レクイエム・フレーム ―FRAMEを纏えない青年―   作:momomotototo

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第十二話 接続対象

 白い通路だった。

 

 壁も床も天井も同じ白で塗り潰され、明るすぎる照明がどこまでも続いている。その中を、天音海斗は前後二人ずつの武装兵に挟まれて歩いていた。

 

 黒い装甲服をまとった兵士たちは、海斗を囲む隊形を崩さず、誰も目を合わせようとしない。

 

「……俺、どこに連れて行かれるんですか」

 

 返事はない。

 

 靴底が床を叩く音に、装甲の擦れる音と拘束具の金具が鳴る小さな音が混じっている。

 

 やがて、海斗は一つの小部屋へ通された。

 

 壁際には検査台と金属製の椅子が置かれ、その横には採血用の器具が並んでいた。

 

「座れ」

 

 兵士が短く言った。

 

 逆らえなかった。

 

 椅子に座ると、すぐに左腕を取られる。白衣を着た技術士官が、無表情のまま器具を準備していた。

 

 病院で見るような細い針ではない。短く太い針の根元に、見慣れない機械部が取り付けられていた。

 

 海斗は喉を鳴らした。

 

「……血を取るんですか」

 

「標準検査だ」

 

「何の、ですか」

 

「答える権限はない」

 

 金属の輪が、手首と肘の少し上を押さえ込む。

 

「動くな」

 

「動いてません……」

 

 低い駆動音とともに、採血器具が皮膚へ押し当てられた。

 

 痛みより先に、嫌な圧迫感が来た。器具の先端がゆっくりと沈み込み、皮膚が拒むように硬くなる。金属の軸がわずかに震えた直後、鋭い痛みが走った。

 

「っ……!」

 

 赤い血が、ほんの少しだけチューブへ流れた。だが、すぐに勢いが弱まる。

 

「採取量、基準値未満」

 

「再生反応、開始」

 

「追加圧、許可範囲内で継続」

 

「待っ――」

 

 針が、さらに押し込まれる。

 

 海斗は歯を食いしばった。叫べば周りの兵士が一斉に動く気がして、声を出すことができなかった。痛みよりも、それが怖かった。

 

 数秒後、技術士官が小さく息を吐く。

 

「採取完了。未分類対象、血液サンプルを保存」

 

 未分類対象。

 

 その言葉だけが、耳に残った。

 

 天音海斗ではない。名前ですらなく、分類さえ与えられていない。

 

 海斗は、止血用のパッチを貼られた腕を見下ろした。傷口はすでに塞がり始めているが、技術士官はその変化を見ても驚かなかった。まるで、そうなることを前提にしていたみたいだった。

 

 採血が終わると、すぐに立たされた。

 

 再び白い通路を進んでいくと、やがて壁に埋め込まれた表示が淡い光を放った。

 

 《FRAME適性測定区画》

 

 海斗の足が、わずかに止まる。

 

 戦術学園の候補生なら、誰もが受ける正式な適性測定だ。

 

 FRAMEとの神経同期反応を数値化し、適性ランクと兵科適性を判定する。その結果に応じて、首の裏へ兵科専用の神経接続端子が埋め込まれ、対応する機械脊椎ユニットが支給される。そこから、候補生としての実習課程が始まる。

 

 本来なら、同じ候補生たちと順番を待ちながら受ける検査だった。誰がどの兵科に選ばれるのか、自分にはどんなFRAMEが与えられるのか。そんな話をしながら、結果に一喜一憂する。

 

 ただ、それは海斗にとって、ずっと輪の外にある話だった。

 

 予備測定を受けるたび、結果はSILENT。接続反応は測定限界以下で、FRAME装着は非推奨。正式な適性測定を受けたところで結果は変わらないと、誰もが思っていた。

 

 だが、今の海斗の手首には拘束具があり、周囲には武装兵がいる。適性を期待されて、ここへ連れてこられたわけではない。

 

 誰も、海斗を候補生として見ていなかった。

 

 隔壁が開く。

 

 測定室は円形で、その中央に椅子が一つ置かれていた。

 

