これは昔々、まだトリニティが一つの学園とならずにいろんが派閥が学校として争っていた時代のお話ですわ。
それぞれの学校はそれぞれの持つ「解釈」こそが真実であると主張し対立してきました。
絶え間なく続くそんな紛争の中で、特殊な立ち位置にいる組織が存在しました。
その名は「贖宥協会」。
学校の垣根を越えて商売と金融業をやっていた部活です。
多数の勢力が紛争をしているという事は、常日頃から物資と資金が求められているという事。
いくらトリニティ自治区に住まう生徒が昔から裕福な家庭が多数を占めていたとは言え、争い続けていればいくらお金があっても足りません。
そこに目をつけたのが我が風我家のご先祖様。元よりしっかりあった資金で商売を始めより潤沢にし、そこから金融業を開始、いわゆる高利貸資本としてそれはそれは悪どく儲け、いろんな学校の弱みを弱みを握る形となり深く深くそれぞれの中枢部に食い込んでいったそうですわ。
それはトリニティ総合学園が成立した後も生きており、時のティーパーティーのホスト、そして戒律の守護者たるユスティナ聖徒会ですら無視できない影響力を手にしたそうです。
さて、そうした中で贖宥協会もとい我が風我家が最も危険視したのがそのユスティナ聖徒会でありました。
いくらトリニティが一つとなる前からその魔手を伸ばし、学園運営に対しそれなりの発言力すら有していたとは言え、それらしい理由を整えられてしまえば彼女らのその苛烈な武力で滅ぼされてしまいかねません。
そこでワタクシのご先祖様達は、戒律の守護者である彼女達を逆に戒律で縛る事としました。
今では再現不可能であろう、特殊な儀式と神秘を持ってして契らせた戒律。
それによりユスティナ聖徒会は風我家の血を引く人間に手出しできなくなってしまったのです。
だけれども権勢とは盛者必衰、永遠に咲き誇る花など存在しません。時が流れユスティナ聖徒会がいつの間にかその姿を消したように、贖宥協会も時代の流動と時の協会長の失態により力を失っていき、今ではかつての栄華は見る影もない普通のお
ですがその輝かしい栄光が失われてもかつて得た資金とはまた別の物的財産、知的財産は残っています。結果としてユスティナ聖徒会や一部地下遺跡群に関してはこのトリニティの中でも指折りの知識を手にしていますし、ユスティナの流れを背景しているシスターフッドからはそれが伝統であると将来所属するように幼少期からさんざんアプローチをかけられてきました。
ただそれを無視してワタクシのはミネと救護の道に進んだのですけれどね。
あくまでワタクシの自由意志が尊重はされていましたが、一部の方々にはさぞ信じられなかったでしょうね。なにせトリニティにおける後ろ暗い部分、とりわけユスティナ聖徒会に関しては
それら受け継がれし黒き過去の遺物の中で今活躍しているものの一つが主にユスティナ聖徒会が利用していた地下遺跡群の情報。彼女らが秘密裏の通路として使っていた地下遺跡群の出入り口、それだけでなく彼女らが利用していた地下遺跡群の中にある施設など、決して敵対勢力の手には渡せない情報群。
そしてもうひとつが、未だ効力を失わずこの我が身に流れる血を持って発動できる、卑劣な
これにより、風我家はこの
……と、まあそういった訳で、眼前にいるユスティナ聖徒会の亡霊達はワタクシの一言で動きを止め、残ったのは困惑しているアリウス分校の僅かな部隊だけとなりました。
彼女らの実力がどれほどのものかは知りませんが……まあ、なんとかなるでしょう。
「くそっ! だが相手は一人! ならばアイツさえ倒してしまえば――」
――こちらに銃口を向けようとしていた一人を、ワタクシの《オーバードーズ》が撃ち倒しました。
ああ、やはり大丈夫そうですわね。
残りもおそらくあの程度の実力の兵でしょうから、多少の変数があったとしてもこのワタクシが敗北する通りはございません。
「やれるならやってみなさいな? この救護騎士団副団長風我フミ、時折浅いやっかみで縁故採用などと言われますが……伊達に副団長の座にまで上り詰めたわけではありませんわよ」
ワタクシの言葉に彼女らが怯む姿が見て取れます。
もはや状況は決しました。
完全にイーブンな状況であればワタクシももう少し苦労したかもしれませんが、現状に加え心理的な圧迫から彼女らはベストパフォーマンスを発揮できないでしょう。
故に、ここから始まるのは一方的な蹂躙……いえ、ワタクシ達流に言うならば――
「――ではみなさん、『救護』を致しましょうか」
やはり、傷病は根本原因を排除するのに限りますわね。
……とまあ、ここまでは良かったと思うのですわ。
実際アリウスの生徒達は全員戦闘不能にしましたし、ここが大丈夫ならあとは学園にいる正義実現委員会でも対処はできるでしょうから。
でも、重要な問題を一つ失念しておりましたの。
「……帰れませんわ」
ユスティナの亡霊達は率いていた者達が意識を失ってもその場に残っております。
それでいてワタクシが命令しているから動いていないだけで、もしワタクシがこの場から去ったら恐らく最初から指示されているであろうトリニティ襲撃の命令を実行に移すかも知れませんし、あとこの亡霊を倒した後も動画だと次々と湧いてきてましたからまた別で湧いてそのたびに命令し直しになって意味ないでしょうし……。
つまり、今トリニティを襲撃しているリーダー、もしくはこのユスティナ聖徒会の亡霊を召喚している仕組みそのものにダメージが入って妨害されるまでワタクシはここでずっと待機ですの。
「あんなカッコつけた癖に締まらないですわ~! ダッセェですわ~!」
もう半泣きで喚いてしまいます。
だってここ知ってる人なんていませんし! 誰も来るわけないですからいいですわよね!
