しかして救護騎士団の活動はいつだって変わらず、ミネが外で巡回をして救護対象を見つて、ワタクシが救護室で内で救護を求める者を待つ、そうした形で進んでいっております。
ただワタクシの場合は救護室に来る生徒達は日によってバラつきがあり、本日はだいぶ落ち着いた日となっておりました。
「ふむ……平和ですわねぇ……」
ワタクシはデスクに肘を置き、ノートにペンを走らせながら言います。
これもまた救護騎士団の活動……ではなく、生徒の本分、勉強を行っているのですわ。
復習は終わらせ、今は予習、そして近々控えているテスト勉強。
救護騎士団はミネの方針もあり文武両道を目指し、他の部活にあらゆる面で負けないよう力を尽くしています。
それこそミネは常に学年成績のトップを維持しており、まさしくその理念の体現者と言えるでしょう。
ちなみにワタクシは学年四位前後で落ち着いております。
ワタクシの上に誰がいるというと……それはご想像にお任せしますわ。
「失礼します」
「ん? どうもごきげんよ――って、ミネじゃありませんの? どうしましたの? 巡回は?」
突如救護室にやって来た彼女に、私は目を丸くして訪ねました。
「……今のところ、他の患者はいないようですね」
「ええ……あ、なるほど……じゃあミネ、今から茶葉を出しますので、そちらのテーブルで入れてくださいな」
ワタクシは察しました。
実はこの救護室、ちょっとした団員の休憩所も兼ねております。
それなりに広い部屋の隅に休憩用スペースも設けてあって、そこでちょっとしたお茶会も開けるようになっているのですわ。
「ありがとうございます」
そしてミネがこうして一人でやってくるという事は、彼女が何か迷っている時でもあります。
ミネはそうしたときお茶会を開き、心情を吐露して整理するようにしています。
そして、ワタクシはよくそれに付き合っているのですわ。
ちなみになぜそれでミネにお茶を用意させているのかと言うと、ミネは紅茶に一家言ありむしろ下手にこちら側でやると心の整理を邪魔してしまうからですわ。
なんならそのお茶を入れる作業も彼女の心を整理する一要素でもありますからね。
「で、今日はどうしましたの。また悩み多き乙女の顔をしておりますが」
「まったくまたあなたはそういう言い方を……とまあ、それはともかく……少しお話したい事がありまして」
目を泳がせ、少し表情を赤くしながら言葉を選んでいるミネ。
――そうですの……そういう話ですか。
きっとこれから先生との関係の相談をされるのでしょうね。
ワタクシが彼と夜の救護室でお話してからそこそこ経ちましたが、ミネは少しずつ先生との距離を縮めているようです。
と言っても、時折当番でシャーレにお伺いしたときにふと雑談の中で聞く程度の話ですけれども。
そんな中でワタクシもミネの恋路を応援しておりますゆえ、そこで相談が来るのは当然でしょうね。
ワタクシはそう思っておりました。
「フミ、今度のお休みに、二人でおでかけしましょう」
「……えっ!? ワタクシと、ですか……?」
ですから、そのミネの申し出にワタクシはつい驚いてしまいました。
「はい……えっと、駄目だったでしょうか?」
「あっ、いえ、そんなことないですわ! ただ、いきなりだったものですし、ミネから休日の遊びのお誘いなんて、久々だったもので……」
ミネとワタクシがそれぞれ団長と副団長になってからはお互いの職務のためにみんなで集まれる場も少なくなってしまっていましたし、ミネも精力的に救護巡回を行う事も多かったので、そうしたプライベートで遊ぶ時間は昔よりも間違いなくなくなっていました。
とりわけ、二人きりなんてのはもういつ以来なのでしょうか。
「そうですね……随分と久々になってしまいますね」
ミネも同じ事は思っていたようで困ったように微笑んでいました。
「でも、ここしばらくはずっとあなたのお世話になっていましたから……セイア様を守るために姿を黙って隠したときには救護騎士団をお任せしておりましたし、
「お礼……ですの?」
「はい。今度遊びに行ったら、一緒に甘い物でも食べましょう。そして可愛らしい洋服などを見ましょう。そして何か欲しいものがあれば、私に出させてください。……お礼と言っても、こんなお金で変えている形になってしまうのは我ながら情けないのですが」
