失念、して、いました。
ちょっと考えれば、分かる事だったのに。
道が、他のトリニティの地下遺跡群と一緒なら、時折変化して、も、おかしくないはずでしたのに。
調べました。考えました。導き出しました。
道が元に戻るまで、あと十日間です。
「……十日間、手持ちで、耐えろって……? む……むり……ですわよぉ……」
体に耐性ができてしまっているんです。
純度の低い物では、少量では、満足できないんです。
普段使用してるモノはいい物は揃えてますけれど、ちゃんと作るにはあっちに行かないと駄目なんです。
とても、十日なんて、無理、無理ですの、できませんの……。
「い、いえ……冷静になりなさい、風我フミ……ワタクシは、救護騎士団の副団長、ですのよ……そう、鋼の精神による忍耐で耐え抜けばいいだけですのよ……HLYNの禁断症状の、ピークは、摂取を絶って、から、一日から三日、の間、まで……ええ、そうですのよ……きっと、ワタクシならば耐えられるはずですわ……!」
そうですわよ、きっと、きっと大丈夫ですわ。
だってほら、今は動揺しているけれど苦しさはないですし。
ええ、ええ、実際来ても案外なんともないかもしれないじゃないですか、いえ、そうに決まっています。
だから……だから、ワタクシの幸福が、なくなっちゃうなんて、ありえない、ありえないですわよ……!
「ありえないですわ、そう、ありえない、大丈夫、きっとなんとかなる、なんとかなりますの……」
そういい続けてもワタクシは不安で不安で仕方なくて、怖くて怖くて仕方なくて、だから、つい、大切にしないとと分かっていても、ワタクシはその日、純度の高い粉末を鼻から吸引して心を落ち着かせて眠りました。
――そうして、三日後。
その日を最後にワタクシの手元からHLYNは消えてしまいました。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。
やだやだやだ、あれを、あれが、ないと、不安だし怖いし悲しいし辛いしで、耐えられませんの。
あの、あの多幸感を味わえないなんて、ひどすぎますわ。
せっかく幸せになれてたのに、せっかく自分の弱々しくて思い通りにいかない心を落ち着かせられたのに、
やだ、やだ。
たっだ数時間クスリを摂取できなくなっただけでこれですの?
こんなの、症状としてはまだまだ軽い段階のはずですのよ?
あと……あと七日間、これよりももっと酷くなるっていうのを乗り越えろと?
「もっとぉ……ワタクシに、もっと、もっとくださいぃ……痛っ!?」
物凄い痛みが走りました。
いつものように無意識に折り曲げた指のてっぺんを噛んだのです。
そうしたら、普段感じたことがないくらい痛くて指がもげて落ちたのかと思いました。
体が、痛みに敏感になっています。
不幸が心に辛くて、体は痛みが来て。
でも、まだまだこんなのは序の口なのをワタクシは自らの知識として知っていました。
ここから、もっと酷くなるんだって事を。
「や、だぁ……やだぁ……! 怖い……こわいよぉ……ワタクシ、幸せになりたいんですのぉ……だから、だから早くぅ……!」
いくら嘆いても隠れ家への道が開くことはありません。
一応、現状でも可能性のある手立てはあります。
だけれどもそれは本当に最後の手段として取って置かなければなりません。
もしその手段を実行してしまえば、ワタクシが中毒患者なのがバレた上で救護騎士団副団長としての立場を失ってしまうでしょうから、それだけは駄目です。
ワタクシは、ミネの横にいたいんですの。だから幸せになったんですの。もうワタクシが間違いを起こさないようにしたんですの。
だから、だからだからだから、耐えないと……耐えないと……耐えないと……。
*****
「はっ! はっ! はっ! はっ! はっ……!」
二日、耐えました。
でも、もう駄目だと思います。
「はあっ……! はぁっ……! あ、あっ……! ひあっ!? はあああっ……!?」
血液すら凍りつくんじゃないかと思うぐらいに寒いです。骨すらも燃え尽きてしまうのではないかと思うぐらいに暑いです。
それだけで死んでしまうのではないのかと思うような寒さと暑さが、目まぐるしく入れ替わってワタクシを苛んで来ます。
それだけじゃありません。
服が擦れた程度で体を襲う激痛、不定期に込み上げて来て抑えられない嘔吐、更には意識が途切れるタイミングまで出てきました。
そしてなによりも、常に付きまとうあまりの不快感が私を消耗させていきますの。
「ワタクシは、ワタクシは……! なんで、どうして、あぁっぁっあぁっああぁぁあぁあっ……!」
救護室にいるから他の団員に聞かれないように必死に口元をベッドの枕で抑えながらワタクシは叫びました。顔を枕につけるだけでも痛いのに。
ワタクシはただ、逃げたかっただけなんですの。
幸せになって、もう失敗したくなかっただけなんですの。
