レクイエム・フレーム   作:momomotototo

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第十一話 中央会議

 会議室の空気は、証拠保管室よりもなお冷え切っていた。

 

 壁一面を占める大型スクリーンと、中央に据えられた黒い長机。その周囲には、薄いホログラムモニターが幾枚も浮遊している。

 

 そこに人の顔は映っていない。ただ、遠隔接続者を示す白い識別番号だけが、感情を排した記号のように整然と並んでいた。

 

 誰が接続しているのかは分からない。それでも、無数の視線だけは感じられた。

 

 白峰司令官が入室した時、すでに二人の男が席についていた。

 

 一人は、黒い研究服をまとった男だった。

 

 削げた頬に、針のように細い指。死人めいた白い肌が、照明の下でいっそう青白く見える。

 

 黒鷺玄真(くろさぎ・げんま)。

 

 軍中央《特異兵装開発局(とくいへいそうかいはつきょく)》局長。

 

 FRAMEの動力核である《コーラスリアクター》をはじめ、CHORUS由来技術の研究を統括する男である。

 

 黒鷺は、入室した白峰司令官を認めると、口元だけをわずかに歪めた。

 

「遅かったですね、白峰司令」

 

 白峰司令官は足を止めずに答える。

 

「遅参した。必要な確認をしていた」

 

 短い謝罪だったが、頭は下げなかった。

 

 黒鷺は、その表情を覗き込むように目を細める。

 

「第八独立フレーム中隊《Grim Reaper》隊長――灰狼の遺品確認ですか」

 

 白峰司令官の歩みが、ほんの一瞬だけ鈍った。

 

「前線では英雄でしたからね。数字だけでは処理できないものもあるのでしょう」

 

 返事はなかった。

 

 白峰司令官は、黒い長机の空席へ向かう。

 

 その奥には、もう一人の男が座っていた。

 

 鷹司玲央(たかつかさ・れお)。

 

 統合参謀本部に属し、軍中央における作戦承認と兵器運用計画に関与する高官。白峰司令官よりも上位の権限を持つ男だった。

 

 整った顔立ちに、金色の髪。感情の輪郭を読ませない目をしている。軍服は寸分の乱れもなく整えられていたが、そこに前線の匂いはない。

 

 戦場ではなく、会議室で人を動かす者の顔だった。

 

 白峰司令官が席につくまで、鷹司は何も言わなかった。

 

 ただ待っていた。

 

 その沈黙すら、命令に似ていた。

 

 椅子を引く音が、冷えた会議室に小さく響く。

 

 白峰司令官が腰を下ろすと、鷹司はゆっくりと視線を上げた。

 

「では、始めよう」

 

 静かな声だった。

 

「議題は二つ。第十三戦術学園に出現したセラフ級の行方。そして、天音海斗の処遇だ」

 

 鷹司は正面スクリーンへ目を向ける。

 

「まず、セラフ級反応の追跡結果を確認する」

 

 会議室の照明がわずかに落ちた。

 

 正面スクリーンに、崩壊した第十三戦術学園の俯瞰記録が表示される。

 

 赤く染まった学園区画。

 

 乱れる観測映像。

 

 白い異形の出現地点。

 

 そして、その先にある灰狼との交戦地点。

 

 赤い反応線は、そこで途絶えていた。

 

「衛星監視網、外壁監視網、都市防衛センサー、地下路線センサー。すべて照合済みだ」

 

 鷹司の声に温度はない。

 

「セラフ級反応は、第十三戦術学園区画内で消失している」

 

「消えた、ということか」

 

 白峰司令官が問う。

 

「記録上はな」

 

 鷹司は、反応線の途切れた空白を見つめた。

 

「だが、実際に消滅したと断ずるのは楽観が過ぎる。理由は不明だが、通常観測の外へ逸脱したと見るべきだ」

 

 都市が追跡を怠ったわけではない。

 

 追えなかったのだ。

 

