ワタクシは蒼森ミネに恋をしていた……らしいですわ。
らしい、というのはワタクシにその記憶はないからです。
事情自体は理解しているのですわ。ワタクシが……ああ、そうそう、ミネ団長に同性でありながら懸想をし、それを拗らせトリニティの古の秘薬に溺れ壊れミネ団長個人についての記憶だけを失った、と。
まったく愚かしくてアホくさい話ですわね。恋愛沙汰でうまくいなかなくてクスリに溺れるなんてよく聞く話ですけれども、このワタクシがそんな事をしたなんて。しかも相手は同性なのに。
記憶がないので自分の事なのですが正直他人事のようにしか聞こえなくて、知らないバカ女の話を聞いたような気持ちになりました。
というか、他人事にしか思えないのは知識しかない今のワタクシを取り巻く環境そのものに対してですけれど。
まあどうでもいいんですけれどもね、別に。
前がどうだろうと今のワタクシには関係のない事ですわ。
「フミ……今ちょっといいかな?」
救護室で些末な事を考えながらスマホを片手にボーッとしていたところで殿方の声がしてきました。先生でした。
「あら先生。別にいいですけど、何か御用ですか?」
一応椅子を回して彼に向き合います。
仕事かもしれませんし。
「いや、用と言う程じゃないんだけどさ、その後大丈夫かなって気になって」
「別に問題ありませんわよ。じゃあ、話はこれでいいでしょうか? 別に救護室で好きにしてていいですけれど、仕事じゃないのならこちらもそっとしておいてくださいまし。面倒臭いので」
ワタクシはくるりと椅子をまたデスクに向けてスマホで開いていた適当なショート動画に目を向けました。
面白くもなんともないですけれどとりあえず流れてきた動画を見ていた最中だったのでただ流れでそうしただけですが。
「待って! ……フミ、ちゃんと話をしよう」
「……まあいいですよ。どうせ何をしてても変わらないですし」
別に見たくて見てた動画という訳でもないですしいいでしょう。彼との話も時間潰しにはなってくれるでしょうから。
「……フミ。まず一つ、単刀直入に聞きたい。なんで……彼女の葬儀に来なかったの?」
「葬儀? ……あー、そういえばありましたわね。首を吊ったシスターフッドの子ですよね」
そういえばいましたね、ワタクシの取り巻きの子の一人。
ワタクシに絶交を言い渡されて、それで記憶をなくしてこうなって、絶望しちゃったみたいですわね。第一発見者は彼女の彼氏が見つけた遺書にはそんな事が書いてあったとかなんとか。
「行く必要、ありました?」
でもむしろこっちが疑問だったので先生に聞き返しました。
すると、彼は普段からは想像できない凄い怒り顔で立ち上がりました。
「フミっ!!!!」
そしてそのままの勢いでワタクシの肩を掴んできます。
「……痛いんですけど、離してくださいます?」
大人の男性が力を込めてワタクシの肩を掴んできましたので当然痛みを感じます。なのでワタクシはそう先生に言いました。
「……ごめん。でもフミ、あの子は君の大切な友達だったはずだ。なのに、なんで……」
先生は反省し手を離して項垂れたと思ったら、またこちらを厳しい顔で睨み言ってきました。
お熱い人なんですのねぇ、多分ですけど。
実際どういう感情なのかワタクシにはいまいち分からないのであくまで推測なんですが。
「なんでって……だって、死んだらもうそれでその人は終わりじゃないですか。別にそれで葬儀に参加しても死人がお礼してくれる訳でもないでしょうに」
「そういう事を言ってるんじゃない! 私は……!」
「あぁ、外聞的な話ですか。それでもワタクシって出ない方が良かったですわよ。だってワタクシがやったこと、箝口令が敷かれてるらしいけど普通に漏れてるじゃないですか。だったら謹慎しておく方が救護騎士団的にはよっぽど波風が立たなくていいと思うのですが」
少なくともワタクシが葬儀に出るメリットとデメリットだとデメリットの方が大きいです。
