レクイエム・フレーム   作:momomotototo

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第十五話 二対一

 二つの影が、同時に消えた。

 

 蒼白い粒子光だけが、白い測定室に尾を引く。

 

 小柄なPHANTOM FRAMEが、床すれすれを滑るように前へ出る。

 

 長身のPHANTOM FRAMEは壁面へ腕部アンカーを射出し、巻き取りの力で身体を斜め上へ跳ね上げた。

 

 黒いFRAMEが、迫る二人に反応して戦闘姿勢を取った。

 

「展開」

 

 小柄な少女が、短く告げた。

 

 その指先から、無数の銀線が走る。

 

 先端の微小アンカーが床へ噛みつき、黒いFRAMEの足元を中心に蜘蛛の巣状の網を作り上げた。

 

 少女が指先をわずかに引く。

 

 その動きに応じて銀線が一斉に跳ね上がり、右足首と左膝へ絡みついた。黒いFRAMEの脚部が、床へ縫い止められる。

 

「脚部、固定」

 

 黒いFRAMEが踏み出そうとする。

 

 ワイヤーが張り詰め、キィン、と硬い音が測定室に響いた。

 

 長身のPHANTOM FRAMEが、黒いFRAMEの頭上にある天井梁へアンカーを射出した。

 

 アンカーが食い込む。直後、唸りを上げて巻き取られたワイヤーが男の身体を斜め上へ弾き飛ばした。

 

 黒いFRAMEの頭上を一気に越え、背後の死角へ回り込む。

 

 PHANTOM特有の変則機動だった。

 

『脅威、接近』

 

 背後の棺が、無機質に告げる。

 

 骨のように白く、関節の多い腕が伸び、空中の男を叩き落とそうとする。

 

「うおっ……!」

 

 男は空中で身体を捻り、左腕から別のアンカーを壁へ射出した。

 

 巻き取りの力で軌道が折れ曲がり、白い腕がすぐ横を通り過ぎる。風圧だけで、測定室に散った破片が吹き飛んだ。

 

「……あれ食らったら、普通に終わるな」

 

 軽口の形をしていたが、声は笑っていなかった。

 

 男はさらにアンカーを撃ち込み、測定室の中を立体的に飛び回る。

 

 白い腕はその軌道を追って空間を裂いた。逃げた先へ伸び、着地点を潰し、次の動きを読んだように迫ってくる。

 

 それでも男は、アンカーの巻き取りと身体の捻りだけで紙一重の隙間を抜けていく。

 

「雫!」

 

「固定」

 

 小柄な少女――雫が即座に応じた。

 

 新たなワイヤーが床と壁から跳ね上がる。

 

 黒い装甲腕と、背後の棺から伸びる白い腕。

 

 それらを銀色の糸が絡め取った。

 

 完全には止まらない。

 

 だが、それだけで十分だった。

 

 男が空中で小銃を構える。銃身の内部に、蒼白い光が集まっていく。

 

 全奏解放中の出力を銃身へ圧縮し、装甲の一点へ叩き込む近距離貫通射撃。

 

 反撃を受ける距離まで踏み込んで、初めて成立する一撃だった。

 

 その時、背後の棺が不気味に開いた。

 

『迎撃』

 

 棺の縁から、槍のような黒い棘が次々と伸びる。

 

 ただ突き出したのではない。

 

 空中の男を追い、軌道を変えていた。

 

「は……?」

 

 男の声が、初めて素に戻る。

 

「おいおい、追尾すんのかよ……!」

 

 男の両腕から、アンカーが立て続けに放たれた。

 

 天井。壁。床。

 

 突き刺さるたびにワイヤーが唸り、男の軌道が鋭く折れる。追尾する棘の間を縫いながら、黒いFRAMEとの距離を一気に削っていく。

 

 一本目が肩をかすめる。

 

 二本目が小銃の銃身を掠る。

 

 三本目が背部装甲のすぐ横を貫き、粒子光が散った。

 

 それでも止まらない。

 

 黒いFRAMEの背後にある床へアンカーを打ち込み、一気に巻き取る。

 

 棘の間を抜け、空中で反転。そのまま懐へ飛び込んだ。

 

 距離、ゼロ。

 

 銃口が、黒い胸部装甲へ押し当てられた。

 

「これで止まれ」

 

