呪術廻戦 喪呪路   作:四月三十日

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黄昏に生きる

 

「好きに動きなさい。こっちが合わせるから」

 

「押忍」

 

 真依が方針を告げると、虎杖は短く応じ、地を蹴った。

 

 射線を通すように、真依も横へ走りながら引き金を絞る。呪具と化したリボルバーが立て続けに火を噴き、放たれた銃弾が宿儺へ降り注いだ。

 その弾幕の隙間を縫い、虎杖が一気に間合いを詰める。狙うのは、宿儺の肉体へ直接刻み込む「解」だった。

 

 宿儺は迫る虎杖を捌きながらも、真依の挙動を冷静に観察していた。

 

――弾込め(リロード)をしていない。構築術式で、その都度弾丸を生み出しているのか。射撃の合間に生じるはずの隙がない。

 

 そして、あの銃。

 

 命を宿した呪具。あの半端な天与呪縛を背負っていた女が、死後に形を変えたものか。あるいは魂の器だろうか。

 

 リボルバーから放たれる銃弾は、見た目の口径からは想像もつかない速度と威力を備えていた。地面や壁に刻まれた銃痕は深く抉れ、単なる拳銃弾では到底生み出せない破壊を物語っている。

 

 だが、宿儺が注目したのは威力だけではなかった。

 

――銃痕の中に弾丸が残っていない。

 

 着弾の衝撃に耐えきれず、自壊したのか。

 

 いや、違う。

 

 そもそも構築術式は、無から有を生み出す代償として、著しく呪力効率の悪い術式だ。これだけの弾丸を絶え間なく構築できるはずがない。連射を可能にしている以上、必ず何らかの縛りが存在する。

 

 宿儺は銃弾を躱し、虎杖の拳を受け流しながら、真依の術式運用を見極めていく。

 

――構築した弾丸が存在できる時間を、極端に短く設定しているのか。

 

 構築術式によって生み出された物質は、本来、術式の発動が終わったあとも現実の物質として残り続ける。その永続性こそが術式の利点であり、同時に莫大な呪力を消費する原因でもあった。

 

 真依は、その利点を縛りによって捨てている。

 

 弾丸に必要なのは、銃身から撃ち出され、標的を穿つまでの僅かな時間だけだ。構築後にすぐ消失するという縛りを課せば、物質を恒久的に残すための負担を切り捨てられる。構築術式の欠点を、用途を限定することで踏み倒しているのだ。

 

 だが、それだけではない。

 

――同一の物質だけを反復して構築することも、縛りに組み込んでいるだろうな。

 

 生み出せるものを弾丸に限定し、同じ構造、同じ材質、同じ形状を繰り返し構築する。汎用性を犠牲にする代わりに、反復するたび、次の構築に必要な呪力を減らしている。

 

 無尽蔵にも見える弾幕の正体は、二重の縛りによって極限まで効率化された構築術式だった。

 

 扱いづらい術式を抱えながら、縛りを重ねることで実戦的な武器へ昇華している。宿儺はその工夫に、僅かな感心を覚えた。

 

 しかし、どれほど強力であろうと、正面から放たれる銃弾が宿儺へ届くことはない。

 

 真依の術式をおおよそ見切った宿儺は、虎杖の攻撃と銃弾の雨を同時に掻い潜り、瞬く間に真依との距離を詰めた。

 銃撃は確かに速く、重い。意識の外から撃ち込まれれば、宿儺にとっても無視できない脅威となるだろう。

 

 だが、撃ち手を前線へ引きずり出してしまえば話は別だ。銃口の向き、指の動き、視線、呼吸。放たれる軌道を示すものはいくらでもある。

 

 銃弾の雨を掻い潜って、真依へと迫る宿儺。

 次の瞬間、宿儺の拳が真依の脇腹へ突き刺さった。

 

 呪力と打撃の誤差が限りなくゼロへ収束し、空間が歪む。

 

――「黒閃」!!

