「好きに動きなさい。こっちが合わせるから」
「押忍」
真依が方針を告げると、虎杖は短く応じ、地を蹴った。
射線を通すように、真依も横へ走りながら引き金を絞る。呪具と化したリボルバーが立て続けに火を噴き、放たれた銃弾が宿儺へ降り注いだ。
その弾幕の隙間を縫い、虎杖が一気に間合いを詰める。狙うのは、宿儺の肉体へ直接刻み込む「解」だった。
宿儺は迫る虎杖を捌きながらも、真依の挙動を冷静に観察していた。
――
そして、あの銃。
命を宿した呪具。あの半端な天与呪縛を背負っていた女が、死後に形を変えたものか。あるいは魂の器だろうか。
リボルバーから放たれる銃弾は、見た目の口径からは想像もつかない速度と威力を備えていた。地面や壁に刻まれた銃痕は深く抉れ、単なる拳銃弾では到底生み出せない破壊を物語っている。
だが、宿儺が注目したのは威力だけではなかった。
――銃痕の中に弾丸が残っていない。
着弾の衝撃に耐えきれず、自壊したのか。
いや、違う。
そもそも構築術式は、無から有を生み出す代償として、著しく呪力効率の悪い術式だ。これだけの弾丸を絶え間なく構築できるはずがない。連射を可能にしている以上、必ず何らかの縛りが存在する。
宿儺は銃弾を躱し、虎杖の拳を受け流しながら、真依の術式運用を見極めていく。
――構築した弾丸が存在できる時間を、極端に短く設定しているのか。
構築術式によって生み出された物質は、本来、術式の発動が終わったあとも現実の物質として残り続ける。その永続性こそが術式の利点であり、同時に莫大な呪力を消費する原因でもあった。
真依は、その利点を縛りによって捨てている。
弾丸に必要なのは、銃身から撃ち出され、標的を穿つまでの僅かな時間だけだ。構築後にすぐ消失するという縛りを課せば、物質を恒久的に残すための負担を切り捨てられる。構築術式の欠点を、用途を限定することで踏み倒しているのだ。
だが、それだけではない。
――同一の物質だけを反復して構築することも、縛りに組み込んでいるだろうな。
生み出せるものを弾丸に限定し、同じ構造、同じ材質、同じ形状を繰り返し構築する。汎用性を犠牲にする代わりに、反復するたび、次の構築に必要な呪力を減らしている。
無尽蔵にも見える弾幕の正体は、二重の縛りによって極限まで効率化された構築術式だった。
扱いづらい術式を抱えながら、縛りを重ねることで実戦的な武器へ昇華している。宿儺はその工夫に、僅かな感心を覚えた。
しかし、どれほど強力であろうと、正面から放たれる銃弾が宿儺へ届くことはない。
真依の術式をおおよそ見切った宿儺は、虎杖の攻撃と銃弾の雨を同時に掻い潜り、瞬く間に真依との距離を詰めた。
銃撃は確かに速く、重い。意識の外から撃ち込まれれば、宿儺にとっても無視できない脅威となるだろう。
だが、撃ち手を前線へ引きずり出してしまえば話は別だ。銃口の向き、指の動き、視線、呼吸。放たれる軌道を示すものはいくらでもある。
銃弾の雨を掻い潜って、真依へと迫る宿儺。
次の瞬間、宿儺の拳が真依の脇腹へ突き刺さった。
呪力と打撃の誤差が限りなくゼロへ収束し、空間が歪む。
――「黒閃」!!
