ようこそCODEエージェントが住まう実力主義の学校へ 作:不知火新夜
其々の当事者が集まった事で審議が開始されていたその頃、事件の現場とされている特別棟では、Dクラスのリーダー格である翔がアルベルトと共に何処かへと向かう姿があった。
この日は審議に参加する大地達からその結果報告を聞く為に教室で残る予定だった彼が何故それを曲げて迄この特別棟にいるのかと言うと、とあるメールが彼の端末に送付されたからだ。
『お前の秘密を全て知っている。バラされたく無ければ特別棟の、指定の場所へ来い。この内容を漏らしたら、分かっているな?』
送付段階での身バレを防ぐ為かフリーアドレスで送付されたそのメールには、その一文と共に彼がDクラスを支配する為に行った恫喝や暴力といった校則違反行為、その中でも特に、監視カメラが設置されていない特別棟で行う等の学校側が把握していないであろうケースを録画した動画ファイルが添付されいたのである。
只でさえ入学当初はCだった自分のクラスが支配段階での違反が祟ってcptを半減させた結果Dクラスに転落した上に、現Cクラスへの嫌がらせの弊害で他クラスとの差が開く一方な為に自分への反感が噴き上がらんとしている状況、その状況を打開する為にCクラスで運動能力が高くサッカー部での活躍が期待される颯に暴力行為の濡れ衣を着せ、冤罪を押し通して停学に追い込みつつCクラスをDまで叩き落とす策を実行し、その最終段階である審議の結果を待つ中でのこのメール、添付されている動画の内容からしても単なる脅しでない事は明らかな以上、出向かなければ自分は停学処分が下され、折角Cに返り咲いたとしてもまたDに転落してしまうかも知れない、当然Aはおろか入学当初最底辺なDだった筈のBクラスとの差は一気に広がってしまう、自分を頂点とした支配体制も大きな亀裂が入ってしまうのは想像に難くない。
その状況を防ぐのと、こんな小賢しい真似を企てた者を『分からせて』やると決意し、Dクラスの中で身体能力が断トツトップのアルベルトを連れ*1、こうして指定の場所へ向かっていたのである。
ところが、
「What’s!?」
「な、アルベルト!?」
その思惑を打ち砕くかの様な事態が発生した。
物陰や扉の向こうからの奇襲を想定して廊下の真ん中を進んでいた一行、にも拘わらずアルベルトの巨体が一瞬の内に特別棟の一室に引きずり込まれてしまい、それを行った者の姿を把握する間もなく扉は閉じられた挙句鍵がかけられてしまったのだ。
引きずり込まれた部屋から少し距離のある場所にいたアルベルトを、身バレする事無く引きずり込んだ挙句、瞬時にドアを閉めるという手際の良さ、あのメールを送り付けたのはこういった荒事も手馴れている実力者だと気づいた時には手遅れだった。
「が!?あ…!」
部屋に閉じ込められたアルベルトの救出及び引きずり込んだ犯人への対処を行うべくドアを開けようとするも鍵が掛かっている事に気付き、力づくでこじ開けようと距離を取ったその時、翔は今まで感じた事のない程に強烈な痛みと衝撃を腹部に感じ取った。
いつの間にか近づいてきた者、メールの件と関係があると思しき者によるボディブローが直撃したのだと気づいた時には、余りの痛みでその意識が閉じようとしていた。
「せ……つ……!?」
「メールの件、誰かに漏らしたらどうなるか、警告はした筈だぞ」
その刹那に翔の視界が捉えた襲撃者の正体、それは審議の場に颯の弁護役として参加していた筈の清隆だった。
――――――――――――
「サンドバッグ?お前いつの間にこんなの買ったんだ?」
「知り合いの先輩から譲られたんだ。もう使わないって言っていたから、なら引き取ると言って」
「それ以上鍛えてどうすんだよ、格闘技で天辺でも取るのか?」
それから暫く経った頃、審議も終わった事でいつも通り勉強会に参加するべく清隆の部屋にやって来た健は、何時もの殺風景な部屋の中に、昨日まで無かった筈の物を見つけた。
テレビとそれを乗せる台、勉強等をする為のテーブル、そして清隆が寝る為のベッド、後はテレビ台の中にゲーム機が1台ある位と必要最小限の物しか置いてなかった清隆の部屋、その片隅にサンドバングが設置されていたのだ。