 

 衝撃が真依の身体を貫き、その身体を真横へ弾き飛ばした。

 

 呪具「真希」の補助によって身体能力が引き上げられているとはいえ、真依は本来、近接戦闘を主軸とする術師ではない。まして、真正面から宿儺と渡り合えるだけの経験などあるはずもなかった。

 

 地面を削りながら吹き飛ぶ真依を見据え、宿儺は口元を歪める。

 

 三度目の黒閃。

 

 連続する黒閃によって、宿儺の感覚はますます研ぎ澄まされていた。術式が完全に戻るまで、もう間もないだろう。

 

 だが、吹き飛ばされた真依は地面に転がりながらも、即座に腕を突いて姿勢を立て直した。そのまま止まることなく立ち上がり、再び駆け出す。

 

 呪力は大きく減っている。

 

 しかし、受けたはずの損傷は、外見上ほとんど残っていなかった。

 

――なぜだ。

 

 反転術式か。

 

 いや、それだけでは説明がつかない。

 

 宿儺は真依の呪力の流れを見定め、やがて仕掛けを見破ったように笑った。

 

「構築術式を、自分の肉体に適用しているな!」

 

 真依は反転術式と「再現」の術式を使い分け、自らの身体を治療していた。

 

 正のエネルギーによって肉体を修復する反転術式は、ただでさえ燃費が悪い。だが、全身を過去の状態へと「再現」する術式は、それ以上に莫大な呪力を消耗する。

 

 だからこそ、真依はこの戦いで治療の方法を部位ごとに分けていた。

 

 損傷が残れば致命傷となる臓器や、寸分違わぬ修復が必要な部位には「再現」を用い、それ以外の筋肉や骨、皮膚の損傷は反転術式で補う。精度を必要とする箇所だけを術式で復元し、残りを通常の治癒に委ねることで、消費を可能な限り抑えているのだ。

 

 完全に無傷というわけではない。

 

 それでも、戦線へ復帰するには十分だった。

 

 虎杖は回復したばかりの真依を再び狙わせまいと、宿儺の懐へ踏み込む。拳、肘、蹴りを間断なく繰り出し、意識を自分へ引きつけようとするが、あと一歩が届かない。

 

 宿儺は虎杖の攻撃を捌きながら、真依へ一瞬だけ視線を向けた。

 

――銃撃を止めたか。乱れた呪力を整え直すつもりか?悠長なことだ。

 

 呪具、構築術式の縛り、自身の再構築。

 次々と手札を見せる真依の術式に興味を引かれ、宿儺の注意は知らず知らずのうちに偏っていた。

 

 その僅かな空白へ、虎杖が踏み込む。

 腰を落とし、地面を踏み砕くほど強く足を踏み込むと、宿儺の顔面へ拳を振り抜いた。

 

 黒い閃光が迸る。

 

 宿儺は咄嗟に腕を上げ、その拳を受け止めた。だが、打撃の衝撃は防げても、拳に乗せられた魂への干渉までは受け流せない。

 宿儺は即座に反撃へ転じ、空いた手で虎杖へ拳を叩き込む。

 

 虎杖は避けない。

 宿儺の拳が届く直前、その軌道へ自らの拳を重ねるように打ち返した。

 

 再び、空間が黒く歪む。

 

――「黒閃」!!

 

 虎杖の拳が宿儺の防御を抜け、その顔面を捉えた。

 

 体勢は万全ではない。腰も肩も、拳へ十分には連動していなかった。それでも、黒閃によって増幅された一撃は、宿儺の顔を大きく弾くほどの威力を生み出した。虎杖は、完全にゾーンへ入っていた。

 

 一度目の黒閃によって呪力の核心へ近づき、以降の攻防を通じて、その理解を急速に深めている。遠く隔たっていたはずの呪いの王の領域へ、虎杖は一撃ごとに迫りつつあった。

 

 だが、連続する「黒閃」の理由はそれだけではない。

 

 カチン。

 

 乾いた音が響く。

 

 真依が、呪具「真希」の銃口を虎杖へ向け、空撃ち(ドライファイア)していた。

 弾丸は出ていない。

 

 疑問に思いつつも宿儺は完全に虎杖へと向き直る。今、最も警戒しなければならないと判断する。

 何故ならば、先ほどから虎杖から幾度となく感じる「黒閃」の予兆。

 

 宿儺はその攻撃を防ぐが、やはり黒い閃光が迸る。

 しかし何ということか、再び振りかぶった虎杖から感じられる「黒閃」の予兆──。

 

――小僧……!! こうも連続して……!!

