ISSOC -IS特殊作戦群-(リメイク版) 作:インフィニット・ストラトス
趣味で書き進める関係上、不定期投稿になります。予めご了承ください。
世界がおかしくなったのはいつからだろう。
おれが生まれたときは、何の変哲もない平穏な日常で、少なくともルークやウォルターも同じ状況だったと思う。
「起動コマンド。七、三、六、八、七、二」
きんっ、と、装着しているマルチフォーム・スーツから頭を通して響く、透き通るような金属音。
「〈被膜装甲〉、〈絶対防御〉、〈推進機関〉ともに問題なし。〈エネルギー残量〉、〈レーダーレベル〉問題なし──」
子気味の良いシステム音を奏で、ウィンドウを操作し、それら一つずつを丁寧に消していきながら確認作業をする。
時刻は早朝一時を過ぎたころで、天候は曇のち雨。今はステルス機の中にいるためその影響は受けないが、ぽつ……かん……と、装甲に当たる雨音が機体の中で反響・こだましている。
「──カレン、確認抜けはないか?」
「問題ない。
全システムオールグリーン、作戦に問題なし」
すると、おれを内包した戦闘服を格納し、そして禍々しいポッドと対になるように別の同機体に包まれている彼は、おれの機体にチェックの”抜け”がないか、相変わらずの抑揚のない声で話しかけてくる。
彼──ルークはおれを一瞥すると、その特徴的な長い銀髪のポニーテールを揺らして、目つきの鋭い碧眼をこちらに向けてくる。
ルーク─・アッシャーという男。
冷淡な女顔にプラチナブロンドの長髪のこの人物は、同僚であり、ついこの間、一歩先の階級に進んだ人物だ。また彼には隊長の任があり、おれにはその部隊員の任がある。
そして、そのルークとおれ達には今、共通するとある物が存在する。身体に着用している人造筋肉製の黒い戦闘服もそうだが、その先にある、身体を延長するかのように装着された装甲や推進機関もそれに該当する。
──〈IS〉
正式名称を〈インフィニット・ストラトス〉というそれは、天才科学者であるタバネ・シノノノが開発した宇宙用マルチフォーム・スーツである。
だが、宇宙用とはいったものの、現在は大気圏内用として運用されるに留まっている謎の代物だ。
このふざけた謎の兵器を纏う姿は、かつての中世の騎士や、ジャパニーズ・ブシに似ている物もあるらしいが、どう考えても、おれ達の纏う〈インフィニット・ストラトス〉はそれ染みた代物ではないのは確かだ。
おおよそ装甲と呼ぶには程遠い、羽虫のような禍々しい見た目に、鳥類のように細長い脚と足。
これらは〈IS〉の一種に該当する機体であって、正式名称を〈スローター・ハウンド〉といい、おれ達”ISSOC”の主力機になる。
「──げぼっ」
いくばくかの後に、飛行艇内にいる誰かが胃の内容物を吐き出す。遠くを見ると、それまで元気だった──と思われる──同僚の一人が急にポッド内でもがき、そして苦しみだした。
しかし次の瞬間には、常駐している他の仲間がステルス機内のスタッフに何事かを呟くと、スタッフはもがく仲間に何か円筒形のものを押し当てていく。
圧搾音。
痙攣が収まると、その仲間も何事かを呟いた周囲の仲間も安堵の表情を浮かべる。
「〈薬〉を惜しんだのか。哀れだな」
ルークの声だ。彼はまるで他人事のような冷淡な口調で吐き捨てると、おれに向けて切れ長の眼を流してくる。「……お前は、ちゃんと打ったか?」
その無機質な様相を一つも変えず淡々と聞いてくる彼に「あぁ」と返答する。
おれ達には、あの円筒形のシリンジに入った半透明の〈薬〉が必要で、これがないとおれ達は〈スローター・ハウンド〉はおろか、身体を動かすことが出来ないという絶対的な決まりがある。しかしこれのせいで、種としての繁殖は不可能になっているのだが。
『ポッド閉鎖まで残り三分だ。各員、投下の準備はいいか』
おれ達の乗る、不可思議な柔らかい壁が特徴的な航空機、その通信員兼パイロットの声。
『視界が悪いってんでここまで高度を落としたが……皆寝てんのかね』
