シスターフッドの長であるこの私、歌住サクラコが生まれ育ち、心から愛してやまない母校、トリニティ総合学園。
キヴォトス三大学園とも言われ、由緒正しい伝統と格式を持ち合わせていますが、一方でその長い歴史と複雑な成立の経緯からキヴォトスにおいてもっとも派閥における争いが水面下で複雑に絡み合っている場所でもあります。
そんな我が校では敵対的な派閥だけでなく組織内の身内にも弱みを見せる事が命取りとなる場合があります。
それは派閥のトップともなればとりわけそうで、私のような立場の者はとりわけ日々の行動にも気を配らねばなりません。
ただ何故か私は普通にしているはずなのに妙な勘違いをされてしまう事が多々あるのですが……ともかく、そういった環境下では少しお医者さんに見てもらいたいな、なんて思っても気を使わねばなりません。
そこにおいて現在、どの勢力とも密接な関係を築かずに独立した立ち位置にいる救護騎士団はとてもありがたい組織になっていると思います。
これはティーパーティーに参加できる資格と知識を有している救護騎士団団長、蒼森ミネさんの指針と人徳のおかげに他なりません。
分け隔てなく『救護』を行おうとするその志――まぁその志が苛烈過ぎてトラブルが起きる事も多々ありますが……――そのおかげで、私も今こうしてあくまでこっそりとですが気になった症状の診察を受ける事ができるのです。
「あら~、サクラコさんではありませんの? このワタクシの救護室に訪れたということは何か気になる事でもございまして? お任せくださいまし! この救護騎士団副団長、
反り返らせた手のひらを口の横に当てて笑う、いわゆるお嬢様笑いを高らかに響かせるフミさんに、私はつい苦笑いをしてしまいました。
風我フミさん。トリニティ総合学園の三年生であり、言ったとおり救護騎士団の副団長を務めておられる方であり、そしてこのトリニティーの内科医でもあります。
彼女の見た目で一番に目につくのはやはりその髪型だと思います。
胸下程まで伸びている美しい金髪はその下半分がぐるぐると巻いてあってそれがとても印象的だからです。ちなみにマリー曰くあれは世間では縦ロールという呼ばれ方をしているそうです。さすがマリーは物知りですね。
後頭部には鮮烈な程に赤い紅赤のリボンを輪っかが二つできる形で結んでいます。
頭の上には当然救護騎士団のナースキャップが。
服装もこれまた彼女らしい個性が出ていると思います。
まず上に白衣をまとっていてシルエットだけで言えばミネさんに近いのですが、問題はその白衣の下です。開かれた白衣の下のシャツはワインレッドで胸元が大きく開いています。ただでさえ大きなお胸をしていらっしゃるというのにその……同性でも目のやり場に困るところはあり……さらには、スカートも短く黒タイツを履いているとはいえそちらもそちらで目のやり場に困ります。
細部で言うと足元は赤いハイヒール、そして手は白手袋をつけています。
またこれは私達にははっきりと分からないのですが、どうも私達生徒のヘイローの形をそれぞれ違うものと認識できる先生曰く、彼女のヘイローは赤色楕円形で中央に横一本の線が入っている形のようです。それこそ私達生徒にはそれを認識できないのですが、想像してみるとなんだかお薬のカプセルみたいですね、とちょっと思いました。
そして私達キヴォトスの生徒が持つ生活必需品の銃ですが、彼女はこれまた派手な機関銃――銃身全体が金色のルイスガンで、上部にあるパンマガジンには赤い三本首の蛇が描かれている――を所持して立っているときはそれを腰の後ろに回していて、名前は《オーバードーズ》と言うそうです。
つまりは、総じてとても派手なのです、彼女は。
「ええ……その、よろしく願いしますね」
「あらまあそんな他人行儀になさらなくても? ワタクシとサクラコさんの仲じゃありませんの! 今更ですわよー! オホホホホホホホホ!」
そしてまあ、このように本人もなかなかに個性的な方なのも彼女の印象をより派手にしているところはあります。
彼女の日常における言動から受ける印象は、良く言えば明るく前向き、悪く言えば……能天気で単純、でしょうか。
頭が良い方なのは間違いないのですが、普段の行動に関してはもう少し慎みがあっても……と思うことはあります。公の場ならしっかりできる方でもあるのですが……。
そして彼女にはもう一つ他の方とは違う部分があります。それは先程の発言の中でミネ団長の事を呼び捨てにした事からも伺えるように、彼女はミネ団長とは幼馴染の間柄なのです。
「あっはい……ありがとうございます……」
「もう、つれないですわねぇ。まあそんな事はさておき、本日はどうされましたか?」
「ええ……実はまた胃痛がしまして、胃薬を処方して貰えればと」
「わかりましたわ。恐らく今回もストレスによるものでしょうけれども、一応診察はさせていただきますわね。シスターフッドの長たるサクラコさんに何かあってはいけませんもの」
あくまでお話を伺っただけの伝聞ですが、お二人は幼少期から親しくしておられ、そしてその頃から救護の活動に興味があって自分にできる範囲の事をしておられたのだとか。
実を言うとこの私もフミさんとは昔からそれなりのお付き合いのある相手なのですが、お二人はそれよりもずっと古いお付き合いをしておられていて、ミネ団長もフミさんも今のお姿からはどんな幼少期を過ごしておられたのか想像もできません。……別に悪口ではないですよ?
