とある魔術の自己証明《ドッペルゲンガー》 作:natsuki
「ここですの!」
黒子の空間移動によって、三人の景色が一瞬で切り替わる。
駅前広場。
数分前まで監視カメラへ映っていた地点だった。
夕暮れ時の広場には、多くの学生達が行き交っている。
制服姿。
買い物帰り。
部活動帰り。
いつもの学園都市。
事件など何一つ起きていないような、平穏そのものの風景だった。
「見当たらねえな」
上条が辺りを見回す。
「監視カメラでは、確かにここに居ましたの」
黒子は端末を確認する。
最後に映像が途切れた地点。
誤差は二メートルもない。
しかし、誰も居ない。
「逃げたのか?」
「いや」
土御門が静かに言う。
「居る」
「どこに?」
答えは返らない。
代わりに。
風が吹いた。
夏の終わりを思わせる、生暖かい風だった。
「……上やん」
土御門の声が低くなる。
「右を見るにゃー」
ゆっくりと。
上条は振り向く。
居た。
街路樹の陰。
一人の男子高校生が、静かにこちらを見ていた。
制服。
鞄。
少し長めの前髪。
監視カメラへ映っていた少年。
榊原悠真。
「榊原さん!」
黒子が一歩前へ出る。
「あなたに聞きたいことがありますの!」
返事はない。
榊原は、じっと三人を見つめているだけだった。
「……逃げるぞ」
上条が呟いた。
その瞬間。
榊原は踵を返して走り出した。
「待ちなさい!」
黒子が空間移動を発動する。
一瞬で榊原の前方へ回り込む。
しかし。
「なっ!?」
榊原の姿が揺らいだ。
陽炎のように。
或いは、蜃気楼のように。
次の瞬間には、黒子の横をすり抜けている。
「空間移動を避けた!?」
「違う!」
土御門が叫ぶ。
「位置が書き換わってる!」
意味が分からない。
だが、上条には一つだけ分かった。
「追うぞ!」
三人は一斉に駆け出した。
◇◇◇
人気のない裏路地。
榊原はようやく足を止めた。
肩で息をしている。
追いついた上条も息を整える。
「もう逃げねえのか」
榊原は振り返った。
その顔には、恐怖が浮かんでいた。
監視カメラで見た笑顔はない。
ただ怯えている。
一人の高校生が居るだけだった。
「お願いです」
震える声だった。
「助けてください」
三人は顔を見合わせる。
「何?」
黒子が聞き返す。
「あなたは失踪したんじゃ――」
「違います!」
榊原は首を横へ振る。
「消えたのは僕じゃない!」
その言葉に。
土御門だけが目を細めた。
「……続けろ」
「僕は榊原悠真です」
涙を堪えるような声だった。
「でも」
「みんな」
「僕を見なくなった」
世界がおかしくなった。
先生も。
友達も。
寮監も。
みんな。
ある日から。
突然。
自分を知らないと言い始めた。
「なのに」
榊原は自分の胸へ手を当てる。
「僕は僕なんです」
その一言だけが。
どうしようもなく切実だった。
上条は思わず口を開く。
「だったら――」
その時だった。
パンッ!!
乾いた破裂音。
榊原の肩が大きく揺れた。
「がっ……!」
血が飛ぶ。
「狙撃!?」
黒子が叫ぶ。
「伏せろ!」
二発目。
三発目。
コンクリートが砕ける。
裏路地の壁へ弾痕が穿たれる。
土御門が屋上を見上げた。
「来たか」
「誰ですの!?」
答える代わりに。
ビルの屋上へ、三つの人影が現れた。
全員が白い戦術服を纏っている。
顔は仮面で隠されていた。
胸元には、銀色のエンブレム。
そこへ刻まれていたのは、一枚の鏡を象った紋章。
「……MIRROR」
土御門が苦々しく呟く。
「暗部ですの?」
黒子の問いに、土御門は短く頷いた。
「ああ。学園都市で一番、存在しちゃいけねえ組織だ」
そして。
屋上の中央に立つ男が、静かに銃口を榊原へ向ける。
「対象を確認」
感情のない声が響く。
「置換対象S―23」
「処分を開始する」
上条当麻は、その言葉の意味をまだ理解していなかった。
だが、一つだけは分かる。
今、目の前で助けを求めている少年を見捨てる理由など、どこにもなかった。