「……まったく、不器用ですわねぇあなたは」
つい苦笑してしまいました。
良くも悪くも、本当に真面目ですわね、彼女は。
「ワタクシはあなたと一緒にいられるのならそれで十分お礼になりますわよ。だって親友と共に過ごせるんですのよ? これ以上に楽しい時間なんてありませんわよ」
「そ、そうですか……正面からそういう事を言われてしまうと少し恥ずかしくなってしまいますね。でも良かったです。なら、今度の休日、一緒にでかけましょう」
「そうですわね、ミネのエスコート、楽しみにしてますわよ~! オーッホッホッホ!」
ワタクシの高笑いにミネはまた笑い、ワタクシもまたそれに合わせて改めて軽く笑いました。
彼女とこうして二人きりで心から笑い合うのは、一体いつぶりだったでしょうか。
*****
「さあフミ、それじゃあでかけましょうか」
「ええ、行きましょう。こういうとき家が隣同士だと待ち合わせでの苦労がなくて助かりますわね~」
約束の日、家の前で立って待っていたワタクシにミネが声をかけてくれました。
別にお互いの家に訪れても良かったのですけれど、久々の二人っきりのお出かけ、ちょっと雰囲気を作りたかったというのが本音です。
彼女はそんなことは考えていなかったでしょうけれど、それでいいのです。ただのワタクシの自己満足ですし、これは。
「では最初はどこへ連れて行ってくれるのかしら?」
「ええ、最初は本屋に行きたいと思っております。フミと共に色々と見れたらな、なんて思いまして」
「ええ、いいでしょう。ではワタクシが最近のオススメを無知なあなたにいろいろと教えて差し上げましょう、感謝なさいな! オーッホッホッホ!」
「はいはい」
お互い笑い合いながらそうして街に向かいながらも、ワタクシにはミネの気遣いに心が温かくなっていました。
ワタクシは物語を読むのが好きです。
マンガや小説をこの手で一枚一枚めくり読み進めていくのは心が踊ります。
自らの手で話を進めていくあの味わいが好きで、ワタクシは紙の本にこだわっているところもありますわね。
ただ電子書籍を否定する気もなく、あくまで嗜好の差という程度の話ですけれど。
トリニティ自治区でもとりわけ大きな本屋に入ると、ワタクシはまっさきにマンガコーナーに行きました。
そして新刊一覧にざっと目を通します。
「ほらミネ、これが最近流行りの異世界転生モノ漫画ですわね。トリニティのご令嬢がキヴォトスとは良く似ているけれど銃のない外の世界の女の子に転生し素敵な殿方達と出会う……アニメ化も決まっていて個人的に今一番乗っている作品ですわ~」
「面白そうですね、私もこういったマンガはたまに手に取りますがどれがどれほど人気という部分にはさすがに詳しくなかったですから……ええ、せっかくですし手にとってみましょうか」
「さすがミネ、決断が早いですわね。他だとそうですねぇ……あ、このホラー小説は今話題沸騰中ですわよ。百鬼夜行にある小さな因習村を舞台に毎年起こる、謎の怪死事件。その村に偶然引っ越してきたミレニアムの少女に襲いかかる数々の怪奇現象……オチには思わず唸らされ読み終えた後少しお風呂に入るのも怖くなってしまう程でしたわ~」
「ホラー……ですか……ええ、いいでしょう、これはこの救護騎士団団長、蒼森ミネの覚悟を試す書とお見受けしました。例えどのような環境と言えど臆せずに『救護が必要な場に救護を』……そういう事なのですね、フミ」
「いやそんなつもりは毛細血管程もありませんわよ? そのすぐ救護に結びつける癖おやめなさいな」
突然救護のスイッチが入る彼女に呆れつつも、その調子でワタクシはいろいろな本をミネにオススメしました。
ミネはワタクシが勧めた本を概ねその手に取っていきます。さすがにすべてという訳ではありませんでしたが、あんなに一気に買って一体いつ読み切る事になるのでしょうか、と思うぐらいでしたわ。
ここは解説にしっかりとリアクションを示してくれるミネに気持ちよくなって調子に乗ったワタクシも悪いとは思いますけれども。
その後は、お昼と称してスイーツを食べる事となりました。
「ん~……! 美味しいですわねぇ~……!」
「ええ、これがあの噂に名高いミラクル5000なのですね……!」
