レクイエム・フレーム   作:momomotototo

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第二話 灰色の死神

 海斗は息を呑んだ。

 

 ストライカーだ。

 

 けれど、目の前に立つそれは、海斗が憧れていた姿とはまるで違っていた。

 

 血に濡れたブレード。

 

 煤に汚れた装甲。

 

 斬られたばかりの異形の肉片。

 

 そこに立っているだけで、周囲の空気が押し潰されるような圧があった。

 

 本物のFRAME。

 

 本物の兵士。

 

 本物の戦場を生きているもの。

 

 海斗は初めて、ストライカーという言葉の重さを肌で理解した。

 

 憧れだけで見ていいものではなかった。

 

『ケルブ級反応、沈黙を確認』

 

 無機質なAI音声が響く。

 

 女が小さく舌打ちした。

 

「チッ……まだいたのか」

 

 低い女の声だった。

 

 荒れているのに、乱れてはいない。

 

 女が、海斗へ顔を向ける。

 

 鋭く削ぎ落とされた頭部装甲の奥で、細いバイザーが蒼白く光っていた。

 

「生きてるか」

 

「……っ」

 

 返事をしようとして、声が喉に引っかかった。

 

 生きている。

 

 たぶん。

 

 そう答えたかった。

 

 けれど、痛みと恐怖で、うまく言葉にならない。

 

 女はそれ以上を求めなかった。

 

「待ってろ。今出してやる」

 

 その言葉に、海斗の胸の奥がかすかに緩んだ。

 

 助かる。

 

 ほんの一瞬だけ、そう思ってしまった。

 

 だが、その直後。

 

『CHORUS反応接近』

 

『複数確認』

 

 空気が変わった。

 

 比喩ではない。

 

 熱と煙で濁っていた戦場の空気が、さらに別のものへ変質していくのが分かった。

 

 赤煙の奥から、音が聞こえる。

 

 ギチ。

 

 ギチギチギチ――。

 

 骨を擦り合わせるような、湿った不快音。

 

 大量の足音と、関節の軋みと、喉の奥で鳴るような異音が、煙の向こうで折り重なっていた。

 

 海斗の顔から血の気が引く。

 

 さっきの一体だけで、何もできなかった。

 

 それが今、煙の向こうに群れている。

 

 女がゆっくりと立ち上がった。

 

『ケルブ級反応、十五』

 

『敵性反応多数』

 

『危険度上昇』

 

 女はブレードを握り直す。

 

 その仕草は、ひどく自然だった。

 

 恐怖も、迷いもない。

 

 ただ、面倒な仕事が増えたとでも言いたげに、女は短く息を吐く。

 

「……面倒だな」

 

 その一言と同時に、背部スラスターが展開した。

 

 灰色の装甲背面で、機械翼のような推進器が開く。

 

 首元から背中へ伸びる機械脊椎の表面を、蒼白い光が走った。

 

 それは装甲の発光というより、兵士の神経そのものが熱を持ったように見えた。

 

 警告音とともに、AIの声が走る。

 

『コーラスリアクター、出力上昇』

 

『神経接続、全系統同期』

 

『全奏解放――フルスコア』

 

 空気が弾けた。

 

 蒼白い粒子光が背中から噴き上がり、灰色のFRAMEが瓦礫を蹴った。

 

 海斗が瞬きをする間もなく、その姿は視界から消えていた。

 

 ただ、赤煙の中に蒼白い残光だけが走る。

 

 右へ抜けたと思った時には、もう異形の首が跳ねていた。背後で黒い血が噴き上がり、遅れて斬撃の音が耳に届く。

 

 灰色のFRAMEは止まらない。

 

 崩れた柱を蹴り、瓦礫の上を滑るように抜け、群がる異形たちの隙間を縫っていく。

 

 痛みで意識が飛びかけるたび、海斗の視界には、灰色の残光と黒い血飛沫だけが焼きついた。

 

 速い、という言葉では足りなかった。

 

 人間の形をした何かが、戦場そのものを切り裂いているようだった。

 

 数秒後。

 

 赤煙の中で、最後の異形が崩れ落ちた。

 

 切断面から黒い血を噴き上げ、痙攣しながら瓦礫の上を滑っていく。

 

 静寂が戻る。

 

 いや、違う。

 

 静かすぎた。

 

 さっきまで耳を埋め尽くしていた咆哮も、骨を擦るような不快音も、今は消えている。

 

 瓦礫の下で、海斗は浅く息を吐いた。

 

 助かった。

 

 そう思いたかった。

 

 けれど、女は動かなかった。

 

 ブレードを下ろしたまま、煙の奥を見ている。

 

 構えを解いていない。

 

 勝った人間の背中ではなかった。

 

 何かを待っている。

 

 いや。

 

 何かが来ることを、もう分かっている。

 

『周辺CHORUS濃度、急上昇』

 

 無機質なAI音声が響く。

 

『高位反応、接近』

 

 空気が軋んだ。

 

 ミシ、と。

 

 建物の梁が悲鳴を上げたのではない。

 

 瓦礫が崩れた音でもない。

 

 もっと近くて、もっと遠い。

 

 空間そのものが、目に見えない手で無理やり捻じ曲げられているような、不快な軋みだった。

 

 同時に。

 

 キィィィィィィィ――――――!!

 

 耳鳴りが爆発した。

 

 海斗は歯を食いしばる。

 

「あ……ぁっ……!」

 

 頭の奥へ、熱した針を何本も差し込まれたような痛みが走った。

 

 吐き気が込み上げる。

 

 視界が赤と黒に揺れる。

 

 自分の呼吸がどこにあるのか分からなくなる。

 

 赤煙の向こう。

 

 そこに、白がいた。

 

 白い。

 

 あまりにも白い。

 

 それは、煙の中に立っているはずなのに、煙に汚れていなかった。

 

 輪郭がぼやけて見えるのは、視界が霞んでいるせいではない。

 

 その周囲だけ、景色そのものが歪んでいた。

 

 人型。

 

 けれど、人間ではない。

 

 白磁のように滑らかな四肢。

 

 血管の代わりに、薄い光が皮膚の奥を流れている。

 

 顔のあるべき場所は、整いすぎた無機質さで塗り潰されていた。

 

 その整い方が、気味悪いほど美しかった。

 

 海斗の全身が総毛立つ。

 

 あれは違う。

 

 さっきの異形とは違う。

 

 倒せるとか、逃げられるとか、そういう次元ではない。

 

『識別コード更新』

 

 AI音声に、わずかなノイズが混じる。

 

『SERAPH class』

 

 女が小さく舌打ちした。

 

「……最悪だな」

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