもと、『守矢神社』の鳥居をくぐり、ざりざりとした大きな
とても
「不思議なおうちですね」
東風谷さんはここに住んでいるんですか。イメージと違いました。あ! いけません、勝手なイメージで判断しては!
「ふふ。住めば都――ではありませんね。ここには住んでいませんよ」
「そうなんですか!?」
「はい。だって、ここにはおフロがないじゃないですか」
早苗は機械を操作しながら、和に呆れウィンクを向けた。
「!」言われてみれば、です。うう、勘違いしました。
和は身体がぼっと熱くなりながらも、がんばって平静を保つ。
「ふふ」早苗はその様子を見ながらくすくす笑い「その常識に囚われない発想、好きですよ」
今度こそ、顔が
あうあう、ほほを押さえていると、早苗は窓の外に向き直り「来ましたね」と呟いた。
何が来たのでしょう?
けして話を逸らしたいわけではなくて。和は早苗の
…………?
…………!
星のようにかすかに見える光が、すこしずつ近づいてくる。
光が大きく眩しくなるにつれて、ブーンと重いモーター音が雨音に混じりはじめる。
かすかに紛れていたモーター音が、雨音と同じくらいに、そして雨音を掻き消すころには、光も目を
煌々と光るライトを備えやってきたのは、今居るプレハブ小屋と同じくらい大きなゴンドラ。
早苗は傘を差さないまま外に飛び出し、両手を大きく広げた『人類は十進法を採用しました』ポーズを取り、
「これが守矢神社名物、架空索道――ロープウェイです!」
ドヤァ。
幼いころの両親の車や、とうが立ってからのタクシーとは違う、
早苗は座るように
「ホントなら、景色も含めて名物なんですけど」
早苗が、ぽつり、つぶやいた。
確かに、窓の外は夜のあいだに雨が光るばかりで、景色と言えるものは見えなかった。
「この季節はまだ葉が茂りきってなくて、木漏れ日がキラキラしていてステキですよ」
早苗の言葉を糸口に、和は夜闇を透かしてみようと目を細める。
明るいときは、どのような景色が見られるのでしょうか。
「夏は木陰がきもちーですし、秋は紅葉、冬も枯れ木と雪の風情がありますよ」
言い終わるがはやいか、「あ、そうだ!」早苗はわざとらしく手を叩く。
「原村さんも守矢神社の信徒になりませんか?」
「なりません」
ありがたいお誘いだと分かっていても、ここは断じて断った。
「宗教なんて、そんなオカルトありえませんから」
「ふー……ん」
しゅるるるる。
気がつけば、和はヘビに睨まれていた。
2つの頭を持つヘビが、その大きな頭でもって和を挟み撃ちに睨んでいる。
「ひっ……」
1歩、2歩、後ずさる。
ヘビが頭をもたげてついてくる。
怖い。やめてください。食べないでください。
……いえ。
私は、東風谷さんとロープウェイに乗っていたんです。
こんな巨大ヘビが隠れている場所なんてありませんでした。
いえ。そもそも、2つも頭のあるヘビなんていません。
「そんなオカルトありえません!」
振り払うように、叫ぶ。
いつのまにかヘビは消え、どこか恐ろしく
「あ……すみません、東風谷さん。いきなり叫んでしまって……」
「いえ。おかげで原村さんのことがすこしずつわかってきました」
「?」
なんだか噛み合っていない会話。ですが、それ以上自分の失態から始まる会話を深く掘るのは気恥ずかしく。
「着きましたね」という声とともに停まったロープウェイにも遮られ、ついつい放っておいてしまいました。
早苗は和の肩を抱き、ぐいぐい連れていく。
玉砂利に架かる石畳の道を進み、
「ようこそ守矢神社へ! 素敵なお
大きなお
「あれは
小さなお社も通り過ぎ。
石畳の終点は、大きなお社にちぃちゃく取り付けられた
「ようこそ原村さん。守矢神社
じゃーん、と早苗は
和も、あわてて追って入る。「し、失礼します」
「おかえり、トンカツ! あと早苗!」
ドタドタと金髪幼女が、にっこり笑って出迎えた。
「はい諏訪子様。ただいまですよー」
そのままぎゅー。
あまりにも
ちら。
熱烈ぎゅーをされている金髪幼女・諏訪子は早苗の肩越しに和を見つけた。
「あー! 早苗が女の子連れ込んだ!」
耳元で叫ばれた早苗はビクッと跳ねた。
ハグを解いてほっぺむにーに移行。
「すーわーこーさーまー?」
「ご、ごめんよ早苗。そんな怖い顔しないでよう」
ほっぺたをむにむに伸ばされて、><顔になる諏訪子。
仲睦まじいのは良いことだと思いますが……「くちゅっ!」
