救護騎士団副団長、風我フミ。そして私、救護騎士団団長、蒼森ミネ。
彼女と私は副団長と団長であり、それ以上に唯一無二の親友だと思っています。
フミはいつも私と一緒にいてくれました。
出会った頃こそは反目し合っていまいたが、お互いをちゃんと理解した後はそれぞれ支え合うパートナーであったと言えるでしょう。
大切な友人も沢山増えて、同じ救護の道を進んでくれて、私が信じた道を進めるように公私共に支えてくれた彼女。
だからこそ私は、先程私が歩んだ大きな一歩を彼女にだけ報告しようと思ったのです。
「フミ? いますか?」
救護騎士団の病棟一階にあるフミの救護室を日も沈んだ夕方に私は訪れました。
ノックして一応声はかけますが間違いなくいるでしょうと思っていました。
「……フミ?」
ですが意外な事に反応がありません。
席を外しているのでしょうか? なら中で待たせていただきましょうか。
扉を開けると明かりもなく部屋は真っ暗でしたしやはり何か用事があって外に出ているみたいですね。
私はそのまま扉すぐ横の電灯のスイッチを入れました。
――明かりをつけると、デスクにうつ伏せになっているフミがいました。
「っ!? フ、フミ? いたんですね……びっくりしましたよ。……大丈夫ですか?」
「…………あ、ミネ……ごめんなさい、どうやら寝ちゃってたみたいですわね」
緩慢に私の方を見て笑うフミ。
まだ寝ぼけているのか動きも声も気だるげなようでした。
「んーーっ……! ワタクシとしたことが恥ずかしい姿を見せてしまいましたわねぇ、申し訳ありませんでしたわーっ! オーッホッホッホ!」
でも一回背伸びをして見せるとすぐさまいつもの元気な彼女に戻りました。
その姿にちょっとホッとします。
「……あれ? フミ、その指どうしたんですか?」
そこで私は気づきました。
いつものように口の横に反り立てている右手、その人差し指第二関節に絆創膏が巻かれている事に。
普段は白手袋をいつもしている彼女ですがその手袋が今はデスクの上に置いてあったために初めてそれに気づきました。
「え? ああこれですの? 実はこの前お料理をしているときにうっかりしてしまいまして……筆の達人も時には書き損じをする、なんて言葉もありますからねぇ、いやーウッカリでしたわー! ホホホホ……」
「まったく気をつけてくださいよ。先程寝ていたのもそうでしたが、副団長として自己管理はしっかりしてもらわなければ団員に示しがつきません」
「おっしゃる通りですわぁトホホ……。まあそんな事よりも今日はどうかしましたの? 巡回も終わったでしょうし他に患者が運び込まれたという事ではなさそうですが……」
「あ、はい。そうでしたね。その……少し、お話したい事がありまして……」
改めて言おうとするとなんだかちょっと恥ずかしくなって来ましたね……。
我ながら少し優柔不断気味な言い方になってしまった気がします。
「……あら、そうですの? なら立っているのもあれでしょう。とりあえずベッドにでもお座りなさいな」
フミが言ってくれたので私はベッドに腰掛け、フミはその前に椅子を持ってきて正面に座ります。
笑顔を浮かべてこちらを見る彼女に、また気恥ずかしさが湧いて来ます。
「えっと、その……」
情けなく目を泳がせてしまいます。
顔が真っ赤になっているのを感じます。
もう、こうなったら言えるだけ言ってしまおうと思いました。
とにかくフミにだけは聞いて欲しかったですから。私をずっと応援してくれた親友である彼女には。
だから私は、もう茹でられた蛸のようになっている顔を下に向けて言いました。
「フミ、実はあなただけには言おうと思いまして……私、先生の、その、ほっぺたにですけど、口づけを、したんです……」
「…………あら、あら。まあ……これはまた」
「フミがずっとずっと私のことを応援してくれて、それでいて先生からも『自分に本気な子の気持ちにちゃんと向き合って欲しいってフミから言われた』なんて聞きまして……これも全部、フミのおかげなんだなって、えっと、その、思いまして……」
