「壊死したヘイローの……切除? そんな事が、可能、なんですか……?」
「時間がありません。この屋敷にある手術室まで案内しますので詳しい話はその道中で」
サクラコさんがそう言って背中を見せて早足で歩き始めます。
私はその後ろからフミを抱き上げて急いでついていき、またその後ろに先生が続いてくれました。
「……この屋敷を探索していくうちに思ったのです。この屋敷で薬による救済を求めた方々は、本当に全員この場所で薬物による陶酔の中での死を選んだのかと」
サクラコさんはあくまでこちらに視線を向けず、早歩きのまま話し始めます。
「もしかしたら、死を恐れ依存を断とうとした者もいて、ただの薬物ではなく特殊な力を秘めた物なら、末期患者ですら救う手立てがあったのではないかと。そんな僅かな希望を持ち、もしものときを考えて私は手がかりを探しました。そして……これを見つけたのです」
サクラコさんが背を向けたまま見せてきた古書。
よく見ると最初に見たときよりもずっとボロボロで、かなり腐食が進んでいるようです。屋敷自体は内装含め未だ立派な姿だったので実感は薄かったですが、本のその状態からこの屋敷がいかに古い時代のものなのかを再確認しました。
「この本にはその術が記されていました。それが『ヘイローの切除手術』です。『ヘイロー・バイ・インドゥルジェンス・レター』の中毒患者の末期症状、それから命を救うには、薬によっての影響が壊死になるまで出たヘイローの壊死部分を切除するのが唯一の方法だと。そうすれば……『
「命……だけは、ですか……」
思わず抱きかかえているフミの姿を見ます。
未だ呼吸は浅く、青ざめた顔で「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」と彼女を抱きかかえている私でやっと聞こえる程度の声でずっとつぶやいていました。
私とて未熟ながら医療従事者の一人。その「命だけは助かる」という意味は理解できます。
つまりは大きな後遺症が残るという事。
私達にとって命の証であるヘイローを切り落とすのですから、むしろ無事で済む訳がないのが当然です。
だとしても、私は……。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
朦朧とした状態でひたすらに謝罪を続けるフミ。
そんな彼女の顔を今一度見直し、私は彼女を掴む手にぐっと力が入るのを感じました。
「……やります。そして、私が彼女を支えます。それが私にできる罪滅ぼしですから」
「ミネさん……」
「……ミネ、その罪悪感からの言葉は良くないかな」
と、そこで先生が諌めてきました。
歩きながら振り向くと、そこには言葉以上に険しい顔がありました。
「自分が悪いから、って自分を追い詰めてやる献身の先に待つのは破綻でしかないよ。一緒に生きていきたいのならまずはミネが前を向かないと」
「……はい」
先生の言葉に強く勇気づけられるのを感じます。
彼女と共に未来を生きる。そのためなら、どんな困難をも乗り越えてみせると思えました。
「……こちらです」
サクラコさんの先導によってたどり着いた場所は、救護のための施設として見たら今とはまったく違う、お粗末なものでした。
窓のない木張りの部屋はランプによって照らされていて、中央には血痕が沢山残っている大きな木製テーブルがあってあそこに直接患者を乗せていたのが分かります。
棚には古い薬缶、薬瓶が並んでいて中のものは果たして使えるかどうかが怪しいものでした。
「フミさんをこちらに」
サクラコさんがそう言って指し示したのは部屋の奥で、そこには部屋中央にある木製テーブルよりは現代の手術台に近い物がありました。
ただ不気味だったのは、恐らく手足を乗せるように手術台の左右と下部分から幅は細いしかし分厚い四本の板が伸びていて、革のベルトと鎖が備え付けられていたことです。
私はそれを見て理解しました。あれは手術台であり、同時に拘束台でもあるという事を。
「フミさんをこれでしっかりと拘束してください。……この書によると、ヘイローの切除手術は恐ろしい程の苦痛が伴うそうです。それゆえに拘束をしなければ到底まともに処置ができない、と」
「……分かりました。しかし、そうなるとフミが意識を失う可能性も高いのでは? あまりにも強い苦痛は人の意識をあっさりと奪ってしまいます」