薄情さで批判はされるでしょうが、政治的にはこれが一番いいと思うんですのよね。自粛してればいつかは風化するものですこういうのは。一応弔文も送りましたしこれが一番丸いでしょう。
ただそれを考えたらさっさとワタクシを騎士団から除名すればいいんですけどね。団長が「私に残って欲しい」と懇願して来たのでまあ残りましたけど、何故その判断をしないのか理解に苦しみますわ。
「そういう話じゃないんだよ、フミ。 ……私は君達が紡いできた友情の深さを知らない、知ってるなんておこがましいことも言うつもりはない。確かに記憶は失っているかもしれない。……けれど、ミネへの記憶が消えてしまっていても、あの子との思い出は残ってたはずだ……だから、彼女と過ごした時間はせめて残ってるはずなんじゃないのかい……?」
なるほど、やっと彼の言いたい事がはっきりと分かりました。
そういえばちゃんと説明してませんでしたっけ。……してなかったですわね、面倒だったから。これ以上あれこれ言われるのも面倒ですし、彼に言ったら皆さんにも伝わるから言っておきましょうか。
「……これ」
ワタクシはそう思い、手始めとして自分のヘイローを指さしました。ワタクシ達にははっきりとは見えないけど半分になってるらしいヘイローです。
「……フミ、のヘイローだね。君の命を救うために一部を切除してしまった……」
「そうですね。多分、これのせいなんだと思いますわ」
「え……? それって……」
「ワタクシ、今、何に対しても無関心で無気力で、それでいて人の気持ちがよく分からなくなってしまったんですの。ごめんなさいね、説明忘れてましたわ」
「…………え? ……そん、な……」
凄い青ざめた顔してますわね。
多分びっくりしているのだと思いますわ。それとも憐れんでいるのかしら? もしかして黙ってた事を怒っているのかも。
まあどれでもいいんですけれども。どうでもいいし。
「別に感情がないわけではありませんわよ? ただつまんないとか退屈とか、馬鹿馬鹿しいとかアホらしいとか、そういう軽いヤツぐらいで、何かに心を傾ける事はできないし、それでいて人のそういう気持ちも共感できなくなっちゃったみたいなんですのよね」
先生達から聞いたこれまでのワタクシの行いに対してもそんな感じでした。
聞くと「ああ、確かにそんな事したかもなぁ」ってうっすら思い出せるんですけどじゃあなんでそんな事したんだろう、ってのは分からないんですの。
感覚的には退屈な歴史の授業の教科書を斜め読みしてるぐらいの感覚でしょうか。
徹頭徹尾他人事で興味が沸かないんですのよね、自分の事なのに。
別にどうでもいいですけど、そんな事。
「ま、そうは言っても重く受け止める事なんてないですわよ? だってワタクシからしたら『生まれたときからこうだった』って感じで戻りたいと言いますか、まず知らないものに戻るも何もないと言いますか……だから気にしなくていいですわよー」
だと言うのに先生は眉間に凄い皺を寄せて口元を手で抑えながらブツブツ言ってますわね。距離近いから聞こえるんですけどねそれでも。
にしても気にしなくていいって言ったのに。他人事なのになんでそんな顔になるんでしょう。不思議ですわ。
「まさか……あの切除手術で、本質の一部を切り離した……? いやでもホシノのときとは明らかに違う……ヘイローそのものを切除したせいで、人格に比べ物にならないぐらいの影響が……?」
どうやら先生には思い当たる節があるみたいですわね。
良かったですわ、もっと事細かく教えろって言われたら面倒臭かったですし。
別に教えろって言われたら教えますけどね。嫌って気持ちも基本的に大して沸かないから。
「まぁそういう事ですので。これ、他の人にも伝えておいてくださいね。いちいちなんか言われて同じ事説明するの面倒臭いので……ふあぁ~あ……」
時間潰しにはなっていますけど、なんだか眠くなってきましたわ。多分お昼の後だからですわね。
まあ別にいいですか、先生がいたって寝ても。
「じゃあ先生、ワタクシ寝ますからいつまでもいていいですけど出ていくなら勝手にどうぞ……ふあぁ」