ワタクシとミネは二人でもうだらしないくらいに笑みを浮かべ落ちそうなほっぺたを片手で支えながら言いました。
なんとあの大人気スイーツのミラクル5000を売っている移動式店舗が珍しく街中にまで来ていて販売をしていたのです。
ちょうどお店を開いたタイミングでそれを見つけたワタクシとミネはとてもラッキーでしたわ。
ワタクシ達が二人で少し離れた公園で食べている間に、すぐに沢山の生徒が殺到して売り切れていましたしね。
買えなかった生徒達も悔しそうにしていますわね。その中には
でもそれでも四人共仲良くしておられるのが伺えますわね。きっと、こういった事も彼女らにとってはいつもの事なのでしょう。
「……思えば、昔は私達もああやって六人でいつも笑い合っていましたね」
と、同じく放課後スイーツ部の皆さんを遠巻きに眺めていたミネが言いました。
「そうですわねぇ……今はもうみんな三年でそれぞれ立場ある役職についておりますから。たまに集まってお話はしますけれど、昔のように常に一緒、という風にはいかなくなりましたわね」
「はい。なんなら政治の場で敵対する事もしばしばなぐらいですからね。行政官となったあの子には特にそうした場で悩まされますし、シスターフッドとなった彼女にも立場としては同じ独立した位置にいるというのに油断できない場面も多いです。図書委員会の彼女は……ウイ委員長が暴走したときにたまに便乗してるせいで救護対象が増えるのはなんとかならないんでしょうか……」
「あら、それでいったらあなたも正義実現委員会の彼女に時折迷惑をかけているのを反省した方がいいですわよ? 彼女、時折愚痴っているではありませんの、『ミネが暴走するせいで被害が広がるんだけど』って」
「私はただ『救護』のために少しでもリスクを取り除いているだけです! それを暴走などと……私は悲しいです!」
「そうなりますわよねぇ……ま、ワタクシは基本現場にいないのでそっちはそっちで解決してくれればいいですわ~、あくまでワタクシは救護室で皆様を観るのがメインですので~。オーッホッホッホ!」
「……あなたもたまに現場に出ると大概じゃないですか、人の事を言えませんよ、まったく。……と、私達……せっかくオフでこうしてくつろいでいるのにいつの間にか騎士団の活動の話になっていますね?」
そこでミネに言われてワタクシも初めて気づきました。
あらやだ、ワタクシとしたことがつい……と、お互いそこで顔を見合わせ、一緒に吹き出しました。
「オホホホホッ……! もう、すっかり心身共に『救護』が染み付いていますわねワタクシ達。いえ、ミネはそれはそうなのですが、まさかワタクシまでこれほどとは。ホホホホッ……!」
「ふふふっ、そうですね。私も今日は徹頭徹尾フミと共に気楽に楽しもうと思っていたのですが……これでは普段からワーカーホリックな先生を諌められませんね」
……『先生』
彼女の口からその言葉が出た瞬間、ワタクシは一瞬だけ固まってしまいました。
――駄目ですわよ、ワタクシ。今日はわざわざミネが時間を割いてくれたんですのよ。諦めると決めたその気持ちで、急に不快になるなんて、あってはなりませんわ。
「……そ、うですわね。ミネもあまり根を詰めすぎないように。ワタクシ達の仕事は大変ですけれど、あなたに何かあったら団員達も、そしてワタクシ達友人のみんなも悲しみますからね?」
「そうですね……肝に銘じます」
少し反省したように笑うミネにワタクシは微笑みかけました。
良かったです、危うくこの空気を壊してしまうところでしたわ。
その後はまた昔の思い出話にワタクシは花を咲かせました。
みんなでかわいいキャラクターグッズの沢山種類がある小物を収集していたときはちょっと全員熱が入りすぎておかしくなってましたねとか、修学旅行のときは班の人数が四人だったけどそれぞれこっそりと部屋を移動して六人部屋にしましたよねとか、銀髪の子があの調子で言い過ぎてクラスで孤立しちゃったときは皆さんで支えましたねとか、緑髪のあの子が自分で書いた詩をペットボトルの紅茶のパッケージに乗せるコンテストに送るときにみんなで応援して、佳作で乗ってみんなで丸一日パーティーもしましたねとか、とにかくみんなで過ごしたそんな思い出話を沢山しました。
「……それもこれも、あなたとあのとき友達になれたから、なんですよね」