 いや、椅子というより拘束台に近い。背もたれは高く、両腕と両脚を固定する金属具がついている。周囲には何重にも重なったリング状の測定装置が並び、天井からは細いケーブルが垂れていた。壁一面にはホログラム表示が浮かび、床を走る青白い光の線が幾何学模様を描いている。

 

 綺麗だった。

 

 だから余計に、怖かった。

 

「座れ」

 

 海斗は黙って従った。

 

 両腕と足首が固定され、胸部を押さえる固定アームが左右から噛み合う。

 

 拘束具は、ただの金属ではなかった。白い金属の表面には、細かな制圧用の警告表示が走っている。

 

 対CHORUS個体の一時拘束にも使われる高硬度合金。

 

 測定台の端に表示された文字の詳しい意味は分からない。ただ、普通の力では外れないことだけは理解できた。

 

 呼吸はできる。だが、動けない。

 

「待ってください」

 

 思わず声が出た。

 

「これ、普通の測定ですよね?」

 

 誰も答えない。

 

 海斗は、自分の言葉に笑いそうになった。

 

 手足を拘束され、武装兵に囲まれ、胸部には固定アームまで噛み合っている。どこをどう見れば、これが普通の測定に見えるのか。

 

 そんなことは分かっていた。それでも、そう聞くしかなかった。

 

 測定室の奥には分厚いガラスがあり、その向こうに何人かの人影が見えた。中でも目を引いたのは、黒い研究服をまとった男だった。

 

 痩せた頬に、細い指。死人のように白い肌。

 

 名前は知らない。だが、その目を見ただけで分かった。

 

 あれは、人を見る目ではない。

 

 物を見る目だ。

 

《FRAME適性測定を開始します》

 

 無機質な音声が測定室に響き、海斗の前方に淡い文字が浮かび上がった。

 

《本測定では、適性ランクおよび兵科適性を判定します》

 

《測定結果に基づき、候補生には兵科専用の神経接続端子が埋設されます》

 

《その後、対応する機械脊椎ユニットが支給され、実習課程へ移行します》

 

 知っている説明だった。授業で何度も聞いたからこそ、今の状況が異常だと分かる。

 

 本来、これは未来へ進むための検査だ。自分がどのFRAMEに適性を持ち、どんな兵士になるのかを知るためのもの。

 

 なのに今は、自分が人間かどうかを測られている気がした。

 

《神経反応、測定開始》

 

 リングが回転し、低い振動が椅子を通して背中へ伝わった。

 

 痛みはない。けれど、不快だった。皮膚の下を冷たい糸でなぞられているような、頭の奥を誰かに覗き込まれているような感覚がある。

 

 海斗は奥歯を噛んだ。

 

《基礎同期感度、計測中》

 

 前方の表示に、ランク名と数値が並ぶ。

 

《S.R.I.:00041》

 

《判定:SILENT》

 

 S.R.I.――神経共鳴指数。

 

 FRAMEとの神経同期深度と、CHORUS領域への近さを示す数値。単純な戦闘力ではなく、適性と危険度を同時に測る指標だった。

 

 SILENT。S.R.I.値、千未満。

 

 予備測定と同じ、測定限界に近い低反応。

 

 だから、ここで止まるはずだった。

 

 表示が変わる。

 

《S.R.I.:01890》

 

《判定:ECHO》

 

「……は?」

 

 千を超えた。

 

 候補生の多くが該当する、一般適性領域。

 

 海斗には、それだけでも十分におかしかった。予備測定で、自分はSILENTだった。FRAMEに触れる場所にすら立てないと、そう言われていたはずだ。

 

 なのに、表示はECHOを示している。

 

 それだけで、もう普通ではなかった。

 

 そして、数値はそこで止まらない。

 

《S.R.I.:12720》

 

《判定:RESONANCE》

 

 測定室の空気が変わった。

 

 技術士官の一人が顔を上げる。ガラスの向こうで誰かが何かを言った。音は聞こえないが、動揺だけは伝わってきた。

 

 RESONANCE。S.R.I.値、一万以上。

 

 高適性者であり、優秀なFRAME兵候補とされる領域。

 

 普通なら、喜ぶところなのかもしれない。

 

 だが、海斗は喜べなかった。表示が、まだ上がっている。

 

《S.R.I.:28640》

 