何もしないので寝てても起きてても別に変わらないんですけどね。
「……本当に、ごめんね。フミ……私が、もっとしっかりしてれば」
ベッドに潜ったワタクシに先生の声が後ろからしてきました。
なんで謝ってるんでしょうか、この人。
「先生……悪くないじゃありませんのぉ……前の……ワタクシが……バカだった……それ……だけ、ですわ、よぉ……」
もう眠気が来たから自分でも何言ってるかよく分からないですわぁ……でもまあ、別に特に変なこと言ってないと思いますのぉ……ワタクシ、嘘つきませんしぃ……つく理由も……ないですから……。
「前の君を否定しないでくれ……君は君として、一生懸命に生きたのは間違いないんだから……」
何か……言ってるけど……わかんないですわね……テキトーに返して……寝よう……。
「……はーい……分かりましたわぁ……すぅ~……」
なんて……言ったのかな……ワタクシ……まあいいや……どうでもいいし……おやすみなさい……。
*****
私は、本当に愚かでした。
きっと前のようにはいかなくともフミとまたやり直せると思っていました。
彼女を支えて共に未来を歩もうと誓ったつもりでした。
ですが、その結果が、これです。
「落ち着きなさい! あなたらしくもない! それ以上の暴力は正義実現委員会としてあまりにも度が過ぎただたの私刑です!」
ハスミさんに羽交い締めにされてもなお暴れ抜け出そうとしている、正義実現委員会に所属している黒髪の彼女の憎悪に染まった瞳。
「先輩も冷静になってください……! 確かに暴走したときのウイ委員長に便乗するときはありましたが、普段のあなたはそんな好戦的な人じゃなかったはずですよ……!」
一年生のシミコさんに抑えつけられている、図書委員会にいる緑髪の彼女の怒りに支配された表情。
「どうして……二人が……」
私の大切な友人同士が、心底相手を憎しんだ顔と声で、学園玄関の前の踊り場で言い争っているのです。
「どいてよシミコ! 私はただ事実をそこの警察気取りのクズに言っただけだよ! 『暴力振るって気持ちよくなってるだけで何もできない節穴女』ってさぁ! そしたら殴ってきたんだし間違ってないよねぇ? えぇ!? すぐ暴力に逃げずになんとか言ってみなよ!」
「はい!? 訳知り顔でベラベラ喋る癖にそのオツムははあんたが尊敬してる委員長さんよりもずっと出来が悪い引きこもりの癖によく言うよ! 虎の威を借る狐だっけ? あんたにピッタリだよねぇ! なんか言いたいことあるなら口だけじゃなくて結果見せてみろってんのよ!」
「ほーらすぐそうやって力に頼る! あんたみたいのが正義実現委員会の名前穢してるって分かってないんだ? やっぱりバカだよねぇアンタ! 昔からバカだバカだって思ってたけど一生治らない! 死ぬまで暴力頼りのバカやってれば!?」
「あーやだやだこれだから頭でっかちの癖に何もできない子ってさぁ!? 愚痴愚痴言うのがあんたの限界なんだよねぇ!? 一人でそうやって結論付けた事述べて偉ぶってるだけで本当は誰よりも惨めなのに気づけよ! 私が一生バカならあんたは一生負け組だね! ネットで荒らしでもやって優越感に浸るぐらいしかできない惨めな女なのよ!」
「あなた……私の事そんな風に思ってたの!? 最低! 友達だと思ってたのに!」
「それはこっちの台詞よ! ずっと人の事見下してたんだねあんた! きっしょ! 死ねよ陰キャ女!」
「お前が死ねよ人にマウント取って気持ちよくなってるゴミ虫が!」
聞くに絶えない醜い罵詈雑言の応酬。
あの自分の力を正しく使いたいという志に燃えていた彼女が。
あの理知的で落ち着きがあって本が書き記す世界のときめきを語っていた彼女が。
今はお互いの仲の良い同僚の繰り返しの制止も耳に入らず、心からの憎悪で言い争っています。
「私が……止めなければ……!」
二人の変わり果てた姿に震えていた心をなんとか奮い立たせ、私は前に出ます。
大事な友人達のあんな姿を、もう見たくありませんから。
私が、彼女らを『救護』しないと……!
