僕と山本が会話してから、前世ではあんなことがあったから様子を見ていたけど、どうやら山本は無理に練習することもなく、無事にスランプを乗り越えられたらしい。心配事が一つ減って、僕は胸を撫で下ろす。
しかしまだ油断はできない。些細なことで歴史は変わるとしても、大まかなことが変わらないことだって確かにあったんだ。正一くんがそう言っていた。
かつての世界では、確かに些細なきっかけで白蘭に勝利することができたけど、それ以外の世界ではすべて白蘭に掌握されていた。その多くの世界でも細かいところが違っていただろうに、それでも白蘭の手に落ちてしまった。
もし、もし山本のあの腕が、正一くんの話のように変えられる可能性の少ない未来だとしたら。
超直感が告げている。この未来は、いつだって俺に降りかかるんだって。
「おい、山本が事故ったらしーぞ!」
「マジかよ!」
「軽トラに引かれたんだって! 今病院で治療受けてるらしいけど……しばらくは学校に来れないんだってよ」
「やべ〜……」
そんな、クラスメイトの切羽詰まった話を聞いた。その怪我は確かに俺のときより多くて。動機が激しくなる。他人に聞こえてしまいそうなほど心臓がうるさい。
ダメだ。俺のせいだ。俺が、俺が山本の未来を変えてしまったから、更に大きな怪我に巻き込まれてしまった。
いても立ってもいられなくて、僕は教室を飛び出した。
がむしゃらに走って、辿り着いた先は病院だった。山本がお世話になる病院。看護師さんに案内されて、ようやく気づいた。僕は別に山本と特別仲のいい友達というわけではない。突然押しかけて変に思われないかな? 不安が襲ったけど、看護師さんに扉を開けてもらった手前、帰るわけにもいかなかった。
「……山本」
「……ツナ」
重い沈黙が僕達の間に流れる。山本は悔しそうに顔を歪めて、その体は腕だけじゃなく足も骨折しているようだった。ギプスがはめられ、安静を強要されている。
「……見舞、来てくれたのか。ありがとな。学校、どうしたんだ?」
「……サボり。気づいたらここまで来てたんだ」
「……そっか。俺、しばらくは学校行けねーから、みんなに言っといてくれよ。ってことで、俺は大丈夫だからさ、ツナは早く学校に戻って授業受けて来いよ!」
「だけど」
「頼む……」
余裕のない山本の笑顔がただ苦しくて、僕は何も言えないまま病室を後にした。来るときよりもずっと遅いペースでなんとか学校に戻って、頭に入らない授業を聞き流した。山本が気になって仕方なくて、でも合わせる顔なんてもうない。
山本が来なくなってから一週間、なんとなく嫌な予感がして、少し早めに学校へ向かうと騒ぎが起きていた。とうとう山本の屋上ダイブ決行日になってしまったらしい。悔しさに拳を握りしめながら、僕は大急ぎで屋上へ向かう。
「……ツナ」
「何してんだよ、山本」
屋上の柵の向こう側に立っていた山本は腕と足にギプスを、頭に包帯を巻いていた。痛々しい姿に僕は顔を歪める。俺のせいで、こうなった。
周りからは、「そんな馬鹿なことはやめろ」「俺達のヒーローがそんなことで挫けんなよ」と静止の声が聴こえる。違うんだ、みんな、違う。山本が絶望してるのは、野球ができなくなったことだけじゃない。
「止めたって無駄だぜ」
「うん。でも、話くらいは聞いてほしい。いいでしょ? 死ぬ前に雑談しようよ」
「ああ。いいぜ、ツナ様は俺に何を話してくれるんだ?」
僕を突き放す言い方に、心が軋む。僕は山本を止める権利なんてないけど、それでも、僕は俺はお前に死んでほしくないんだ。
「……山本はどうして死にたいの?」
「俺は野球の神様に見放されちまったんだよ。全然伸びなくなって、その後事故って動けなくなって。きっと、もう野球はすんなってことなんだって、そう思った」
「そっか。治っても、もう二度と野球ができない体になったってこと?」
「……医者からは、治れば復帰できるって言われた。でも、俺にはもう……!」
「まだできるじゃないか。山本は義務で野球をしてるんじゃなくて、好きで野球をしてたんでしょ。本当は、まだ野球をしたいって思ってるんじゃないの。見放された、なんて野球が好きじゃないと出てこない言葉だよ」
「できねぇよ、だって」
「見放されてないよ。野球の神様は山本を見ていてくれている。山本が野球の神様から目を背けちゃったから、ちょっと不幸が起きただけ。山本は伸びないことに焦って野球の神様が見えなくなってただけなんだよ。焦らず、もう一度しっかり向き合えば、すぐにだって山本は野球ができるようになるはずだよ」
