エロゲの触手は竿役として使われたくない。 作:進化先はクトゥルフ
無事、あの地獄のような触手栽培場から脱出することに成功した俺。
……いや、本当に成功でいいのかこれ。
竿役にされる未来が嫌すぎて反射的に逃げ出してしまったものの、冷静になって考えてみれば、ここから先のことを何一つ考えていなかった。
「……さて、どうしたものか」
改めて自分の体を見下ろす。
うん。触手である。どこからどう見ても触手だ。手もなければ足もない。顔もない……アレか主なきのにどうやって姿確認できてるんだオレ……あるのは、うねうねと動く一本の体だけ。
今の俺を例えるなら、その辺を元気よくのたうち回っているミミズみたいなものだ。
……サイズだけはそこそこあるのが、より一層気持ち悪い。
これ絶対、第三者視点で見たら軽くホラーだろ。
しかも、こういう転生モノならお約束のステータス画面とかスキル一覧とか、便利なシステムがあってもいいはずなのに、俺にはそんなものを表示することすらできない。
「ステータスオープン」
…………しん。
「メニュー」
………………しん。
反応なし。
いや、考えてみれば当たり前なんだけどさ。
そまそもラノベとかってステータス画面ってどうやって出すんだよ。
ゲームじゃあるまいし、「ステータス!」って叫べば目の前にウィンドウが開くなんて都合のいい話、現実であるわけ……いや、転生してる時点で現実じゃないけど。
少なくとも俺には、その手の便利機能は搭載されていないらしい。つまり、あの触手の成る木から生まれ落ちたばかりの俺は、文字通り丸腰。
自分がどれだけ強いのかも分からなければ、どんな能力を持っているのかも分からない。ついでに言えば、この体で何ができるのかすら分からない。
分からない尽くしである。
そして、ここは魔界。
ゲーム知識が正しければ、この辺りには俺なんかより遥かに強い魔物が普通にうろついている。もし運悪く見つかれば――。
ガブッ!!はい終了!!
こんなふうに経験値になる未来しか見えない。
畜生!一体どうしたらいいんだ……。このまま当てもなく彷徨っていても、そのうち野垂れ死にする未来しか見えない。
かと言って、元いた触手栽培場に戻るなんて論外だ。あそこへ戻った瞬間、「あら、お帰りなさい」なんて笑顔で収穫されるのがオチである。
そんな未来、絶対にごめんだ。
……おや?
そうこうしている間に、恐れていた事態がやってきた。
悪魔とのエンカウントタイムである。
いや、RPGならもっとこう、戦う準備とかさせてくれない?俺、まだチュートリアルも終わってないんだけど。まだ装備品すらもらってないんだけど。
慌てて俺は、魔界特有の毒々しい紫色の木陰へ身を――いや、身と言っていいのか分からないが、とにかく体を滑り込ませて息を潜める。
「Giiiiiiii……!!」
現れたのは中型のカマキリ型の悪魔。ゲーム内での名前は……確かマンティスだったか?序盤に出てくる雑魚敵ではある……主人公たる聖女たちにとっては。
今の俺からしたら完全にボスだ。鎌なんて一振りされたら死あるのみである。
勝てる要素?
思いつかない。
つか一ミリもない。
こっちのステータスも分からない。攻撃方法も分からない。そもそも俺、触手一本だぞ?触手キャラは手数が命だろうが!一本だけの触手がいてもただの紐なんだよ!どう戦えっていうんだ。
逃げるしかない。
うん、逃げよう。
命あっての物種だ。
「Giiiiiiii……!!!!」
ところで。
さっきからあのマンティスさん、こっちをガン見してません?
いやいやいや、きっと気のせいだ。
きっと俺の後ろにもっと美味しそうな獲物がいるんだ。そうだよね?そういう展開だよね?……ねぇ。嘘だと言ってよ、バーニィ!?
「giiiiiaaaaaaa!!!」
あぁっ! 飛びかかってきやがったぁぁぁっ!!気持ち悪い!デカいカマキリとか現実でも嫌なのに、悪魔になってサイズアップとか誰が得するんだよ!