「……二人とも、やめ――」
「あなたがそんなだから……!」
「あんたがそんなんだから……!」
『彼女も、フミ様も、いなくなっちゃったんでしょうがっ!!!!』
――足が、止まってしまいました。声も、心臓も、心も、凍りついてしまいました。
ハスミさんも、シミコさんも、いつの間にかできていたギャラリーも、みんな一斉に黙りました。
それは、言い争っていた彼女ら自身も。
「……うっ、ひぐっ、ううううっ……うううううっ……!」
「……ひっぐ……う……ぐすっ……ええええん……」
僅かな静寂の後、黒髪の彼女も、緑髪の彼女も、泣き出してしまいました。
「……行きましょう。大丈夫です、問題は起こしてしまいましたが、ツルギはちゃんと事情を汲んでくれます。だから今は、ゆっくりと休みましょう」
「先輩……しばらくは人と会わない方がいいと思います……図書館に戻りましょう。ウイ委員長だって、一人ぐらいの泣き声なら許してくれますよ」
「ごめん……ハスミ……ごめんね……」
「シミコ……うん、迷惑かけちゃったね……」
ハスミさんとシミコさんがそれぞれをお互いの部室に連れて帰ります。
二人はそれぞれハスミさん、シミコさんには謝っていましたが、お互いに言葉を交わすことも、目を合わせる事も一切せずに去っていきました。
「……もう彼女らは、ああやってお互いに罪を擦り付け合わないと……いいえ、そうする事で実際には自分自身を責める事でしか、生きていられなくなっているのでしょうねぇ……」
横から、よく知った声がしました。
銀髪のシスターフッドで行政官をやっている彼女です。
ですが、今日はなんだか様子が違いました。
シスターフッドの制服ではなく、一般生徒のセーラー服を着ているのです。
「あなた……その格好……」
「ええ、ご覧の通り……私、シスターフッド辞めますのよぉ。……いえ、なんなら、もうこの学園も辞めようと思っていますわぁ」
彼女は、こちらに笑って言いました。
あまりにも疲れた微笑みでした。
「そんな……な……、っ……」
何故、と口から出かけて押し留めました。
分かっています、フミと、首を吊ったあの子の事が原因なのは。一番それを理解しているのは私なのですから。
「……フミがすっかり別人になってしまって、私達が知っているフミがいなくなり、その事で誰よりもフミを慕っていたあの子は狂うことすらできずに自ら死を選んでしまった……私達は、大事な友達を二人も失った……でも、見てごらんなさいなぁ。思ったより、世の中全然平気で回ってますわよねぇ?」
私の隣に来た彼女は自嘲しながら玄関からの外を眺めます。
そこには下校していく生徒や、部活に勤しむ生徒の姿もあって、いつものトリニティの日常がありました。
「私は自らの手でこのトリニティを変えていくのだと、そういった熱意を持ちティーパーティーの行政官として働いてきました……でも、こんなにも心に大きな穴が空いて、まさに世界が変わってしまったと思ったのに、実際の世界は何も変わっていません。私達だけの小さな不幸で終わりました。……そう思ったら、急に虚しく、馬鹿馬鹿しくなっちゃって」
彼女はその変わらずとても疲れた笑みを私に向けました。
よく見ると目の下には大きな隈ができていて、腫れていて、肌も髪もボロボロでした。
行政官たるもの相手に舐められぬよう、そして生徒の模範たれるように身だしなみは常に最善にしておべし、と時折彼女が口にしていたのを私は……
そんな彼女が、もうそういった矜持すら捨てる程に疲れ果ててしまっている姿が、そこにありました。
