レクイエム・フレーム   作:momomotototo

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第十九話 青空の檻

 薄い雲が高い場所をゆっくり流れ、装甲輸送車の細い窓の向こうで、陽光が石造りの街並みを白く照らしている。

 

 車両は、石畳の大通りを低く走っていた。

 

 装甲車の厚い車体越しに、ごと、ごと、と鈍い振動が足元から伝わってくる。規則的な揺れが身体を揺らすが、それでも黒い棺は揺れない。床へ根を張っているように、海斗との距離を保ったまま動かなかった。

 

 表面を走る白い亀裂光が、一定の間隔で脈打っている。

 

 海斗は棺から視線を外し、向かいの座席を見た。

 

 白峰結月は、膝の上に置いた端末へ目を落としている。画面には海斗の脈拍や体温らしき数値と、黒い棺を中心にした波形が並んでいた。

 

 海斗の隣では、神崎伊織が窓枠に頭を預けている。黒いジャケットの下は軽装のインナーのままで、眠たげな目だけを窓の外へ向けていた。

 

 海斗が身につけているのは、支給された黒い訓練服だった。首元と両手首には、小型の生体センサーが取りつけられている。

 

「気分は悪くありませんか」

 

 結月が端末を見たまま尋ねた。

 

「大丈夫です」

 

「身体に異常を感じた場合は、すぐに言ってください。自分では問題ないと思ってもです」

 

「……分かりました」

 

 結月は小さく頷き、再び数値へ目を戻した。

 

 窓の外には、灰白色の石造りの建物が並んでいた。

 

 尖塔のように細く伸びた屋根。

 

 古い聖堂を思わせるアーチ状の窓。

 

 白い石壁には蔦のように軍用通信ケーブルが這い、軒先には小型監視ドローンが静かに浮かんでいる。

 

 石畳の街路灯には透明な情報板が重なり、青白いホログラム広告が風もないのに揺れていた。

 

 古い街並みの上に、無理やり未来を重ねたような景色だった。

 

 装甲輸送車が交差点を曲がった時、建物の屋根から一機のドローンが浮かび上がった。

 

 薄い菱形の機体。

 

 中央に埋め込まれた青いレンズが、通り過ぎる装甲輸送車を追うように動いていた。

 

 海斗が目を向けると、ドローンは尖塔の陰へ滑り込んで見えなくなった。

 

 大通りの中央には、円形の噴水広場があった。

 

 白い石で造られた女神像の足元から、水が幾筋も弧を描いて落ちている。陽光を受けた水しぶきは細かな銀色に砕け、青い空の下できらめいていた。

 

 噴水の縁には、市民たちが腰を下ろしている。

 

 幼い子どもの手を引く母親。

 

 紙袋を抱えた老人。

 

 肩を並べて端末を覗き込む若者たち。

 

 広場の向かいでは、石造りの回廊に面したカフェが開いていた。

 

 光を透かす天幕の下で、市民たちが穏やかに言葉を交わしている。丸いテーブルの上には温かな飲み物と薄い菓子皿が置かれ、給仕用の小型ドローンが音もなく席の間を滑っていた。

 

 笑い声が、窓越しにかすかに聞こえた。

 

 その広場の上空に、大型ホログラムが浮かんでいた。

 

 淡い光で形作られた女性アナウンサーの姿が、噴水の水煙の向こうで半透明に揺れている。

 

『第十三戦術学園襲撃から九日。軍は現在も周辺区画の封鎖を継続しています』

 

 声は装甲輸送車の壁に遮られ、少しだけくぐもって聞こえた。

 

『学園跡地では現在も高濃度汚染が確認されており、封鎖解除の見通しは立っていません。第七要塞都市司令部は、市民に対し、封鎖区域および地下連絡路へ接近しないよう呼びかけています』

 

 九日。

 

 その言葉が、海斗の胸に引っかかった。

 

 九日も経っていた。

 

 海斗の感覚では、まだ昨日のことだった。

 

 瓦礫の匂い。

 

 喉の渇き。

 

 腹の奥を掻きむしるような、あの飢え。

 

 白い異形の足音。

 

 灰白色のFRAMEが、自分の前に立った瞬間。

 

 全部が、まだ目の奥に焼きついている。

 

 なのに外の世界では、九日が過ぎている。

 

 その事実だけが、海斗を置き去りにしていた。

 