おっと、つい自分で自分に弁明してしまいましたね……。
ともかく、それほどフミさんはミネ団長の近くにいて、それでいて共に救護騎士団へと入り団長と副団長の座につけるほどの人物であるという訳です。
「はい、ではお口を大きく開けてくださいね、あーん」
「あーん……」
それゆえに私も彼女の医療の知識と腕は信頼しており、こうして無防備に大きく口をあけて木べらを入れられているわけで。
触診なども凄く真面目な表情でやってくださっているので不思議と安心感を覚える程です。
「ふむ、やはりストレスによるものかと。処方箋を出しておきますので後でセリナあたりにでも渡してお薬を貰っておいてくださいな」
「はい、ありがとうございます」
「いいえ、これも救護騎士団として当然の行いをしたまでです」
やさしく微笑んでくれるフミさん。
こうしているととても理性的で落ち着いた方のように思えてきます。
「……それにしても情けないですわねぇ~サクラコさん! シスターフッドの長たる者がストレスで胃痛とは! もっとメンタルケアを大事なされては~? 健康な心身にとって精神的に安らぐ環境を作るのも食事や運動と同じぐらい大事な事ですわよぉ~? それもできないなんてリーダーとしての自覚が足りないのではなくてぇ~? 随分と繊細なお花さんのようなお人ですわねぇ~! オーッホッホッホ!」
はい、診察が終わったらまたいつもの調子に戻られましたね……。
内科医としての診察をしているときは先程のように実に淑女といった感じなのですが、それ以外のときはまあこんな感じで……それでいて言ってる言葉が馬鹿にしているのか心配しているのか分からない塩梅なのもなんだか変な人だなという気持ちになります。
こういうところも含めてフミさんはどこの誰が呼び始めたか『救護室令嬢』なんてあだ名があったりもします。
その、我が校の生徒は言ってしまえば大多数が世間一般で言うところの令嬢なのでは……? と思いますが、どうもそういう意味ではないみたいです。
私にはよく分かりませんね……今度マリーに聞いてみるとしましょう。
「フミ、いますか? ……って、サクラコさんではないですか」
と、そんなときに救護室の扉が開かれこれまた聞き馴染んだ凛々しくも可愛らしい声がしました。
救護騎士団団長、蒼森ミネさんです。
「どうもミネさん、パトロールからの帰りですか?」
「ええ、本日は幸運にも救護が必要な方はほとんどおらず、皆さん穏やかに過ごせていて良かったです」
「ははは……それは良かったです……」
ここでミネさんが言う救護がそのままの意味なのか、それともミネ団長らしい『救護』なのかは考えない事にします。
触らぬ神秘に恐怖なし、なんてキヴォトスの諺にありますからね。
「ミネ~? ワタクシ先日言いましたわよね~? 先日アリウスで無茶をしたばかりなのだからパトロールをするにしても少し加減するようにと……ですがこの時間に帰って来るという事は、普段かそれ以上歩き回っていたのではなくて? ん~? よくないですわよ~医者の不養生は~」
「なっ!? 誤解です! 確かにあのときとその後のテスト勉強では多少無茶をしましたが……その後はちゃんとリハビリを意識して活動しています!」
「あらま~? 本当ですの~? じゃあなぜ予定よりも遅く帰って来ているのかしら~? また救護活動で張り切りすぎたのでは~?」
「うぐっ!? ひょ、ひょんなことありまひぇん……!」
フミさん、なんとミネさんのほっぺたを両手で挟んでモミモミと円を描くように弄んでいます。
それに対しミネさんは少し恥ずかしげな顔になりながらも普通に反論しています。
ミネ団長にこんな事を物怖じせずにした上でミネ団長が本気で怒らない相手もフミさんぐらいでしょうね。普段のミネ団長を知っていてフミさんについて詳しくない方が見たら驚かれるのではないでしょうか。
実際私も最初見たときはそれはもう驚きました。もう慣れましたが。
しかし、うーん……いつもの事ながら二人の世界ですね……これ、私ここにいていいんでしょうか?