ヘイローは意識のあるときにか浮かび上がりません。なので眠っているときや気絶しているときは頭の上からヘイローが消えてしまうのです。ヘイローを切除する、という程ですからヘイローが浮かんでいなければそれもできないのでは? そんな考えから私がそれを確認すると、サクラコさんは苦虫を噛み潰したかのような顔になり、少し間をおいて言いました。
「……そこの拘束台には、強い電流を流す機構が備わっているそうです。つまり、意識を失ったら無理矢理電流を流して起こす、という事になりますね」
「……なっ!? ……いえ、分かりました。では……その役目も、私が……」
「いえ、待ってくださいミネさん。それは私がやります。あなたにはヘイローを切除する事だけを考えて欲しいのです。きっとこれから行うことは私達の心にも大きな負担になるでしょう。それを、あなた一人に任せるわけにはいきません」
「……ありがとうございます、サクラコさん」
「いいえ……今回の件は、私も責任を感じていますから」
お互いそうして謝罪した後、私達はフミを拘束台に乗せて手足、さらには首と頭部を強く革ベルトと鎖、さらには金属の枷もありそれを用いてどうやっても動く事のできない姿にしました。
「そしてミネさん、これがこれからの切除手術に使う道具です。どうぞ」
「……これは」
そうして彼女に渡された物は考えていた物とは異なる形をしていました。
一つは簡素なハンマーで、特段何か特別なところはありませんでした。
ですがもう一つの器具はあまりにも異様な物でした。
初見の印象で言うと、それは儀式的な意味合いで作られたナイフ、または錐のようだと思えました。
黒色の持ち手はしっかりと太く力を入れて握る事ができる上で底面が平らでまさにハンマーで叩きやすい形状をしています。そして持ち手から先は非常に鋭利な先端をした金色の刃が三本、交わる蛇を想起してしまうような形で螺旋状に絡み合って最終的にその先端で合流して一つの鋭い針のようになっています。
ヘイローを切除できるという考えもしなかった手術を成す器具、そうした我々の知らない術法がその器具に秘められているのも納得してしまうそんな説得力をなぜだか感じてしまう見た目でした。
ハンマーと、便宜上針と呼ぶ事にするソレの組み合わせ。
未だ内容が伝えられなくとも、これから何をするのかはだいたい想像がつきました。
「なる、ほど……これで、彼女の壊死したヘイローを叩き、壊して切除する。そういう事でしょうか」
「はい、そうなります。そして、そのたびに彼女には耐え難い苦痛を味わってもらう事になります。……ミネさんにこんなことをさせるのはとても心苦しいですが、この処置はそれなりの力調整をその手で感じ取りしなければならないとあります。この中でそういった処置を何も経験がない状態でできるのは、間違いなくあなただけですので」
「はい……分かっています。それにもし私以外にやれる人間がいても私が志願したでしょう。彼女を救えるのは、きっと私だけです」
「……そう言ってもらえると助かります。それで、肝心の壊死したヘイローの切除箇所なのですが、本来なら私達生徒でもヘイローの形をはっきりと把握するためのグラスがあったのですが、私が先ほど探したところそれは壊れてしまっていました」
「そんな!? それではどうやって彼女の壊死したヘイローの正確な場所を特定しろと……!?」
「そこは、私の出番かな」
そこで言ってきたのは先生でした。
私はそこで思い出します。先生には、私達生徒のヘイローの形がみんな違うのをちゃんと把握できている、見えているのだという事を。
「私がサクラコにアドバイスを貰いながらミネにその針を突き立てて欲しいところを指定する。そしてミネが処置をして、フミが意識を失ったらサクラコが起こす。そうやって、みんなで協力してフミを助けよう」
「分かりました……ありがとうございます、先生。そして申し訳ありません、こんな事に巻き込んでしまい」
「いいんだよ、私は生徒に巻き込まれるためにこのキヴォトスにやって来たんだ。そのためなら、いくらだって力を貸すよ」
先生の言葉にまた背中を後押しされるような気持ちになります。
心が温かくなります。ですが今はそんな感情に酔っている場合ではありません。
「それでは皆さん……これより『救護』のため、『ヘイロー切除手術』を開始します。準備はよろしいですね」
「はい」
「うん」
サクラコさんと先生が私の言葉に頷いてくれ、いよいよ処置が始まります。
そのために私達は今一度フミにされた拘束を確認、そして彼女の口に猿轡を噛ませました。こうしなければ、あまりの苦痛に歯を砕き、顎を潰し、それでもなお舌を噛み切ってしまうからだそうです。