 海斗はニュースから目を逸らした。

 

 噴水広場の向こう、石造りの回廊の屋根に、先ほどの菱形が浮かんでいた。

 

 同じ機体なのかは分からない。

 

 ただ、その中央にある青いレンズだけが、やはり装甲輸送車へ向けられていた。

 

 海斗が見返すと、菱形の機体は回廊の柱の陰へ沈むように姿を消した。

 

 装甲輸送車の前方で、短い電子音が鳴った。

 

 速度が落ちる。

 

 窓の外を覆っていた建物が途切れ、その向こうに巨大な灰白色の防壁が現れた。

 

 防壁の中央には、重厚な黒い門が開いている。

 

 門の上に、白い文字が刻まれていた。

 

 《第七要塞都市高度戦術学園》

 

 FRAME兵を志す者なら、知らない者はいない。

 

 高い接続適性を持つ候補生が各地から集められ、これまで数多くの優秀なFRAME兵を輩出してきた名門校。

 

 海斗にとっては、資料や戦況記録の中でしか見たことのない場所だった。

 

「到着しました」

 

 結月が端末を閉じる。

 

 装甲輸送車は検問所の手前で停止した。

 

 車体の周囲を青い走査光が往復する。その向こう、防壁の上に薄い菱形の影が浮かんでいた。

 

 ここまでついてきたのか。

 

 海斗が見上げると、中央の青いレンズが一度だけ光った。

 

 次の瞬間、機体は高度を上げ、学園の屋上へ消えた。

 

 入れ替わるように、検問用の軍用ドローンが窓際へ近づいてくる。

 

 球状のレンズが車内を覗き込み、最初に海斗へ向けられた。

 

 短い走査音が鳴る。

 

 海斗の身体をなぞるように青い光が上下した直後、機体の警告表示が赤く変わった。

 

 小さな表示窓に、《CHORUS反応検出》の文字が浮かぶ。

 

 レンズがもう一度、海斗の顔を確かめるように動いた。

 

 数秒後、表示は青へ戻り、レンズは結月、伊織の順に移っていく。

 

 そして、最後に黒い棺へ向いた。

 

 警告表示が再び赤く点灯する。

 

 今度は一つではなかった。複数の警告項目が表示窓を埋め、軍用ドローンがわずかに後退する。

 

 直後、鋭い警報音が鳴り響いた。

 

 軍用ドローンは赤い警告灯を明滅させながら車体から飛び退き、そのまま検問所の屋根へ向かって上昇していく。

 

 詰所の扉が開いた。

 

 武装した兵士たちが次々と駆け出し、装甲輸送車の周囲へ展開する。いくつもの銃口が、窓越しに黒い棺へ向けられた。

 

 それでも、結月は端末へ目を落としたまま表情を変えなかった。

 

 兵士の一人が手元の端末を確認し、ほかの兵士たちへ手で合図を送る。

 

 銃口は下がらなかったが、前方の隔壁がゆっくりと開き始めた。

 

 装甲輸送車は門を抜け、その先の搬入口で止まった。

 

 後部扉のロックが外れる。

 

 結月が先に降り、海斗も続いた。

 

 外へ出た瞬間、冷たい風が頬を撫でた。

 

 医療隔離室とも、装甲輸送車の中とも違う空気だった。

 

 海斗は思わず空を見上げる。

 

 高い防壁に囲まれている。それでも、その上にはどこまでも青い空が広がっていた。

 

 門の周囲には武装した兵士が立ち、建物の屋上には監視装置が並んでいる。海斗が一歩進むたび、複数のカメラが同じ角度だけ動いた。

 

 空が見える分だけ、自分を囲むものがはっきり分かる。

 

 背後で、硬い音がした。

 

 黒い棺が装甲輸送車から降り、海斗のすぐ後ろで止まる。

 

 兵士たちの肩が一斉に強張った。

 

「そのままで大丈夫です」

 

 結月が周囲へ告げる。

 

「こちらから刺激しない限り、攻撃行動は取りません」

 

「たぶんね」

 

 最後に降りてきた伊織が、軽い調子で付け加えた。

 

 兵士たちの緊張が、さらに増したように見えた。

 

 結月が伊織を振り返る。

 

「余計なことを言わないでください」

 

「絶対って言い切る方が危ないでしょ」

 

 伊織は眠たげに欠伸をすると、海斗の横へ並んだ。

 

