「謀ったな、黒鷺」
白峰創は、会議室に入るなり言った。
席にはつかない。
白い照明の下、会議卓の前に立ったまま、黒鷺玄真だけを見据える。
黒鷺は、黒い研究服の袖口から覗く細い指を組み、死人のように白い顔をゆっくりと白峰へ向けた。
「何のことでしょう」
「天音海斗が第七封印体に反応することを――貴様は知っていたな」
黒鷺は、すぐには答えなかった。
「白峰司令」
やがて、静かに口を開く。
「第七管区内で適性測定を行う。そう判断したのは、あなたです」
白峰の眉が、わずかに動く。
「中央へ移送せず、現地管理下で測定する。中央の解析施設ではなく、第七管区の設備を使う。そう提案したのは、私ではありません」
その瞬間、白峰は理解した。
黒鷺は、知っていただけではない。
待っていたのだ。
こちらが海斗を中央へ渡さず、第七管区内で測定することを。
海斗を守るために下した判断そのものを、利用した。
「……嵌めたな」
「いいえ」
黒鷺は淡々と返した。
「私は、白峰司令の判断に従っただけです」
「言葉を選ぶな」
白峰の拳が、会議卓の上で強く握られた。
「今度は、中央へ連れて行けと言うつもりか」
「中央移送案は撤回します」
黒鷺は即座に答えた。
白峰の眉が動く。
「……何?」
「第七封印体との接触後、対象は隔離区画を破り、制圧部隊を退けた。研究施設での継続拘束は現実的ではありません」
黒鷺は淡々と言った。
「今後は第七管区の管理下で、CHORUS接触下での段階的な実戦観測へ移行すべきです」
白峰の目が細くなる。
「……閉じ込められないと分かった途端、今度は戦わせるのか」
「接触下でなければ、得られない反応があります」
「天音海斗は、ただ巻き込まれただけだ」
白峰は言った。
「第十三戦術学園の生徒だった。それを今度は、データ収集のためにCHORUSの前へ立たせるのか」
黒鷺は、ゆっくりと端末へ指を滑らせた。
会議室のスクリーンに、天音海斗の個人記録が表示される。
「天音海斗。十九歳。第十三戦術学園FRAME候補生。適性ランクはSILENT」
黒鷺は、表示された記録を見る。
「実戦課程への編入見込みなし。両親は過去のCHORUS戦役で死亡。第十三戦術学園も壊滅し、現在の所属先もない」
「黒鷺」
白峰の声が低く沈む。
だが黒鷺は止まらなかった。
「通常戦力としての価値は低い。にもかかわらず、ORIGIN-07に反応した」
そこで初めて、黒鷺は白峰を見た。
「データを得る対象として、これ以上の適任はいません」
白峰の手が、会議卓を叩いた。
重く、鈍い音が響く。
「黒鷺……!」
白峰の顔に、明らかに血が上った。
灰狼が命をかけて守った青年を、今度は利用価値だけで値踏みする。
司令官として押し殺してきた感情が、その一瞬だけ表へ出ていた。
「黒鷺」
そこで、鷹司玲央が口を開いた。
低く、抑えた声だった。
「話を急ぐな」
黒鷺の視線が、わずかに動く。
「現時点で優先すべきは、実戦観測ではない。天音海斗を第七管区で管理できるか、その確認だ」
鷹司は白峰へ視線を向けた。
「条件を満たすなら、中央は現地管理を認める」
白峰の表情が、わずかに動く。
「条件は」
「全観測記録を中央へ提出しろ。加えて、常時監視役を置く」
短い沈黙が落ちた。
白峰は鷹司を見据えた。
「……条件を受け入れます」
低い声だった。
だが、その言葉に迷いはなかった。
「監視役は、こちらで決めます」
◇ ◇ ◇
白い天井だった。
最初に見えたのは、何の汚れもない天井パネルと、そこに埋め込まれた細い照明だった。
眩しいわけではない。
それなのに、海斗は目を細めた。
ここはどこだ。
そう思った瞬間、胸の奥で何かが脈打った。
どくん。
自分の心臓の音ではない。
いや、自分の鼓動に、もう一つ別の鼓動が重なっている。
呼吸をするたび、胸の奥と、部屋のどこかが同じ間隔で震えているような気がした。
海斗は喉の奥を小さく鳴らす。
反射的に身体を起こそうとして、胸元に重みを感じた。
「……え」
視線を下げる。
ベッド脇の椅子に座ったまま、上半身だけを投げ出すようにして、一人の少女が海斗の胸元のシーツに額を預けて眠っていた。
淡いミントグリーンの髪が、白いシーツの上にさらりと流れている。
見覚えのある色だった。は