「ええ、ええ、そうですわね。応援しましたわね、ワタクシ」
「先程、巡回を先生とご一緒しまして、今日は珍しく救護の手を必要としている方がとても少なく、ちょっとした、デ、デート……みたいになり、そして、その終わり際に、私……こっそりと誰も見ていないところで、私の気持ちを伝えると共に、ほっぺたに、して……」
「フフフッ、随分と大胆にでましたのね」
「はい……先生も『今すぐは答えられないけれど、ちゃんと考える。そしてミネが卒業したら、逃げずに答えを言うよ』なんて、言ってくれまして……この気持ちがどうなるかは分かりませんけれど、言えてよかったなって……フミがオススメしてくれた恋愛漫画の主人公みたいに勇気を出してみて、例え実らなくても、私はきっと後悔しないだろうって思えて……コレも全部、フミが応援してくれたおかげです……!」
「ええ、本当に、本当に良かったですわね、ミネ」
「……はい!」
私は彼女の言葉に合わせ、笑って顔を上げました。
「でも本当は、ワタクシって恋愛モノって好きじゃないんですのよ」
そこにあったのは、目の据わった冷たい微笑みを浮かべるフミの顔でした。
「……え?」
「おかしいと思いましたわよね? あんな普段からいろいろとマンガや小説の話をしてたのにって。でもね、結局自分に『嘘』をついて好きでもないものを好きって言ってただけなんですのよ。本当は好きじゃありません、いいえ、むしろ嫌いですわ。大嫌いです。人の恋が実る姿を見て喜ぶ事なんてできませんわ。殿方にときめく気持ちに共感できませんの」
「フミ……?」
やっと私は、何かがおかしいのだと気づけました。
舞い上がっていたせいでこの部屋に来た時からずっとあったのに気づけなかった違和感が今こうして結実しています。
凍えるような、そして悲しさを感じてしまうそんなフミの姿となって。
「自分で諦めたからもう大丈夫だって言い聞かせてましたけれど、もう目を背けられないんですの。ワタクシは、手に入らなくなったモノをたまらなく欲しがっているんですの。でもやっぱり、どうしようもないところまで来ちゃいましたね。これも全部ワタクシの自業自得なのです。ワタクシが悪いのです。当然の結末ですわ」
静かに笑顔のまま立ち上がるフミ。
私はそんな彼女を目の前に、一切動けなくなっていしまってました。
「でも、もういいかなって。絶対に手が届かないのなら、もう、壊れちゃっても、いいのかなって」
「……フ、フミ。あなた、何を――ッ!?」
――直後、私の手首が掴まれてベッドの上に押し倒されたかと思うと、そのまま彼女は私に口づけをしてきました。
唇を触れ合わせる程度のものではなく、口内に舌を入れ込んで貪るような、そんな荒々しい口づけを。
「んっ! っ……! はっ……! んはっ……! んっ! んんんっ……! ふっ……!」
「ん! んんん……! ……っ!? はぁ……! はぁ……!」
さんざん彼女の舌によって私の口の中を凌辱され、やっと解放されたことによって私は大きく息を吸い込みます。
私と彼女の舌から伸びるよだれが柱のように繋がっていてやがて切れました。
そして、目の前のフミの表情にまた息を詰まらせてしまいました。
四白眼になるほどに大きく目を見開き、荒い息のまま口端を釣り上げ汗を垂らす彼女の笑顔は、どうやっても正気とは言えなかったからです。
「あぁ、ミネっ! ミネっ……! ずっと、ずっとこうしたかった……! あなたを、ワタクシのものにしたかった……! ミネ、ミネ、ミネ……!」
そしてまた彼女はワタクシの口を犯し始めます。
また、次はそれだけではありませんでした。
私の左手を抑えつけていた手が離れたと思ったら、そのまま彼女の右手が私の胸を揉みしだき始めたのです。
「っ!? ……っ!!??」
「んはっ……! ああぁあぁ、ミネ、ミネ、ミネ、ミネェ……! ワタクシ、あなたの事を愛していたんですのよ……! ミネ、ミネ、ミネ……! 結ばれたいと、思っていましたのよぉ……! こうして、あなたのすべてが欲しかった! その心も、その柔らかい唇も、その可愛いお顔も、そしてこの性欲を煽る魅惑的な体も、すべてっ……!」
