ようこそCODEエージェントが住まう実力主義の学校へ 作:不知火新夜
「他クラス、他学年との交流がある櫛田を図らずも支配下に置けた。奴の伝手を使えば角が立つ事無く一之瀬達を呼び出せる。まずは一歩、だ」
その後寮の自室へと戻った清隆は、裏の顔を目撃する等して桔梗の首根っこを掴み取った事に「計画は順調だ」と言いたげな笑みを浮かべ、その人脈を活用する方法を思案していたが、やがて夜が更けて行った際に飲み物が欲しくなった彼は寮の前にある自販機へと向かった*1。
「あれは堀北か?まさか櫛田みたいに勉強会の失敗に関する鬱憤晴らしでもする積りか?」
特に誰かから呼び止められる事無く自販機へと辿り着いた清隆が何を飲もうか吟味しようとした所、鈴音が何処かへと向かう姿を目撃した。
今日行われた春樹と寛治を対象とした勉強会の失敗、原因が受ける側のやる気の問題か、或いは教える側の性格的な問題か、その両方かは桔梗の暴言を聞いただけでは判別がつかないが、それはさておき鈴音も失敗した事への怒りを吐き出すべく人目に付かない所へ向かっているのだろうか、そう思った清隆はビデオアプリを起動して録画の準備を整えつつ、気配を周囲に溶け込ませながら後を付いて行った。
清隆が尾行しているとも知らずにとある場所へと向かっていた鈴音はやがて足を止める、其処は寮の裏手に位置し、1人の男子生徒が待ち構えていた。
「鈴音。まさか、此処まで追って来るとはな」
「もう、あの頃のダメな私ではありません。追い付く為に此処へ来ました、兄さん」
(堀北の前にいるのは堀北
堀北学。
ショートカットの黒髪に鋭利さをも感じる端正な容貌と、兄妹と言われたら納得する姿の男子生徒はその実、学力や運動能力などの面で常にトップクラス、入学早々に生徒会役員となった後も生徒達の見本たらんとしたその姿勢で圧倒的な支持を集め、1年時の会長選挙で上級生の対立候補を破って当選して以来ずっとその職に就き続けた実績も相まって『歴代で一番優秀な生徒会長』という話も良く聞く存在である。
そんな兄を持ち、姿を見続ければやがて憧れ、その後を追おうとするのはあり得ない話では無いなと清隆は一瞬思ったものの、2人の間に漂う雰囲気はそんな優しげな物には感じられなかった、これは何かあるなと判断し、物陰に隠れつつ録画を開始した。
「追い付く、か。やはりお前は、俺が此処へ入る前から何も変わっていない。Dクラス配属となった理由も分からず、ただ俺の影を追うだけ。この間クラスがDからBへ上がったと聞いているが所詮お前は何もしていないだろう」
「それは」
「言い訳はいらん、この昇格の立役者がお前ではない事はもう俺の耳に入っている。仮にAクラスへの昇格を果たしたとしてもその過程でお前が成せる事など何一つない、この学校はそんな生易しい場所じゃない」
「いいえ、必ずAクラスへ、私の力で昇格させて、辿り着いて見せます…!」
「出来ないと言っている、いや出来ないだけならまだ良い。寧ろ『立役者』にとってお前は邪魔者にしかならない。全く、聞き分けの無い妹だ」
そんな清隆に気付く事無く鈴音に向けて厳しい言葉を並べるも、憧れる実の兄の言葉をも聞き入れる事の無い鈴音、そんな妹の態度にやがて『口で言っても無駄か』と言わんばかりに学は瞬時に距離を詰め、背負い投げで地面に叩きつけたり、唐突な一撃で反応出来ない所で腕を極めたり、抵抗を逆手に取ってスリーパーホールドに移ったりと、体罰と言って良い暴力を振るった。
「まずは『立役者』の振る舞いを見極めろ、そして省みろ、己に何が決定的に欠けているのかを」
やがて気が済んだのか、そう言い残して去って行った。
痛みで動けないのもあるが、拒絶された事へのショックで見送るしかない鈴音に対し、一連の光景を録画した清隆はその中で、学は相当な武術の腕前を有していると確信し、ただ証拠映像を見せつけただけでは力づくでの奪取をされかねないと判断、監視カメラの視認範囲であればそういった抵抗もして来ないだろうと、付かず離れずの距離を保ち、気配を誤魔化しながらその後を追った。
