レクイエム・フレーム   作:momomotototo

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第十三話 REQUIEM FRAME

  黒い棺が、海斗を背中から呑んだ。

 

 冷たい。

 

 そう思った直後、身体の輪郭が曖昧になった。棺から伸びた白い腕も、首筋に絡みついた神経束も、皮膚の下へ、骨の隙間へ、神経の奥へ沈み込んでくる。

 

「……っ、ぁ……!」

 

 叫ぼうとしても、声にならなかった。喉も、唇も、舌も、自分の命令を聞かない。自分の身体であるはずなのに、その感覚だけが水の底へ沈んでいくように遠ざかっていた。

 

 背骨の奥へ黒い芯が差し込まれ、神経の一本一本に冷たい糸が絡みつく。

 

 心臓が跳ねるたび、そこへ知らない鼓動が重なった。

 

 ドクン。

 

 ドクン。

 

 自分のものではない鼓動が、自分の内側で鳴っていた。

 

《FRAME適性測定、継続不能》

 

《外部装着反応、確認》

 

《通常接続条件、不成立》

 

《同期経路、不明》

 

 測定室のホログラムが、白と黒に乱れた。

 

 ガラスの向こうで、技術士官たちが一斉に端末へ身を乗り出す。

 

「外部装着反応を確認!」

 

「FRAME反応……通常規格ではありません!」

 

「反応源、対象内部と棺側の双方――装着ではなく、融合しています!」

 

 その奥で、黒い研究服の男がゆっくりと身を乗り出した。周囲が慌ただしく動く中、その男だけは混乱していない。ただ、目だけが異様な熱を帯びていた。

 

 海斗は、黒い棺を拒もうとした。

 

 だが、身体は反応しない。拒絶の意思は伝わらず、言葉になる前の恐怖だけが黒い棺へ流れ込んでいく。

 

『恐怖反応、検出』

 

『接続対象、保護状態へ移行』

 

『拘束状態、解除』

 

 背中から、黒い装甲片が伸びた。

 

 海斗の意思とは関係なく、それは肩を覆い、胸へ、腕へ、指先へと広がっていく。

 

 皮膚の上から着せられているのではない。

 

 棺の内側から吐き出された外骨格が海斗の身体に合わせて組み替わり、もう一つの身体を作っていくようだった。

 

 通常のFRAMEにあるはずの起動手順も、装着確認も、同期完了を告げる通知もない。

 

 ただ、黒い装甲の表面を、白い亀裂光だけが血管のように静かに走っていた。

 

《未登録FRAME反応》

 

《兵科分類、不能》

 

《REQUIEM反応、増大》

 

 それでも、棺そのものは消えていなかった。

 

 海斗の背中に取りついたまま、墓標のような影を残している。

 

 その側面から伸びた白い腕が、測定台の拘束具に触れた。白い高硬度合金の表面に細い亀裂が走り、直後、固定具が砕ける。

 

 金属片が床へ散った。

 

 腕が自由になる。

 

 足首の拘束も、胸部を押さえていた固定アームも、続けて弾け飛んだ。

 

 解放された。

 

 なのに、身体は自分のものではない。

 

 立ち上がるつもりはなかった。それでも膝が伸び、足裏が床を捉える。黒い装甲に覆われた身体が、測定台からゆっくりと起き上がった。

 

「対象、拘束解除!」

 

「制圧班、前へ!」

 

 兵士たちが一斉に火器を構え、銃口を海斗へ向けた。その光景が、黒いFRAMEの視界を通して一度に流れ込んでくる。

 

 来るな。

 

 撃たないでくれ。

 

 そう叫んでも、海斗の喉は動かなかった。

 

『敵性反応、接近』

 

『排除』

 

 違う。

 

 こいつらは敵じゃない。

 

 だが、海斗の制止が届くより早く、背後の棺から白い腕が伸びた。

 

 兵士の一人が火器を構えた次の瞬間、その腕が火器ごと横から叩き潰される。

 

 鈍い音が測定室に響いた。

 

 装甲の内側で骨が折れる感触だけが、海斗の神経へ嫌なほど鮮明に流れ込んでくる。

 

「が、あああああッ!」

 

 兵士の叫びが、白い部屋を裂いた。

 

 だが、白い腕は止まらない。

 

 そのまま振り抜かれた爪先が、脚部装甲を斜めに裂く。黒い防護素材が破れ、太腿の肉が赤く開いた。

 

 血が飛び、兵士の身体が床を転がる。

 

 白い床に赤い線を引きながら、兵士は測定室の壁へ叩きつけられた。

 

 右腕は、本来なら曲がらない方向へ折れていた。裂けた太腿から溢れた血が、装甲の継ぎ目を伝って床へ広がっていく。

 

 あれでは、もう立てない。このままでは死ぬ。

 

 人間を、壊してしまった。

 

 やめろ。

 

 殺すな――!