間違いなく正気を失っている彼女を突き飛ばす事など本来なら容易な事でした。
私は他の生徒達よりも少し力が強い事は自覚しております。少なくともフミよりは間違いなく。
ですが、それで彼女を突き飛ばす気にはなれませんでした。
私が力いっぱいフミを突き飛ばせば彼女は救護の必要があるぐらいに傷ついてしまうでしょう。
そして、それ以上に、今もなおとても苦しそうにしている彼女を、そうやって力で拒絶する事なんて、嫌でしたから。
「あぁ……ミネ、ミネ、ミネ、ミネ、ミネ、ミネ……ワタクシ、ワタクシッ、あなたを、あなたが……ミネ、ミネ、ミネ……!」
すると、彼女はブツブツと私の名前を呟きながらもその右手をまた移動させていきました。
それはやがて、私の臍の下にまで伸びていき――
「――……ぃゃ……ゃぁ……」
思わず、ぎゅっと目をつぶって顔を背け、そんな声を上げてしまいました。
「………………ぁ」
とても、呆けた声が聞こえてきました。彼女の手が止まりました。動きそのものが止まったのも分かりました。
「あ……あ、あっ……」
恐る恐る目を開いて上を見ると、そこにあったのは、またフミの顔でした。
先程とは違った、瞳に正気の光を宿した、絶望の底に震え涙を流している、彼女の顔が。
「や……そんな……ワタクシ……あなたに……そんな……ちがくて……や……やだ……あ、あああああっ、ああああああ……なんて、事を……ワタクシ……あなたを……そんな……や……やぁ……」
その場から後ずさりして離れていくフミ。
なんとか体を起こし、座りながら彼女を見る私。
つい、私はその手で体を抱いてしまいます。未だ、プルプルと震えが止まらないのです。
「ご、めんなさい……ごめんな、さい……ごめんなさい……ごっ、ごめ……な……あっ、ああ、あああ……!」
「フ……ミ……私、は……」
頑張って震える手を彼女に伸ばして口を開きます。
でも、それを見た彼女は、ビクリと体を震わせ、叫びました。
「あっ……ごめんなさい……ごめんなさいっ!!!!」
そのまま、彼女は背中を見せて部屋を飛び出していきました。
私は、声をかけることすらできずにその場を動く事すらもできませんでした。
*****
あの日から、三日が経過しました。
フミが学校を、そして救護騎士団を無断欠席する事なんてなかったですから皆さん驚き心配になって私に事情を聞いてきました。
でも私は、それに「分からない」とだけしか答えませんでした。
救護室であったあの出来事について、私は一切口外をしていません。
私を襲いながら彼女が見せたあの顔、そして口にしたあの言葉が、ずっと私の心の中で反響しています。
いつの頃からか、フミは私の事を同性でありながら性愛の対象として見ていたようです。
それをずっと隠し、無理をして、私の道を応援してくれて、そして私が先生に恋をした事すらも背中を押してくれて。
一体どれだけの無理をさせてしまっていたのでしょうか。
どれだけ私は無自覚に彼女を傷つけてしまっていたのでしょうか。
そしてあの夜の後、フミはどれだけ自らを責めているのでしょうか。
彼女の事を考えるたびにぎゅっと心臓が締め付けられる感覚がします。でも、きっとそんな私よりもずっとフミが苦しんでるに違いありません。
彼女には今すぐ救護が必要なのだと理解しています。この手を伸ばしてあげるべきなんだって。
だけど、今の私にはできませんでした。家が隣同士だと言うのに、扉を叩く事すらもできず、この三日逃げるように家の前では走って出入りをしてしまっています。
はっきり言ってしまえば、怖んです。彼女に会うのが。
あのとき私を押し倒してきた彼女の常軌を逸した顔が頭に未だ焼き付いていて、どう接すればいいか分からないのです。
そして、こんな事は誰にも言えません。他の友人達にも、そして、先生にすらも。
だってそうでしょう?