散々ワタクシを迷わせてきた自分の心を抑えつけたかっただけなんですの。
今までの全部、「嘘」になればいいって、そう思っただけなんですの。
なのに、なのに。
それがようやくできてたのに、なのに。
「……すみません。フミ副団長はいらっしゃいますか?」
ノックと共に扉の外から声が聞こえていました。
今のワタクシは常に扉に鍵をかけるようになってしましたから、中に入るのにはそうして伺いを立ててもらわなければなりません。
昔は誰でも入れる気安い休憩所としても運用していたワタクシの救護室がこんなになって、皆さんさぞ疑問に思ったでしょうね。
でもそんなのはどうでもいいんです。辛いのはワタクシですからワタクシは自分を優先します。
とは言えあまりにも拒絶しすぎると怪しまれますし、何よりも知っている声だったので、ワタクシは枕をベッドの上に投げ捨てて鍵を開けて応対する事にしました。
「……どうぞ」
「失礼します……」
扉の向こうにいたのはやはりセリナでした。
不安そうな顔をしています。意味もなくイライラしてしまいます。
「なんですの?」
「……えっと、ミネ団長が月の診察の報告書を貰ってきて欲しい、と」
「自分で来ずにあなたに? すっかり臆病になって……はぁ、まあいいですわ、こっちもその方が楽ですし……」
こちらだって今ミネの顔を見たらただでさえ辛いこの心がどうなってしまうか分かりませんからね。
ワタクシは予め用意していた報告書をセリナに渡しました。
「……まだ何か?」
何故か戻らないセリナに更にイラついてワタクシは言いました。
早く帰って欲しいです。こっちは我慢するだけで精一杯なんですから。
「フミ副団長……何かあったんですか? ミネ団長との仲もそうですし、副団長自体もなんだかおかしいですよ……?」
「……はい? じゃあなんでしょう? ワタクシが副団長の癖に自己管理もできてないって言いたいんですかぁ?」
「い、いえ! そういう訳では……!」
こんなのただの八つ当たりでしかありません。セリナがワタクシから暴言を吐かれる謂れなどまったくありません。彼女にまったく非はありません。
ですけれども、ワタクシの口はすでに汚らしい言葉を吐きかけています。
「ならとっとと帰りなさってくださいな、ワタクシ忙しいんですの。あなたなんかにかまけている時間なんてないんですわよ」
「…………はい。申し訳ありませんでした」
セリナはすごく泣きそうな顔でワタクシに言ってトボトボとその背中を見せました。
最悪です、本当に最悪です、ワタクシ。
悪いのは何もかもワタクシで、この苦痛と不快感だってどうやったって自業自得でしかないのに、セリナをあんな冷たく突き放して……。
「あぁあぁぁァガあアぁアァぁアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
ワタクシは扉近くの手近にあったものを全部に当たり散らかして、棚も身長計も何もかもを倒して、大声で叫びました。
「耐えられますかッ……こんなの! 耐えられるかッ!」
駄目です。無理です。
気持ちよくなりたい。
幸せになりたい。
全部忘れたい。
嘘にしたい。
そうだ、確か医療品を備蓄している薬品保管庫に鎮痛剤があったはず。あれをとりあえず静脈に打ち込めば気休めぐらいにはなるんじゃなくて? ええ、そうしましょう、そうしましょう、そうしましょう。
少しでもこれの地獄から逃げ出せるなら、ワタクシはなんだってやってやりますわ……!
「ハァ……! ハァ……! ハァ……!」
体を次々に襲う極寒、酷暑、激痛、吐き気、不快感。そのすべてから逃げ出すようにワタクシは早歩きで薬品保管庫に向かいました。
そして入るやいなや、棚を探します。
「ここ、ここ、確か、ココだった、ハズ……!」
邪魔な薬品を全部床に落として投げ捨ててビンが割れても気にしないで探し求めます。
「どこっ、どこっ……どこなんだよッ! 出てきなさいよ……! 早く早く早くっ!」
そして、見つけます。
「あ、あった……!」
液体として保管してある鎮痛剤のビン。ワタクシはそれを手に取ります。
「……あっ!?」
ですが、駄目でした。
手が震えて、その何本も並んでるビンを一本掴もうとしただけで、乱暴にそれら全部を転がして床に落とし割ってしまったのです。しかもなんとか手にした一本すら手から力が抜けて同じく床に中身の鎮痛剤の液体をぶちまけてしまいました。
「アアアアアアアアアアアアッ!! なんですのっ! クソッ! クソッ! クソクソクソッ!!! ざっけんな! ざっけんな! ざっけんなアアアアアア!!」
大声で喚き散らかしながら腕のこれまでの注射後を掻き毟ってしまいます。
黒ずんだ穴を触るたびにとんでもない激痛が走りますがそんなことよりも怒りが勝ちます。
――なんで、なんでこうなるんですのよッ! 少しでも、少しでも楽になりたいだけなのにィッ!