「私なんかいなくても、私なんかがどれだけ頑張っても、どっちにしろ何も変わらない。結局自分は選ばれた側の人間だと思いたかっただけなんでしょうねぇ……。…………つまらない話をしました。それでは、さようなら、ミネ。私はもう、身の程を弁えて慎ましく生きようと思います。でもどうか、あなただけでも変わらずにいてくださいな」
彼女はそこで頭を下げて去っていきました。
しばらくその背中を見ていると、セイアさんが彼女を迎えていました。
彼女は、セイアさんに泣いて頭を下げていました。そうしてついにしゃがみ込んで震えてしまっている彼女の頭を、セイアさんは抱きしめ、優しく撫でていました。
二人が一体どんな言葉を交わしているのかは分かりません。
でも、この三年間いろんな経験をしてきた二人だからこそ、理解できる境地もあるのでしょう。
……そう、かつての私と、フミのように。
「……私は……何も、できなかった……」
お互いを憎しみ合う事しかできなくなった二人にも、すべてが無意味に思えて学園を辞めてしまうにまでになってしまった彼女にも、『救護』の手を差し伸べる事ができませんでした。
そしてそれは、最初に自ら死を選んだ、彼女にも……。
「……あ、ミネ……さん……」
と、己の無力さに押しつぶされそうになっていたとき、後ろから声がしました。
そこにいたのは、サクラコさんでした。彼女もまた、ずいぶんと疲れた顔をしています。
「サクラコさん……お久しぶり、なのでしょうか……」
「……そうですね、あの子の葬儀以来ですから……ああ、もういつ以来か、ちょっと日にちが出てきませんね」
お互い、言葉がたどたどしくなってしまっています。
何を話せばいいのか分からないのです。短い間に沢山の出来事がありすぎて、私もサクラコさんも、相当疲労しているようでした。
「……私はただ、自分にできる事をするしかありません」
と、そこでサクラコさんがポツリと言いました。
私に向けた言葉なのに、それは私に向かった言葉ではないように思えました。
そう、まるで普段は彼女らが聞き届ける立場である告解をしているが如き雰囲気です。
「私はたくさんの過ちを犯し、共に三年間連れ添った友人も、長年語らってきた旧友をも失いました。ですが、それで私が歩みを止める訳にはいきません。私はシスターフッドの長、歌住サクラコ。私は私の職務を果たす、ただそれだけなのです……それしかできないのです……」
「サクラコさん……あなたは……」
「……ごめんなさい、急にこんな事を。ただ、聞いてほしかったのです。こんな事、うちのシスター達にはとても言えませんから」
無理矢理笑顔を作って言ってくれたサクラコさんは、その後フラフラとどこかへ歩き始めました。
その表情と歩き方から極度の過労と睡眠不足が伺えました。
分かっていたのに、私はまた何も言えませんでした。すっかり喉が栓で蓋をされてしまったかのような感覚です。
私の、私が信じていた『救護』の信念は、一体どこへ行ってしまったのでしょうか……?
どんどんと、崩れていきます。
私が信じていた想いが。
私が大切にしていた友との絆が。
何もかも、皆、壊れて、溶け落ちていっています。
「私は……」
「……ミネ!」
今度は未だ力強い声が聞こえてきました。私が歩き始めた救護騎士団の病棟の方面から走ってきた姿がありました。
先生、でした。
*****
「……フミ!」
先生から聞かされたフミの話。
それを聞いた私は、すぐさま彼女の救護室へと向かい、ベッドの上で寝ていた彼女を叩き起こすように揺さぶって言いました。
「……んん? なんですの……?」
「フミ! あなた、ヘイローと失ったのは、記憶だけではなかったと……本当なのですか!?」
先生から聞かされた彼女の現状。
それが本当なら、私が、私が、彼女を、そして、友人達を……!