衝撃が真依の身体を貫き、その身体を真横へ弾き飛ばした。
呪具「真希」の補助によって身体能力が引き上げられているとはいえ、真依は本来、近接戦闘を主軸とする術師ではない。まして、真正面から宿儺と渡り合えるだけの経験などあるはずもなかった。
地面を削りながら吹き飛ぶ真依を見据え、宿儺は口元を歪める。
三度目の黒閃。
連続する黒閃によって、宿儺の感覚はますます研ぎ澄まされていた。術式が完全に戻るまで、もう間もないだろう。
だが、吹き飛ばされた真依は地面に転がりながらも、即座に腕を突いて姿勢を立て直した。そのまま止まることなく立ち上がり、再び駆け出す。
呪力は大きく減っている。
しかし、受けたはずの損傷は、外見上ほとんど残っていなかった。
――なぜだ。
反転術式か。
いや、それだけでは説明がつかない。
宿儺は真依の呪力の流れを見定め、やがて仕掛けを見破ったように笑った。
「構築術式を、自分の肉体に適用しているな!」
真依は反転術式と「再現」の術式を使い分け、自らの身体を治療していた。
正のエネルギーによって肉体を修復する反転術式は、ただでさえ燃費が悪い。だが、全身を過去の状態へと「再現」する術式は、それ以上に莫大な呪力を消耗する。
だからこそ、真依はこの戦いで治療の方法を部位ごとに分けていた。
損傷が残れば致命傷となる臓器や、寸分違わぬ修復が必要な部位には「再現」を用い、それ以外の筋肉や骨、皮膚の損傷は反転術式で補う。精度を必要とする箇所だけを術式で復元し、残りを通常の治癒に委ねることで、消費を可能な限り抑えているのだ。
完全に無傷というわけではない。
それでも、戦線へ復帰するには十分だった。
虎杖は回復したばかりの真依を再び狙わせまいと、宿儺の懐へ踏み込む。拳、肘、蹴りを間断なく繰り出し、意識を自分へ引きつけようとするが、あと一歩が届かない。
宿儺は虎杖の攻撃を捌きながら、真依へ一瞬だけ視線を向けた。
――銃撃を止めたか。乱れた呪力を整え直すつもりか?悠長なことだ。
呪具、構築術式の縛り、自身の再構築。
次々と手札を見せる真依の術式に興味を引かれ、宿儺の注意は知らず知らずのうちに偏っていた。
その僅かな空白へ、虎杖が踏み込む。
腰を落とし、地面を踏み砕くほど強く足を踏み込むと、宿儺の顔面へ拳を振り抜いた。
黒い閃光が迸る。
宿儺は咄嗟に腕を上げ、その拳を受け止めた。だが、打撃の衝撃は防げても、拳に乗せられた魂への干渉までは受け流せない。
宿儺は即座に反撃へ転じ、空いた手で虎杖へ拳を叩き込む。
虎杖は避けない。
宿儺の拳が届く直前、その軌道へ自らの拳を重ねるように打ち返した。
再び、空間が黒く歪む。
――「黒閃」!!
虎杖の拳が宿儺の防御を抜け、その顔面を捉えた。
体勢は万全ではない。腰も肩も、拳へ十分には連動していなかった。それでも、黒閃によって増幅された一撃は、宿儺の顔を大きく弾くほどの威力を生み出した。虎杖は、完全にゾーンへ入っていた。
一度目の黒閃によって呪力の核心へ近づき、以降の攻防を通じて、その理解を急速に深めている。遠く隔たっていたはずの呪いの王の領域へ、虎杖は一撃ごとに迫りつつあった。
だが、連続する「黒閃」の理由はそれだけではない。
カチン。
乾いた音が響く。
真依が、呪具「真希」の銃口を虎杖へ向け、
弾丸は出ていない。
疑問に思いつつも宿儺は完全に虎杖へと向き直る。今、最も警戒しなければならないと判断する。
何故ならば、先ほどから虎杖から幾度となく感じる「黒閃」の予兆。
宿儺はその攻撃を防ぐが、やはり黒い閃光が迸る。
しかし何ということか、再び振りかぶった虎杖から感じられる「黒閃」の予兆──。
――小僧……!! こうも連続して……!!