既に健をも凌ぐ身体能力で有名な清隆が更に鍛える必要があるのかと、引き取る必要性に疑問を持たざるを得なかった健だったものの、それはそれとしてサンドバッグを使ったトレーニングの経験が無かった彼は、どうせなら使ってみたいという思いに駆られ、
「まあ良いや、折角だし俺も使って良いか?」
「何が折角なのかは分からんが、良いぞ」
勉強会の前に使いたいと清隆に許可を求めた。
その際の文言にツッコミこそ入ったものの許可が得られたのを受けて、それっぽい構えを取った後にパンチを打ち込んだが、
「…サンドバッグって、こんな固い物だったっけ?何か殴った瞬間に芯があるっつーか、人をぶん殴った時とそっくりな感触がするんだが…」
「何で人を殴った感触という感想が帰って来るのかは敢えて聞かないが、それを使っていた先輩の話では、トレーニング効果をアップさせる為に芯材を混ぜているらしい。それで固い感触がしたんだろう」
「成程な。ふっ!はっ!おらぁ!」
拳で感じた感触に違和感を覚え、清隆に疑問を投げかけた。
其処で出た感想にまたしてもツッコミが入ったが、元の使用者から予め説明があったと言いたげな解答があり、引き続きサンドバッグへの打撃トレーニングを継続した。
清隆から打撃に関する助言を受けながらトレーニングを堪能した健は、その後の勉強会に何時にも増して精力的に取り組み、部屋を後にした。
「…さて」
健が去った部屋、その中で清隆は酷薄な笑みを浮かべながら、サンドバッグ上部にあるファスナーを下ろし、中を露にした。
「…こんな事をして、タダで済むと思うなよ」
その中にあったのはトレーニング効果を上げる為の芯材、では無く、翔だった。
特別棟でアルベルトが閉じ込められ、その対処をしようとした翔を気絶させた清隆はその後、両手足を縛り上げた上でサンドバッグの中に入れて己の居室に設置、こうして打撃による拷問を行っていたのである。
清隆及び健の打撃を無防備な状態で浴び続けたその身はズタボロと言うしかない凄惨な有様、にも拘わらず清隆の姿を見た翔は不敵な笑みを浮かべていた。
「こうやって俺を縛り上げてボコボコにすれば屈服すると思っているんだろうが、俺は恐怖なんか感じねぇ。それにお前は翌朝までに俺を解放しなきゃならねぇ、明日無断で欠席となったらクラスの連中が疑問に思って部屋に押し掛ける、そうなればお前がやった事は全て明るみになっちまうんだからなぁ。どの道、俺が降参するなんてありもしねぇ事に手を出した時点でお前は詰んでいるんだよ」
「残念だがそうはならない。暫く、お前から連絡が来なくても誰も気にしない状況となった」
「何?」
「審議の結果を伝えるぞ。今回の柴田による暴力沙汰はDクラスによる組織的な冤罪として無罪、逆に石崎達4人による柴田への脅迫と暴力行為、虚偽申告と不正書類の提出、お前と山田による事件首謀と虚偽事実の捏造、それに伴う石崎達への傷害が認められDクラスは300cptマイナスしてその分をCクラスに移譲、お前達6人は9月末迄停学となった」
「何、だと?」
だが、審議の結果を、勝ち確定だった筈が一転して、実行犯である大地達どころか自分自身すらも3ヶ月近く停学処分となったという結果を耳にして、その笑みは凍り付いた。
そして思い知った、クラスメートや坂上の助けという望みが絶たれた今、己の自由どころか生命すらも清隆の掌の上にある事を。
その日、翔は初めて『恐怖』という感情を感じ取った。
幼い頃に蛇と遭遇しても平然と対処したのを切っ掛けに相手を屈服させる快感を覚え、それ以来様々な敵との戦いの中で1度たりとも相手を恐れたり、怖いと感じたりした事が無く、強大な相手に負けてもその強靭な精神力で最終的には勝利を収めた彼だったが、圧倒的な実力もさる事ながら、暴力どころか殺人すらも躊躇しない清隆の狂気に、その狂気が齎す暴力、それによって全身の骨が折られ、そんな状態で更に殴られる終わりなき激痛、飲食も満足に与えられないが為に感ずる強い飢えと渇きには流石の翔も『怖い』と感じざるを得なかった。
だが翔がそう感じたとしても清隆がこの暴力を終わらせる事は無い、その事実に直面し、
「ば……け……も……の……!」
今の地位を得た原動力と言って良いその精神力は、粉々に打ち砕かれた。
この日を最後に、翔が表舞台に出る事は無くなった。