「もう! 止めてください! そういう事を誰にでもやっているのですか!? だとしたら流石にふしだらです!」
「あらまぁ救護騎士団の団長ともあろう者が随分と乙女な事を言うんですのねぇ~? こんなのただのスキンシップに過ぎないじゃありませんのぉ? 高校三年生にもなってミネったらお子様ですのねぇ~!」
「そういう話ではありません! 私は淑女としての在り方を説いているのであって……!」
「淑女とは言いますが壁をパンチで壊すのはどうなのかしら~? いやあれずっと一緒にいる私でも今でもちょっとビビりますけれども……ともかくそういうことをミネには言われたくないですの! あとこんな事はミネにしかしないのでご安心を」
「そんな事で安心など少ししかしません!」
「少しはするのですね……って、それよりもミネさん、何かフミさんにお話があったのでは?」
さすがにいつまでも続きそうなので私は少し軌道修正をしようと思いました。
別にそのまま帰っても良かったのですが、チラリと扉の外にいた
「あっ、私とした事が……!? すいません、実は少しフミの力を借りたい事がありまして……遅れたのもそれがありまして」
「ん? どういう事ですの?」
フミさんが不思議そうな顔で聞き返すと、ミネさんは振り返り
「入ってください、
先生。
連邦捜査部
このキヴォトスでいろんな生徒から特別な目で見られる、そんな不思議な魅力を持ったお方です。
「やぁ~ごめんねミネ……わざわざ……」
苦笑しながら入ってくる彼は、確かにどこか具合が悪そうでした。
いえ、元々そういう見た目をした方というのはあるのですが。
髪は軽くパーマのかかったセンターパートが首筋にかかるぐらいの長さで、とても整った顔立ちの中でとりわけ目立つ黒目の大きい目つきは気だるげで目の下に隈があり、一見すると胡散臭い印象を受けてしまいがちですが今はどちらかというと不健康な感じの方が強いですし、一八〇センチ程ある身長も少し前かがみな体勢なせいでいつもより小さく見えます。
細身ながらも筋肉質な体つきの上に着ているダークグリーンのシャツはいつもヨレヨレでディープブルーのネクタイは胸ポケットにだいたい入っていつもその先端は顔を出していてシャツ下の半分が黒いズボンからはみ出ていますけど、なんだか気持ちいつもよりもだらしなくすら見えます。
「……あらまぁ先生ではありませんの! どうしたのかしらそんな萎え萎えなお姿で?」
びっくりしたのか少し間をおいてからフミさんが言いました。
これまた大きな声でメリハリの聞いた言い方をしていました。
「いやー実は前に放課後スイーツ部のみんなから聞いた事があるつららになったシロップを見つけてさ……私もつい興味惹かれて舐めたら後からお腹痛くなっちゃって」
「キッショいですわ~」
申し訳なさそうに苦笑しながら言う先生凄いストレートにフミさんが言いました。
「フ、フミさん……気持ちは分かりますがそんな直球で……」
「あらワタクシとしたことがつい全校生徒の代わりに本音を……」
「えっ全校生徒レベルの感想なの!?」
「つららを舐めたせいで腹痛になったのを生徒に助けられる大人の男性とかこれでもまだ加減してるものだと思ってくださいませ~」
「うぐっ!」
「そもそも先生っていっつもそうですわよね? エデン条約の騒動のときにお腹を撃たれ生死の境を彷徨い、回復したとはいえまだ心配だからと私の出した体調回復用のお薬を飲み忘れて辛そうにしてたの、忘れたとは言いませんわよね?」
「うぐぐっ!」