「お前に何がわかんだよ!」
「分からない、けど、分かる。俺は山本が野球と、野球チームが大好きなのを知ってるから。……それにね、俺は山本に生きていてほしい。たとえ野球をしなくなったとしても山本は山本で、俺達を笑顔にしてくれる存在なんだ。だから、絶対に死んでほしくなんてない」
前世で言葉に出来なかったこと。言葉にせずとも受け入れてもらったこと。それを全部言葉に乗せて、僕は山本に近づいた。近づいて、柵を乗り越えた。山本が死ぬなんて許さない。死ぬ人を見送る気持ちを味わったらいい。
僕は山本が目を見開いてまごついているあいだに、その身を空中へ投げ出した。
「ツナ!」
山本が開いている手で必死に僕を掴もうとする。一緒に飛び降りたら意味ないじゃないか。でもそれが山本で、なんだか安心してしまう自分がいた。
今ここで山本が死んでしまったら、死んでも死にきれない。その決意を額で燃やす。
なんとか炎で衝撃を緩和させる。別に、夜の炎を使えばもっと安全だったけれど、あの炎が完治されるのはめんどくさい。だから、僕は両手の平から炎を出してなんとか衝撃を抑えた。
手が焼けて痛いけど、それより山本のほうがもっと痛いのを知ってる。
「山本、体は大丈夫?」
「あ、ああ……ツナは?」
「僕も大丈夫」
「よかった……お前が飛び降りて、心臓止まるかと思った」
「……自殺者を見送る気持ち、わかった?」
「あぁ。身に染みてな……それに飛び降りて分かったんだ。死ぬのが怖いって。だから助かってすげーほっとしたし、ツナが生きててくれて、俺を助けてくれてすげーうれしかった! ありがとな、ツナ」
「ううん。僕が勝手にやったことだから……」
吹っ切れたように明るく笑う山本を俺は直視できなかった。その笑顔が、あまりにも眩しくて。嘗ての俺の雨を思い出して。僕は、隣にいる資格なんてないのに。
「……な、ツナ。俺さお前の親友になるから!」
「え?」
「親友。お前が困ってるなら必ず助けるし、お前が笑ってる時に一緒に笑いたい」
「……親友は、ちょっと。友達からで」
「ああ! でもいつか必ず親友になるから、覚悟するのな!」
「親友の押し売りって、なんかおかしくない?」
変わらないペースの山本を見て僕はたまらず笑いを零す。僕の笑いを見て、山本は目を見開いて驚いた見たけど、すぐに笑顔に変わって僕の肩に腕を回した。もちろん、怪我のない左腕で。
「ファミリーゲット、だな」
「……リボーン」
陰から僕を観察し、ただ傍観していただけのリボーンがようやく木陰から出てきた。その顔は期待通りを意味するニヒルな笑いが描かれていてあまりにも不快だ。違う、山本はもうファミリーじゃない。二度とファミリーにしてはいけない。
山本には山本の夢がある。僕たちの薄暗い世界に誘ってはいけないんだ。
「違う、山本はファミリーじゃないよ。そんなこと僕が絶対に許さない」
「なんだ、よくわかんねーけどこいつはツナの弟なのか? っていうかファミリーって」
「山本!」
山本が僕に問い詰めようとしたタイミングで、屋上にいた生徒が松葉杖を持って山本に駆け寄ってきていた。みんなに心配をかけていた山本はそれを無下にすることはできず、みんなの言葉を受け入れながら誠心誠意頭を下げる。曖昧にごまかさず、向き合うことができるのが山本のいいところで、俺が憧れていたところだった。やっぱり、僕には山本は眩しい。
「山本、先に行ってて。僕はこの子を家に届けてくるから」
「あ、ああ」
クラスメイトに押される形で保健室へと進んでいく山本を見送って、僕はリボーンに向き直る。にやにや、にやにや。まるで俺の心を見透かしているようで。僕はたまらなく不快だった。
「僕は絶対に山本をファミリーにはしない。ボンゴレも継がない。誰も傷つけたくないんだ。失いたくないんだ。だから……二度とファミリーだのと抜かすな」
僕が前世で勝ち得た殺気を押し出してリボーンを睨みつける。流石世界一の殺し屋リボーンだけあって、僕の殺気でも怯むことはない。最強の名に恥じないその強さに僕は恐怖を覚える。昔は頼もしいと、そう思ってさえいたはずなのに。
僕はその恐怖から逃れようとしてリボーンに背を向ける。僕が向かう先は教室だ。流石に、僕がこれほどまでに性格が変わってしまえば、リボーンといえど迂闊に手は出してこないらしい。だから今一番安全なのは教室だと僕は判断した。
リボーンから遠ざかる僕の背中に、リボーンは一言だけ言葉を投げつけてその姿を消した。
「てめぇが何と言おうと俺はやめねーからな」