《S.R.I.:41780》

 

《RESONANCE領域、上限接近》

 

《警告》

 

《同期値、上昇継続》

 

 リングの回転が速くなり、低い振動が骨の奥へ入り込んでくる。

 

「……嘘だ」

 

 小さく呟いた声は、誰にも届かなかった。

 

《S.R.I.:50012》

 

《判定:Near Chorus》

 

 その文字が出た途端、技術士官たちの顔色が変わった。

 

 Near Chorus。S.R.I.値、五万以上。

 

 高い適性を示すと同時に、汚染リスクを抱える危険領域。授業で聞いた時、教室が一度だけ静かになったのを覚えている。

 

 強い。

 

 だが、CHORUSに近すぎる。

 

 海斗の喉が渇いた。

 

「なんで……俺、そんなの……」

 

《S.R.I.:67280》

 

《S.R.I.:83140》

 

《警告》

 

《Near Chorus領域、上限接近》

 

 ホログラムが乱れ始め、青白い文字の端に黒いノイズが混じる。

 

 ガラスの向こうで、技術士官たちが一斉に端末へ向かった。誰かが叫び、誰かが測定を止めようとしている。

 

 だが、表示だけは止まらなかった。

 

《S.R.I.:91460》

 

《S.R.I.:97890》

 

《警告》

 

《測定安全域、超過》

 

 リングの振動が椅子を通して全身へ食い込む。

 

 痛みではない。けれど、身体の奥にある何かを、無理やり引きずり出されているようだった。

 

 海斗は拘束具の中で肩を強張らせる。

 

「やめ……」

 

 声にならない。

 

 表示が跳ねた。

 

《S.R.I.:99999》

 

《Near Chorus領域、突破》

 

《測定限界到達》

 

《警告》

 

《警告》

 

《既存範囲外反応》

 

 測定室の照明が一度だけ落ち、暗闇の直後に非常灯が点いた。

 

 海斗の呼吸が浅くなる。

 

 手首の拘束具が急に重く感じられ、胸部を押さえる固定アームが、呼吸のたびに圧迫感を増していく。周囲では、兵士たちが構えを変える気配がした。

 

 海斗はまだ何もしていない。

 

 それでも彼らは、いつでも海斗を撃てる姿勢を取っていた。

 

 嫌だ。

 

 また、殺されそうになる。

 

《ERROR》

 

《再測定》

 

《ERROR》

 

《再測定不能》

 

《兵科適性、判定中》

 

《STRIKER、該当なし》

 

《BASTION、該当なし》

 

《VALKYRIE、該当なし》

 

《PHANTOM、該当なし》

 

《ORACLE、該当なし》

 

《該当兵科なし》

 

《UNKNOWN》

 

《UNKNOWN》

 

《UNKNOWN》

 

 画面が黒く染まり、数値もランク表示も、兵科適性も警告文さえも消えた。

 

 その中央に、白い文字が一つだけ浮かび上がる。

 

《S.R.I.:――――》

 

《判定:REQUIEM》

 

 測定室から、音が引いた。

 

 誰も動かず、誰も喋らない。

 

 海斗にも、その意味は分からなかった。ただ、その文字を見た瞬間、身体の内側で何かが応えた気がした。

 

 知っているはずがない。聞いたこともない。それなのに、その言葉は自分の中のどこかを呼んでいた。

 

「……レクイエム?」

 

 声に出した途端、警報が鳴った。

 

《第七封印体、微弱応答》

 

《地下封印区画、異常振動》

 

《REQUIEM系反応、外部同期開始》

 

 意味の分からない表示が、次々と流れる。

 

 ガラスの向こうで、黒い研究服の男が前に出た。笑ってはいないが、その目だけが異様な熱を帯びていた。

 

『測定を続行しろ』

 

 スピーカー越しに声が響く。

 

 直後、別の男の声が割り込んだ。

 

『中止だ。対象を安定させろ』

 

 海斗はその声を知らない。

 

 けれど、その一言で周囲の兵士たちの動きが変わった。命令系統の上にいる人間の声なのだと、本能的に分かった。

 

 黒い研究服の男が、さらに言った。

 

『この反応を逃すな』

 

 海斗の心臓が、嫌な音を立てる。

 

