──痛い
体中に鈍い痛みが走っている。
──重い
全身に重りでもつけられているみたいに、体が重くて動きづらい。
──ふざけるな
突如浮きあがった自分の物ではないはずの憤り。
──何が起こっている?
得体の知れない痛みと憤りに、困惑しながら目を開こうとして──
「は?」
──いや、既に開いている……?
目を開こうとした時には、もう眼は開いていた。
そればかりか、眼球からは赤色の液体……血涙と思われるものが流れ続けている。
奥歯からは、ギチギチと音が鳴り響いている。手は血があふれ出るほど強く握りしめられている。
己が意図してやった事ではない。
かといって、無意識にやったと言うには、余りにも無念と憤りが込められているように感じる。
まるで、この身体が自分の物ではないようだ。
自身の体に起こっている異変に、そんな事を考えて身体を見回した。
「……っ!?」
どういうことだ何が起こってるそんなまさか……!?
視界に映った情報を脳が処理しきれず、混乱が広がる。
左前腕に注射痕と思わしきものが幾つか見受けられた。体中には、夥しいほどの暴力の跡が残っていた。身に着けている衣服に関しては、もはや布切れと言う表現が適切な程にボロボロだ。
そんな、常時では異常事態と考える情報すら些細な事に感じてしまう程に、衝撃的な物があった。
それ程の物なんてあるのか? ……と考える者もいるだろう。
だが、あえて言わせてほしい。
それ以上であると!!
まず、頭髪……肩につくほどの長さを持つそれは、漂白剤で付け込まれたのかと思う程。白以外を感じさせない色をしている。
次に体全体……まるで少女のような線の細い体に白い腕、それプラス低い身長。
以上!
これを聞いても、何がおかしいんだ? と考える人もまだたくさんいるだろう。
そこで大ヒントだ。
俺の髪の毛は、こんな白色ではないしここまで長くなかった。
髪の色なんて、美容室なりなんなりに行けば変えられる? 長さにおいては時間経過で伸びるだって?
それもそうだろう。
これだけではそこまで驚く材料足りえない……
そんな事を考えてる諸君にさらなる情報だ。
俺の体はここまで線が細くないし、身長も割とある方だった。こんな貧弱な体では断じてなかった……
ここまで、ヒントを上げれば誰もがわかるはずだ。
そう、俺が今操っているこの身体は自身の物ではないと言う事を。
まるで自分の体ではない様だ……ではなく本当に自分の体ではないと言う事。
これ程の事があって驚くなと言うのも、無理な話だろう。
全くの他人の体に、俺の意識があって体を動かしている。
所謂、憑依ってものなのだろうか?
そこまで、思考しても到底受け入れられるものではない。
それもそうだろう、気づいたら赤の他人に意識だけが憑依しましたなんて、誰が理解して冷静に思考できるものか。
もしいたとしても、俺には無理だ。
そんな非科学的現象、創作物の中だけの話だろう。
生粋の理系である俺には、そんな事が実在するだなんて露ほどにも信じられなかった。
過去形ではあるが。
実際に身に起こってしまったんだから。この際、信じざるおえないという状況である。
論文書いても信じてもらえるかな……と、そんなどうでもいい事を考えなら再度俺が憑依しているであろう身体に視線を向ける。
「それよりも、この身体の持ち主は一体どこ……グっ!?」
何処に? その言葉を言い切る直前にそれは始まった。
脳みそを直に鈍器で殴られたような、鈍い痛みが頭を襲った。
「おぇ……っ!?」
人体では到底収まるレベルではない痛みに、地べたうずくまり餌付く。
「こ、れ……は!?」
フラッシュグレネードが爆発したかのような、ぎらつく光と共にとある光景が幻視されては消えてを繰り返した。
そんな永遠とも感じる地獄の十数秒間を、只管に耐え続けた。
未だ完全には引かない痛みに頭を押さえながら、俺は一人ごちる。
「理解したわ…ただの憑依じゃなくて、異世界憑依かよ……!」
──ー
この世界ととある少年についての話をしよう。
この世界は、妖怪と言う存在と人間が一方的な共生をしているらしい。
らしい……と、言うのはこの身体の持ち主の記憶から得た知識だからである。
それはともかく。
この世界には、妖怪と言う存在が当たり前にいる。
吸血鬼やら天狗やら悪魔やら鬼やらetc.……日本でいう妖怪ではないものも交じってるが、この世界ではそういう人間の形をした化け物の事を大きくまとめて妖怪と呼ぶ。
妖怪の共通点は大きく三つ。
一つ。人間の形プラスα的な感じで、人間の姿形をしているが明らかに人間ではありえないものを持っている事。
例として、角をはやしている鬼、蝙蝠の羽が生え赤目八重歯な吸血鬼等々。
二つ。人間とは違い皆そろって何か超常的な力を使うと言う事。
例として、天狗の風を操る力や悪魔の魔法を操る力等。
そして三つ──
──人間を食料としている事。
さっき、妖怪と人間は共生してるって言っていたじゃないかって?