「あぁ~ん……! 誰か早くなんとかしてくださいまし~~~~……!」
結局、問題が解決したらしくユスティナの亡霊達がその姿を消したのは朝になってからでしたわ。
あと途中でさらに一つ湧いた危機があったのですが……乙女の尊厳は守られた、で察していただけると助かりますわ。
*****
「はい、というわけでこちらがお薬となりますわ」
トリニティに戻った後、ワタクシは事の顛末をセリナ達から聞きました。
そしてその後、セリナ経由で可及的速やかに大至急何よりも優先してASAPで先生に来ていただき、彼の目の前にドン! とお薬をお渡しして言いました。
「あ、えっと……フミ、その……」
「ああ、ワタクシったらお薬の説明がまだでしたわね~、こちらの飲み薬はそれぞれ痛み止めと痒み止め、体調を整えるための抗生物質、傷の治りを促進するためのモノにそれらを飲んだときの胃への負担を抑える胃薬ですわね~、痛み止めと治りを進める薬と胃薬は一日の食後に三回、痒み止めは朝夕の二回、抗生物質の方は寝る前の一回でどれも最後まで使い切ってくださいまし~。そしてこちらは塗り薬でこちらは傷跡の化膿防止ととっさの痒み止めですわ~、化膿防止は一日三回程、痒み止めは飲み薬を使ってても症状が出ると思いますのでその都度ご使用くださいませ~、あ、でも回数は一日五回を上限の目安にしてそれ以上は使用しないようにですわ~」
「あ、うん、はい……分かりました……あと、その……もしかして、怒ってる……?」
申し訳なさそうにワタクシとお薬をチラチラと見比べて、彼は言いました。
……カチーン、と来ましたわ。
「いいえ~? まさかそんな事あるわけないじゃないですかぁ~? ワタクシ達と違い銃弾を受けたせいで瀕死の重体になってそんな体なのに起きたらすぐ無理して今回の件を解決してくださった訳ですしぃ~? それで解決したとは言え予後があるといいますのにセリナから連絡がなかったらワタクシ達のところに来る気はなさそうだった先生の見通しの甘さに関して怒ってるなんて、まだ面識も浅い先生相手にねぇ? そんな事ないですわよ~、オーッホッホッホ~」
「……ごめんなさいっ! ……いつつ」
勢い良く頭を下げた先生ですが、それのせいでお腹の傷に障って思わず顔を歪めておられました。
ワタクシはそんな彼の姿を見て「……はぁ~」と大きくため息をついてしまいます。
「ほら、痛いでしょう? そういうのがあるからこそ外科的な処置が済んだからと言ってそのままにしないで欲しいのです。今回の件はあなたの頑張りのおかげは間違いないですけれど、だからこそご自愛なさってくださいな。きっと、あなたがいなくなったら悲しむ生徒はたくさんおりますわよ」
それこそセリナとかなんだか既にだいぶお熱のようですからね。
他にも結構彼に好意を抱いている団員の姿も見かけますし、他のところでもいっぱいそんな子がいるのは想像に難くありません。
「うん、気をつけるよ。ありがとうフミ、やっぱり君は救護騎士団の副団長なんだね」
「何を当たり前の事をおっしゃいますの。ライトで部屋が明るくなったからライトにありがとう、なんて言うくらいのヤツですわよ、それ」
「ううん、そんな事ないよ。大変でみんなが当然だと思ってる事をやれるのって、実は大変な事なんだから。それにフミはライトじゃなくて人でしょ? だったらちゃんとお礼は言わないと、ね」
「……ふぅ~ん?」
なるほど、さすが今回の件を解決できたお方なだけありますわね。
だたの胡散臭い無鉄砲なイケメンさんじゃないようで。個人的な心象としてですけれどちょっと見直しましたわね。
「ま、感謝の気持ちがあるのならちゃんとお薬を忘れず飲んでくださいませ? 忘れないようにちゃんと飲む時間帯や必要なタイミングを書いた表もセットしましたので、ぜひお仕事に使ってるデスクやベッドの側にでも貼っておいてくださいませ」
「……はい、善処します」
「ええ、善処してください。それで頑張らなかったら苦しむのは先生ですので。オホホホホホ……」
