家族水入らずの夜が明けた。しかし俺達の朝は早い、毎朝の習慣は中々抜けないものだ。どんなに酒を飲んでも必ず決まった時間に目が覚め、剣を振らねば落ち着かないのだ。
「ふっ…はっ…せっ!」
戦場にいた頃も精神を保つ目的でやっていた。今では早朝に体を動かさない方が調子が悪い。
「スウウウウ…破!!」
深く呼吸をし、剣術と体術を切り替えて、蹴りを繰り出す。パァンと空気を引き裂くような炸裂音。体を回転させるように拳や蹴りを繰り出していく。戦場では武器に拘る事はない、魔剣を手に入れる前は敵の武器を奪って戦うのが普通だった。最後に残心をしつつ、構えを解く
「ふう…で、お前はやらないのか?ベリル」
最初から最後まで見ていたベリルの方を振り向かずに声をかけた。
「いやぁ…見ることも立派な稽古だ。しかし、ビャクエンは剣だけじゃなく武術も見事だね」
「まあな。剣がなくちゃ戦えないなんて甘っちょろい事は言えない環境だったからな…ベリル、そこの薪割り用の木を投げてみろよ。面白い技を見せてやる」
「ん?わかったよ…怪我するなよ…ふっ!」
ベリルは木を投げてきた。その場で、何も持たないまま振り抜く。瞬間、木は十字に切断された。
カランと地面に木が落ちた音で、唖然としていたベリルは正気を取り戻した。
「見えたか?」
「…魔法、ではないんだよね?」
「残念ながら、俺に魔力を扱う才はない。これは俺が辿り着いたひとつの技って奴だ」
無刀
かつて小さな島国に実在したとされる侍、天下無双の剣豪と呼ばれた男が晩年、没頭したという【無刀】ビャクエンは実戦の中でひとつの到達点に至ったのだ
「まあ、人に向けて放った事はないがな。この技は無い物を有ると思い込む想像力、それを振るう意志。俺はそう思っている」
「ビャクエン」
「ん」
「いつの日か…俺が君に追い付いたと思った時。改めて勝負を申し込む」
俺はベリルの瞳を見た、目を逸らすことなく俺を見ていた。未来予知など出来はしないが、そう遠くない未来に…ベリルと立ち合うビジョンが見えた気がした。
「いいだろう。だが、次にお前とやり合う時は…全てを賭けてだ。 その覚悟が出来たのなら…いつでも来い」
「ああ、分かった」
「ふっ。俺が言えた義理じゃないが…女の1人でも作れよ」
「余計なお世話だよ!」
暫くして、遂にビデン村を出立する時間が来た。乗合馬車の前にはモルデア老とベリル、フレンさんが見送りに来てくれていた。
「ビャクエン、体に気をつけてね」
「お前も良い人を探せ。儂らに孫を抱かせろ!」
「ビャクエン。色々とありがとう」
馬車に乗り込み、別れの挨拶を返す。
「フレンさん、モルデア老!ご心配なく。嫁に関してはベリルにご期待下さい。ベリル、待ってるぞ」
座席にどかりと座ると、腰に戻ってきた相棒が微かな金属音を出した。
「やれやれ、ウチのお姫さんはご機嫌ななめな様子」
数時間の間、景色を見ながら実家でのひとときを思う。戦場帰りに気紛れで寄った故郷で、久しぶりの再会。暖かい食事…人間らしく扱って貰えた。景色と音が変わった。到着した様だ…王都バルトレーンへ
「…ビデン村から来ると急に都会に来たような感覚だ。いずれベリルの奴も来る羽目になるんだろうが…ま、ギルドに顔を出すか」
冒険者ギルド
若き荒くれ者から、歴戦の猛者が集う場所。依頼斡旋から酒場と食堂が一つになった総合施設と言えば分かりやすいだろうか。ここに居るほとんどが低ランクの奴らだ。俺を含めて高ランクは【此処を】利用しない。
「っ!おいおい…アイツ」
「あの銀髪…腰の魔剣…」
周囲の声を無視して受付に向かう
「ギルドマスターは居るか?ビャクエンが来たと伝えてくれ…それと。この場にいる皆に飯と酒を」
金貨の入った袋を受付嬢に渡す。
「騒がせて悪かったな!好きにやってくれ!」
急激に盛り上がった酒場と荒くれ者達、その歓声に紛れる様にギルドマスターの執務室へ入る。
短く切った髪と、ドワーフのように豊かに蓄えた口・顎周りの髭、そして右眼に大きな傷跡がある男が座っていた。ギルドマスターのニダスだ
「久しぶりだな。ビャクエン」
「ニダス、貫禄が出たじゃないか」
各国を渡り歩く中で、ニダスとは顔見知りになった。気のいい男で冒険者ギルドのギルドマスターになったとは聞いていたがあまり変わっていない。
「久しぶりに故郷に顔を出してきたんだ」
「ほぉ…という事は会ってきたか?片田舎の剣聖に」
「…スレナか?」
「彼女だけじゃないぞ。今冒険者だけじゃなくレベリオ騎士団や魔法師団にも弟子がいるんだ。噂は聞くさ」
ベリルの噂は本人の知らぬ所で既に知れ渡っているようだ。アリューシア辺りの仕業かな。
「んで?戦って来たのか」
「…まぁ手合わせはしたな」
ガタッとテーブルから立ち上がるニダス
「マジか?で、で!?どっちが勝ったよ!」
「慌てんな。話してやるよ」
興奮状態のニダスにビデン村であった出来事やベリルとの手合わせまでを詳しく説明させられた。その後、業務時間が終わっても昔話が終わらずに酒場へ連行された。バルトレーンでの夜は更けていく。