とある魔術の自己証明《ドッペルゲンガー》   作:natsuki

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序章 その人間は、誰だったのか Replica
第一話


 

 学園都市には、奇妙な都市伝説がある。

 夜、人気のない歩道橋で自分と同じ顔の人間を見たら。

 決して振り返ってはいけない。

 

 

 ――そんな、どこにでもあるような噂話だった。

 

 

「……馬鹿馬鹿しい」

 

 少年は鼻で笑った。

 時刻は午後十一時四十八分。

 第七学区。

 人気のない歩道橋。

 補習帰りだというだけでこんな時間になってしまったことに、少年は軽くため息を吐く。

 街は静かだった。

 昼間なら学生で溢れ返る道路も、今は自動清掃ロボットが一定のリズムで走っているだけで、人影はほとんど見当たらない。

 学園都市の夜は、安全だ。

 少なくとも建前では。

 

「都市伝説、か」

 

 今日、教室で話題になっていた。

 最近になって急激に広まった噂。

 『もう一人の自分』。

 顔も。

 声も。

 歩き方も。

 癖も。

 全部同じ。

 ただ一つだけ違うのは。

 向こうは、必ず笑っているということ。

 

「……はっ」

 

 そんなもの居る訳がない。

 遺伝子情報も虹彩も指紋も、全部違う人間になる。

 学園都市でクローン技術が研究されているとは聞く。

 しかし、それは実験施設の話だ。

 街中を歩いている訳がない。

 ましてや、自分自身など。

 

「帰るか」

 

 歩道橋を渡り切ろうとした、その時だった。

 視界の端で。

 誰かが立ち止まった。

 

「……?」

 

 反対側。

 街灯の下。

 一人の少年。

 制服姿。

 学生。

 こちらを見ている。

 

「何だ?」

 

 距離は二十メートルほど。

 逆光になって顔はよく見えない。

 だが。

 何故か。

 酷く見覚えがあった。

 少年は一歩近付く。

 相手も一歩近付く。

 また一歩。

 また一歩。

 街灯の明かりが、ゆっくりと相手の顔を照らした。

 

「…………え」

 

 息が止まる。

 心臓が。

 鼓動を忘れる。

 そこに居たのは——自分だった。

 制服も。

 髪型も。

 癖毛の跳ね方まで。

 何もかも。

 鏡のように同じ。

 

「な……」

 

 喉が鳴る。

 声が出ない。

 すると。

 もう一人の少年は。

 にこり、と笑った。

 

「こんばんは」

 

 自分の声だった。

 

「今日は、僕の番だ」

 

 理解出来ない。

 意味が分からない。

 だが。

 本能だけが叫んでいた。

 逃げろ、と。

 少年は踵を返す。

 走る。

 全力で。

 歩道橋を駆け下りる。

 振り返らない。

 振り返ってはいけない。

 そんな都市伝説を。

 今だけは信じた。

 走る。

 走る。

 走る。

 だが。

 

「何で逃げるの?」

 

 耳元で声がした。

 

「っ!!」

 

 反射的に振り向く。

 居た。

 真後ろ。

 数センチ。

 笑っている。

 自分が。

 

「君は、本当に君なの?」

 

 その瞬間。

 世界が、ぶつりと途切れた。

 

 

     ◇◇◇

 

 

「……これで二十三人目です」

 

 モニターを見ながら、一人の男が呟く。

 暗い部屋だった。

 窓はない。

 壁一面に監視映像だけが並んでいる。

 

「対象、完全消失」

「痕跡なし」

「家族の記憶にも軽微な齟齬を確認」

 

 男は報告書を閉じる。

 そして。

 机の上に置かれていた一枚のファイルへ目を落とした。

 表紙には、大きく一行だけ。

 LEVEL 5、第六位。

 その下には。

 名前の代わりに、たった一言だけ書かれていた。

 閲覧権限不足。

 男は苦笑する。

 

「……やはり、始まってしまったか」

 

 その時だった。

 部屋の照明が、一瞬だけ明滅する。

 誰も居ないはずの部屋で。

 椅子を引く音がした。

 ぎい、と。

 男は反射的に拳銃へ手を伸ばく。

 

「誰だ」

 

 返事はない。

 静寂だけが続く。

 しかし。

 机の向かい側。

 さっきまで誰も居なかった椅子に。

 いつの間にか。

 一人の人影が腰掛けていた。

 逆光で顔は見えない。

 男は拳銃を構える。

 

「質問を変えよう」

 

 震える声で。

 

「……お前は誰だ」

 

 人影は少しだけ首を傾げた。

 そして。

 静かに笑う。

 

「それ、僕も知りたいんだ」

 

 その一言だけを残して。

 部屋の照明が再び点滅した。

 次の瞬間には。

 椅子は空になっていた。

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