 

 カチン。

 

 宿儺は、その不自然な挙動を見逃さなかった。

 

 先ほど見抜いた構築術式の運用。繰り返される弾丸の構築。連続する虎杖の黒閃。そして、真依が自らに施した回復。

 散らばっていた情報が、刹那のうちに一つの答えへ収束する。

 

――小僧は、術式による補助を受けているのか。

 

 反復される構築。

 繰り返される黒閃。

 過去の肉体を取り戻す治癒。

 

 それらはすべて、同じ原理から派生している。

 

――そうか。

 

 宿儺の目が見開かれる。

 

――あの女の術式は、「再現」!

 

 推し量るに、「構築」の術式に「過去」の概念を組み合わせて再解釈し、術式を発展させている。

 

 真依は虎杖の方へ銃口を向け、空撃ちという形で術式を発動、黒閃の発生条件を反復して「再現」していた。

 一度発生した黒閃という現象を「再現」しやすい状態へ導き、ゾーンに入った虎杖の呪力と打撃が重なる瞬間を補助している。

 ただし、黒閃そのものを術式で強制的に発生させているわけではない。真依が再現しているのは、虎杖の呪力操作と肉体の挙動が、一度黒閃を放った瞬間の状態へ近づくための補助に過ぎない。

 

 最後に黒閃を成立させるのは、あくまで虎杖自身だ。

 

 仕掛けを理解するや否や、宿儺は強く地面を踏みしめた。

 

──これ以上、放置するわけにはいかない。小僧を引き剝がして、あの女を始末しなければ。

 

 宿儺は力任せに腕を振るい、虎杖を弾き飛ばす。虎杖の身体が宙へ浮いた、その直後だった。

 

 真依の銃口が、再び宿儺へ向けられる。

 

 銃口へ収束していく呪力の質が、それまでとは明らかに異なっていた。連射に用いられていた効率重視の弾丸ではない。

 

 全霊を込めた、渾身の一撃がくる。

 

 そう判断した宿儺は腕を交差させ、呪力を集中させて正面の守りを固めた。

 

 次の瞬間。

 

 宿儺の脇腹が、背後から穿たれた。

 

 肉が裂け、血が飛び散る。

 

――背後から銃弾が()()()()()

 

 違う。

 

 ()()()()()()()()のだ。

 

 真依が最後に撃ち出した弾丸だけは、着弾後に消失していなかった。宿儺の背後にある銃痕の奥深くへ突き刺さったまま、その場に留められていた。

 その弾丸には、消失を条件とした縛りが課されていない。再利用するためだ。

 

 永続する弾丸を構築した分、真依は大きな呪力を消費していた。

 さらに、下準備を維持するため、次の弾丸の構築ができなかった。

 ゆえに、その後は新たな射撃を行わず、虎杖への補助に徹していた。

 

 そして、待っていた。

 

 銃痕の奥に残した弾丸。

 宿儺の身体。

 呪具「真希」の銃口。

 

 その三つが、一直線上に並ぶ瞬間を。

 

「再現」を応用した術式の奥義。

 

逆行(アルゴリズム)」。

 

 編み出されて間もないため、対象にできるのは真依自身が構築した物質に限られる。

 

 その物質の時間を、逆向きに進行させる。

 

 撃ち出された弾丸は、着弾点から銃口へ戻るため、過去に通過した軌跡を逆方向へ走る。宿儺は正面から来る攻撃に備えていたがゆえに、背後から逆行してくる弾丸への対応が遅れた。

 

 もっとも、穿たれたのは脇腹だ。

 宿儺の顔に驚きこそ浮かんでいるものの、苦痛はほとんど見えない。

 致命傷ではない。

 

――今は、まだ。

 

 宿儺が反転術式を巡らせる。

 傷口を塞ぎ、失われた肉体を再生しようとした、その直後。

 

 穿たれた孔から、突如として大量の血が溢れ出した。

 

 閉じるはずの傷が裂け、先ほどよりも大きく広がっていく。

 

「これは……!?」

 

 突然広がった損傷によって、宿儺の重心が僅かに傾く。

 

 虎杖は、その一瞬を逃さなかった。

 宿儺の視界から外れるように低く踏み込み、負傷した脇腹の死角へ回り込む。捻った腰と肩を連動させ、全身の力を拳へ集約する。

 

カチン。

 

 背後で、真依が再び引き金を引いた。

 

 黒い閃光が迸る。

 

――「黒閃」!!

 

 虎杖の拳が、呪いの王の脇腹を捉えた。

 

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