「行こっか。海斗くんの新しいお部屋まで」

 

 そう言って、伊織は海斗の腕へ自分の腕を絡めた。

 

「えっ……」

 

 肩が触れ合うほど距離を詰められ、海斗の身体が硬直する。

 

 先を歩いていた結月が、二人へ一度だけ視線を向けた。

 

 だが、何も言わずに前へ向き直る。

 

 伊織は気にした様子もなく、そのまま海斗を引くように歩き出した。

 

 揺れた黒いジャケットの隙間から、背中に沿って伸びるものが見えた。

 

 黒い金属の節が、首の付け根から腰へ向かって連なっている。細い接続光を脈打たせるそれは、人間の背骨を外側からなぞるように伊織の身体へ取りつけられていた。

 

 機械脊椎。

 

 海斗は、伊織がすでにFRAMEを展開できる状態なのだと気づいた。

 

 ただ隣を歩いているように見えても、伊織は07を警戒している。

 

 搬入口から、幅の広い中央通路が学園の奥へ伸びていた。

 

 通路の両側には植え込みと低い照明が並び、その先に複数の校舎が建っている。

 

 海斗たちが通る中央通路には、候補生の姿がなかった。左右の連絡路には、立入制限を示す光の柵が展開されている。

 

 遠くの校舎の窓から、こちらを見ている人影がいくつか見えた。

 

 何を運び込んでいるのか、気づいている者もいるのかもしれない。

 

 海斗は結月の後を歩いた。

 

 伊織は、右腕を絡めたまま隣を歩いている。

 

 黒い棺は、そのさらに後ろを音もなくついてくる。

 

 前方に、ほかの校舎よりも大きな建物が見えてきた。

 

 灰白色の外壁に、広いガラス張りの正面玄関。入口の上には、《第一校舎》と表示されている。

 

「ここが、校舎ですか?」

 

「第一校舎です」

 

 結月は足を止めずに答えた。

 

「特別管理区画は、この中央通路をさらに奥へ進んだ先にあります」

 

 海斗たちは第一校舎へ入らず、正面玄関の前を横切っていく。

 

 ガラスの向こうは、二階まで吹き抜けになった広い玄関ホールだった。

 

 その中央に、複数のFRAMEが並んでいる。

 

 量産型とは異なる装甲。

 

 傷の残る外装。

 

 その隣には、人間の背骨を模した機械脊椎が、一基ずつ透明な展示槽へ収められていた。

 

 入口脇に掲げられた案内表示が、海斗の目に入る。

 

 《顕彰展示区画》

 

 歴代最優秀候補生のFRAME・機械脊椎を保存展示。

 

 海斗も、刻まれている名前のいくつかを知っていた。

 

 崩れかけた防衛線を支えた者。

 

 襲撃を受けた要塞都市から、何千人もの市民を逃がした者。

 

 戦況記録の中で幾度も目にし、いつか自分もあんなふうになれたらと憧れたFRAME兵たち。

 

 名を馳せた英雄たちも、かつてはこの学園の候補生だった。

 

 ここでFRAMEとの接続を学び、訓練を重ね、この門から戦場へ出ていったのだ。

 

 そう思うと、海斗の胸の奥がわずかに熱くなった。

 

 自分には一生縁がないと思っていた場所に、今、立っている。

 

 望んでいた形とは、あまりにも違っていたけれど。

 

 海斗の視線が、並べられたFRAMEを追う。

 

 STRIKER。

 

 BASTION。

 

 PHANTOM。

 

 そのほかにも、兵科の異なるFRAMEが何機も並んでいた。

 

 どれも訓練用とは思えないほど傷つき、それでも丁寧に修復されていた。足元の銘板には、装着者の名前と在学中の成績、その後の所属部隊が刻まれている。

 

 そして、列の奥。

 

 灰白色のSTRIKERが見えた。

 

 海斗の意識が、そこへ吸い寄せられる。

 

 腕に触れていた感触が消えたことにも、気づかなかった。

 

「あれは……」

 

 海斗が足を緩めた、その時だった。

 

 すぐ横で、金属同士が激突する甲高い音が鳴った。

 

 海斗が振り向く。

 

 そこにはもう、黒紫のFRAMEを展開した伊織がいた。

 

 交差させた二本の短刀で、07から突き出した白い腕を受け止めている。

 

「え……?」

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