 

 叫びは外へ届かなかったが、その拒絶だけは、恐怖とは違う強さで黒い棺へ流れ込んだ。

 

『殺害拒否反応、検出』

 

『生命維持、優先度上昇』

 

『脅威排除、非致死範囲へ変更』

 

「対象が動いた!」

 

「距離を取れ!」

 

「火器を潰されるぞ!」

 

 兵士たちが散開する。

 

 海斗の意思に反して、黒いFRAMEが床を蹴った。砕けた床材が跳ね上がり、わずか一歩で兵士との距離が消える。

 

 だが、さっきとは違った。

 

 白い腕は、兵士の身体ではなく火器へ向かう。銃身を握り潰し、手首の装甲を砕いた。

 

 黒いFRAMEの足も兵士を踏み抜かず、その足元にある床材だけを砕く。衝撃に体勢を崩された兵士が、その場へ倒れ込んだ。

 

 別の兵士が距離を取ろうとした瞬間、背後の棺から伸びた腕が肩の装甲を打ち抜く。

 

 胸ではない。

 

 首でもない。

 

 動きを止めるための一点だけを、正確に砕いている。

 

 死なせない。

 

 けれど、戦わせもしない。

 

 黒い棺は、海斗の拒絶反応をそう処理したようだった。

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

《測定区画、封鎖不能》

 

《一般制圧班、後退》

 

《FRAME兵、投入》

 

 測定室の正面隔壁が開いた。

 

 最初に踏み込んできたのは、重い足音だった。

 

 分厚い胸部装甲。

 

 肩から腕までを覆う重い外殻。

 

 脚部には、床を掴むための固定アンカー。

 

 灰白色の装甲に重厚な緑の補強装甲を重ねた、そのFRAMEの胸部には兵科表示が刻まれていた。

 

 《BASTION(バスティオン)》。

 

 重装突破型。

 

 正面から敵を受け止め、押し潰すためのFRAME。

 

 その背後から、二人のSTRIKERが左右へ散った。

 

 一人は小銃を構え、もう一人は両手で長柄のハンマーを握っている。

 

『BASTION-1、正面から止める』

 

『STRIKER-2、右側面。援護射撃に入る』

 

『STRIKER-3、左から打撃を入れる。BASTION、三秒持たせろ』

 

『三秒でいいのか』

 

『十分だ』

 

 BASTION兵が、真正面から突進してきた。

 

 室内では重火器を使えない。ならば重装甲で押さえ込む。その判断は、間違っていなかった。

 

 普通の相手なら。

 

 小銃を持ったSTRIKERが右へ回り込み、短い連射で黒いFRAMEの注意を散らす。弾丸が黒い装甲へ叩き込まれ、乾いた衝撃が測定室に反響した。

 

 だが、すべて弾かれた。

 

 傷一つ残らない。

 

『効いてない!』

 

『撃ち続けろ! 動きを止めるだけでいい!』

 

 BASTIONの両腕が、黒いFRAMEの肩を掴んだ。

 

 衝撃で床が沈む。脚部アンカーが白い床材へ突き刺さり、重装の巨体が対象を固定しようと軋んだ。

 

『固定した!』

 

『今だ、入れ!』

 

 ハンマーを持ったSTRIKERが、背部スラスターを噴かせた。

 

 灰白色の装甲が左側面から飛び込み、両手で握ったハンマーを海斗の頭部へ振り下ろす。

 

 まともに受ければ、BASTIONの重装甲さえ歪ませる一撃。

 

 けれど。

 

 黒い腕が動いた。

 

 片手が、BASTIONの胸部装甲を掴む。

 

 もう片方が、振り下ろされたハンマーを空中で受け止めた。

 

『な――』

 

 ミシ、と嫌な音が鳴った。

 

 ハンマーの柄が歪む。黒い指が握り込まれ、金属の頭部が粘土のように潰れた。

 

『ハンマーが……!』

 

 黒い腕は、すかさず潰れたハンマーごとSTRIKERの腕を掴んだ。

 

『くそっ、BASTION、押さえろ!』

 

『押さえてる! アンカーまで打ってるんだぞ!』

 

 BASTION兵の声が、そこで歪んだ。

 

 黒いFRAMEの腕が、胸部装甲を掴んだまま、重装の巨体をゆっくりと持ち上げ始める。

 

 BASTIONは、正面から敵を受け止めるための重装FRAMEだ。脚部アンカーで床に自分を縫い止め、衝撃を受け止め、押し返す。

 

 そのはずだった。

 