「あー、えっと……そうそう、ミネ団長、でしたわね……ふわぁ……」
本当に眠そうに私の事を「ミネ団長」と呼ぶ彼女の姿。
それだけで私の胸中はズタズタにされます。
「んっと……ああ、先生、さっそくみんなに話してくれたんですのね……これで面倒が少なくなるかしら……」
「どうして……どうして言ってくれなかったのですか!? 私が……私が、あなたをそんな風にしてしまった、そんな、事実を……!」
「……? 何言ってるんですの? これは前のワタクシの自業自得で、あなたは命を助けた側じゃないですの。気に病む事なんてないでしょうに……訳が分かりませんわね」
本当に不思議な事を言っている、そんな心中を物語っている顔でした。
彼女がそんな反応を見せるたびに、私の罪が浮き彫りになります。
「ごめんなさい……私が、私が、あなたを……あなたに生きて欲しいって、思ったから……こんな、残酷な事を……!」
「はぁ……? あなたは救護騎士団の職務を果たしただけなのに何故謝罪を……? そもそも原因はワタクシが団長にした片思いで勝手に自滅した事ですし。使ってはならない薬物に手を染めた方が一〇〇パーセント悪い、そんなの常識でしょうに……大丈夫ですか? 疲れてませんか?」
首をかしげながら言う彼女は本当に人の感情を理解していない、そうとしか取れませんでした。
あの周囲の事をひっそりと慮っていた彼女の姿は、もうどこにもありません。
「なんで……なんで、こんな事に……!」
「なんでと言われましても……んー……あ、そういえばさっき先生がブツブツ呟いてましたわね。本質の一部を切り離したとかなんとか……あーでもそう考えると納得かもですわ」
と、そこでフミは一人少しスッキリしたような言い方で言いました。
一方で、彼女の言ったことが私には聞き捨てなりませんでした。
「本質の一部を……切り離した?」
「ええ、よく分かりませんでしたけど他にもそういう生徒を見た事があるようですわね」
彼女はあくまで淡々と説明を続けます。
私にとって、最悪な真実を。
「で、ワタクシそれよりもよっぽどひどいみたいで。それから考えると辻褄は合うんですのよ。ワタクシは今、無気力無関心ですけれど一番分からないのって『好き』って感情ですの。それが前のワタクシの本質で、一番あなたに強く結びついてたとしたら……うん、多分そういう事じゃないかしら」
つまり、彼女が私の事を何よりも好きで、愛していたから。
彼女を生かすために私が彼女のヘイローを切除した事で、私の記憶と、彼女の人間性を奪ってしまった。
彼女が生きるための芯を、信念とも言い換えられるそれをもう彼女は持つ事ができない。
すべては私のせい。私が彼女を壊した。私が彼女を消した。私が彼女を殺した。私が彼女を、私が、私が……。
「あ……ああ……私……そんな、つもりじゃ……」
「理屈が判明して良かったですわ。まあだからどうしたという話ですし、どうでもいいんですけどね。……あら、もう午後の六時ですの? 暗いはずですわね。時間ですし帰りますわねワタクシ。出るならそちらで鍵をかけておいてくださいまし、団長。では」
時計を見ると彼女は私にそう一言だけ言い残してとっとと帰ってしまいました。
私が後悔し、涙している姿を完全に目にも留めることなく。……いえ、ちゃんと視界に入ってはいたんでしょう。でも今のフミにとっては何もかもがどうでもよくで、やる気もしないし、好きになることもないから、だから帰った。機械の駆動音に心を割く人はいない、きっと今のフミにとって他人の感情とはその程度のモノになってしまったのです。
本当に彼女にはもう何もかもどうでもいいのです。誰かを気にしていたら、さっき声をかけたばかりの私がいる部屋の電気を流れ作業で消してそのまま去っていく事もなかったでしょう。
曇り空の狭間から差し込む月光だけが頼りの救護室。その中で私は一人、彼女の言葉を否定します。
「フミは、悪くない……悪いのは、私なんです……そのはずなんです……」
全部、私が悪いんです。そう、彼女が悪いわけがないんです。
フミは悪くありません。フミのせいなわけがありません。フミに罪なんてない……ないんですよ……っ!