 何が起きている。

 

 この検査は、自分の中から何を引きずり出した。

 

◇  ◇  ◇

 

 第七要塞都市地下深部。

 

 封印区画。

 

 そこは、地図には存在しない階層だった。

 

 分厚い隔壁と何層にも重ねられた固定装置の奥で、床から伸びる巨大な拘束アンカーが中央の黒い棺を押さえ込んでいる。

 

 まるで都市そのものが、それを地下へ縫い止めているようだった。

 

 黒い棺。

 

 そう呼ぶしかない形だったが、死者を収める箱ではない。装甲板が何層にも重なった兵器のような外殻に、白い亀裂光が血管のように走っている。その中心には、割れた星にも、眼にも見える白い紋章が刻まれていた。

 

 表示プレートには、短く刻まれている。

 

 《ORIGIN-07》

 

 《REQUIEM》

 

 黒い棺が、わずかに震えた。

 

《第七封印体、反応》

 

《封印拘束値、低下》

 

《REQUIEM系反応、外部未分類体と同期》

 

 警報が鳴り、監視カメラが棺を捉える。監視室の兵士が息を呑む中、棺の側面が内側から裂けた。

 

 そこから伸びたのは、白い骨のような腕だった。

 

 人間のものではない。関節が多すぎて、指も異様に長い。その爪は、床に触れただけで金属を削った。

 

 拘束アンカーの一本が軋み、続いて二本目も歪んだ。固定具が一つずつ引き千切られ、黒い棺の周囲へ金属片が落ちていく。

 

 白い腕が床を掻いた。

 

 這うように、引きずるように。それでいて、目的地を知っているように。

 

 黒い棺は、動き出した。

 

◇  ◇  ◇

 

《第七封印区画、異常発生》

 

《固定アンカー、損傷》

 

《第一隔壁、破損》

 

《第二隔壁、突破》

 

《封印体、測定区画方面へ移動中》

 

 測定室の外が、一気に騒がしくなった。

 

「封印体が動いている!」

 

「地下から上がってくるぞ!」

 

 遠くで、何か重いものがぶつかる音がした。

 

 ドン。

 

 床が、わずかに震える。

 

 続いて響いた二度目の音は、先ほどよりもはっきり聞こえた。

 

 何かが来ている。

 

 下層から隔壁を破り、この施設を上がってきている。

 

《緊急警戒態勢へ移行》

 

《NOCTURNEへ緊急出動要請》

 

 その言葉を聞いた瞬間、海斗の呼吸が止まった。

 

 NOCTURNE。

 

 意味は分からない。それでも、その名が呼ばれた時に現れた女を、海斗は覚えていた。

 

 黒いFRAME。

 

 音もなく距離を詰められ、腕を切り落とされた。両手を刃で貫かれ、最後には首まで落とされた。

 

 喉元を刃が走った感覚。

 

 景色が横へ倒れ、少し離れた場所に首のない自分の身体が見えた。

 

 息もできず、声も出せないまま、視界の端から暗闇が迫ってきた。

 

「っ……あ……」

 

 繋がったはずの首が、また切り離されるような錯覚が走った。

 

 首元を確かめたかった。だが、両腕は拘束され、指一本動かせない。

 

 また来る。

 

 あの女が、また自分を殺しに来る。

 

「もう嫌だ……来ないでくれ……!」

 

 海斗は首を振った。

 

 呼吸が速くなる。吸い込んだ空気が喉につかえ、肺まで届かない。

 

「俺は何もしてないんだ……!」

 

 拘束具の中でもがくたび、金属が硬い音を立てた。周囲の兵士たちが一斉に火器を構える。

 

「対象、興奮状態!」

 

「拘束値を上げろ!」

 

 胸部の固定アームが、さらに強く身体を押さえ込む。

 

 逃げられない。

 

 また首を切られる。

 

 今度は、繋いでもらえない。

 

「来るなあああッ!」

 

 海斗の絶叫に重なるように、施設の警告音声が響いた。

 

『REQUIEM反応、増大』

 

『ORIGIN-07、未分類体へ接近』

 

 その直後、海斗の頭の奥に何かが流れ込んだ。

 

 ――拒絶要求、確認。

 