フミが今まで気持ちを押し殺してきた理由の一つとして世間体があったのは分かります。
彼女はもとから意外と周囲の目を気にする子でした。
家の歴史から来る一部の者達からの偏見に、友人達に向けられる視線。自分という存在が笑顔でいる事によって患者達に与える影響。副団長としての役割。
真っすぐで考えなしのように見えて、実はとても自分がいる立場を気にかけていたフミ。
そんな彼女だからこそ、同性愛というモノに対しより深く悩み、心の内に秘めたのは想像に難くありません。
そこまでして彼女が守ってきたモノを、私が容易く相談して広めてしまいたくはないのです。それはきっと、逆に彼女の頑張りを無駄にして傷を抉る事になるでしょうから。
でも、だからと言って、どうすればいいかまったく分かりません。
もしかしたら最悪の事態になっている可能性すらあるのです。
そう考えると、心配で、心配で、心配で……。
こういうときこそ己の信念を胸に刻み、救護の手を差し伸べる必要があるというのに……。
私は結局、まだまだ未熟で拙い身なのです……。
「――おはようございますわ、ミネ」
そう朝の救護騎士団の病棟で一人思い悩んでいたそんなとき、突如、知った声での挨拶が背中から聞こえてきました。
フミが、そこにいました。
穏やかな笑みを浮かべた、彼女が。
「……フ、ミ。……あの、その……」
「この前は申し訳ありませんでしたわ。あのような暴挙に出てしまい、深く反省しております」
言葉が出ない私に対し、フミは滞りなくかつ落ち着いて頭を下げて言ってきました。
「こうして頭を下げた謝罪だけでは到底許してもらえるとは思いません。本日からワタクシは副団長の座を辞退、さらには救護騎士団からも脱退しようと思いますわ。ミネには大変ご迷惑をおかけしますが、変わりの者を副団長に任命してもらい――」
「――……駄目ですっ!」
淀みなく言う彼女に、私は思わず叫びその手を掴んでしまいました。
「私もっ……私が、悪いんですっ……! あなたの、あなたの苦しみに気づけなかったから……私は自分が恥ずかしいですっ!!!! です……から……もし許されるのであれば、また、一緒に、共に…………」
そこまで言って、私は彼女の手を離して項垂れました。
「……ごめんなさい、残酷で自分勝手な事を言いました。私があなたが離れて欲しくないからって、あなたが辛いのに横にいて欲しいなんて……こんなの、身勝手過ぎて受け入れられるわけもないのに――」
「――いいですよ」
お互いそれぞれ離れた方がいい。
そう思っていたところで返ってきたのは、あまりにもあっけらかんとした一言でした。
「……え?」
「ミネが許してくれるのならば、私は救護騎士団副団長を継続させていただきます。またよろしくお願いしますね、ミネ」
とても落ち着いた微笑みで言ってくる彼女に、むしろ違和感を覚えてしまいました。
また無理をさせているんじゃないかと、心に何か問題を来してしまったのではないかと。
そんな考えが顔に出ていたのか、フミは私に苦笑いをして言いました。
「もう、大丈夫ですわよ。ワタクシはもう、あなたの事で思い悩んで自分を追い詰めるなんて事はしませんわよ」
そしてまた、ニッコリとした、本当にそう思っているのだと伝わってくるような様子で、言いました。
「ワタクシはもう、満たされているのですから」