THE IMPERIAL SAVING   作:夏目陽光

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回想メモリアル【朝霧スオウ】

コンクリートの演習場に、朝の薄光が低く差し込んでいる。

 

meは高台に立ち、白いコートの袖に隠した手を背後に組んでいた。羽織る衣服は埃っぽい空気を弾き、無機質な輪郭だけを空間に落とす。

 

眼下で、朝霧スオウが動きを止めた。

 

くすんだライトベージュの髪。首の付け根で短く揃えられた後ろ髪と、鎖骨まで伸びたサイドの毛束が朝風に揺れる。深く被った黒いバイザー付きミリタリーキャップの影から、革眼帯の横にある左の翡翠色がmeを見つめていた。ハイランダーの運行表を正確に刻むかのような、冷酷で頑なな眼光だ。

 

爪先が床を蹴った。滑らかなすり足から、一転して爆発的な加速。射撃体制を極限まで低く保ち、視線を切らさずに距離を詰めてくる。

 

腰のベルトに固定された西洋曲剣の鞘のようなホルスターから、セブ・スーパーショーティが滑り出る。抜刀の動作と同時に短小な銃身が持ち上がった。

 

狙いは正確だった。

 

だが、meの視界に広がるのは、すでに決した未来の群れに過ぎない。あらゆる弾頭の描く軌線も、彼女が紡ぐ戦術の糸も、meにとってはすでに「知る未来」だ。見知った理でmeを脅かすことなど、何者にも叶わない。アビドスの砂に沈む列車を巡る策謀も、彼女が背負う過去の重荷すらも、すべてはmeの掌の上で揺らめく影に過ぎなかった。

 

彼女が左へ転がり散弾を撒く未来。そこから跳び、壁を蹴ってmeの頭上を取る未来。

 

「……っ」

 

スオウがフォアグリップを手前に引き、薬莢を吐き出させた。スチール製の小さな散弾が扇状に広がり、コンクリートを叩く。

 

meはすでにその射線から外れていた。

 

空中を切り裂いた鉛の粒は、meの白いコートの端すら掠めず、背後のコンクリートを削り落とした。

 

粉塵を押し割り、影が舞う。

 

頭上からの第二打。障害物を巧みに蹴り、空中で旋回する。着地と同時に放たれるはずの追撃。跳躍の軌道は鋭く、完璧な射角を描いて切り込んできた。

 

meは短く息を吐き、左手を伸ばした。

 

伸ばした位置へ、彼女の細い手首が自ら飛び込んでくる。白手袋の掌が、ノースリーブシャツから覗く腕を捕らえた。

 

落ちてくる体を、meは引き寄せる。

 

空砲の圧力を逃がしながら、彼女の身体がmeの胸元へ強く衝突した。衝撃で帽子の鍔が押し上げられ、革眼帯が僅かにズレる。

 

隠されていた右目が光を拾った。

 

輝くゴールドの光彩。左の翡翠色と並び、meを見上げる。左右非対称の双眸。その頭上で、3つの鋭利な突起を持つゴールドのヘイローが、不規則な光を打った。

 

手首を掴まれたまま、彼女は銃口を捻り込んでくる。支点を奪われた状態から身体の捻りだけで銃口を押し当てる足掻き。

 

meは掴んだ手首を、ほんの僅かに捻った。

 

カチャン、と短い金属音が響き、握力を奪われた銃が床に落ちて転がる。だが、彼女は止まらない。残された左手でmeの白い襟元を掴み、全身の体重をmeの軸足へかけて倒れ込んできた。足元へ滑り込むフックと同時に膝を折り、低い重心から軸を崩そうとする泥臭い崩し技だ。

 

密着する体温。ノースリーブの隙間から伝わる呼吸の乱れ。

 

meの胸に頭を押し付けたまま、彼女は膝を滑り込ませてmeの重心を崩しにかかる。自らの体勢を捨てることを厭わない執着。

 

meはその倒れ込みを、ただ受け止めた。

 

白い袖が彼女の細い腰を回る。タイトなスカート越しに、固い腰骨の感触が手に伝わった。meは掌を彼女の軍帽の上に置き、ゆっくりと圧力をかける。

 

動きが止まった。

 

荒い息遣いだけが、meの胸元で繰り返される。帽子の鍔がmeの白い衣類を押し潰し、くすんだブロンドの毛先がmeの顎をかすめた。

彼女は顔を上げた。

 

眼帯のズレた二色の瞳が、間近でmeを射抜く。その眼球に映るあらゆる抗いも、meの手のひらを湿らせる一滴の波紋に過ぎない。その眼帯の裏の光も、ハイランダーの運行表のごとき矜持も、すべてmeが与え、許しているからこそそこにある。

 

言葉はない。

 

meは掌を彼女の頭部から離し、指先で彼女の顎を軽く持ち上げた。

 

彼女は小さく口元を歪めると、meの腕の隙間を滑るようにして後方へ跳ぶ。空中で姿勢を整え、着地と同時に転がっていたセブ・スーパーショーティを拾い上げた。

 

スオウはフォアグリップを押し戻し、次弾を薬室に送り込む。金属音が静寂に落ちた。

 

だが、彼女はそれ以上、構えを取らなかった。

 

カチャンと乾いた音を立てて、セブ・スーパーショーティが鞘のようなホルスターへと収まる。

 

スオウはそのまま床に膝をつき、ペタリと座り込んだ。深く被り直したミリタリーキャップの鍔を指先で少しだけ持ち上げ、息を整えながらmeを見上げる。先ほどまでの鋭利な覇気は消え、くすんだブロンドの毛先から汗の粒が床に落ちた。不満げに眉をひそめつつも、口元には小さな吐息が漏れている。

 

meは背後に組んでいた手を解き、ゆっくりと一歩を踏み出した。白いコートの裾が静かに揺れる。

 

座り込んだままの彼女の目の前で立ち止まり、meは右手をすっと下ろした。白手袋に包まれた掌を、彼女の視界へと差し出す。

 

スオウは少しだけ目を丸くした。ズレた眼帯の横から覗く翡翠色と、隙間から閃く金色が、差し出された白手袋を見つめる。

 

次の瞬間、彼女は「……ふん」と鼻で短く息を吐き、残された左手を伸ばしてきた。

小さな手が、meの差し出した掌をしっかりと握り返す。指先を絡めるように力を込めると、彼女はmeの引く力に合わせてゆっくりと立ち上がった。

 

立ち上がりざま、スオウはそのままmeの白い胸元へ肩を預けてくる。

 

握った手を離さぬまま、軍帽の鍔をmeの鎖骨に押し当て、顔を隠すように首筋へ押し付けた。ノースリーブの腕がmeの背中に回され、白いコートの生地を爪が立つほど強く掴む。

 

「……っ」

 

彼女はmeの白いコートを強く握りしめた。

 

眼帯のズレた顔をmeの胸に埋めたまま、小刻みに身を寄せてくる。

 

meは空いた左手を静かに伸ばし、彼女の頭を包み込むように撫でた。

 

スオウは帽子越しにその体温を受け止め、小さな息を漏らすと、meの胸元で深く、穏やかな呼吸に戻っていった。

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