 だが、床が耐えられない。

 

 アンカーの周囲に亀裂が走り、白い床材が装甲板ごとめくれ上がった。

 

『嘘だろ……!』

 

 固定されていたはずのBASTIONが、床板の破片を引き剥がしながら浮いた。

 

 海斗は、沈んだ意識の奥で言葉を失った。

 

 これは、海斗自身の力ではない。

 

 強化された身体でも、こんなことはできない。

 

 黒い棺がまとわせたこの異常なFRAMEが、BASTIONを固定ごと持ち上げている。

 

 強い、では済まない。

 

 人間が出していい出力ではなかった。

 

『離せ!』

 

 BASTION兵が叫ぶ。

 

 だが、黒いFRAMEは止まらない。

 

 片手にBASTION。

 

 もう片方にSTRIKER。

 

 二人のFRAME兵を掴んだまま、黒いFRAMEが腰を捻る。

 

『STRIKER-2、避けろ!』

 

 小銃を持ったSTRIKERが後退しようとする。

 

 間に合わない。

 

 黒いFRAMEが、二人をまとめて横へ振り抜いた。

 

 BASTION兵とハンマーを持ったSTRIKERが砲弾のように飛び、その先にいたもう一人のSTRIKERを巻き込む。

 

 三人のFRAME兵が、まとめて測定室の壁へ叩きつけられた。

 

 重い衝撃音。

 

 壁面装甲が陥没し、破片が雨のように床へ降る。三人のFRAME兵は壁から剥がれ、崩れるように床へ落ちた。

 

《BASTION-1、STRIKER-2、STRIKER-3、生命反応あり。全員行動不能》

 

《通常FRAME兵による制圧、困難》

 

《追加投入、中止》

 

『BASTIONまで……』

 

『三名同時に沈黙……!』

 

『対象、フルスコア反応なし!』

 

『通常出力で、この出力だと……?』

 

 通常出力。

 

 その言葉が、海斗の意識の奥へ沈んでいく。

 

 自分は何もしていない。

 

 何も、使っていない。

 

 それなのに、三人のFRAME兵が倒れている。

 

 俺じゃない。

 

 俺がやっているんじゃない。

 

 海斗は叫びたかった。けれど、喉は動かない。

 

 黒いFRAMEは、ただ静かに立っていた。

 

 周囲の兵士たちは、もう踏み込めない。誰も近づかず、誰も撃たない。

 

 白い測定室の中央で、黒いFRAMEだけが立っている。背後の棺は開いたまま、床へ長い影を落としていた。

 

 そこで、黒い棺が倒れたFRAME兵たちへ向いた。

 

 少なくとも、海斗にはそう見えた。

 

 背中に残った棺状構造体の奥で、白い亀裂光が小さく脈打つ。

 

 白い腕が、倒れたBASTION兵へ伸びた。

 

 ……やめろ。

 

 もう戦えない相手だ。

 

 これ以上、傷つける必要なんてない。

 

 海斗の制止を無視して、白い腕はBASTION兵の背部装甲へ爪を食い込ませた。

 

 ばきり、と装甲が割れる。

 

 だが、引き裂かれたのは兵士の身体ではなかった。

 

 白い爪が掴んでいたのは、背部に接続された機械脊椎ユニットだった。

 

 高出力用の重厚な機械脊椎が、接続部から強引に引き剥がされる。兵士の生命反応は残っている。だが、背部ユニットを失ったFRAMEは完全に沈黙した。

 

『機械脊椎内、兵科運用記録を検出』

 

『摂取』

 

 摂取。

 

 その言葉を理解するより早く、黒い棺の外殻が裂けた。

 

 闇の奥に、白い歯のような構造が覗く。

 

 BASTIONの機械脊椎が、ゆっくりと呑み込まれていった。金属が砕け、ケーブルが千切れ、リアクター残滓が白黒の光となって棺の内側へ吸い込まれていく。

 

『……おいしい』




【神経接続端子】

 FRAMEと人間の神経をつなぐため、首の裏へ埋め込まれる端子。

 装着者の運動信号をFRAMEへ送り、FRAME側の姿勢や損傷などの情報を神経へ返す。同期がずれると、装甲の動きが装着者の身体を傷つける危険がある。

【機械脊椎】

 神経接続端子につながり、首元から背骨に沿って装着されるFRAMEの中枢ユニット。

 内部には《コーラスリアクター》、神経同期装置、装甲制御機構、兵科ごとの運用データが収められている。

 FRAME起動時には機械脊椎を中心に装甲が展開され、解除時には装甲が機械脊椎へ収容される。

 戦闘記録も蓄積されるため、FRAME兵の経験を保存する装置でもある。
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