 音でも声でもない。文字のようなものが、頭蓋の内側へ直接刻まれていく。

 

 ――拘束状態、危険。

 

 ――恐怖反応、増大。

 

 ――保護行動、開始。

 

「……誰だ」

 

 再び激しい振動が走る。

 

 今度は近い。

 

 測定室の壁が震え、兵士が叫んだ。

 

「隔壁三、突破されました!」

 

「移動速度が速すぎる!」

 

「測定区画へ向かっています!」

 

 海斗の額に、じわりと汗が滲んだ。

 

 何が起きているのかは分からない。それでも、それが自分を目指していることだけは分かった。

 

 背後で、金属が歪む音がした。

 

 測定室の後方隔壁。分厚い白い壁が、廊下側から押し込まれるように膨らんでいた。

 

 兵士たちが一斉に振り返る。

 

「後方!」

 

「対象に近づけるな!」

 

 隔壁が再び歪み、白い金属板の中央が測定室の内側へ大きく膨らんだ。鋼材が悲鳴を上げ、分厚い骨をゆっくり折り曲げているような音を立てる。

 

 海斗は拘束具に押さえ込まれ、測定台から逃れることもできなかった。胸の奥で、心臓だけが激しく暴れている。

 

 次の瞬間、測定室の隔壁が内側へ破裂した。

 

 白い装甲板が砕け散り、細かな破片が照明を反射して宙へ舞う。灰色の粉塵が一気に室内へ流れ込み、兵士たちの怒号とけたたましい警報、入り乱れる足音が一瞬だけ遠ざかった。

 

 煙の向こうに、黒いものがあった。

 

 棺だった。

 

 黒い外殻から伸びた白い腕が床を掻き、長すぎる爪が金属面へ傷を刻んでいる。その中央では、割れた星にも眼にも見える紋章が、海斗の鼓動と同じ間隔で淡く明滅していた。

 

 海斗は、息の仕方を忘れた。

 

 怪物ではない。

 

 兵器でもない。

 

 もっと別のもの。

 

 自分を迎えに来た、黒い棺。

 

「……なんだよ。なんで……俺ばっかり……」

 

 黒い棺が動いた。

 

 ゆっくり近づいてくるように見えた。

 

 違った。

 

 次の瞬きには、もう海斗の背後にいた。

 

「助けて!」

 

 反射的に叫んだ。

 

 黒い棺が、海斗の背後で開く。

 

 蓋が開いたのではない。外殻の内側から、闇そのものが裂けて広がった。

 

 白い腕が肩を掴み、別の腕が背中を覆う。冷たい神経束のようなものが、首筋へ一気に這い上がった。

 

『接続対象、確保』

 

 男とも女ともつかない無機質な声が、測定室に響く。

 

「対象を引き離せ!」

 

 兵士たちが一斉に銃口を向けた。

 

『保護行動、継続』

 

「や、め……っ!」

 

 背中から広がった闇が、肩を、首を、胸を覆っていく。

 

 飲み込まれる。

 

 そう理解した時には、もう遅かった。

 

 黒い棺が、海斗を背中から呑んだ。




【FRAME適性ランク】

《S.R.I.(神経共鳴指数)》

 FRAMEとの神経同期深度と、CHORUS領域への近さを示す数値。高いほどFRAMEを精密に操れるが、汚染やNETWORK接続の危険も増す。単純な戦闘力を示す数値ではない。

《SILENT》

 S.R.I.値、一〇〇〇未満。

 神経同期反応が極端に低い領域。FRAMEの反応が遅く、装着者の身体を傷つける危険がある。海斗はこの中でも測定限界以下だった。

《ECHO》

 S.R.I.値、一〇〇〇以上。

 候補生の多くが属する一般適性領域。通常のFRAME運用が可能。

《RESONANCE》

 S.R.I.値、一万以上。

 高い神経同期能力を持つ高適性領域。優秀なFRAME兵候補とされる。

《Near Chorus》

 S.R.I.値、五万以上。

 非常に高い適性を持つ一方、CHORUS汚染やNETWORK接続の危険を伴う領域。

《REQUIEM》

 既存ランクには存在しない判定。海斗が測定限界を突破した際に表示された。
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