禪院家の各所で、乾いた銃声が断続的に鳴り響いていた。
広大な敷地に幾棟もの屋敷が連なり、渡り廊下や塀、庭木が複雑に視界を遮る禪院家。その入り組んだ構造を利用し、真依は姿を隠しながら射撃を繰り返していた。
正面から大勢を相手にするつもりはない。
敵を分断し、撃ち、追跡される前に移動する。
真依は禪院家そのものを戦場へと変え、徹底したゲリラ戦に持ち込んでいた。
◆◆◆
銃撃の跡が残る屋敷の一角。
砕けた壁材や舞い落ちた木片の中に、躯倶留隊員たちの死体が転がっている。その惨状を前に、禪院家の術師集団「炳」の面々は、感情を挟むことなく状況を整理していた。
「腑に落ちんな」
甚壱が低い声で言った。
躯倶留隊の者たちも、術式こそ持たないとはいえ禪院家の血を引く人間である。広義には家族と呼べるはずだった。
だが、その死体を前にしても、「炳」の面々に目立った動揺はない。
彼らが見ているのは、死者の顔ではなかった。
壁に穿たれた孔。柱を抉った弾痕。地面に残る着弾の跡。そして、隊員たちの身体を破壊した弾丸の威力。
「せやなぁ。いくら術式を持ってへんからいうても、こんなあっさり全滅することある?」
直哉は足元の死体を一瞥し、さして興味もなさそうに続けた。
「相手は、あの真依ちゃんやで?」
嘲るような声音だった。
甚壱は答えず、周囲を見回した。
躯倶留隊員たちの傷は、通常の銃弾によるものとは思えないほど深い。人体を貫通した後も勢いを失わず、背後の建物まで破壊している。さらに、残された弾痕の数が多すぎた。
「それもそうだが、ただの銃の威力には見えん」
甚壱はしゃがみ込み、地面に刻まれた跡を指でなぞった。
(弾が残っていない……)
僅かな違和感を無視して、甚壱は続ける。
「弾数もだ。何発撃った?」
死体の数だけではない。牽制や制圧のために放たれたと思われる弾丸も含めれば、真依が通常用意できる数を明らかに超えていた。
「武器と弾を、あらかじめ持ち込んでいたのか」
甚壱の視線が鋭くなる。
「真依は初めから、禪院家と戦争をするつもりで来たということか?」
「真依ちゃんの術式、
直哉が軽い調子で口を挟んだ。
「それで武器も弾も作ったんとちゃうの?」
直哉とて、構築術式の性質を知らないわけではない。
無から物質を生み出す構築術式は、極端に
的外れにも思える推測は、直哉が真剣に状況を受け止めていない表れだった。
直哉にとって真依は、どこまでいっても術師として不出来な女だった。落ちこぼれがどれほど足掻こうと、最後には自分たちに踏み潰される。その認識を改める理由などないと思っている。
「それこそ腑に落ちん」
甚壱は屈んだまま思案する。
「構築術式は呪力効率が悪い。真依は、一日に弾丸を一発作るのが限界だったはずだ」
甚壱の声に、僅かな警戒が混じる。
「共犯者がいるのかもしれん」
その直後だった。
パァン――。
遠くで、一発の銃声が鳴った。
音が耳に届いた時には、既に弾丸は彼らのもとへ到達していた。
二人の間を抜けた弾丸は甚壱の左腕を捉え、その腕を肩口から吹き飛ばした。
「――ちぃッ!」
血飛沫が散るより早く、甚壱と直哉は左右の物陰へ飛び込んだ。
真依は、彼らが一直線上に並ぶ瞬間を待っていた。
一発で複数人を撃ち抜ける位置に立つ、その瞬間を。
甚壱は失われた左腕を押さえながら、歯を食いしばった。
(ほとんど反応できなかった……!)
銃声が聞こえる前に着弾している。
予兆も、呪力の高まりも、ほとんど感じ取れなかった。
(威力もただの銃弾ではない。呪具か……?)
一方、直哉も物陰に身を隠したまま、弾丸の速度を分析していた。
(これは面倒やね。初速から速すぎる)
通常の銃弾であれば、投射呪法による加速を始めてからでも対処できる。だが、先ほどの一撃は回避を考えるより早く到達した。
(先に加速しといた方がええか)
直哉は術式を発動する。
あらかじめ一秒間の動きを二十四分割し、その軌道を自身の身体でなぞる。加速した直哉の姿は、瞬く間にその場から消えた。
(直哉が行ったか。ならば――)
甚壱は、弾丸が飛来した直線の先へ目を向けた。
射撃位置を正確に特定する必要はない。
相手が潜伏している可能性のある一帯を、まとめて破壊すればいい。
甚壱が術式を放つ。
上空に出現した無数の巨大な拳が、地上めがけて一斉に落下した。
拳が屋根を砕き、塀を潰し、林を潰し、地面を深く陥没させる。轟音が幾重にも重なり、禪院家の敷地そのものを揺さぶった。
それは攻撃というより、広範囲への爆撃だった。
敵の位置が分からないのなら、周囲一帯ごと消し飛ばす。甚壱の術式は、真依が身を隠していると思われる場所を容赦なく押し潰していった。
やがて巨大な拳が消え、濛々とした砂埃だけが残る。
あれほどの破壊を受ければ、潜伏していた者はひとたまりもない。
少なくとも、甚壱はそう判断していた。だが。
(……相打ちには持っていけたか?)
甚壱の胸部には、既に大きな孔が開いていた。