トリニティの空が、火と灰で染まりました。
エデン条約がついに締結されようとしたその日、通功の古聖堂が何者かにより攻撃、破壊させられナギサさんを含めた多くの方々が意識不明の重体として救護騎士団の病棟に運び込まれてきました。
状況は非常に混乱しているらしく、ゲヘナの罠であったり、幽霊からの攻撃であったなどと様々な憶測や噂が広まっている状況です。
つまりは一種の恐慌状態、何かのトリガーによってそれがすべて悪い状況に転がっていく非常に危険な状況ですわ。
そしてそれは、患者に対応する我が救護騎士団も例外ではありません。
「意識のない人を優先的に! 見た目に惑わされずにしっかりと状態を確認して! トリアージなんて基本でしょ!?」
「情報が錯綜しているせいで各派閥間の争いが起こり患者の搬入に影響が出ています! これではこちらでの対応にも限界が……!」
「こんなときにまで内紛ですか!? どれだけ我が身可愛さに喧嘩がしたいんですか我が校の生徒は!」
「大変です! ゲヘナの救急医学部の救急車がこちらに患者を運んできたのですが、どうもゲヘナというだけで妨害している生徒がいるらしく……!」
「何やってんのよ!? 救護にゲヘナもトリニティも関係ないでしょ!? こうなったら私が……!」
「やめなさい! ここで私達救護騎士団までがヘタに攻撃を行えばトリニティ内部での争いがいよいよ本格的になる可能性があるわ! せめてミネ団長程の力と立場があれば――」
――ギィン! と、ワタクシはちょうど上に物がなくなっていたステンレス作業台に自らの愛銃『オーバードーズ』の銃床を叩きつけて金属同士がぶつかる甲高い音を響き渡らせました。
普段聞き慣れている銃声よりもずっとこちらの方が耳に届くでしょうからね。
「――みなさん、ご静粛に。そして僅かな間ですがお聞きくださいまし」
騒乱に満ちていた病棟は一気に静まり返ります。
「これほどの大規模な混乱による大量の患者の搬入は誰も経験したことがないでしょうし、ワタクシもありません。ですが我々は救護騎士団、他者を『救護』しなければいけない者が取り乱しては助かる者も助かりません。まずは頭を冷やしなさい、そして落ち着いた思考で物事を処理なさい。それでこそ『救護が必要な場に救護』を届ける事ができるのですから……いいですわね!」
『はい! 副団長!』
団員達は息を合わせ応えると、先程までの混乱が嘘のように的確に対処を始めました。これでもう少なくとも救護騎士団側の不手際が起こる事はないでしょう。
こちらまで混乱の渦中に飲み込まれるところでしたが、なんとかなったようで何よりですわ。ただこれをワタクシの功績などと誇る気はありません。というか、ワタクシは実際は何もしてない、とまで言えるでしょう。
ハッキリ言って、さっきの演説の内容に意味はありません。
あれはただの時間稼ぎですわ。
必要だったのは逸る気持ちを抑えて落ち着く時間、感情を整理できる状況ですもの。
そのために「副団長による演説」という状況で強制的に動きを止めることで彼女らの精神を落ち着かせれば、あとは普段通り完璧な『救護』を届けられる救護騎士団に戻る、というわけです。
つまりはワタクシの力ではなく、
「副団長! 緊急治療が必要な患者です!」
団員達がみなそれぞれ落ち着いて持ち場について救護に勤しむ中、再び慌てた声が駆け込んできました。セリナとハナエがストレッチャーに患者を乗せて運んできたのです。
「了解しましたわ、ここはワタクシが……と、その方は、まさか……!?」
そこにいたのはあのシャーレの先生ではありませんか。
見た所腹部に銃弾を受けた大量出血、呼吸はあるが意識は不明……なるほど、これが外の人とワタクシ達との差、なのですね。
「セリナ、ハナエ、処置をします。手伝いなさい。そして……もしものときのための覚悟も」
「……っ!?」
「えっ!? フミ副団長、それって……!?」
明らかに困惑しているセリナとハナエ。
ですがワタクシは手と足を止める事なく応急処置の準備と実行に移ります。
「……言っておきますが、ワタクシとてそうやって誰かを見送った経験はございませんわ。ですが、そうした覚悟をしなければ、その後に『救護』できる方も『救護』できませんもの。……さあ、やりますわよ」
「「……はい!」」
心を決めた二人と共に、ワタクシは先生に対し処置を行いました。
結果、命は取り留めましたが未だ意識は戻らず……しかしすでにワタクシ達にできる事はなく、後は本人の回復力を信じるのみ。
歯がゆいですが、ワタクシ達にここからできるのは運び込まれる負傷者への処置を続ける事だけです。
「……せめて、ミネさえいてくれれば」
私はあくまで内科医、外傷の処置は当然副団長としてそれなりの手腕があると自負しておりますが、さすがにミネには負けます。
