「……さて、そろそろですか」
その日、私は見晴らしの良いビル内で小鳥遊ホシノの到着を待っていました。
今私のいる場所は私の管轄ではなく、カイザーの所有するビルであるため、手持ち無沙汰に研究を始めることもできません。その上、監視カメラが設置されていることもあり下手な発言はできないのが現状です。
時計の秒針がカチカチと音を立て、約束の時間になり……そこから数十秒程度で、エレベーターが音を鳴らし到着。
「……」
「これはこれは。お待ちしておりましたよ、暁のホル……いや、ホシノさんでしたね。これは失礼」
あるべき姿をなぞる様に私は言葉を紡ぐ。
「いやいや、キヴォトスにはまだ馴染めていなくて。こちらへどうぞ、ホシノさん」
私はデスクの正面に置かれている椅子へ案内する。
「……黒服の人、今度は何の用なのさ?」
「……ふふ、状況が変わりましてね。今回は再度、アビドス最高の神秘をお持ちのホシノさんにご提案をしようと思いまして」
状況が変わった、そう、元あるべきように───先生の来訪によって───
「提案?ふざけるな!!!それはもう……!!」
「まあまあ、落ち着いてください」
私は書類を小鳥遊ホシノの目の前に置く。
「……!?」
「お気に入りの映画の台詞がありましてね。今回はそれを引用してみましょう」
「あなたに、決して拒めないであろう提案をひとつ」
「興味深い提案だと思いますので、どうかご清聴ください」
「───アビドス高校を退学し、私共の企業に所属する……その条件を呑んでいただければ、今アビドスが背負っている借金の半分近くをこちらで負担しましょう」
「ククッ、ククククッ……さあ、答えを聞きましょう。もしイエスならばこちらにサインを」
「……何度も言ったはずだよ、断るって」
「……そうですか。では、その書類は一旦お持ち帰りいただいて結構です。もし、気が変わって頂けたのなら……その時は、ククッ、よろしくお願いいたしますね?……ああ、それと、これは単なるサービスとしての情報提供ですが───」
私は書類を丁寧に折り畳みながら言う。
「……なにさ?」
「あなた方の行きつけの飲食店がありましたね?……そちらの方に、ゲヘナ学園の方々が押し寄せてきているそうです。あの場所やそこに居る彼女たちがどうなろうと、私の関知したことではありませんが……例え、先生が居たとしても彼女らだけでは苦戦は必至でしょう。行って差し上げてはどうですか?」
「……」
訝しげな眼差しでこちらを見つめ、やがて封筒サイズにまで折りたたまれた書類を雑に懐に仕舞い込むと、躊躇せずに空いている窓を乗り越えて飛び降りる。
───既に原因不明のバタフライエフェクト……原作との乖離が垣間見える今、安全策は張っておくに越したことはないと判断しました。
例えばの話ですが、先日の私との邂逅について彼女が夜通し考え込み、結果として肝心な時に寝てしまいシッテムの箱のバリアが貼られずにゲヘナからの砲撃で先生が死んでしまうなんてことが起こってしまえば、全てが終わります。
……想像できてしまうのがイヤですね。
「……さて、私も一度、拠点へ帰るとしましょうか。未だにアビドスにおける最大規模の研究目標───『エレウシスの秘技の再現』、または『ペルセポネの恩寵を賜る儀』、或いは───『
私は笑いを零しながら、カイザーのオフィスを後にする。
……ええ。当然、エレベーターを利用してですが。
そして数日後、その間特筆すべき事柄もなく、私は再び同じ場所で小鳥遊ホシノと契約を交わしていました。
「……これで良い?」
「……はい、確かに。契約書にサインも頂いたことですし、これでホシノさんがお持ちの生徒としての全権利は私の下に移譲されました」
「これで正式に、アビドス高校が背負っている借金の大半はこちらで負担することとしましょう、安心してください。悪いようには
えぇ、私が何をどうしようと、ね。
「ホシノさん。拘束は苦しくありませんか?」
「……別に平気だよ。それで、これは……」
困惑している様子ですね。ええ、そうでしょうそうでしょう。
「ククッ、それはよかった───さて此処で何をするのか、ですが……まずはこれを見ていただきましょうか。現在のアビドスの様子です」
上部に取り付けられたモニターが映る。
そこには無数のカイザーPMC兵士に壊されるアビドスの町並みとアビドス高等学校、別館の映像が映り込んでいた。
此処までやれと言った覚えはありませんが……まぁ彼の上司ではありませんからね私は。
「───な、何で……何をしてる!?どうして、どうしてアビドスを、街を攻撃するんだ!!」
動揺のあまり、ホシノの
「……どうしてと言われましても……何もおかしいことなどはありませんよ、ホシノさん。あの借金の大半はきちんと返済させていただきますとも。それが、私たちの間に交わされた約束ですから。それはそうとして……あなたが退学してしまい、あの学校にはこれ以上、公的な生徒会メンバーが残っていないようですね。それでは学校は成り立たないでしょう」
「……!!」
「私が何故、あんなくだらない企業の、詐欺紛いの行為を支援していたのだと思いますか?」
「冗長な語りは止めにしましょう。私たちの狙いは最初からあなたでした。あなたに契約書へサインしてもらうこと、あなたに関するすべての権利を頂くこと。その目的のため、カイザーと利害関係が一致したことによって協力していたに過ぎません。私共の企業への所属、それがカイザーだとは一言も言っていない筈です」
「あなたのようなアビドス最高の神秘を手に入れたのに、まさかそれを勿体ない形で消耗させるなんてことは致しません。あなたを実験体として研究し、分析し、理解する。この興味深い実験こそが私が観測を渇望していたもの───」
私はそこで言葉を区切る。
「───……そっか……。私は……また、大人に騙されたんだ。……ごめん。みんなり私のせいで、全部……」
……。
「シロコちゃん、ノノミちゃん、セリカちゃん、アヤネちゃん。───ユメ先輩……ごめん……私は───」
「───……先生」
…………さて。
「───感傷に水を差すようで申し訳ありませんが、私の話はまだ終わっていませんよ。小鳥遊ホシノさん」
「……」
「話を続けましょうか。あなたを実験体として研究し、分析し、理解する。この興味深い実験こそが私が観測を渇望していたもの───ではありません」
「……なにをいって───」
───ククッ……クックックックック……!
「───時に、ホシノさん……死んだ人間が此の世に蘇ったとしたら……それはそれは、とても素晴らしいことだと───そうは、思いませんか?」