恋は世界を変えるといつか読んだ少女漫画で言っていました。
そのときのワタクシはそんなものかと思いましたが、あの日、本当に世界が変わったように思えます。
でも、それは決して喜ばしい変化とは言えないと、ワタクシはそう思いました。
だって、きっとこの恋は叶わない恋ですもの。
「皆様方は、恋をした事ってありまして?」
この恋心を自覚してから少しして、ワタクシはミネ以外の四人が揃っていた場でお友達の四人に聞きました。
ちょっとした恋バナ、という体裁でです。
「えっ!? 恋、ですかぁ……うーん、まあありますけど、でもそんな面白い話じゃないですよ?」
最初に答えたのは、あのとき救護騎士団のお姉様方を連れてきてくれた緑ショートの子でした。
「いえいえ、いいんですのよ。せっかくですしざっくばらんとお話しましょう」
「そうですねー……実は初等部の頃なんですけど、いつも配達で授業用のBD持ってきてくれる人に実は……」
「え? あののっぽのロボの? あーでも分かるかも、凄い丁寧な人だったもんね」
「人気あったわよねぇあのお兄様。でも多分告白とかはなかったんでしょう?」
「そりゃそうよー、さすがに小学生が学校絡みの仕事してるお兄さんに告白なんてできないわよ。……ライバルもいっぱいいたし」
黒髪姫カットの子と銀髪の子の言葉に緑髪の彼女は答えます。
子供の頃の甘酸っぱい思い出、なんて感じでした。
「あの、その……実は……その、私、今お付き合いしてる方がいて……」
と、そこで恐る恐ると言った感じで小さく手を上げて言ってきたのは茶髪セミロングの子でした。
「えっ!? うそ!? あんたそうなの!?」
「誰々!? どこのヤツと!?」
緑髪の子と黒髪の子がそれぞれ一気にまくし立てます。
ワタクシはあくまでそれを冷静に手を出して抑えました。
「待ちなさいな、それじゃあ答えられるものも答えられないでしょう?」
「あ、そうですね……」
「すいません……」
興奮して立ち上がってまでいた彼女らですがワタクシの言葉を受けて反省し席につきます。
ワタクシはそれに苦笑しつつ、今一度茶髪の子の方を見ます。
「で、そうは言ったもののやはりワタクシも気になりますわね。引っ込み思案なところがあるあなたを射止めたお方はいったいどこの誰で?」
「は、はい……! その、よく行くガンショップで働いてる店員さんで……」
「あーあの可愛いお犬の……ん? でもあのお店って確か……」
「ええそうですわぁ、私の家の系列店です。それで相談されて二人の橋渡しをしたのもこの私ですわねぇ」
そっけない風に両手の甲の上に顎を置きながら言ったのは銀髪の子です。
「あの、別に秘密にしたり抜け駆けした訳じゃなくて、偶然私が彼に惚れた事をこの子に知られて、あれやこれやと色々あって……それで付き合って、でも言うタイミングなくて……」
「別に責めてる訳じゃないからそんな顔しなくてもよろしいですわよ」
続けて言った茶髪の子にワタクシはまた苦笑して言いました。
かつてはワタクシを挑発しそうした銀髪のあの子、そしてあの子を撃ったこの子。
その二人がこうして一つの恋においてそういった事になるのは、ちょっと面白い関係になりましたわね、なんて思いました。
「それで、そうやって聞くあなたはどうなのですかぁ?」
そこで、銀髪の子が聞いてきます。
彼女はまあ昔から結構あけすけなところがありますしワタクシとは対等な家柄でもありますから彼女が聞いてくるのは当然でしょう。
彼女の言葉でみんなの注目が集まる中、ワタクシはさっくりと言いました。
「ごめんなさい、ワタクシ、まだそういうのはよく分からないんですの。だから皆さんに聞いたのですわ」
四人はなるほどとなってその後も恋バナは続きました。
でもその中でも、やはり同性との恋愛の話は聞こえてきませんでした。
このキヴォトスにはワタクシ達と同じ人間の姿をした男性はいません。
大抵はロボットか、動物か。
ですがその中でも当然の如く恋愛は発生して、その殆どは異性との普通の恋愛になります。
異種族とは言え、恋は異性とするのが普通。
それは何もおかしい事ではありませんし、そう簡単に覆っていはいけないものだと思います。
だからこそ有名なアニメ映画で野獣の姿をした王子様と見目麗しい少女の恋物語や、より俗なマンガではモンスターの姿をした少女達と男性の恋物語などだってあります。
そこにおいて同性愛は前提ではなく、種族を越えた恋愛よりもよっぽど特殊な状況なのです。
その日はそうしてそこから恋バナで盛り上がる四人の話を聞いて終わりました。
恋について語る彼女らはとても楽しそうで、眩しくて、生き生きとしていて。
本来ならワタクシもそこに入れるはずでしたのに、ワタクシは結局言い出せませんでした。
もちろん、女の子同士の恋愛に対し彼女らがちゃんと理解は示してくれるのは分かっています。
これでも初等部からずっと付き合ってきた皆さんですから、ワタクシ個人の気持ちを受け入れてくれる事ぐらい知っていますわ。
でもだからと言って進んで喧伝するものでもないのです。
例え世の中がそういったものに対して寛容な姿勢を取ったとしても、一個人の心までを支配できるわけではありません。