そしてそれ以上に場を取り仕切るカリスマ性、強靭な精神力、屈指の戦闘力。そのどれもが、ワタクシなんかよりもよっぽど組織を束ね、そして困難に打ち勝つ能力を持っているのです。
一方でワタクシは救護騎士団を普段の状況に持ち直させるのが精一杯。
きっと彼女なら、もっと……ついそう思ってしまいますの。
ワタクシが彼女に最初に見惚れた、あの公園のときのように……。
「ねえ、これって何? 幽霊? これが暴れてるの……?」
「なんだかシスターフッドみたいな格好してるけど違うよね? じゃあ、相手は一体……」
そのとき、ワタクシの耳にそんな会話が聞こえてきました。
話していたの軽症で待合室に座って待ってもらっていた生徒二人で、揃ってスマートフォンで何か動画を見ているようでした。
「……もし。今の話、もう少し詳しく聞かせてもらっていいでしょうか」
ワタクシは、彼女らの言葉があまりにも気になってついその場に聞いてしまったのです。
彼女らが話していた内容……ワタクシはそれに『心当たり』がありましたから。
「あっ、救護騎士団の副団長さん……!? えっとすいませんこんなところで……!」
「いえ、他の患者さんの迷惑にならない限りは待合室でのスマートフォンの使用は禁止しておりませんので。それよりもその動画、ワタクシにも見せてもらっていいでしょうか」
「え? あっ、はい……古聖堂で正義実現委員会やゲヘナの風紀委員会と戦ってる動画が流れてまして、そこに変なのが……」
そこに映るのはシスター服にガスマスクを装着する、実体があるのか怪しい軍団。
――ああ、やはり……なるほど……ありましたね、ワタクシだからこそできる事が。
「……ありがとうございますわ。申し訳ありませんが、治療の順番が来るまでもうしばらくお待ちくださいませ」
ワタクシは彼女らに微笑んであげると、そのまま足早に救護騎士団の病棟の外へと歩みを進めます。
「ハナエ、セリナ。すいません、少し外に出てきます」
「えっ!? どういうことですか!?」
「あの、外は今雨が降っていて……一体、何をしに……?」
「……何、別に特別な事をしに行くわけではありません。ただ、いつも通り救護騎士団としての活動をしに行くだけですわよ」
「……それって」
セリナが、静かに聞いてきます。
ワタクシは彼女と隣にいるハナエ先程のようにた笑いかけて、言いました。
「苦しみを取り除くために、その元凶を探る『診察』をしに行くだけですわ。そう、いつものようにね」
*****
「オホホホホ……やはり、学園そのものへも攻撃しに来るつもりでしたのね。最適解だと思いますわよ、今のトリニティでこの道を知ってる者は相当限られるでしょうから」
トリニティにいくつもある地下遺跡群。
その中の一つ、学園の裏手にあり警備上ちょっとした死角となっている場所に、ワタクシはいました。
そしてそこにいるのは、白い制服にガスマスクを持ったアリウス分校の部隊、そしてその背後に引き連れられた、
「何者だ貴様! トリニティ生か!? 邪魔立てするなら命の保証はしないぞ!」
おそらく部隊を率いる隊長と思しき生徒が銃を構えワタクシに言います。
ですが、まったく怖くありませんわね。むしろキャンキャンと吠えている子犬さんみたいですわねぇ、可愛らしい。
「……フフッ」
そう思うとつい、鼻で笑ってしまいました。
「くそっ、人の事馬鹿にして! やはりトリニティの連中に容赦などいらない! やれ、ユスティナ聖徒会!」
その隊長の命令で背後にいた大勢のユスティナ聖徒会が攻撃体勢に移ろうとします。
ワタクシは、それに対し――
「――《動くな》」
と、一言、
するとどうでしょう、見事にユスティナの亡霊共はその動きを止めましたわ。
ふむ、上手くいきましたわね。正直五分五分ぐらいかなとは思っておりましたし失敗したら情けなく逃げて他の方の手を借りる事になるとかいうクソダサい事になってたでしょうから、本当に良かったですわ~。
「何っ!? これは、一体……!? まさかスクワッドに何かが……!?」
「あら、ご心配なさらずとも大丈夫ですわ、そのユスティナ信徒の方々は貴方達の命令よりも
口元に手を当てて上品に笑ってやります。
一方で狼狽え「何をした!」と叫んでくるアリウスの彼女達。
何も知らないというのは可哀想な事……故に、ワタクシは教えてあげる事にしました。
「何をしたと言われましたも……その亡霊共は未だ飼い主に逆らえない、それだけですわよ。ワタクシは風我フミ。その
我が家の血と闇に覆われた穢れた過去。
今となっては疎まれ侮蔑されるだけのその歴史がまさかこんなところで『救護』の役に立つなど、一体誰が想像したでしょうか。
しかも
では……行きましょうか、責務を果たすために。
「――救護が必要な場に救護を。救護騎士団副団長、風我フミ。『診察』により患部を特定いたしました。これより『救護』に入りますわ」