「私から見えるフミのヘイローが壊死している箇所と無事な箇所境目は三つ。彼女のヘイローは楕円の中心から半分に分けるように線が伸びていて、それこそ薬のカプセルを想像して貰えればそれが一番近いんだけども、壊死しているのはその楕円の上の頂点、中央線の半分からさらに進んで全体の七割ぐらいの場所、そして下の方の頂点にはかからないぐらいの場所にある」
「先生はその壊死している部分から色が戻っていて、かつできるだけ色が変わったギリギリの場所を指定してもらえると助かります。変色箇所が残っていても、あまりにも変色していない場所を切り落とし過ぎても駄目だそうです」
「分かった……ミネ、まずは上から行こう。私の指示通りの場所に針を突き立てて」
「……はい」
私は先生の指示を受け、針の位置を微調整しながらその先端を起きました。
確かにヘイローにその針の先端が突き立てられた、そんな感触が手元からします。
「きっとそこでいいはずだ。……じゃあ、ミネ、お願い」
「はい……。……フミ、どうか耐えてください!」
私は左手で握った針の取っ手を握りすぎる緩めすぎる、しっかりとハンマーの衝撃で刺せるぐらいを意識した上で、右手にあるハンマーを振りかぶり、その針を衝撃で突き刺しました。
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!?!?!?!?」
猿轡をされているのにも関わらず、これまで一度も彼女から聞いたことのない、あまりにも取り繕う事のない悲鳴を上げているのが分かりました。
しっかりと拘束されているのにも関わらず眼球が飛び出るんじゃないかと思うぐらいに剥き出しにして必死にもがき、ガタガタと台が音を建てています。ですが一方でそれでも台はピクリともしていませんでした。
「……くっ! フミ、どうか、耐えて……!」
見ているだけで分かる、身の毛もよだつ程の激痛。
それに私はあまりにも胸が痛く、そして恐ろしくなってしまいましたがここで止める訳は生きません。
私は再びハンマーを勢い良く振り、針を突き刺しました。
「――――――――――――――――ッ!? ――ッッッ………………!? …………」
「ヘイローが消えました! サクラコさん!」
「はい! フミさん、申し訳ありません……!」
サクラコさんが壁にあるレバーを手にし、それを下ろします。
すると、バリバリバリッ! と音にすら聞こえる程の電流が流れ、それがフミの体に走ります。
「――――――――――――――――――――――――ッ!!?? ――ッ!? ――ッッ!?!?」
フミが目を見開き、意識を取り戻します。
飛び出るのではないかという程開いた目からは大量に涙がこぼれ、猿轡からも涎が溢れ出ます。汗は滝のようにこぼれて、体も台もびしゃびしゃになってしまっていました。台の下に体液の水たまりができてしまっているぐらいです。
「ごめん、なさいっ……!」
私もまたそんな彼女を見て泣きそうになりながらも手を止めるわけにはいきません。
ぐっと唇を噛んで手元が狂わないように気を保ち、またハンマーをふるいます。
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッッッ!!!!!!!!!!」
猿轡を意図も容易く貫通して聞こえてくる彼女の悲鳴。
今までで一番大きな声でした。
「ミネっ! 壊れた! 一つ目!」
先生もまたとても厳しい表情で叫びました。
「――――ッ!?!?!? ――――!! ――――――ッ!! ッ――――――!?」
一度終えてもずっと絶叫し続けるフミ。
そこでようやく一つ目の箇所が終わった。つまり、あと二箇所なのです。
「……あと……二回も……こんな、事を……?」
フミの姿は、はっきりいって見てる側が「死んだほうがマシだ」と口にしてしまうだろうぐらいに酷いものになっていました。
動きが完全にできなくなっているというのに人というのはここまで苦痛で悶え苦しんでいるのが伝わるのだという事を私は知りました。
「いや……こんなこと、私……フミに……あと、二回もなんて……いやぁ……!」
プルプルと手足が震えて、こちらまで涙を流してしまいます。
怖くて、情けない声になってしまっています。
もう嫌です。こんなの、まるで、フミを私の手で殺しているみたいな、そんな拷問をしているのと変わらないじゃないですか……!
