恋愛リアリティ番組で知り合った体格差カップルの話 作:ヒロ@一次創作
落下が落ち着いたことを確認したスタッフたちが、周囲に散らばる機材を避けながら豪と美桜に駆け寄ってくる。
「大丈夫ですか!?」
「怪我ありませんか!?」
「美桜さんは大丈夫だと思いますが、念のためしばらく安静にしてください。」
「黒崎さんは!?」
「俺も平気ですよ、鍛えていますからね。」
問われた豪は即答。その自然な口ぶりとあまりにも説得力のある理由のせいで、誰もが『黒崎豪はケガをしていない』と判断し、それ以上豪に追及する者はいなかった。
結果として撮影は一時中断はしたものの大事にはならず、この状況を撮影していたカメラもあることから、アクシデントを装ったイベントの一つとして扱い、放送される判断が為される。
しかし美桜だけは気が付いていた、豪は平気ではない。
ハッキリと耳にしていたから。
彼が身体を起こすときに一瞬だけ漏れた、苦痛を嚙み殺すために漏れた苦悶の声を。
その後も豪はこれまでと変わらず過ごしていた。
「ええ、明日の企画参加に問題はありません。」
スタッフとコミュニケーションをとり。
「普段の試合でもっと先輩方に可愛がられてますから…あ、これはオフレコで。」
他の参加者を笑わせる。
その姿はスタッフや参加者が求める完璧な『プロレスラー:黒崎豪』の姿であり、彼の言葉を疑う者は無かった。
ただ一人、美桜だけを除いて。
夕食後、皆がリビングに集まり歓談しているなかで、美桜はテラスで一人海風に当たって涼む豪を見つけた。
「豪さん」
「ん?」
振り向いた豪はいつも通り笑った。
「どうした?」
「怪我、してますよね。」
豪の表情は変わらない。
「してないよ。」
「してますよね。」
「してないって。」
「してます。」
珍しく強い口調で退く気配のない美桜を見て、豪は困ったように頭を掻く。
「まさかバレるとは思わなかったよ。ポーカーフェイスは得意なんだけど。」
「やっぱり…」
「病院に行くほどじゃないし普段から慣れている痛みだよ、これは本当。」
「でも痛いんですよね。」
「多少はね、鍛えていても痛いものは痛い。まあでも大丈夫、打撲だと思うし。」
「思うって、そんな。」
「大丈夫だよ、本当に。」
誤魔化し続ける豪の態度に、美桜は無性に腹が立った。
それはこれまでの人生で感じたことがない種類の怒りであり、気付けば声を荒立てていた。
「全然、大丈夫じゃないです。」
「美桜さん?」
「どうして隠すんですか?」
その声に確かな怒りを感じ取った豪は、少し黙ってから、正直に言うことにした。
「美桜さんを心配させたくなかったんだけど…結局心配させてしまったね、ごめん。」
「……」
「それに、番組としてもプロレスラーの俺にこういった画を求めていただろうし。」
練習や試合でのケガや痛みは豪にとっての日常であり、それを見せれば集中的に狙われるから、隠す習慣が付いていた。
でもそれ以上に『美桜を心配させたくない』という大きな理由があったから、尚更大丈夫だとアピールしたのだ。
だけどそれは豪だけの理屈。
「慣れてません。」
「豪さんが怪我しているところを見るの、私は慣れてませんから。」
目を潤ませた美桜の震える声での訴えに、豪は目を瞬かせる。
怒られるか、はたまた呆れられると思っていたのに。
美桜は心配してくれたのだ、本気で。
「ごめんね、今度はちゃんと言うようにするよ。」
「次があったら困ります」
「おっしゃる通り。」
拗ねたような美桜の声を受けて、豪が反省の意を示しながら答える。
その後微かな間を置いて、2人は少しだけ笑った。
「豪さん」
「うん?」
「助けてくれて、ありがとうございました。」
「…ああ、間に合って良かったよ、本当に。」
豪の言葉は当たり前のことをしただけと言わんばかりに軽かったが、美桜には違う。
あの瞬間、豪は自分が怪我をする可能性なんて考えずに飛び込んで、助けに来てくれた。番組撮影で知り合って間もない、自分のことをだ。
その事実が胸から離れないまま部屋へ戻りベッドに入ると、頭に浮かんでくるのは抱き締められた感触と『護ってくれている』という安心感。
そこで美桜はやっと自分の心に向き合うことが出来た。
豪に会いたい、豪も笑っていて欲しい。そして…豪と一緒にいたい。
痛いくらいに鼓動する胸に生まれて初めて芽生えたこの感情に付ける名前を、美桜はまだ知らなかった。
本日ももう一話投稿します。