『対空砲火も対空ミサイルの反応もなし。雨や曇りのせいもあるが、確かに此処まで呑気だとは思わなんだ……』
通信員達の声は〈スローター・ハウンド〉を通じて指向性音声でやってくる。チャネルはオープンで、軽快なその声を聴く度に、今は遠くで一人佇んでいるウォルターが、夜に必ず聴いているアナクロなラジオ、そのMCを想起させた。
昨今のラジオといっても、大まかなところは従来とさほど変わりはなく、変わった点を話すとすれば、せいぜいチャネルが固定化され、より語彙が少なくなったくらいか。
重苦しい異音が雨音を遮り、次いで暗転する。静寂に包まれた世界と、異様に密着するポッドの柔肉。ブルーライト処理の施された旧式のモニター類が、密閉された冷たい空間の中に暖かな光をともす。
鼓膜を破くように押し込まれる大気。おれ達が入っているポッドは、閉じると同時に内部の減圧作業が始まる。
閉塞感と圧迫感はそれによるものの一つ、と考えてもいい。
『ポッド内減圧完了、先導射出まで三分。各員、衝撃に備えよ』
身体が〈スローター・ハウンド〉たちの当初のコンセプトのように、宇宙空間に投げ出されるような、加えて抑圧から解放されるような感覚を覚える。加えて時間は深夜なため、暗視機能とサーモカメラが自動的に起動し、徐々に地表を捉える。
──この世界をこの世界たらしめたのは、あのふざけたバニーガール──タバネ・シノノノのせいだ。
はじめてその顔をスコープ越しに除いた時のひりついた感覚を、おれ達は今でも忘れていない。読唇術に長けたウォルターによれば、おれ達が彼女を警戒する前からすでにこちら側に気づいていたと話していたという。有り得ないというのがここでの常だと思いたいが、お生憎様、彼女にはそれすらも通用しないのが事実らしい。
ついこの前のように感じる、第三次大戦の機運が高まっているころには”白騎士事件”なんて考えていなかったし、おれ達のような一応の若年層にとどまらず、ある程度の経験をした中年、老人でさえもその対応に難色を示していたのだから、この先など解るはずもないだろう。
この先の世界は、どうなっていくのだろうか。『そろそろ、か……』
地表間近でポッドがアルカリ性の液により溶解し、地表に降り注ぐ。案の定というべきか、地表にいた何匹かの動物がアルカリに悶え、金物の雨にその身を砕かれる。
『アーメン。
まるでジャパニーズの”タライ・パフォーマンス”みたいだ』
隊員のアレクセイ特務少尉が、眼下の肉の花を見て渇いた笑いを漏らす。『アジア人への皮肉ですか?』多文化共生の考えが強いウォルターが、『いいや、かのチャップリンより滑稽だなって思っただけだよ』と含みを放つアレクセイに向けて不満を顔に出すと、ルークの顔を見る。どうやら返答に困っているらしい。
──チャップリンは身体を大いに使って、視覚情報だけで様々な社会問題をコミカルに表現したが、彼──アレクセイの言う事柄は、”社会問題”という事柄を大胆に取っ払い、単なる”エンターテインメント”に成り下がった同盟国への静かな憤りなのだろう。
事実として、彼の趣味はゴシップネタを集める事で、マニュアルのような動きを見せるウォルターとは対照的な意味で多文化的なところが散見される。
『作戦時間が無くなる。進むぞ』
『すみませんでした。慎みます』
『へいへい……』
隊長──ルークの鋭い声によって活を入れられる二人。『”ISSOC”一番機からコントロールルームへ。作戦領域への侵入完了。タッチダウン完了後、機体を分離します』彼は即座に司令室につなげ、手早く報告する。
『こちらコントロールルーム。
了解しました。作戦時間が超過する可能性がある際などは、随時ご連絡をお願い致します』
『了解した』
──Terrain……Terrain……
しばしの時間と共に、地表が目の前に迫る。
この〈スローター・ハウンド〉をはじめとしたISには、重力による制限を寄せ付けない〈AIC(アクティブ・イナーシャルキャンセラー)〉という特徴がある。どういう技術なのかは、かのウサギ女と技術屋の人間しか知らないわけだが、空中をスラスターユニットなしで活動できるのは、隠密行動を伴うおれ達にはうってつけの代物でもある。