もしそうなら、とっくの昔にトリニティはもっと平和で諍いのない場所になっているはずですから。
……いえ、これは結局自分に対する言い訳ですわね。
本当は怖いのです。
人と違う恋の形を吐露したときに、何かが壊れてしまうんじゃないかって。
今まで築いてきた関係性が、下心があったものではないのかって、自分を信じられないのです。
恋は下心なんて言葉もありますが、ワタクシはミネとの関係をそうしたくないのです……したく、なかったのです。
愚かな子供だったワタクシを変えてくれたミネへの羨望、そして友情。
それをワタクシは、そのままの清い心のままにしたかったのですわ。
「……フミ、どうしたのですか? なんだか元気がなさそうですが」
だからこそ、今こうして共に帰り道を歩いている
「……オホホ、ミネには敵いませんわね。さすが救護一筋の人間装甲車ですわ」
「に、人間装甲車……? 私ってそんなイメージなのですか……?」
「ええまあ、既にミネの救護に挑む姿を見た方々からはそう……」
困惑する彼女にワタクシは苦笑して返してあげます。
自分の心中の淀みを隠すために普段しているような雑談で混ぜ返してみますが、でもワタクシはこんなのはただの時間稼ぎにしかならない事もしっていますの。
「それよりも、本当に大丈夫ですかフミ? やはりいつもよりも声が弱まっていますよ」
ほら、この通り。
ミネは救護の事になると本当に真っ直ぐで妥協をしません。
その結果が彼女の有り余るパワーに倒れる不良生徒達な訳ですが、傷病を防ぎたいという彼女の意志は間違いなく本物で、それを頭ごなしに止めるなんてとんでもない事です。
……でも、今はその真っ直ぐさと眩しさが、ワタクシを追い詰めます。
「そうですわね……少しナーバスになっているのかもしれません。特に問題なく進むとはいえ、高等部に進学する事に」
ワタクシは体震わせる曇天の寒空を見上げます。
「ワタクシ達、共に救護騎士団を目指してきたでしょう? そして見習いにはなれたわけですが、ついに本格的な高等部での救護騎士団への所属……それがいざ現実になろうとしていると思うと、ワタクシとてたまにはセンチメンタルな気分になりますのよ?」
よくスラスラとこんな事が言えたものですわね。どうやらワタクシには嘘つきの才能があったようですわ。
「……なるほど、確かにそうですね。ずっと昔から私は誰かのためになれたらと、苦しむ人を癒せたらと思いこの道を進んできました。それこそ、あなたと仲良くなったきかっけのあのときも」
「ええ、初等部の低学年であんな対応をできるなんて本当にビックリしましたわ。そしてそのおかげで今のワタクシ達がある。それはとても素敵な事だと思いますの。……だから気にせず進みなさいな。あなたという人間を理解せずに揶揄する声なんかに負けないでくださいませ」
不思議ですね……最初はこの心に秘めた想いを隠すために嘘をついていたはずなのですが、いつの間にかずっと思っていた本音を彼女に告げていました。
最初に茶化すように言った彼女への風評ですが、ミネは時折それで傷ついているのをワタクシは知っていました。
彼女の精神はとても気高く鋼のように強いです。でも、決して傷つかない訳ではないのですわ。
ミネにはミネなりの決意と考えがあってそういうところもあって、確かにそれが逆にトラブルを起こす事もあります。
だけどだからと言って彼女を悪者のように言われるのは表立って糾弾こそしませんでしたが、いつも腹立たしく思ってもいました。
皆さん、ミネの事を誤解しているんだって。
だからこそ、ワタクシはミネの隣に並び、彼女と共に救護騎士団になって支えたいと、そう思ったんですの。
「ありがとうございます、フミ……私はあなたのそんな本当は優しい所が素晴らしいと思っています。友達のために怒り、立ち上がり、涙し、そしてこうして一緒にいてくれる……まさに一つの『救護』の形だと、そう思える程に」
「……買い被り過ぎですわよ、もう」
苦笑するフリをしてワタクシは彼女から顔をそらして下に向けます。
ええ、本当に買い被りなんですよミネ。
ワタクシのあなたへのその行いは、本当は恋で、下心だったんですから。
「いいえ、そんな事はありません。私はこれからもあなたが隣にいて欲しいと思っています。
「親友と、して……。…………ええ、ですわね……そうですわね! 一緒にいましょう! ずっと!」
そう、ワタクシはミネの親友。
それでいいし、それ以上になんかならなくていいのですわ。
高望みをしなくても、現状ずっと彼女と一緒にいられるじゃありませんの。
ワタクシは彼女のように強い心も、道を切り開く強さを持ち合わせていません。だからこそ、ワタクシは彼女の隣でずっとそれを支えたいのです。
「もう、急に元気になりましたね……。でも……私も嬉しいです! あなたがそう言ってくれて、とても……!」
うっすらと涙を浮かべながら喜んでくれるミネ。
私もそれに、少しだけ涙を浮かべながらニッコリと返しました。
「当然じゃないですの! ワタクシ達は、これからもずーっと、
曇天からは、静かに雪が降り始めていました。