カチン。
宿儺は、その不自然な挙動を見逃さなかった。
先ほど見抜いた構築術式の運用。繰り返される弾丸の構築。連続する虎杖の黒閃。そして、真依が自らに施した回復。
散らばっていた情報が、刹那のうちに一つの答えへ収束する。
――小僧は、術式による補助を受けているのか。
反復される構築。
繰り返される黒閃。
過去の肉体を取り戻す治癒。
それらはすべて、同じ原理から派生している。
――そうか。
宿儺の目が見開かれる。
――あの女の術式は、「再現」!
推し量るに、「構築」の術式に「過去」の概念を組み合わせて再解釈し、術式を発展させている。
真依は虎杖の方へ銃口を向け、空撃ちという形で術式を発動、黒閃の発生条件を反復して「再現」していた。
一度発生した黒閃という現象を「再現」しやすい状態へ導き、ゾーンに入った虎杖の呪力と打撃が重なる瞬間を補助している。
ただし、黒閃そのものを術式で強制的に発生させているわけではない。真依が再現しているのは、虎杖の呪力操作と肉体の挙動が、一度黒閃を放った瞬間の状態へ近づくための補助に過ぎない。
最後に黒閃を成立させるのは、あくまで虎杖自身だ。
仕掛けを理解するや否や、宿儺は強く地面を踏みしめた。
──これ以上、放置するわけにはいかない。小僧を引き剝がして、あの女を始末しなければ。
宿儺は力任せに腕を振るい、虎杖を弾き飛ばす。虎杖の身体が宙へ浮いた、その直後だった。
真依の銃口が、再び宿儺へ向けられる。
銃口へ収束していく呪力の質が、それまでとは明らかに異なっていた。連射に用いられていた効率重視の弾丸ではない。
全霊を込めた、渾身の一撃がくる。
そう判断した宿儺は腕を交差させ、呪力を集中させて正面の守りを固めた。
次の瞬間。
宿儺の脇腹が、背後から穿たれた。
肉が裂け、血が飛び散る。
――背後から銃弾が
違う。
真依が最後に撃ち出した弾丸だけは、着弾後に消失していなかった。宿儺の背後にある銃痕の奥深くへ突き刺さったまま、その場に留められていた。
その弾丸には、消失を条件とした縛りが課されていない。再利用するためだ。
永続する弾丸を構築した分、真依は大きな呪力を消費していた。
さらに、下準備を維持するため、次の弾丸の構築ができなかった。
ゆえに、その後は新たな射撃を行わず、虎杖への補助に徹していた。
そして、待っていた。
銃痕の奥に残した弾丸。
宿儺の身体。
呪具「真希」の銃口。
その三つが、一直線上に並ぶ瞬間を。
「再現」を応用した術式の奥義。
「
編み出されて間もないため、対象にできるのは真依自身が構築した物質に限られる。
その物質の時間を、逆向きに進行させる。
撃ち出された弾丸は、着弾点から銃口へ戻るため、過去に通過した軌跡を逆方向へ走る。宿儺は正面から来る攻撃に備えていたがゆえに、背後から逆行してくる弾丸への対応が遅れた。
もっとも、穿たれたのは脇腹だ。
宿儺の顔に驚きこそ浮かんでいるものの、苦痛はほとんど見えない。
致命傷ではない。
――今は、まだ。
宿儺が反転術式を巡らせる。
傷口を塞ぎ、失われた肉体を再生しようとした、その直後。
穿たれた孔から、突如として大量の血が溢れ出した。
閉じるはずの傷が裂け、先ほどよりも大きく広がっていく。
「これは……!?」
突然広がった損傷によって、宿儺の重心が僅かに傾く。
虎杖は、その一瞬を逃さなかった。
宿儺の視界から外れるように低く踏み込み、負傷した脇腹の死角へ回り込む。捻った腰と肩を連動させ、全身の力を拳へ集約する。
カチン。
背後で、真依が再び引き金を引いた。
黒い閃光が迸る。
――「黒閃」!!
虎杖の拳が、呪いの王の脇腹を捉えた。