「あとはそう……ああ、これはそういうのと全然関係ないんですけどシャーレにハスミさんを水着姿で呼び出したって本当ですの? もし本当なら双方正気を疑うのですけれど……」
「ちょっとそれはいろいろとあるんだけどでもやっぱうぐぐごはがあっ!」
「ああっ!? 先程まで前屈み気味だった先生が凄い勢いでエビ反りに!? なぜ『でもやっぱ』でそうなるんですか!?」
「フミ! これから救護する相手を追い詰めてどうするのですか!?」
「えっ、それをミネが言うんですの……?」
ミネさんの言葉にちょっとフミさんがびっくりしていますが、正直それはちょっと分かります。
こう、普段の『救護』での勢いを見ていますと、ね……。
ただミネさんの一番の理解者がフミさんなのは間違いないでしょうからそれも込みでの反応なのでしょうが。
その後、ある程度落ち着くとフミさんは先生を診察し腹痛の薬を処方、何故か話を聞く前にお薬を持参してきたセリナさんから貰って少し救護室で落ち着くまで待つ事になりました。
ちなみに私もせっかくだからと救護室で休ませてもらいました。
さっきまれはあれこれと言ってきましたが、私や先生と立場と職務のある方の休憩所としてこの救護室を使わせてくれているところがあるので、やはりフミさんもミネさんと同じく根は優しいお方なのです。
「じゃあフミ、ミネ、お世話になったよありがとう。サクラコも無茶しないでね」
体調が回復した先生はすっかり元通りの元気さで軽く手を振ってくださいました。
そんな何気ない仕草なのに様になっていて、いろんな生徒達が先生に特別な感情を抱くのも分かってしまいます。
「ええ、先生もお気をつけてくださいね。この蒼森ミネ、いつでも先生の救護に参りますので!」
そしてそれは、目の前で凛々しくもニッコリとしている、ミネさんだって。
「ふふっ、あのミネさんがあんなにも可愛らしい顔を見せるなんて、まだまだ知らない事がたくさんありますね」
思わず私はそう呟きました。
少し前まではこのトリニティを巡るパワーバランスもあって剣呑なやり取りをする事が多かった私達。
そこでしか知らなかった苛烈な彼女の印象も、いつの間にか一緒にアイドルをするなどして変わっていきました。それは、先生がもたらした変化なのは間違いありません。
そんな彼にミネさんがああなるのも納得の行く話です。
「……ええ、そうですわね。本当に……ワタクシですら見たことがなかった姿ですわ」
「……フミさん?」
なんだか、フミさんの言葉に元気がないように思えました。
「先生もまず我々のお世話にならないよう無茶をしないようにしてくださいませ~!
まっ、こんなこと言うのが余計なお世話なのは分かってますけれどねぇ? オーッホッホッホッホ!」
それが気になり後ろにいる彼女の方を振り返りましたが、そこには変わらず元気よくちょっと嫌味に高笑いする彼女の姿が。
先程感じたなんだか悲しげな印象はまったく感じません。
疲れていた私の聞き間違いだったのでしょうか……?
*****
あぁミネ、本当にいい顔をするようになりましたわね。
ワタクシは、あなたのそんな可愛らしい本来のあなたの乙女らしさを引き出せてあげられませんでした。
ええ、ええ。それはそうでしょう、私達は幼馴染で親友で仲間で、そして同性。
恋する少女のときめきなど抱いてもらえる訳がありません。
でもねミネ、私は、ずっとそれをあなたに抱いていたんですのよ。
ワタクシは、蒼森ミネに恋をした。
それはずっとずっと昔、ワタクシ達が幼い頃に出会ったからの積み重ねで抱いた感情。
そして、決して叶わないであろう残酷な初恋。
ワタクシは、そんな恋心に今、すり潰されそうになっている。