エロゲの触手は竿役として使われたくない。 作:進化先はクトゥルフ
「ふふふっ……私の触手たちも、だいぶ育ってきましたね」
そう呟く女の視線の先では、無数の触手が生き物のように蠢いていた。
うねり、絡まり、また別の触手へと伸びていく。その光景だけ見れば、まるで森を構成する木々の代わりに触手が生い茂っているかのようだ。
空気は湿り気を帯び、耳を澄ませれば、どこからともなく微かな喘ぎ声が響いてくる。
その異様な空間の中央で、一人の女性が満足げに微笑んでいた。
下乳が覗く露出の多い衣装は、およそ常識的とは言い難い。しかし、この場には彼女以外に誰もいない。人目を気にする必要など、どこにもないのだから。
……この俺以外はなァッ!!!!
どうも。現在進行形で木に吊るされ……いや、正確には木から生えている状態で失礼しています。触手さんです。
いや、「触手さんです」で済ませるなって話なんですが、本当にそうとしか言いようがないんですよ。
気が付いたら木と一体化してるし、視界のあちこちでは触手が元気よくうねうねしてるし、目の前にはいかにも黒幕っぽいお姉さんが満足そうに頷いてるし。
状況説明を求めたいのは、むしろ俺のほうなんですけど!?
俺はただ目を覚ましただけなのに! 目が覚めたらいきなりこんなSAN値がゴリゴリ削られる光景を見せられて、どうしろっていうんですか!?
……しかし。
こうして俺が普通に思考して喋れているということは、少なくともただの触手ではないらしい。
前世では、エロゲー趣味という他言すれば軽蔑され、一生話の輪の中へ入れてもらえなくなりかねない業を背負いながらも短い人生を駆け抜けた、生粋の童貞である俺だ。
この光景を見ただけで、何のゲームか分かってしまう。
……改めて考えると、俺の人生って何だったんだろうな。
いや、やめよう。
これ以上考え始めると精神が坩堝へ一直線だ。現実逃避にもならないので、一旦思考停止しておく。
話を整理すると、俺は転生者。
そしてここは――というか、この世界は『トゥルース・アンダー』という、若干クトゥルフチックなエロゲーの世界だ。
簡単に言えば、デビル◯イクライにエロゲ要素をこれでもかと盛り込んだようなゲームである。
主人公たち聖女が、魔界から現世へ侵攻してくる悪魔たちを倒すため戦う王道ストーリー。
……なのだが。
製作者の趣味なのか知らないが、とにかく触手の出番が多い。
異様に多い。
シリアスな戦闘の次に触手、感動イベントの後にも触手、気付けばまた触手。
開発スタッフの誰か、絶対に性癖を隠す気なかっただろ。
俺が現在実っているこの木を眺めている彼女も、その悪魔の一人――ベルゼさん。
聖女たちと長年敵対している上級悪魔であり、こうして触手を育てるのが最近のマイブームという、ちょっとどころじゃなくアレな人である。
しかもルートによっては、この人自身も触手プレイの酷い目に遭う……本当にどんだけ触手好きなんだよ、開発の人。
「特にこの木からは、質のいい触手が取れそうね」
何そのワード。
そんなリンゴとか桃みたいな感覚で触手って収穫するものだったの?今明かされる衝撃の真実なんだけど。
……兎に角!!
このままでは俺も、その『質のいい触手』の一員として利用される未来しか見えない。
そんな未来は全力でお断りだ。
それを回避するには、まず俺を繋ぎ止めているこの木から脱出するしかない。さっきから体をうねうねと動かし、何とか引き抜けないか試している。
傍から見れば、活きのいい魚が陸で暴れているような有様だろう。
だが、その努力は無駄ではなかった。少しずつ、本当に少しずつだが、根元が緩んできている気がする……後少しってところだろうか。
……まあ、本音を言えば。この世界でそういう役回りになるとどういう感覚なのか、ほんの少しだけ興味がないと言えば嘘になる。
だが、それ以上に嫌だ。
人権も尊厳も何もかも投げ捨てたような扱いを受ける未来なんて、真っ平ごめんである。
それに俺は知っている。
このゲームにおいて悪魔とは、進化の象徴だ。悪魔は無限に進化し続ける存在……そう扱われている。今の俺は貧弱なスライム程度の存在かもしれない。
だが、生き延びて力を蓄えれば、もっとマシな姿へ進化できる可能性は十分ある。
そうなれば、魔界だろうが現世だろうが、平穏な人生を送れる……かもしれない。
そのためにも。
まず欲しいのは自由だ。
こんな木に実ったまま収穫されて一生を終えるなんて、冗談じゃない。
「あら。この子、ずいぶん跳ねるわね……生きがいいこと。そろそろ収穫時かしら?」
ヤバい!!
ベルゼさんこっち来た!!
いや待って!収穫って何!?やっぱり俺、果実扱いなの!?触手ってそういうカテゴリなの!?
くそっ……!
このままじゃ本当に竿役として利用される!そんなの絶対にごめんだ!!何が嫌って、もう全部だ。説明できないくらい全部嫌だ。
「うおおおおおおおおっ!!」
こうなりゃヤケだ!!
全力で暴れてやる!!
「やっ、ちょっ……暴れすぎ!?」
俺は文字通り命懸けで体を振り回す。
すると、その瞬間。
――ポキッ。
乾いた音が森へ響いた。
どうやら俺を支えていた枝が、とうとう耐え切れず折れたらしい。
次の瞬間、俺は真っ逆さまに地面へ落下。
着地なんてできるはずもなく、地面をゴロゴロと転がる。
「逃がさないわよ」
ベルゼさんが慌てて俺を拾い上げようと手を伸ばしてくる。
だが、そんなことをされてたまるか。
俺はヘビのように、芋虫のように全身をくねらせ、その手をギリギリでかわす。
そしてそのまま、触手とは思えない速度で森の奥へ向かって全力疾走――いや、全力蛇行した。
「……あら」
背後からベルゼさんの声が聞こえる。
だが追ってくる気配はない。
どうやら他にも世話をしなければならない触手が大量にあるらしく、俺一匹に構っている暇はないようだった。
そうして俺は、命からがら、人生初の「触手としての脱走」に成功したのである。
……さて……ここからどうしたものかなぁ……