とある魔術の自己証明《ドッペルゲンガー》   作:natsuki

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第二章 第六位         Unknown
第九話


 静寂だけが残っていた。

 ほんの数秒前まで銃声が響いていた裏路地は、不気味なほど静まり返っている。

 白い戦術服の男達は、一人残らず姿を消していた。

 

「……逃げた?」

 

 上条当麻が辺りを見回す。

 

「違いますの」

 

 白井黒子は首を振った。

 

「あれは撤退ですわ」

 

 能力者としてではなく。

 組織として。

 あまりにも統率の取れた動きだった。

 まるで最初から、それが決められていたかのように。

 

「第六位が介入した、と言っていましたね」

 

 土御門は黙って煙草を取り出した。

 火は点けない。

 ただ指先で転がしているだけだった。

 

「どういう意味だ」

 

 上条が尋ねる。

 

「その第六位って奴は敵なのか?」

「……俺にも分からねえ」

 

 土御門は珍しく素直に答えた。

 

「少なくとも一つだけ言える」

「何だ?」

「さっき俺達を助けたのは、MIRRORじゃない」

「第六位?」

「恐らくな」

 

 その言葉を聞いていた榊原が、小さく震えた。

 

「また……」

 

 掠れた声だった。

 

「また、あの人が……」

 

 全員の視線が榊原へ集まる。

 

「知ってるのか?」

 

 上条がしゃがみ込み、目線を合わせる。

 榊原は唇を噛んだ。

 

「……会ったことは、ありません」

「ありません?」

「声だけです」

 

 静かな夜風が吹き抜ける。

 

「僕が最初に世界がおかしいって気付いた日」

 

 榊原は遠くを見るように呟いた。

 

「誰も僕を覚えていなくて」

「先生も」

「友達も」

「寮監さんも」

「全部、知らないって言うから」

 

 拳を握る。

 

「怖くなって逃げたんです」

「それで?」

「橋の上で」

 

 一瞬だけ、榊原の表情が強張る。

 

「声が聞こえました」

『振り返らないで』

 

 誰の声だったのか。

 男なのか。

 女なのか。

 今では思い出せない。

 

『君はまだ消えていない』

『だから、逃げなさい』

「それだけ言って」

「姿は?」

「見てません」

 

 榊原は首を横へ振る。

 

「振り返るなって言われたから」

 

 土御門が眉を寄せる。

 

「……ますます分からねえな」

 

 その時だった。

 黒子の携帯端末が震える。

 着信ではない。

 通信でもない。

 画面が、勝手に点灯した。

 

「何ですの?」

 

 ロックされていたはずの端末へ、一行だけ文字が表示される。

 

『その少年を連れて、第七学区第五演算施設跡地へ』

「誰!?」

 

 黒子はすぐに周囲を見回す。

 人影はない。

 通信記録も残っていない。

 だが。

 次の一文が表示された。

 

『時間は二十分』

『遅れると、本当に消える』

 

 画面が暗転する。

 メッセージは跡形もなく消えていた。

 

「ハッキングですの?」

 

 初春が慌てて端末を受け取る。

 

「ログがありません!」

「そんな馬鹿な」

「侵入された形跡もないです!」

 

 土御門は黒子の端末を一瞥すると、小さく舌打ちした。

 

「魔術じゃねえ」

「科学でもない」

「じゃあ何ですの?」

「……知らねえ」

 

 その答えに、黒子は驚いた。

 土御門が「知らない」と言う。

 それは本当に知らない時だけだ。

 

「どうします?」

 

 初春が尋ねる。

 黒子は少し考えた。

 これは罠かもしれない。

 MIRRORの誘導かもしれない。

 だが。

 もし本当に榊原が消えるのなら。

 風紀委員として見過ごすことは出来ない。

 

「行きますの」

「待て」

 

 その決断に異を唱えたのは、意外にも上条だった。

 全員が振り向く。

 上条は珍しく真剣な顔をしていた。

 

「一つだけ気になることがある」

「何ですの?」

「さっきさ」

 

 榊原を見る。

 

「お前、俺の世界には居たんだよな」

「え?」

「でも、お前の世界には俺が居なかった」

「……うん」

「じゃあ」

 

 上条は静かに言った。

 

「何でお前、俺の名前を知ってるんだ?」

 

 その瞬間。

 榊原の表情が凍り付いた。

 

「……あ」

 

 今、初めて気付いた。

 自分は一度も「上条当麻」という名前を聞いていない。

 なのに。

 自然に知っていた。

 

「違う……」

 

 榊原は一歩後ずさる。

 

「違う」

「僕は」

「知らない」

「知らないはずなのに」

 

 頭を押さえる。

 大量の記憶が流れ込んでくる。

 知らない教室。

 知らない友人。

 知らない景色。

 そして。

 一人の少年。

 何度も何度も、誰かを助けようと走る背中。

 

「やめろ……!」

 

 榊原が苦しげに叫ぶ。

 その瞳が、一瞬だけ金色に染まった。

 同時に。

 空気が震える。

 周囲の街灯が一斉に明滅した。

 

「また始まりますの!?」

 

 黒子が身構える。

 しかし。

 違った。

 世界は歪まない。

 代わりに。

 榊原のすぐ背後、誰もいなかったはずの空間へ、一人の人影が現れていた。

 黒いフードを深く被り、顔は見えない。

 男か女かさえ分からない。

 ただ、その人物は榊原の肩へ静かに手を置いた。

 

「思い出さなくていい」

 

 落ち着いた声だった。

 

「それは、君の記憶じゃない」

 

 上条が反射的に前へ出る。

 

「お前!」

 

 しかし。

 黒衣の人物は顔を上げることなく、小さく笑った。

 

「君は変わらないね」

 

 その一言だけを残して。

 榊原と共に、二人の姿は蜃気楼のように揺らぎ――静かに夜の空気へ溶けていった。

 その場に残されたのは、誰にも送信履歴の残っていない一件のメッセージだけだった。

 

『ようこそ。"存在証明"へ』

 

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