「いいえェッ……! 待て、待つんですのよ! 舐めて少しでも摂取できるはずっ! ハァ!? そんな事しても意味がないのはワタクシが一番よく分かってるゥ!? アァもう! うるせぇですわねぇワタクシ! んなのやってみねぇとわかんねぇでしょうがよォ!?」
ワタクシは床に這いつくばってこぼれた鎮痛剤に舌を這わせました。
「ハァ! ハァ……! レロッ! レロォッ……! ……オッエッ!? オ、オエエエエエエエエエッ……!」
だけど、急に来た嘔吐のせいで、全部台無し。
ワタクシの吐瀉物と混ざり合って、もう完全に意味がない。
「だぁアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!! アアアアアアアッ! アアアアアッ!!!! ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ! なんですのよもうッ!!!! なんでぇっ!?!? くそくそくそっ……こうなったら……こうなったら!!!!」
最終手段ですわ。
バレるとかバレないとか、ミネの横にいるとか、もうどうでもいいんですの。
幸せになりたい、幸せになりたい、幸せになりたいんですのよッ……!
人の目とか一切気にせずに走ってきたのはシスターフッドが拠点としている大聖堂。
ワタクシはその扉をぶち破る勢いで開けました。
「えっ……!? フ、フミ様!? そ、そのヘイローの色一体……!?」
そこにちょうど一人だけでいたのは、茶髪でシスターフッドなお友達のあの子。
「あぁ良かったちょうどいいですわ……! 今すぐ、ワタクシを連れていきなさい……!」
ワタクシは彼女に掴みかかって言います。
でも彼女は困惑した顔を見せています。まどろっこしぃですわねぇ……!
「フミ様……痛いです、落ち着いてください……! 連れて行けって、どこに、ですか……!?」
「だぁかぁらぁ!!!! 分かってんですのよ!!!! この大聖堂からいろんな地下遺跡群へと繋がる道が隠されてんのはッ!! 向こうの隠れ家からルート繋がってんの確認してんですのよッ! だから通せっ……通しなさいよっ! 連れてきなさいよォッ!!」
「……地下、ですか……?」
「そう言ってるでしょうがぁっ! 分かったらとっとと連れてけよ!! 早く!!」
「…………いいえ、駄目です。今のフミ様をお通しする訳には行きません」
「……………………は?」
この子……何言ってるんですの?
「今のフミ様はマトモではありません。明らかに精神に異常をきたして冷静な判断ができていません。それに、そのヘイローの色……半分程が黒ずんでいて、まるで、その、壊死しているかのようで……だから今は一旦落ち着いて、じっくりとミネに診てもらったほうが――ガッ!?」
彼女をお腹を撃って、黙らせてやりました。
「かっはっ……!?」
膝を付いてお腹を抱えている彼女。ワタクシはそんな彼女に怒声を浴びせかけます。
「ミネの名前出してんじゃねぇんですわよ!! それ聞いたらワタクシが止まると思ったんですかアァ!? なんですのあなたワタクシの味方って言った癖に! だったら通しなさいよ! 止めてんじゃねえんですわよ! この嘘つきがっ!」
「ちが……わ……私は……!」
「うるさいうるさいうるさい! テメェみてぇな嘘つきがいっちょ前に口きいてんじゃねぇって言ってるでしょうが!」
蹴り飛ばす。
「かっ……!?」
何度も踏みつける。
「ぐっ、がっ、はっ……!? フミ、様……お願い、です……正気、に……」
自分を守りすらしないコイツに、ワタクシは銃を向ける。
「あ……あ…………フミ……様……」
頭に銃口を押し付ける。
「さようなら。あなたなんてもう、友達でもなんでもありませんわよ」
「……ぁ…………」
そして引き金を――
――タァン! と、別の銃声が響き渡り、直後ワタクシの頭に衝撃が走りました――
「――ぐっ!?」
「今の言葉は聞き捨てなりませんね」
頭を抱えて撃たれた方向を見ると、そこいたのは彼女の愛銃”浄化の織り手”の銃口から硝煙を漂わせているサクラコさん。
そして背後にはすでに臨戦態勢のシスターフッドのシスター達でした。
「友人が友人を傷つける、そんな冷酷で愛のない行為を我らシスターフッドは……いえ、この歌住サクラコは看過致しません」
彼女の表情は普段浮かべている胡散臭い微笑みすらもない、本当に底冷えするかのような冷たい無表情でした。
これほどまでに怒りを露わにする彼女を、ワタクシは知りません。
「あなたは私にとって友人であり、彼女もこの三年共にシスターフッドで手を取り合った友人であり、そして貴方達同士も深い絆で結ばれた友人のはずでした……だというのに今のあなたの乱暴な振る舞いとその言葉。これは我らシスターフッドの実力を行使するのに十分であると判断致しました」
そして彼女は静かに左手を上げ、
「故に、それではみなさん――」
静かに振り下ろして言いました。
「同胞を、そして迷える子羊を、地獄から救い出しますよ」
そして、彼女らは一斉にワタクシに対して銃口を向けてきたのです。