 白峰司令官は、黙ってスクリーンを見据えた。

 

 セラフ級が出現した。

 

 灰狼は戦死した。

 

 第十三戦術学園は壊滅した。

 

 そして、その白い異形は今もなお、どこかに潜んでいるかもしれない。

 

 鷹司が指先で表示を切り替える。

 

 今度は、第七要塞都市と周辺防衛圏の地図が映し出された。第十三戦術学園を中心に、周辺三区画が赤く塗り潰されていく。

 

「周辺三区画は高濃度汚染判定。学園跡地は焼却処理準備。地下路線への干渉反応も確認されている」

 

 赤い表示は、地下深層輸送路の一部にまで侵食するように伸びていた。

 

「第七要塞都市は、単独で完結した都市ではない。地下深層輸送路によって近隣都市、そして中央都市へ接続されている」

 

 鷹司は一拍置いた。

 

「つまり、これは一学園の壊滅では終わらない。輸送路に汚染が乗れば、近隣都市群と中央都市への接続そのものに影響が及ぶ」

 

 白峰司令官は、机の上で指をわずかに曲げた。

 

「地下路線は」

 

「当面、軍用便を除き全面停止する」

 

 鷹司は即答した。

 

「以後、本件は中央管轄案件として扱う」

 

 セラフ級は消えた。

 

 だが、そのセラフ級と接触しながら生き残った青年がいる。

 

 天音海斗。

 

「……中央は、あの青年をどう見るつもりだ」

 

 白峰司令官が問う。

 

 その問いに答えたのは、鷹司ではなかった。

 

「そこが、本件の二つ目の議題です」

 

 黒鷺が指先で表示を切り替える。

 

 画面に、一人の青年の記録が表示された。

 

――――――――――

 

 対象者:天音海斗

 回収地点:第十三戦術学園B-17区画

 生存者区分:凍結

 暫定分類:未分類対象

 CHORUS反応濃度:危険域

 欠損部位再生:確認

 対CHORUS弾耐性:確認

 

――――――――――

 

 そこに並んでいるのは、天音海斗という人間を説明する情報ではなかった。

 

 ただ、その身に起きた異常だけが、無慈悲な精度で積み上げられている。

 

 記録の末尾に、回収時の音声が一つ添えられていた。

 

『俺は……人間です』

 

 ノイズ混じりの小さな声が、冷えた会議室に流れる。

 

 誰も言葉を発しなかった。

 

 白峰司令官も、スクリーンに映る青年から目を逸らさない。ただ、机に置かれた指先に、わずかに力がこもった。

 

「そして、もう一つ」

 

 黒鷺が表示を切り替える。

 

――――――――――

 

 現場採取物:白色組織片

 採取地点:第十三戦術学園B-17区画

 対象口腔内:同系統反応を検出

 

――――――――――

 

「現場で採取された組織片と同系統の反応が、対象の口腔内から検出されています」

 

「……摂取した、ということか」

 

「本人から明確な供述は得られていません。ですが、状況証拠を見る限り、CHORUS由来組織を体内へ取り込んだ可能性は高い」

 

 黒鷺が再び表示を切り替える。

 

 海斗から検出されたCHORUS反応が、赤い線となって浮かび上がった。反応線は危険域を示す境界を大きく越えている。

 

「天音海斗は、危険域に達するCHORUS反応を示しています。にもかかわらず、個を保ち、NETWORKへの完全接続も確認されていない」

 

 黒鷺の声が、わずかに低くなる。

 

「通常、この段階まで汚染が進行すれば、自我はNETWORK側へ融解します。個体としての判断能力は残りません」

 

 高濃度汚染下では、死者の神経情報さえNETWORKへ取り込まれる。

 

 白峰司令官の脳裏に、赤く汚染されたB-17区画が浮かんだ。

 

 だが、その先を考える前に、鷹司が口を開く。

 

「人間ではないが、CHORUSでもないと?」

 

「現時点では、そう分類するほかありません」

 