ワタクシはちょっと目を背けてあやふやな言い方をする先生にニッコリと嫌味ったらしく言ってやりました。
やっぱりこの人ちょっと駄目な人なのかもしれませんわね。
それとまた、ちょっとだけ思った事がありました。
この自分の信念を基に行動を起こしひたすらそのために突き進む姿が……少しだけ、ミネと気が合うかもしれない、なんて。
まあ落ち着いた今も当人がどこで何をやっているのか分からないのですけれどね。まったく、どこで何をやっているのやら……。
先生にお薬を渡して彼が帰られた後、ワタクシは病棟のベッドを順繰りと回診していました。
普通の患者は他の団員が回っていますが、ワタクシが今回っているのはいわゆるVIP用の病棟、つまりは立場のある方々がいるところですの。
「どうですの~サクラコさん、お体の具合は~」
なので当然、シスターフッドの長であり他の学園の重要人物と共に通功の古聖堂にいて巡航ミサイルの被害にあったサクラコさんもそこにおりますの。
「はい……おかげさまで、なんとか」
ベッドの上で苦笑いを浮かべるサクラコさん。
包帯やお顔のガーゼが目立ちますが、その人を誤解させる笑顔は相変わらずでむしろそれが回復している証拠のように思えましたわ。
「なるほど、元気そうでなによりですわ。ま、あなたは殺しても死なないでしょうけれど」
「私に対してどういう認識をなさっているのですか、それは……。……まったく、あなたは昔から私に対してアタリが強いですね。……やはり苦手ですか、シスターフッドの事は」
少し真面目なトーンで彼女は言ってきました。
表情は落ち着いた微笑みですけれども、むしろ彼女はそういった話のときに程表情笑みを作るのもワタクシは知っています。
家柄の関係上、ワタクシは中等部の頃から彼女とはよく公的なパーティーでお会いする事がありましたからね。
「……別に、そういうわけではありませんの。今のシスターフッドとユスティナは別の組織である事は理解していますからね。むしろワタクシにとっては今のシスターフッドという組織の方が恐ろしいくらいです。ユスティナは過去のものですから。……ま、今回はそんな過去に襲われましたが」
「あのユスティナの亡霊……ミメシス、と呼ばれるものですか。私も後からマリー達に教えてもらいましたが、一体どのようにあんなものを……そして、どうやらあなたも陰ながら対峙したようで」
「さすがお耳が早い……ええ、今回ばかりはワタクシの穢れた血筋も役に立ったようでなによりですわ。意外なものが意外なところで役に立つ事ってありますのね。皆様が嫌っているのに守っていたかいがありましたわね~、オホホホホ……」
「……フミさん、あなたは」
珍しくサクラコさんが申し訳なさそうな顔で俯いています。
ちょっと自虐的な言い方はしましたけれども、あなたが悪いわけではないでしょうに……私はそんな彼女にあえてニッコリと笑いかけました。
「オーッホッホッホ! まったくサクラコさんときたら、そんな辛気臭い顔をしてはまた余計な誤解を招いてしまいますわよ~?」
「なっ、わ、私はそんなつもりは……!」
「ええ、もちろん理解していますわ。だからこそワタクシはあなたをからかうんですのよ、だって反応が毎回おもしろいですからねぇ~、まったく飽きないオモチャですわ~サクラコさんは」
「そ、そんな風に思っていらっしゃったのですか!?」
「あら、ワタクシとした事が余計な事を言ってしまいましたわね。ま、これでさっきのとはおあいこという事で。許してくださいまし~! オーッホッホッホ!」
「……まったく、あなたという人は」
今度は苦笑を浮かべるサクラコさんでしたが、その顔は先程よりもずっと穏やかで心からの落ち着きがあるように思えました。
ま、ワタクシのただの勘違いかもしれませんがね。
「それに……今のワタクシは、それほど家の事をコンプレックスには思っておりませんわよ」
ワタクシは声のトーンを少し抑え、落ち着いた声色で伝えました。
その言葉に、ちょっとだけサクラコさんに驚きが見えました。
