レクイエム・フレーム   作:momomotototo

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第十四話 兵装捕食

 黒い棺の内側で、機械脊椎を噛み砕く音が続いていた。

 

 やがて、何かを飲み込むような低い振動が響く。

 

 直後、海斗の頭の奥に冷たい針を差し込まれたような感覚が走った。

 

「……っ」

 

 知らない情報が流れ込んでくる。

 

 重装FRAMEで踏ん張る時の重心の置き方。敵を押さえ込む時の膝の角度。装甲の厚みを活かした受け方。

 

 強すぎる力を制御する感覚まで、断片的に流れ込んでくる。

 

 BASTION兵が積み上げてきた、戦い方の記録。

 

 知らない。

 

 習っていない。

 

 なのに、身体が理解していく。

 

 測定室の表示が、異常な変化を追いかけるように更新された。

 

《BASTION類似反応》

 

《兵科分類不能》

 

 背中の棺が、淡々と告げる。

 

『疑似BASTION構造、展開』

 

 黒い装甲が変わった。

 

 肩が厚くなり、胸部外殻がせり上がる。脚部には、床を噛むような黒い固定爪が展開した。

 

 通常のBASTIONではない。

 

 緑の重装甲でもない。

 

 黒い装甲の上を白い亀裂光が走る、異形の重装形態だった。

 

 黒いFRAMEが床を踏むと、測定室の白い床が低く沈んだ。さっきまで暴れるように動いていた身体が、急に重心を落とす。

 

 受け止め、押し返すための姿勢。

 

 海斗は、そんな動き方を知らない。

 

 なのに、身体は知っていた。

 

 呑み込んだばかりの機械脊椎が、知っていた。

 

 続けて、白い腕がSTRIKERの背部へ伸びる。

 

 やめろ。

 

 もうやめろ。

 

『機械脊椎内、高機動戦闘記録を検出』

 

『摂取』

 

 ばきり、と機械脊椎が引き抜かれた。

 

 STRIKER兵の身体が床へ沈む。生命反応はある。だが、背部ユニットを失ったFRAMEは、装甲の光を消していった。

 

 黒い棺が、二本目の機械脊椎を呑み込む。

 

『……これも、おいしい』

 

 頭の中へ、別の感覚が流れ込んだ。

 

 加速時の視界補正。背部スラスターの噴射角。攻撃を避けるための半歩。距離を詰めるための踏み込み。

 

 STRIKER兵の戦闘記録が、海斗の神経へ焼き付いていく。

 

 気持ち悪い。

 

 拒みたいのに、身体は流れ込む記録を自分のものとして受け入れていく。

 

 測定室の表示が、黒いノイズを噛みながら切り替わった。

 

《STRIKER類似反応》

 

《構造変化、継続》

 

 その表示に重なるように、背中の棺が無機質な声を響かせる。

 

『疑似STRIKER構造、展開』

 

 黒い装甲が形を変えた。

 

 厚くなっていた肩と胸部が削ぎ落とされ、全身の輪郭が細く鋭くなる。脚部の固定爪が沈み、背中の棺から黒い翼状の推進器が伸びた。

 

 それは、STRIKERに似ていた。

 

 細く、鋭く、速く動くための形。

 

 けれど、灰白色の装甲でもなければ、蒼白い粒子光を噴くスラスターもない。海斗の背中で開いているのは、棺から裂け出した黒い翼片だった。

 

 こんなのは、海斗が憧れたSTRIKERじゃない。

 

 海斗が望んだわけではない。

 

 黒い棺は、呑み込んだ機械脊椎の記録を使い、黒いFRAMEを勝手に作り替えていた。

 

 最悪だった。

 

 助かっているはずなのに、強くなるほど、自分が人間から遠ざかっていくように思えた。

 

 次の警報が、測定区画全体に響く。

 

《通常FRAME部隊、制圧失敗》

 

《NOCTURNE、測定区画へ到着》

 

 その名を見た瞬間、海斗の意識が強張った。

 

 壊れた隔壁の向こう、白い煙の中に二つの影が立っていた。

 

 一人は、黒髪をボブに整えた小柄な少女。表情はなく、黒紫のFRAMEをまとった指先から極細のワイヤーを垂らしている。

 

 もう一人は、同じ黒紫のFRAMEをまとった長身の男だった。片手には消音小銃、腕部にはワイヤーアンカー。軽そうな顔立ちをしているが、その目は笑っていない。

 

 二人の胸部装甲には、同じ兵科表示が刻まれていた。

 

 《PHANTOM(ファントム)》。

 

 一般兵とも、STRIKERやBASTIONとも違う。

 

 そこにいるはずなのに、二人の気配だけが周囲へ沈んでいた。

 

「対象確認」

 

 少女が言った。

 

 声に温度はなかった。

 

「未登録FRAME。黒色外骨格。背部に棺状構造体」

 

 長身の男が、測定室の惨状を見渡して小さく息を吐く。

 

「うわ……こりゃ通常部隊じゃ無理だわ」

 

 軽口のようで、声は笑っていない。

 

「最初から行く」

 

「了解。フルスコアで止める」

 

 二人の頭部装甲が、顔を覆うように閉じた。

 

 黒紫のフェイスガードが展開し、細い眼部スリットに蒼白い光が灯る。

 

 二人のFRAMEから、同じ起動音声が重なって響いた。

 

『全奏解放《フルスコア》』

 

 蒼白い粒子光が、二人の装甲の隙間から噴き出した。床を這い、空気を震わせ、壊れた測定機材の破片を浮かせる。

 

 FRAMEの出力制限を一時的に解除し、性能を限界まで引き上げる戦闘モード。

 

 持続時間、約十分。

 

 それ以上の維持は、神経接続と装着者の身体に深刻な負荷をかける。

 

 二人は、それを迷わず解放した。

 

 海斗は、沈んだ意識の底からその姿を見ていた。

 

 もう、やめてくれ。

 

 背後の黒い棺が、静かに開いた。

 

『脅威、継続』

 

 次の呼吸を待たず、二つの影が同時に消えた。




【全奏解放《フルスコア》】

FRAMEに設けられた出力制限を一時的に解除し、コーラスリアクターと神経接続の性能を限界まで引き上げる戦闘モード。

発動中は、身体強化、反応速度、武装威力、防御性能、推進性能が大幅に上昇する。

持続時間は約十分。それ以上の維持は、神経接続と装着者の身体に深刻な負荷をかけるため、長時間の使用はできない。
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