くしゃみの音で、2人がこちらを向いた。
ずぶ濡れ和を見て、諏訪子は、
「おやおや。風邪を引いてしまう前におフロっちゃいなさい。あったまってるよ」
そのまま諏訪子に手を引かれ、濡れた服を手早く剥がされ、ぽいっとおフロに放り込まれた。
「わあ……♡」
おフロ場に入ってまず鼻をくすぐったのが、爽やかな森の香り。
普段のむせかえる湯気とは違う、深く息を吸い込みたくなるこの香りは、「
なみなみとお湯を
これが、檜風呂ですか。初めてです……♡
ぶるり。ハダカになって、もう限界まで凍えてしまいました。
高級なおフロには忍びないですが。東風谷さんに勧められたようにしましょう。
木桶でお湯をすくい、頭から掛け湯して雨だけ落とし、ボディーソープは使わないまま湯船にぽちゃん。
かぽーん……
「あふぅ…………」
広くて豪華なおフロ。
手先足先までゆったりお湯に沈み込む。
身体全部をあったかいお湯に包まれてるからこそ、身体の冷たさがよくわかり、お茶に浮かべた氷の気持ちになりました。
首まで浸かって、ゆーっくりして、たまに動いて身体周りの
しっかり、ゆっくり、のんびりと。身体がバラ色になるまで堪能させてもらいました。
和はすっかり満足して、湯船を出た。
脱衣所にはすでに、ふかふかのタオルとドライヤー、それに乾燥機でほかほかになった和のセーラー服が畳まれていた。
あのハイカラな巫女服ではないんですね。残念。
身体の水気をしっかり取って、ほくほくのセーラー服を身にまとい、和は早苗のところに戻ろうとした。
勝手知らない家だから、
「あの、おフロ、いただきました」
顔だけちらっと覗かせて、すこし遠慮がちに声をかける。
その部屋はリビングダイニング――いえ、ここは茶の間と言いたいです、であり、奥の台所では早苗が新緑色の髪をポニーテールにしながら鍋をかき混ぜていた。
手前の畳張りではさっきの諏訪子ちゃんともう1人、紫髪のオトナな女性が季節外れのおこたに下半身を埋めていた。
「お。上がったね。見ればなかなか美人さんじゃないか。ケロケロ」
諏訪子ちゃんに手を引かれ、和もおこたに引き入れられる。さすがに電源は入ってなくて、ほっとしました。
「えっと、あなたは……東風谷さんの妹さん、ですか?」
「……うん! そーだよ! 諏訪子、早苗の妹なの!」
「諏訪子様……」
「ババア……」
諏訪子の子供らしい笑顔に視線を合わせていたため、和は2人の呆れ顔には気づかなかった。
「?」
誰かの足がおこたの中でバタバタしているのには気づいた。
「いてて。さて、嬢ちゃん。……お名前は?」
「原村和です。東風谷さんとは同じクラスで」
ぺこり。頭を下げる。
「そうか、和ちゃん。私は
「チッ……」
今度は諏訪子が苦い顔をしたが、またしても気づかなかった。
「はい。お世話になります」
お若いお母様です。
「よい、よい。私の器は広い。なにせ、お
神奈子がドヤ。
そこに巫女エプロンの早苗がやってきて、
「神奈子様。諏訪子様。おゆはんできましたよー。原村さんも……と言いたいのですが。トンカツ3つしか買ってないんですよね」
ほほに手を当て困り顔。
「いえ、そこまでお世話になっては……」
固辞しようとしたけれど、その前に、
「じゃ、これで決めようか」
諏訪子がおこたの天板を外してしまう。
その下から出てきたのは、芝生のように青々としたフェルト生地と、中央に備え付けられた機械のプレート。――そう、このおこたはただのおこたではなく、全自動麻雀おこただったのです。
いえ、全自動麻雀おこたってなんですか!? 聞いたことありません!
「東風1局。ドベがトンカツ抜きね」
「っ……」
麻雀を、打つ。どうしても思い返してしまうのは、さっきの苦い思い。まだ冷めやらぬ、花を押し付けられた記憶。早苗との出会いで手放しかけてた虚しい激情が、また蘇る。
「おや、苦い顔。賭け麻雀はお嫌いかな?」
「いえ、諏訪子様。私は負けヒロインを拾ったんです。どうやら麻雀で負けていたようですね」
「じゃ、
「!」カッチーン、ときました。
頭に血が昇って、頭蓋骨の中の圧力が高まるのを感じます。
宮永さんには花を持たされた上で離れ業を
私はそんな扱いなんですか?
「いいです。やります。打ちます!」
中央の機械パネルに手を伸ばし、
「あらら。意外と血の気が多いですね」
早苗もおこたについて、おこたの四辺が埋まる。
『四角の机の四辺埋まればそりゃ麻雀』*1の格言通り、麻雀が開局した!