やがて学が住まう3学年用の寮、その手前の監視範囲に入った所で清隆は声を掛けた。
「堀北会長、少しよろしいでしょうか?」
「ん?お前は確か、現1年Bクラスの摂津清隆だったか」
「おや。オレの事、ご存じでしたか」
「元々、生徒の事は一通り記憶しているが、お前は入学以来生徒会や先生方の間で話題だからな。入試は勿論だが『あの』小テストで満点を獲得、水泳の授業で泳法違反ながら50m自由形日本記録を大きく上回るタイムを記録、そして入学初日に監視カメラ等を通じてこの学校の評価システムに大枠ながら気づいて注意喚起した事で、入学時はDだった自分のクラスをBへと上げた逸材だと」
鈴音との会話でも話題に上がっていた『立役者』の話から自分の事を良く把握しているのだろうと思っていた為に、自分が何者なのかを即座に言い当てた事にさして動じる事無く、
「その現1年Bクラスの女子生徒に暴力を振るわれていた様ですが、如何様な誠意を示すお積りで?」
鈴音に暴力を振るった証拠である映像を突きつけた。
まさかあの現場を見られていたとは思わなかったのか内心動揺する学だったが直ぐに冷静さを取り戻して周囲の状況を把握、此処が監視カメラの視認範囲だと気づいて力づくで映像を奪取するのは不可能と判断した。
「…何が望みだ?何を出せばその動画を消去する?」
「会長個人が今出しうる限りのpptと、後は会長が在籍している間、この時期に受けた中間テストの過去問もお願い致します」
動画の消去に応じられる条件の交渉を持ち出した学に、清隆は目論見通りとほくそ笑みつつ、出せる限りというアバウトな額のppt、学が在籍していた2年間に実施した中間テストの過去問を要求。
「流石は摂津と言うべきか。中間テストの事、其処まで気付いていたとはな。良いだろう、pptは100万送る、過去問はPDFで良いか?」
「はい。入金を確認しましたので削除しました、どうぞ」
この要求を聞いた学は、この時期の定期テストの『カラクリ』に早速気付いたのだと驚きつつそれを受諾、pptの受け取りを確認した清隆は動画を消去、その様子を学にも見せた。
「100万pptは痛い出費だったが、此方にとって完全な損でも無かったな。先の鈴音とのやりとりで俺の武術の腕前を把握し、この寮前という抵抗を許さない最適なロケーションで声を掛けるまで俺に気配を悟らせなかった…お前も武術に心得が?」
「男の鍛錬は食事と映画鑑賞と睡眠だけで十分、だそうですよ」
「何処のOTONAだ、全く。だがそのふざけた態度での回答とは裏腹にすぐさま対応出来る様体制を整えている…聞いていた以上だ。
摂津、生徒会に興味は無いか?今なら書記の席を用意している」
「お誘い頂き光栄ですが、生憎と他にやる事が山積みなので謹んでお断り致します」
「…そうか」
鈴音への体罰の現場を掴まれて大金を支払う事となったが、まだ把握し切れていない清隆の実力、その一端を感じ取る等学にとって得る物もあったみたいで、見込み十分として生徒会へ誘いを掛けた。
だが清隆は多忙を理由に拒否、学はそれを了解した様な返答をするも、どうしても入って欲しそうな雰囲気を感じた清隆は此処で、温めていたカードを切った。
「余裕もやる気も無い奴を無理やり捻じ込むより、やる気に満ち溢れた奴を受け入れた方が生徒会の為じゃないですか?例えば…1年Cクラスの一之瀬帆波とか」
茶柱に呼び出された際に鉢合わせた帆波が生徒会役員希望である話を耳にしていたものの、彼女が役員になったという情報は入って来ていない、ならば此処で彼女を推薦出来れば色々と都合が良いと判断し、その名前を持ち出したのだが、学の表情は何処か渋い物だった。
「小耳に挟んだ話ですが、一之瀬も学力的に優秀、運動能力も悪くなく、現Cクラスの面々から絶大な支持を得てリーダーとなる等社交性は抜群と聞いています。彼女のやる気を含めれば生徒会役員としてこれ以上に無い人材だと思いますが」
