灰色の空から、細かい塵が絶え間なく降っていた。
ゲヘナ学園の本校舎から西に離れた、放棄された中央物資集積所。屋根の大半が崩落した建物の内部は、冷えたコンクリートの床と錆びついた大型ラックが並び、広大な壁の亀裂から乾いた風が吹き込んでいた。市街地から断続的に響く爆発音は、ここまでは届かない遠い羽音のようだ。
その中央に、meは立っていた。
身に纏うのは、汚れのない純白の外套。鉄錆に塗れた空間において、その白は絶対的な断絶を示している。
正面には羽沼マコトがいた。口を閉じた彼女の立ち姿は、ゲヘナの最高権力者にふさわしい冷徹な美女そのものだ。シルバーホワイトの長い髪が風に煽られ、前髪の隙間から露出した左の青い瞳だけがこちらを射抜いている。頭部から伸びる漆黒の四本の角を避けるように斜めに被られた軍帽の、金色のエンブレムが曇った光を反射した。頭上には、八本のスパイクが突き出た鉄輪のヘイローが、中央のゲヘナの紋章とともに赤く明滅している。
「ふははは! シャーレの権限を以てしても、この万魔殿の主を独占するにはここしか空いていなかったか!」
マコトが声を上げた瞬間、それまでの静謐は消え去った。どれほど書類から逃げ出し、浅薄な策謀で騒動を引き起こして自滅を繰り返そうとも、meの前でだけは誇り高き無謬の議長としての虚勢を崩さない。そのアンバランスさが、滑稽なほどの愛おしさを孕んでいた。
meの視界には、無数に分岐する未来の光景が、最初からそこに並べられた静物画のように見えている。知るまでもなく、すべてはmeの選択に委ねられた確定事項だった。
meは何も言わず、一歩前へ踏み出す。
マコトは不敵な笑みを浮かべて胸を張るが、黒い手袋を嵌めた指先がかすかに位置を変えた。
「その格好、気に入ったぞ。ゲヘナの黒の中に、その純白だ。私が隣に立つことで、ようやくその白にも価値が生まれるというものだ。褒めてやる」
大言壮語とは裏腹に、彼女の歩幅は狭く、そして速い。万魔殿に警報が鳴るや否や本校舎の非常階段から飛び降りた時の衝動や、風紀委員会の巡航戦車を無断で暴走させた時の強引な足取りのまま、マコトは距離を詰めてくる。
その足元で、床の亀裂に爪先が引っかかる光景が、一瞬早くmeの網膜に映った。
砂利が砕ける微かな音。マコトの身体が前方へと傾く。meはただ、視通した通りの場所へと左足を動かし、最初からそこにあった壁のように彼女を正面から受け止めた。
鈍い衝撃音が響き、床に落ちたマコトの軍帽が転がる。漆黒の角がmeの純白の外套の肩口を強く擦り、白い生地の上に削れた黒い煤のような痕跡をはっきりと残した。
「……ッ、ふん! 当然だな! 私が倒れそうになれば、お前が支えるのは当然の義務だ!」
マコトは体勢を立て直そうとはせず、meの胸にそのまま体重を預けた。銀髪が白い服の上に幾筋も広がり、至近距離で見上げる彼女の頭上で、ヘイローの赤い光が明滅の速度を速めていく。
その細い身体から伝わる質量は、驚くほどに軽かった。
マコトは両手を伸ばし、meの外套の襟を掴んだ。黒い手袋の繊維越しに伝わるその指先は、細かく震えている。その震えを隠すように、彼女はさらに強く布地を引き絞った。
「先生。お前は私の臣下だ。私が何をしようとも、お前はそれを受け入れるだけでいい。風紀委員会のヒナめが何を言おうと、この私がお前を所有すると決めたのだ」
meは何も答えず、ただ彼女の背中に手を回した。厚い黒のロングコート越しに、強張った背中の体温が手のひらへ伝わってくる。前髪が風に揺れ、隠されていたうなじの白い肌が露出した。
マコトはmeの服に顔を埋め、小さく息を吐いた。白い布地が僅かに湿っていく。
「……離すなよ、先生。私が許すまで、そのまま私の傍にしろ」
低い声が漏れる。頭上のヘイローは回転を止め、ただ静かに浮かんでいた。meは彼女の長い銀髪に指を入れ、冷たい髪の手触りと、その奥にある確かな熱を確かめるように抱きすくめる。
遠くで、再び大きな爆発音が響き、地面が微かに揺れた。それでもマコトは離れようとはせず、より深くその顔を白い外套へと埋めるのだった。灰色の空の下、純白の生地についた黒い汚れだけが、二人の境界を証明していた。