そこの所もちゃんと言ったじゃないか。
……一方的な共生って……
ね?
家畜と飼い主的な意味だけどね。
人間は妖怪の家畜として飼育されている。
圧倒的な実力差があって、尚且つ知能があると種族構わず皆同じ事を考えるようで。
自身の食糧を家畜として育て繁栄させようと企んだ。
そうして妖怪は人間に対して、洗脳教育と支配を始めた。
人間は妖怪に対して崇拝の類の感情を持つように、人間は妖怪に対して己の血肉を捧げるように。
最初は皆受け入れなく反発だってした、だがそれも数百年と経っていくにつれ、自由なんてものは歴史の闇に放り投げられ何時しかそれが普通になり現在に至るわけだ。
この世界において人間と言うのは、下等生物であり妖怪の家畜のことを言う。
当然、飯なんてものは娯楽ですらなく。妖怪が美味しく人間を食べるための、徹底された栄養補給。
火葬なんてものは行われないし、その死体は冷凍保存やらなんやらされて妖怪の食卓に出るため死体すら残らない。
たばこや酒などの娯楽品等も、食材の味や風味が落ちるとされて禁止されている。
それを破れば、格行政の執行官に確保され直ぐに食卓行きである。
つまりこの世界、ディストピアである。
それも、支配者が妖怪の……
妖怪×ディストピアの地獄が煮詰まったような世界。
それがこの世界である。
「んなもん掛け合わせんなよ畜生め!!?」
ガシ! ……と思い切り床をたたきながら、叫ぶ。
……失敬、思わず手が出てしまった。
さて、地獄の煮凝りのさらに圧縮したようなこの世界の事は話したし、次はとある少年の事を話そう。
その少年の名は
少年は、妖怪の支配を嫌った。
両親が語った妖怪に支配される前の自由な世界に憧れてしまったからだ。
少年は、妖怪の教育を嫌った。
優しい両親と違い、洗脳教育を受けた大人は自身ら人間を妖怪の召使として厳しく教育してくるからだ。
少年は、妖怪を心底嫌悪した。
身近な人の亡骸に祈ることが出来なかったからだ。
少年は、妖怪を心の底から憎んだ。
両親が国の事を知っているのが妖怪にバレてしまい、延々と続く逃亡生活が始まった。
これらの全てが妖怪による干渉で起きた出来事だ。
妖怪による支配がなかったら、ある程度の自由を謳歌することができて、日々増えていく傷なんてものは存在しなく、祖父の亡骸に手を合わせる事ぐらいなら容易だろう。
逃亡生活なんて物は、体験することもなかっただろうし……
だからこそ、四季は心の底から憎悪する。
目の前で両親を妖怪に貪られたから。
背後から聞こえる妖怪の咀嚼音を聞きながら、足を動かす事しか出来なかったから。
だからこそ少年は妖怪に憤怒した。
そして──
──諦めた。
どうにか妖怪相手に復讐できるものはないか。
そんな事は、寝ずに探した……
反乱軍を設立し、徒党を組んでやつらを滅ぼす。
魔女の力を奪い、奴らを殺しつくす。
伝説の剣を探し、この国を滅ぼす。
妖怪に勝つ手段、方法、力……そんなものを探して。
探して探して探してさがして……
さがしさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがしてさがして。
探しつくした。
その結果、真実に気づいた。
そんなもの不可能だと……
たかだか人間一人。いかに特殊な力を持とうが数十、数百の妖怪相手に敵うわけなかった。
おまけに、力を得る手段で一番現実な物でも、自分一人では不可能だったときた。
それだけの事でも、10数年しか生きていない四季の心を折ることには十分すぎるほどだった。
だからこそ、四季は諦めた。
1週間、碌な飯を食うことが出来ないせいで、碌に動かなくなってしまった体を地面に倒れさせた。
結局何もできなかった四季は、それでも最後の抵抗として力いっぱいに手を握り締め、奥歯を噛みしめて言った。
──ふざけるな……!!