「一之瀬は駄目だ、彼女は優し過ぎる。優しいだけでは、この学校では生徒会役員としてやって行けない」
何とか帆波には役員になって貰おうと彼女が適任である事を清隆はプレゼンするも、その優し過ぎる性格故に起こる未来を想像した学は首を縦に振らない。
「成程、その優しさは絆され易さに繋がり、南雲副会長に付け込まれる可能性がある、と」
「其処まで調べていたか、なら話は早い。南雲がやろうとしている事はこの学校の仕組みやルール、伝統を根底から覆す事だ。南雲が生徒会長となり、その思想に染まった者が後を継いでしまったら、この学校は、此処で学ぶ生徒達は『崩壊』の一途を辿る事になってしまう。彼女がそうなり得る以上、役員として受け入れる訳には行かない」
現2年Aクラスのリーダー格にして生徒会副会長に就く彼は、入学時はBだった己のクラスを瞬く間にAへと昇格させ、以降もAクラスを維持しつつ他クラスとの差を広げた末、今では学年全体を支配下に置くまでの影響力を有するに至ったそうだ。
その彼がやろうとしている事、マニフェストは一言で表すと『革命』、cpt等のシステム故にクラス単位での評価の比率も少なくない現在の制度を、より個人単位での評価に特化した上で、査定された実力に伴う賞罰をより大きくする事で「全ての生徒にチャンスを与える」という物だ。
それは一見すると「BやC、Dクラスに属する生徒でも見込みのある者にはAクラス相応の進路保証を与える」様に思える物だが、裏を返せば「一時でも実力が落ち込めば退学」というリスクがあるという事、そんな極端且つ危険が付き纏うやり方など学には認められず、帆波もまた雅に絆されてその後を継ぐ未来が見える以上は、役員への就任を承認しなかったのだ。
だが清隆は、学がそう答えるのを想定しており、それに対する返しも考えていた。
「ですが会長、貴方が断った所で彼女は別ルートで生徒会入りを企てますよ。校則には確か『生徒会役員への就任には、生徒会長か生徒会副会長、若しくは役職付き役員の推薦が必要となる』とありますよね。裏を返せば、南雲副会長や他の役職の推薦さえ取れれば役員になれる、貴方はそれを阻止出来ない、そうでしょう?」
生徒会役員になる為の校則を持ち出して反論した清隆に対し、学は苦虫を嚙み潰した様な表情となるも反論はしなかった、それが事実であるからだ。
1年時に上級生の対抗候補を破って以来ずっと会長職に就いてはいるものの、相反する思想を持つ雅が生徒会役員になれ、その後副会長に就任出来ているのは当時副会長だった上級生の推薦を受けた為、校則によって役員になるのを阻止出来ず、その影響力の拡大を防げなかったのも関係しているのだ。
「だったらその前に一之瀬を囲い込んで貴方のマニフェストを、それを受け継がせる事の意義を伝え、南雲副会長の対抗馬に育て上げる方が後々の為になる」
「…成程、それも一理あるか」
「そしたら、オレから一之瀬に声掛けしましょうか?「生徒会役員希望は変わっていないか?」と。一度断っておいてやっぱり入ってくれと本人が持ち掛けるのは他の生徒達に対して示しが付かないでしょう?」
「それは助かるが…何を企んでいる?」
「バレましたか。まあ企んではいますが、それはそれとして単に一之瀬と話す切っ掛けが欲しいだけです。別のクラスなので何の切っ掛けも無しに話しかけたら怪しまれるでしょう?」
ならば雅に取られるよりも先に囲い込んで対抗馬にしてしまえば良い、という清隆の提案に揺れ動いた学だったが、それを察知して前のめりになってしまった事で、この件に関して何か企んでいる事に気付かれてしまった。
尤も学には関係ない事なので清隆はあっさりとバラし、学もそれを感じ取ったのか或いは下手に隠そうとしない姿勢が好印象だったのか、清隆の希望通り勧誘の役目を託した。
その翌日、桔梗を通じて帆波を呼び出した清隆は役員に勧誘、彼女が受諾した事で無事、役員就任となった。