 引き金が落ちた。

 

 蒼白い閃光。

 

 測定室の空気が爆ぜ、床の破片が吹き飛ぶ。壁面に残っていたホログラムも、衝撃を受けてまとめて砕け散った。

 

 BASTIONの重装甲ですら、真正面から受ければ内部構造ごと吹き飛ぶ一撃。

 

 だが、黒い装甲には焦げ跡すら残らなかった。

 

「……嘘だろ」

 

 男の声が震えた。

 

「効いてねぇのかよ……」

 

 撃ち込んだ直後、男は反射的にアンカーを射出し、即座に距離を取る。

 

 その判断は正しかった。

 

 白い腕が、彼のいた空間を横薙ぎに裂いた。遅れて衝撃だけが測定室の壁を揺らす。

 

『脅威評価、更新』

 

 背後の棺が、静かに告げた。

 

『近接高出力攻撃、確認』

 

『対象群、脅威度上昇』

 

 やめろ。

 

 海斗は、暗い底で叫ぶ。

 

 上げるな。

 

 それ以上は駄目だ。

 

『非致死制圧、効率低下』

 

『排除強度、上昇』

 

『殺傷制限、解除準備』

 

 黒いFRAMEが身を沈めた。

 

 疑似STRIKER構造の脚部が床を噛み、背中の黒い翼片が開く。

 

 直後、黒いFRAMEが跳んだ。

 

 背部の黒い推進器が唸り、白い亀裂光が装甲を走る。足元に張り巡らされていた蜘蛛の巣が一気に引き千切られ、銀色のワイヤーが細かな破片となって宙へ散った。

 

 黒いFRAMEは、そのまま空中へ逃れていた男へ迫る。

 

「まず――」

 

 男がアンカーを撃とうとした瞬間、黒いFRAMEの脚が胴へ叩き込まれた。

 

 直撃する寸前、銀色の糸束が男の前へ滑り込む。

 

 雫のワイヤーだった。

 

 胴部装甲の前で束ねられた銀線が、蹴りの衝撃を受け止めようと張り詰める。

 

 だが、足りない。

 

 疑似STRIKER構造の加速を乗せた蹴りは、ワイヤーの束ごと男の身体を吹き飛ばした。

 

 雫は即座に、その落下地点へ三重のワイヤーを張った。

 

 一層目が弾け、二層目が大きくたわむ。三層目が限界まで衝撃を受け止めたが、それでも黒いFRAMEの蹴りの勢いは殺しきれない。

 

 銀線がまとめて千切れ、男の身体が床へ叩きつけられた。

 

「ぐっ……は……!」

 

 肺の空気を無理やり押し出されたような声が、装甲の奥から漏れる。

 

 床面がひび割れ、白い破片が跳ねた。

 

『NOCTURNE-03、生命反応あり。胸腹部・背部装甲損傷。姿勢制御、一時低下』

 

 男が床の上で咳き込む。

 

 動ける。

 

 だが、すぐに立てる状態ではなかった。

 

 雫はすかさず右手を振った。

 

 ワイヤーが男の腰部装甲へ絡む。

 

「退避」

 

 短い声。

 

 雫はワイヤーを一気に巻き取り、黒いFRAMEの追撃範囲から外すように男の身体を後方へ弾き飛ばした。

 

「おい、投げ方……!」

 

 男の文句は最後まで続かなかった。

 

 黒いFRAMEはすでに、雫へ向かって動いていた。

 

 疑似STRIKER構造の脚が白い床を踏み砕き、一歩で距離を消す。

 

 雫の反応は速かった。

 

 右手を引いて残ったワイヤーを前面へ束ね、同時に左腕を胸の前へ上げる。

 

 黒い拳が、真正面から叩き込まれた。

 

 鈍い衝撃音。

 

 ワイヤーも防御もまとめて砕かれ、雫の小柄な身体が後方へ吹き飛ぶ。

 

 左腕部装甲がひしゃげ、測定室の壁へ激突した。

 

「っ……!」

 

 雫の喉から、短く詰まった息が漏れる。

 

 壁面装甲がへこみ、白い破片が床へ散った。

 

『NOCTURNE-02、生命反応あり。左腕部駆動低下。胸部・背部装甲損傷』

 

 雫は壁際に崩れた。

 