「個を保っているように見えるだけ、という可能性は?」

 

「あります」

 

 黒鷺は即答した。

 

「結論を言え」

 

 白峰司令官が割って入る。

 

「貴様は、天音海斗をどう扱うつもりだ」

 

 黒鷺が求めているのは、即時処分ではない。天音海斗を生かしたまま測定し、その異常を調べることだ。

 

 ならば、まずはそれを明言させる必要がある。測定が目的なら、中央へ移送せずとも第七管区内で実施できる。

 

「隔離を継続し、測定する。その結果を解析した上で、処遇を判断します」

 

 黒鷺は、そこで初めてはっきりと笑った。

 

「ならば、測定は第七管区内で行う」

 

 白峰司令官は即座に言った。

 

 黒鷺は答える前に、わずかな間を置く。

 

「中央の設備へ移送した方が、より精密な解析が可能ですが」

 

「必要ない」

 

 白峰司令官は切り捨てた。

 

「あの青年は第七要塞都市内で発見された未分類対象だ。現時点での管理責任は、この管区にある。測定のためだけに中央へ引き渡す理由はない」

 

「白峰司令。これは中央管轄案件です」

 

「中央管轄であっても、現地管理対象であることに変わりはない。危険性が確定していない以上、移送は認めない」

 

 短い沈黙が落ちた。

 

 鷹司が、指先で机を軽く叩く。

 

 乾いた音が一つ。

 

 それだけで、会議室の空気が切り替わった。

 

「判断材料が足りない」

 

 静かな一言だった。

 

「天音海斗を処分するにも、研究対象として扱うにも、現段階では情報が不足している」

 

 鷹司は、スクリーンに映る海斗の記録を見た。

 

「まず、FRAME適性測定を即時実施する。場所は第七管区内でよい」

 

 中立に聞こえる判断だった。

 

 だが、その測定結果を誰が最も欲しているのか、白峰司令官には分かっていた。

 

「ただし」

 

 鷹司の視線が、白峰司令官へ向く。

 

「測定結果によっては、中央移送を再審議する」

 

「異論はありません」

 

 黒鷺は、間を置かずに答えた。

 

 白峰司令官は短く息を吐く。

 

「測定は第七管区内で行う。中央といえど、地下封印区画への干渉は許可しない」

 

「もちろんです」

 

 返答は早かった。

 

 中央の研究設備を使えず、地下封印区画にも触れられない。本来なら、黒鷺が何らかの条件を求めてもおかしくはない。

 

 だが、男は何一つ要求しなかった。

 

 まるで、第七管区内で測定するという結論だけを、最初から待っていたかのように。

 

 白峰司令官は黒鷺を見据えた。

 

 問いただすだけの根拠はない。

 

 それでも、その従順さを好意的に受け取ることはできなかった。

 

「まずは、測りましょう」

 

 黒鷺は、モニターに映る海斗へ目を向けた。

 

 その口元に、細い笑みが浮かぶ。

 

「彼が、何者なのかを」

 

 白峰司令官は何も言わなかった。

 

 ただ、会議室を満たす白い光の下で、拳を強く握りしめていた。




【中央都市・要塞都市・地下深層輸送路】

《中央都市》
 軍、政府、研究機関など、人類側の中枢機能が置かれた都市。各要塞都市に対して強い権限を持ち、広域作戦や重要案件は中央管轄となる。

《要塞都市》
 中央都市の周囲に配置された防衛・居住拠点。各都市は独自の生活圏と防衛戦力を持ち、CHORUSの侵攻に対する防壁として機能している。第七要塞都市もその一つ。

《地下深層輸送路》
 中央都市と各要塞都市、要塞都市同士を結ぶ地下輸送網。地上の戦闘や汚染を避けて、人員、物資、兵器を輸送するために使われる。一方で、汚染が路線内へ侵入した場合、複数の都市へ被害を拡大させる経路にもなり得る。
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