……と。
そこで、四季の物語は終わった。
……いや、終わるはずだった。
だが実際は、この俺が四季に憑依してしまい四季の代わりにこの物語を引き受ける事になってしまった。
「クソみたいな世界で逃亡生活……おまけに顔も知られてると来た」
年々レベルが上がってきてる最近のフロムゲーでも、ここまでの難易度はそうそうお目にかかれまい。
「ただ生き残ることですら超ヘルモード」
何で俺がこんな事しなきゃ行けない?
何で巻き込まれただけの俺がこんな目に?
ふざけるな、と言う言葉は俺が一番使いたいよ……
そんな疑問と多少の怒りが、胸の内から込み上げてくるのを感じる。
──ただ、それでも。
「なってしまったものは仕様がない。それに四季もどっちかと言うと被害者側だ」
例え、無関係な俺が地獄を見るとしても、それは変わらない。
あくまで、四季は被害者。
妖怪に人生を狂わされた15にも達していない少年。
ならば悪いのは、妖怪だ。
被害者の少年に、罪を問うのは間違っているだろう。
「四季は諦めてしまった」
復讐を、人生を……幸せを。
「なら、せめて俺が代行しよう……」
大人として、同じ被害者として──
「四季……よく頑張った」
長らく、地に崩れていた体を起こしながら言う。
「10年ちょっとしか生きていないのに、本当よく頑張った」
手を支えとして少しづつ起き上がる。
「後は任せておけ……お前が起きるまでに幸せを作ってやる」
胸の奥……そのさらに奥。
魂ともいえる部分に自分以外の何かを感じる。
「だから、少しの間眠っとけ。頑張った分、お前は休むべきだ……」
少しづつ本当に少しづつだが、体を起こし続ける。
「大人として、同じ被害者として……」
既に地についている部分はもう片膝だけ。
「そして」
残っている片膝すらも立ち上がらせながら俺は宣言する。
「同じ名前のよしみとして」
高らかに、清々しく……
「神薙 四季の代わりとして、ただのシキの俺がお前の物語を」
未だ、胸の奥に燻る憤怒が少しは晴れるように……
「
そう宣言すると、少しは四季の憤怒が晴れたような気がした。
立ち上がった……
なら後は進むだけ。
例え、化け物共が幾ら蔓延っていようと。
難易度が天上レベルに高かろうと関係ない……
立ち上がったのなら、後は進むだけだろう?
ならば四季が起きてくるまで、進み続けようではないか。
只管に、我武者羅に……
幸い。そういう泥臭いのは慣れているし、報酬だってあるのかもしれない。
そう思うと。地獄へと進む道が、花畑のような清々しい物へと変わっているような気がした……
だから、歩き続けよう。
一人の少年の笑顔を見るために。
少年が幸せになるのを見届けるために……
──だから、笑顔の練習ぐらいしておけよ?
……なぁ、四季。
思い付きで書いた駄文
特にプロットもなければ。この先の構想もないよ……