だぁもう来やがれってんだ、このクソ野郎!! この触手、簡単にぶった斬れると思うなよゴルァァァッ!!
もうヤケだ!!こうなったら腹を括るしかない!!
俺は迫り来る巨大な鎌をギリギリまで引き付け――全力で体をくねらせる。スルリ、と。
紙一重で鎌が俺の体を掠め、紫色の地面を深々と切り裂いた。
よっしゃっ!!初撃回避!死亡フラグ一本目、回避成功!!……いや、回避しただけなんだけどなぁ!!
向こうはまだピンピンしてるし、俺は相変わらずビチビチ触手がはねているだけ……状況が好転したわけではまるでない。だが、ここで止まったら次で終わる。
なら攻めるしかない!
まずは確認だ。
俺、この体で何ができる?
伸びる?締め付ける?毒でも出る?頭の中で可能性を片っ端から探っていると、不意に体の先端に妙な違和感を覚えた。
……ん?
なんだこれ。
開きそう。
いや、これ……開ける!花が咲くように先端が割れ、その内側から鋭い牙が並んだ口が現れる……ようなきがする!
ならオラァッ!噛みつきじゃあああああっ!!
勢いそのままに、俺はマンティスの懐へ潜り込む。あの巨大な鎌はリーチこそ長いが、その分、内側には振りにくい。
ゲームでも近距離に潜り込まれると攻撃の手数が減るタイプの敵だったはずだ。
つまり――ここが安全地帯!俺は全力でその胴体へ噛みついた。
硬い!外殻が思った以上に硬い!だが、牙は確かに食い込んでいる。
「GIIIIIIIIッ!?」
マンティスが初めて悲鳴のような鳴き声を上げる。どうやら効いてるようだ!ダメージは小さいかもしれないが、ちゃんと通ってる!
だったら話は別だ。
「そのまま食い破ってやるよ!!」
俺は顎に力を込め、夢中で噛み続けた……やがてマンティスの胴体をひずみだしより多くの鮮血が飛び散る。この世界に生まれて最初の戦い。
そして、生き延びるための最初の一歩が、今まさに始まったのだった。
――――――――――
カマキリ型の悪魔――マンティス。
魔界の各地に生息する、ごくありふれた下級悪魔の一種である。
鋭い鎌と俊敏な脚を武器とし、自分より弱い悪魔や魔獣を狩って生きる、弱肉強食の世界では珍しくもない捕食者。
そんなマンティスは、一匹の獲物を見つけた。どこから流れ着いたのか分からない、一本の触手。普段なら迷うことはない。
鎌を振るい、切り刻み、栄養に変える……それだけの相手だった。
所詮は触手。魔界では木から実ることすらある、最底辺の悪魔。抵抗されることなど、一度たりとも経験したことはなかった。
だからこそ。その一撃は確実に獲物を仕留めるはずだった。
「Giiiiiiii……!」
必殺の鎌が振るわれる。
しかし。
その触手は、それを避けた。
紙一重。
まるで鎌の軌道を最初から知っていたかのように、するりと身を捻って回避したのだ。
マンティスは理解できない。格下が、餌が、自身の一撃に反応したその現実を。
そして次の瞬間。
「Giiiaaaa!?」
腹部へ鋭い衝撃。
触手が、その口を開き、自らへ噛み付いていた。それはマンティスが悪魔として生まれて初めて受ける、格下からの反撃だった。
痛み。困惑。
そして、本能が告げる――この獲物は、普通ではない。
目の前にいるのは、ただの触手ではない。弱者でありながら牙を剥き、自分へ挑んでくる異常個体。マンティスは怒りと警戒を滲ませながら鎌を構え直す。
捕食者と獲物。
その立場が、ほんの少しだけ揺らぎ始めていた。いや、すでに逆転は始まっている……腹に食らいついた触手はすでに自身の胴体を噛み砕きへし折ろうとしているのだから。