と、そこでふとミネが言いました。
穏やかで満たされた、そんな幸せそうな顔でした。
「そうですわね……思い出せますか? ワタクシ達、最初はすっごい仲が悪かったんですのよ?」
「ええ、もちろん。当時の私はあなたはワガママで人のことをなんとも思ってない典型的な躾のなってない子ぐらいに思ってましたね」
「あらまあひどいですわ……と言いたいですけれど、あのときのワタクシはそう思われても仕方ないですし、実際そうでしたからね。あのまま育っていたら、きっとワタクシは人様を見下した嫌な女になっていたでしょう。でもそうならなかったのは……ミネ、あなたのおかげですわ」
ワタクシはいつの間にかミネの手の上に自分の手を重ねていました。
じっと、彼女の顔を見ます。
透き通るような青空のような色をした髪に煌めく宝石のように美しい緑色の瞳、しゅっと通ったお鼻に桜色の綺麗な唇、それらのお顔の要素がすべて凛々しくも可愛らしく整ったそんな素敵な顔立ち。
そのすべてがワタクシの心臓に早鐘を打たせます。
「……ミネ、ワタクシ――」
――やっぱり、ワタクシ、あなたの事が――
カーンコーンカーン……。
「っ!?!?」
ビクリとしました。
街中に簡単なメロディで聞き馴染んた聖歌を奏でる鐘の音が響いています。
時計を見ると午後の三時半で、鐘の音はその時間を知らせるために毎日響いている音色でした。
「……フミ?」
ミネが不思議そうにワタクシの顔を覗き込んでいます。
「あ、いえ……あなたと親友になれて、本当に良かった! そう、改めて言いたかったんですの! ちょっとかっこつかなかったですけれどね! オーッホッホッホッホッホ……!」
誤魔化すために、大げさに手を口の横で反り立てて高笑いしました。
――ワタクシ、今、何を……!? 封印するって、諦めて彼女の恋を応援するって、決めたじゃありませんか、ワタクシ……! だから先生にもみんなの恋に本気になって欲しいって、言ったのに……!
「あ、そうだったんですね……また真剣な表情でしたので何事かと思いましたよ」
「ふふっ、すみません、ワタクシとした事がついシリアスな空気を出しすぎましたわね~。しかし、随分と話し込んでましたわねぇワタクシ達、だいたい二時間半ぐらい話してたかしら?」
「そうですね、このベンチに座ったのが確か一時過ぎぐらいでしたからそれぐらいかと」
「……帰りましょうか。少し早いですけれど、あれだけ話したらもうお腹いっぱいですわ。今日はとても楽しかったですわよミネ」
「え? ……そうですね、あんなにただ沢山おしゃべりしたのは本当に久しぶりでしたし、確かに私も満たされました。まだまだ時間はありますが、ここで切り上げるのがいいかもしれません」
本当はただワタクシが逃げたいだけなのに、ミネは好意的に解釈して同意してくれました。
最低ですわね、ワタクシ。
本当に嘘つき。
彼女に対しても。そして、自分自身に対しても。
こんな嘘まみれの女なんて、やっぱりミネにはふさわしくありません。こんな薄汚い女が、彼女を想う権利なんてありませんのよ。
そう、そう思わないと、ワタクシは、きっと……きっと、また……。
「それではフミ、また学校で」
「ええ、ミネ。さようなら。テストも近いですし頑張りましょうね」
ワタクシはミネに表面上はいつも通りの微笑みを浮かべていいました。
ミネはそんな嘘つきのワタクシに対して、凛々しく答えました。
「ええ、もちろんです! トリニティ総合試験において我ら救護騎士団が他の部活に劣る事などあってはなりません! 目指すはトリニティにおいて我ら救護騎士団が総合的なトップに立つ事です! そう、試験そのものこそが『救護』と言えるのですから! すべての道は救護に通ずる! 頑張りますよ、フミ!」
たった一言で一瞬でいつものミネに戻って言うものですから、ワタクシにそんな彼女に笑って答え、そのまま部屋に戻りました。
「……いっそ、本当に嘘になればいいのに」
ワタクシの口から、そんな言葉が漏れていました。
一体何が嘘になって欲しいのか、自分で言った癖にワタクシはそれが分かりませんでしたわ。
ただ一つはっきりとしているのは、いつの間にか赤く染まった部分が出来てしまった手袋を新しくしないといけないという事だけです。