「……ミネ、しっかりして!」
そこでハンマーと針を落としそうなった私の手を、先生が握ります。
「できるなら私が変わってあげたい、でもきっと私の何も備わっていない技術と弱々しい力じゃできない、私が目になってなおミネの方がずっとこの手術はミネが一番成功させられる確率があるんだ。だから……これは、ミネにしかできないんだ……だから……!」
私の顔を見て言ってくれる先生もまた、目に涙を浮かべ、口から血を流していました。
彼もまたその姿を耐えるために強く口内を噛み、食いちぎってしまったのでしょう。
それほどまでに、自分の無力さを呪っているのでしょう、彼は。
「……分かり、ました……ありがとう、ございます……!」
先生の言葉を受け、私は強く頷きました。
そして、また同様にとても怯え苦しんだ顔をしたサクラコさんにも私は頷き、彼女もまた頷き返してくれました。
こうして、私達は手術を続けました。
それより彼女のヘイローにハンマーを振るった回数は九回、サクラコさんが電流を流した回数は三回でした。
フミはその回数よりもずっと多く、悲鳴にならない悲鳴を叫び続けていました。
*****
ヘイローの切除手術を終えてから、私達は意識を失った彼女をトリニティにまで運びました。
場所は救護騎士団の医療棟、フミの救護室です。
フミは意識は失ったままですが亡くなったわけでもありません。呼吸、脈拍はちゃんとあり小康状態と言った容体です。
フミを運んだ後、私は彼女のすっかり汚れてしまった体を拭き、服を病衣に着替えさせて救護室のベッドに寝かせ目覚めを待ちました。
近くには先生もサクラコさんもいて、共に彼女が起きるのを待っています。
壊死したヘイローを切り落とした彼女がどうなっているのかは分かりません。
ですがまずは生きている、それだけでも良かったと思えました。
私達の命の証明であるヘイロー、それを切り落とした彼女がどうなってしまうのかは想像もつきません。ただ、彼女がこれから平穏無事に生きられるのを願うだけです。
「……紅茶でも入れてきますね」
それぞれフミの側で目覚めを待っている私達でしたが、私は二人にそう言い一旦その場を離れました。
三人でずっと根を詰めて待っていてはあまりにも体に良くありません。
それぞれ隙を見て落ち着かなければ、酷い後遺症を残しているかもしれないフミをちゃんと受け入れてあげられません。
そのため、私はお二人をいたわるためにこの救護室にある紅茶を入れるため、彼女のベッドの前から席を外しました。
「…………フミ、どうか、無事で」
彼女が私にずっと想いを抱いていたという事、それで彼女が追い詰められ、暴走させ、その身を滅ぼすと分かってながら過去の禁じられた秘薬を用いて本当に壊れてしまった事。
そのすべてが後悔として私に襲ってきます。
私はこれまでどれほど彼女に我慢を強いてきたのでしょうか?
私の何気ない振る舞いや発言がどれだけ彼女を傷つけたのでしょうか?
私はこれからも、フミの親友を名乗る資格があるのでしょうか?
そんな自問自答に苛まれながらも、体に染み込んだ紅茶を入れる手順は止まりません。
そうして紅茶をまずはティーカップ一杯分注いだ、そんなときでした。
「――……サクラコさん? 先生? ここ、は……ワタクシは、一体……」
背後から、聞き慣れた声がしました。
「ッ!?!? フミッ!!」
ティーカップが落ちて割れた音がしましたが関係ありません。
私はベッドの上で上体を起こしていた彼女に思い切り抱きつきました。
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! 私、あなたの事、何も分かってなくて……!」
「…………っ」
フミが、何か言いながら私の体に手を添えます。そして――
「やめてくださいましっ!」
――勢い良く、私を突き飛ばしました。
「きゃっ!?」
「ミネ!?」
「ミネさん!?」
フミに突き飛ばされ尻もちをついた私を先生とサクラコさんが心配してくれます。
一方で、フミはまったく違う感情が顔に浮かんでいました。
純粋な、困惑でした。
「なんですのあなたは? いきなり人様に抱きついてきて訳の分からないことを……どこの誰かは存じ上げませんが、人として最低限の礼儀作法も知らないのですか? まったく失礼極まりないお方ですわね」
「………………え……?」
ああ、そんな、そんな……嘘……です……嘘、です、よね……?
「フミ……私、ですよ……ミネ、です……あなたの友の、蒼森ミネ、ですよ……?」
「…………? どちら様ですか? すみません、あなたのようなお人、ワタクシは存じ上げませんわ。サクラコさん、先生、こちらのお方は誰ですの? 見たところお二人の知り合いのようですが……」
本当に分からない、そんな風に彼女は虫を見るような目で言いました。
次回、最終回。