『ついこの前のHALO降下が怖く感じますね』
『おっとウォルター、何か臭わねぇか?』
『……撃ちますよ?』
『うお、おっかねぇ』
HALO降下、即ち高高度落下低高度開傘という名の地獄が舞い降りた、などとどこの誰かがぼやいていたのを思い出す。
勿論、降下中の射撃は国際条約で禁止されているが、アレクセイがよく言う『リスキル(リスポーン・キル。ゲーム上の、敵が湧いた所や近くで速やかに戦闘不能にすること)』を考えると、その意味も一理あるといえる。
そんなことを言っても地獄は滅多に舞い降りないし、作戦には相応の報酬をもらっているのだから、そんなことを言える立場ではないのだが。けれど、彼らの言っていることは同じく納得がいくのも確かだ。
我々は常に死と隣り合わせで、それは母国に帰って来た時も同じだからだ。
『ここが……アリススプリングス近郊……』
後続部隊の感嘆した声が聴こえる。
アリススプリングスから西へ約二キロ、辺りはユーカリの生い茂った森林地帯で、かつては観光地として有名だったらしいが、問題視されていた治安の悪化に歯止めが効かず、ついにはおれ達〈国連安全保障理事会直属 IS特殊作戦群〉が動く程の事態になってしまった。
「隊長、指定座標までもうすぐです」
真後ろで着陸脚を展開しながら降下しているウォルターが、病的に白い肌と短い金髪に汗をかきながら小さく深呼吸をする。「さすがオーストラリア。雨でも暑い……」
しばらくすると、そのうっそうと茂った木の葉の中に、この機体を通して視える矢印型の座標アイコンが間近に現れ、やがておれ達を迎え入れる。
『チーム・アルファ、タッチダウン』
『了解しました。
部隊分離後、隊員はリーダー、及びオペレーターからの指示に従って行動してください』
『了解した。
全機、IS制御オートマティック。第一部隊のトレーサーは私、後方をウォルターとアレクセイで固める。
偵察。』
『『『了解』』』
〈スローター・ハウンド〉──ISを脱ぐと、機体から特殊作戦装備を手に取り機体とハイタッチを交わし、慣れた動きで前を進むルークに続く。
後ろを見ると、それまでおれ達に従っていた機体群が、まるでマリオネットのような不可思議な動きで自立し、空を舞う。
「面白いよな、アレ」
アレクセイの飄々とした声に、おれは顔を彼に向ける。「……別に」
「強がんなくてもいいじゃねぇかよ。
アレがつまんねえわけがない。実証されたIS用のAI、それに慣性装置と筋繊維の複合で動いてんだから、まったく開発局ときたら頭がトんでやがるとしか思えねえもの」
「やけに詳しいんだな」
「なーに、人づての情報だよ。俺にかかればこんな情報──」
そう言うと両手でかぎ爪を作り、頭の位置で指を器用に折り曲げてエアクオートをする。「……装備を離すな。任務中だぞ」「へぇへぇ、ルークさんよ」ルークの指摘に、おれも心を入れ替え、特殊作戦装備のグリップを強く握り、ぬかるんだ森を歩んでいく。
[〈スローター・ハウンド〉二番機より全部隊へ。
進行方向遠方に乱層雲を確認。荒天時の乱戦に注意]
小気味の良い通知音で流れてくるのは、今は高高度にいるであろう〈スローター・ハウンド〉の感情のこもらない機械的な音声。『チーム・アルファ了解。引き続き索敵・進行を行う』[ご武運を]
葉を伝って、大きい雨粒がゴーグルをマウントしたヘルメットに当たり、防水処理の施された黒い戦闘服から仄かに蒸気が立ち上る。
この時、作戦開始からおよそ十分が経過していた。
◇
祈りは運ともいう。運は祈りとも言い、それはお互いの末尾を喰い合って滅する。
これらで構成された世界を理想郷と言い、理想郷は現実で潰える。
知っているか。運と祈りで構成し謳歌していた世界の事を。
その世界を、おれ達は社会と呼んで蝕んでいたのだ。
インフィニット・ストラトス、続き待ってます。
追記:公式設定資料集も待ってます。