 左腕がだらりと下がり、指先から伸びていたワイヤーも途中で千切れている。

 

 後方へ投げ飛ばされていた男が、片膝をついたまま顔を上げた。

 

「おい……こっちはフルスコア二人だぞ?」

 

 その声からは、さっきまでの冗談めいた響きが消えていた。

 

 雫は答えない。

 

 ただ、残った右手だけで新しいワイヤーを展開し直す。

 

 二人とも、まだ動ける。

 

 だが、無傷ではない。

 

 壁と床には、二人分の衝撃で亀裂が走っていた。

 

 海斗の意識が、暗い底で震える。

 

 やめろ。

 

 もうやめろ。

 

 頼むから、これ以上――。

 

 その声が、かすかに喉を震わせた。

 

「や……め……」

 

 雫の顔面装甲が、わずかに海斗へ向く。

 

 男も息を呑んだ。

 

「今、喋ったか?」

 

「対象本人、発声確認」

 

 雫が静かに言った。

 

「殺害拒否反応あり」

 

 海斗の意思は、確かに黒い棺へ届いていた。

 

 それでも、脅威を排除するという判断までは止められない。

 

『殺害拒否反応、継続』

 

『脅威排除、優先』

 

『全奏解放、準備』

 

 測定室の空気が変わった。

 

 黒いFRAMEの背中で、棺がさらに開く。

 

 白い亀裂光が全身を走り、脈拍のように強まっていく。背中の黒い翼片がゆっくりと開き、黒い粒子の中へ白い残光が混じり始めた。

 

 測定室の破片が、床から浮く。

 

 警報音が低く歪んだ。

 

 壁際で片膝をついていた長身の男が、口元を引きつらせる。

 

「これ、やばくねぇか……?」

 

 その時だった。

 

 壊れた隔壁の向こうから、静かな足音が聞こえた。

 

 砕けた床を踏み荒らすことなく、測定室に散った破片の間を抜けてくる。

 

 白煙の奥から、もう一人のPHANTOM FRAMEが姿を現す。

 

 頭部装甲は開かれ、左右で軽く束ねた淡いミントグリーンの髪が揺れていた。丸みのある顔立ちと淡い菫色の瞳に、普段の軽さはない。

 

 両手には、二本の短刀。

 

「ずいぶん派手にやられたねぇ」

 

 軽い声だった。

 

 けれど、測定室の空気は少しも緩まなかった。

 

 長身の男が目を見開く。

 

「伊織さん……!」

 

 その声に、海斗の意識が激しく揺れた。

 

 白煙の奥に立つのは、海斗の首を切り落とした女だった。

 

 身体に残った恐怖を拾い、背後の棺がさらに深く開いていく。

 

『接続対象、恐怖反応上昇』

 

『脅威対象、追加』

 

『危険度、再更新』

 

 黒紫のFRAMEをまとった少女――伊織は、倒れた二人を一瞥した。

 

「相馬、雫、下がって」

 

 雫が、わずかに頷く。

 

 長身の男――相馬は、苦笑するように息を吐いた。

 

「助かります。正直、そろそろきつかったんで」

 

「見れば分かる」

 

 伊織は短く返し、二本の短刀を構えた。

 

 軽い口調は消えていない。

 

 だが、その姿はすでに戦場の人間のものだった。

 

 黒いFRAMEが、伊織へ向く。

 

 背後の棺が開いた。

 

『全奏解放《フルスコア》』

 

 黒と白の粒子が、測定室を呑み込む。

 

 同時に、伊織の頭部装甲が展開した。

 

 黒紫のフェイスガードが頬から顎へ走り、顔を覆っていく。装甲の隙間から、淡いミントグリーンの髪だけが揺れていた。

 

 細い眼部スリットに、赤紫の光が灯る。

 

 伊織のPHANTOM FRAMEから、起動音声が響いた。

 

『全奏解放《フルスコア》』

 

 蒼白い粒子光が、黒紫の装甲の隙間から噴き上がる。

 

 二つの粒子の奔流が衝突し、測定室の床を震わせた。

 

 壁面の警告表示が乱れ、割れたホログラムが白いノイズを散らす。

 

 黒白の粒子を纏う異形と、蒼白い粒子を纏うPHANTOM。

 

 二つの影が、測定室の中央で向かい合った。

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