ええ、そうです、いくら追い詰められたとはいえ、破滅すると分かっている薬物に手を出すのが悪いなんて、そんなの一般論で常識を押し付けているだけです。
フミに当てはまるわけがないんです。だって、フミは、フミで……。
きっと、私が悪いはずなんですよ……。
結局、私が取りこぼした、そのせいで……。私が……私の、せいで……フミは、結局、死んで……いなくなって……あ、あああ……。
「う……あ……あああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」
私は思わず、彼女が使っていた救護室のデスクを壊してしまいました。
純粋に物に当たってしまったのです。私の身から出た錆でしかないのに。
そしてきっと今のフミは自分が使っていたデスクがこうなったのを見ても「ああ、そうですか」と冷めた言葉と態度で終わってしまうのでしょうね。
それを想像しただけで、私はもう、立っていることもできずに床に膝を落としてしまいました。
私は、結局、こんな情けない……。
――フミ……お願い、帰ってきてください……そのためなら……私、なんだって……しますから……。
「うっ、うううう……フミ、フミ、フミ……戻ってきて……戻ってきて、ください……」
年端もいかぬ幼子のように、ただ泣くことしか出来ない私。
こんな私にはもう……何も、救えないでしょう。
「…………あ、れ……?」
そこで、私はとある物を見つけました。
それは壊れたデスクから飛び出した引き出しだったのですが、本来一体になっているはずの底面の板がそばに落ちているのです。
「……二重底?」
机の引き出しの中に物を隠す古典的で単純、ですが効果的な方法、それが二重底。
引き出しの底の上にまったく同じ板を用意してその下に隠したいものを挟む。
そんな二重底が壊れた引き出しの中から飛び出していて、私はその中身を無意識に確認しました。
そこにあったのは、ノート。
フミの筆跡で綴られた、薬物の製造方法をまとめたノートです。
「…………あ、ああ……フ、ミ……あなた、あなたは……」
フミの手によって綴られた、禁断の知識。あれ以降もみんな避けてしまっているせいで未だあの屋敷に生えている、神秘の実から精製できるあらゆる薬物の作り方。
それはとても、フミらしいノートでした。
線は細いけどサイズは大きい文字。
合理的にまとめられた文章の横に添えられた独特の言い回しの注釈。
ページの空白に描かれた描き込みが多い落書き。
それらみんな、機嫌の良いときの彼女のノートの筆記、そのものでした。
「……ふ、ふふ……あ、あは、は、ははは……」
それを見つけて、私は、嬉しくなりました。
「……フミ……あなたはまだ……ここに、いてくれたんですね……!」
彼女の残したものが、ここにありました。
いなくなったはずの彼女は、こんなところにいたんです。
「ははは……! フミの文字です……! あの子の、あの子の気持ちが詰まってます……!」
フミの希望に溢れたノート。幸せになりたいと願った想いのノート。
「あぁ、凄いですよフミ……! ここまで研究したんですね……! ここまで形にしたんですね……! あなたの、あなたの強い心が伝わってきます! さすがフミですね!」
唯一残った、彼女の最期の心のカタチ。
「あなたの気持ちが詰まった……願いが、想いが……ここにある……私を愛してくれた……あなたが、ここにいる……!」
つまりは、そう、過去のフミから私に送られた、私宛の
そうなるのです、これは。
「あなたは、ここにいるんですね…………」
私はその恋文を……いいえ、
「フミぃ…………うふふっ……」
そう考えると、なんだかおかしくてまた笑えてきました。
「ふふふふっ……ああ、フミ……フミ、フミ、フミ……これからどうしましょうか……二人で何をしましょうか……いっぱい夢が膨らみますね……たくさんやりたい事が思い浮かびますね……楽しみですね、フミ……私の大好きな、フミ……」
そう、きっと全部「嘘」だったんです。
あなたがいなくなったことも。
みんなの友情が壊れちゃったことも。
本当なわけないです。
ぜーんぶ、「嘘」だったんですよ。
「もう、びっくりしちゃいましたよフミ。相変わらず思い込みが激しいんですから。でも『嘘』でよかったです。ふふっ……!」
「嘘」に、してみせます。
「ふふふっ、ふふふふふ……」
月光が暗雲に飲み込まれ闇に
「フミ……愛しています……」
私は風我フミに恋をした。
最後までお付き合い頂きありがとうございました。
本編はこれにて完結ですが、「もしここでこうしてたらこういう都合のいい話になったかもね」なんてIFハッピーエンドの番外編を8月7日金曜の同時刻に投稿する予定ですので、もしご興味があればそちらもよろしくお願いします。