「確かに昔のワタクシは家名につきまとう汚名を重く受け止めていましたし、今だってなくなっていない訳ではありません。ですが、それは救護騎士団における活動で……ミネとの時間のなかで、徐々に薄れていったんですの。共に救護をしていきそれで誰かを助けられた時の充足感、そして、ミネという人間が与えてくれる安らぎによって」
ワタクシにとってミネとはそれほどまでに大きな存在なのです。
彼女が教えてくれたいろんな事、彼女と共に励んできた様々な努力、それらがワタクシがまず風我の家の人間という前に一人の少女、風我フミであるという事を教えてくれました。
だからこそ、ワタクシは彼女に恋をして、そして共にいるためにその想いを諦めたのですわ。
「なのでちょっとセンチメンタルになる事はあってもコンプレックスとして思い悩んでいる訳ではありません。あなたをからかうのは先程も言ったように面白いからで拗らせている訳でもありません。だからワタクシに変に気を使う必要はありませんの。普通に……友人として接してくださいな」
「……フミさん。……ええ、分かりました。これからもよろしくお願い致します、フミさん」
「はい、よろしくお願いしますわ、サクラコさん」
ワタクシ達はお互いに笑い合います。
とても落ち着いた、心満たされるものでしたわ。
「「うわぁぁぁん!!!! 団長ーーーー!!」」
そのときでしたわ。
開いたままにしていた扉の外から、セリナとハナエの大きな声が聞こえてきました。そして、彼女らが言った、その言葉が、ワタクシの心を一気に持っていってしまいました。
「……行っていいですよ。私は大丈夫ですから」
サクラコさんが優しく言ってくれました。
彼女の言葉が横から聞こえてきたので、無意識に顔が扉の外に向かっていた事にワタクシは今気づきました。
「……ありがとうございますわ」
彼女の言葉を受け、私は病棟の中だと言うのについ駆け足で飛び出してしまいます。
目指すは、この階層に置かれた救護室。
「……ミネ?」
そこには、彼女がいました。
泣きじゃくりながら抱きついているセリナとハナエの頭を優しく撫でる、そんな彼女の姿が。
「……フミ、ただいま戻りました。申し訳ありませんでした、突然いなくなってしまって……そして、私がいなくなった後、救護騎士団を支えてくださり……ありがとうございました」
「……本当、ですわよ……せめて、一言ぐらい……連絡をくれても、よかったじゃありませんの……」
視界が、ぼやけます。
言葉が、震えます。
心が、抑えられません。
「申し訳ありません。……また、共に救護の道を歩んでくれますか?」
「そんなの……決まってるじゃありませんか……ワタクシは、ワタクシは……」
もう、限界でした。
「あなたと一緒に、どこまでも共に歩みますわ! ああああああああっ……!」
彼女へと向かって駆け出し、セリナとハナエのようにミネに勢いよく抱きつきました。
「ああああああああ……! 馬鹿、馬鹿ぁ……! 本当は……とても、とても心配、したんですのよっ……!」
自分にすらついていた“ミネなら心配いらない”という嘘。
戻ってきた彼女を見たとき、もうそんな嘘をつく必要はないんだと分かり、ワタクシは溢れ出る気持ちを抑える事ができませんでした。
ただ後輩達のように泣きじゃくって、ミネの帰還を喜ぶ事しかできませんでした。
「あああっ……! うわあああああっ……!」
「……はい、帰りましたよ。フミ」
優しくワタクシの背中を撫でてくれるミネ。
それがとても嬉しくて、心地よくて……やはり、ワタクシはどうしようもなく彼女の事が好きなのだと思い知らされました。
いくらなかった事にしていても、結局ワタクシの恋心は、こうしてすぐその炎でワタクシの体を焦がしてしまうのでした。
後からまた抑えつけなければいけません。見ないフリをしなければなりません。
――でも今は、今だけは……。
ただこうして、彼女の胸の中で泣かせてください。
ワタクシの愚かな恋心も、きっとこの涙と共に流れ出て、誤魔化せるでしょうから。