レクイエム・フレーム   作:momomotototo

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第三話 SERAPH class

「……最悪だな」

 

 灰色のFRAMEの中から漏れた声には、疲労も苛立ちも混じっていた。

 

 その一言で、海斗にも分かってしまった。

 

 目の前に現れたものが、さっきまでの異形とはまるで違うのだと。

 

 数が多いとか、動きが速いとか、そういう種類の危険ではない。

 

 もっと根本的に、存在しているだけで周囲の法則を壊しているような、そんな気配があった。

 

 白い異形は、何も言わない。

 

 ただ静かに立っている。

 

 それだけで、耳鳴りがさらに強くなった。

 

 海斗は、喉の奥がひどく狭くなるのを感じた。息を吸おうとしても、肺がうまく膨らまない。

 

 あれを見てはいけない。

 

 そう思っているのに、視線を逸らすこともできなかった。

 

 女がブレードを持ち直し、半身に構えた。

 

 腰を落とすと、背部スラスターが小さく開く。

 

 さっきまで異形の群れを切り裂いていた灰色のFRAMEが、さらに深く沈み込んだ。

 

 逃げる構えではない。

 

 迎え撃つ構えだった。

 

『コーラスリアクター出力上昇』

 

『全奏解放《フルスコア》』

 

 白い異形が、消えた。

 

 そう見えた。

 

 音よりも先に、瓦礫の山が爆ぜる。

 

 何かが通った。

 

 理解が追いつくより早く、衝撃波が戦場を叩いた。

 

 海斗の目には追えない。

 

 白い影が動いたのか、空間そのものがズレたのかさえ分からなかった。

 

 けれど、女だけは反応していた。

 

 灰色のFRAMEが、反射のように横へ跳ぶ。

 

 蒼白い残光が、燃える空気の中に鋭い弧を描く。

 

 避けた。

 

 海斗には、そう見えた。

 

 だが、何もない空間が裂けた。

 

 ドゴンッ――!!

 

 衝撃が炸裂する。

 

 躱したはずの灰色のFRAMEが、横合いから巨大な槌で殴りつけられたように吹き飛んだ。

 

 崩れた壁を突き破り、コンクリートと鉄筋を撒き散らしながら、瓦礫の奥へ叩き込まれる。

 

 海斗の目が見開かれる。

 

 白い異形の腕は触れていない。確かに避けたはずなのに、その後から見えない力だけが追いついてきた。

 

『衝撃異常』

 

『空間歪曲反応、確認』

 

「……チッ」

 

 瓦礫を蹴り砕き、女が強引に姿勢を立て直す。

 

 左肩装甲が砕けていた。

 

 それでもブレードは落としていない。

 

 白い異形は、変わらず立っていた。

 

 何歩か、ゆっくりと前へ出る。

 

 滑らかな動きだった。

 

 だが、足音だけが遅れて聞こえた。

 

 カツ。

 

 カツ。

 

 半拍遅れて、空間の奥から響いてくる。

 

 おかしい。

 

 全部がおかしい。

 

 海斗の喉がひくついた。

 

 女が吐き捨てる。

 

「ズレてんのか……空間ごと」

 

 踏み込んだ足元で、瓦礫が爆ぜた。

 

 灰色のFRAMEが、白い異形の懐へ向けて加速した。

 

 一瞬で距離を潰す。

 

 ブレードが閃く。

 

 居合。

 

 細く、鋭い、一筋の蒼白が、白い異形の懐を抜ける。

 

 遅れて、その胴体が斜めに裂けた。

 

 噴水のように血がしぶく。

 

 白い肉片が宙を舞い、断面からは光る組織が覗いた。

 

 女は着地と同時に左腕を跳ね上げる。

 

 手首装甲がスライドし、内蔵火器が露出した。

 

『腕部火器、展開』

 

 乾いた重音。

 

 ドンッ――!!

 

 至近距離から叩き込まれた一撃が、切断された白い肉塊を吹き飛ばす。

 

 いくつもの白い破片が、雨みたいに周囲へ散らばった。

 

 そのひとつが、海斗のすぐ近くへ落ちる。

 

 ぐちゃり、と。

 

 まだ温かい、拳大の肉片だった。

 

 海斗は息を詰める。

 

 その直後。

 

 切断された白い異形の身体が、蠢いた。

 

 ぬめるように。

 

 断面から、白い糸みたいな組織が無数に伸びる。

 

 血。肉。骨。

 

 さっき吹き飛ばされたはずの破片が、磁石に引かれるみたいに跳ね上がっていく。

 

 周囲へ飛び散った血液すら、空中で逆流し、白い身体へ戻っていった。

 

 時間が巻き戻っているようだった。

 

 傷が塞がるのではない。

 

 壊れた事実そのものが、なかったことにされていく。

 

『自己修復反応、確認』

 

『再生速度、異常値』

 

 女の声が低く沈んだ。

 

「……再生持ちかよ」

 

 それでも、女は攻撃の手を止めなかった。

 

 再生を始めた胴体を斬り上げ、返す刃で肩口を切断する。繋がりかけた白い組織が、形を取り戻す前に再び切り刻まれていく。

 

 その最中、海斗のすぐ近くへ落ちた肉片が、ぴくりと跳ねた。

 

 もう一度。

 

 ぴく、ぴく、と痙攣しながら、白い異形の方へわずかに滑る。

 

 戻ろうとしている。

 

 そう思った瞬間、海斗は反射的に右手を伸ばしていた。

 

 止められる力など、どこにもない。それでも、目の前であの化け物が元通りになるのを、ただ見ていることだけはできなかった。

 

 指先が、血塗れの肉片を掴む。

 

 ぬるい。

 

 気持ち悪い。

 

 今すぐ放り投げたかった。

 

 肉片が、手の中で脈打つ。

 

 白い異形の身体へ戻ろうと、粘るように震えている。

 

 潰れた左腕から走る痛みで、意識が白く弾けかける。

 

 それでも、海斗は離さなかった。

 

 女の刃が、再生途中の白い異形をさらに斬り裂く。

 

 残っていた片腕が、不意に持ち上がった。

 

 その手が向けられた先に、女はいない。

 

 瓦礫の下にいる海斗だった。

 

 女は間を置かず、肩口から腕を斬り飛ばす。

 

 切断された白い腕が、宙を回った。

 

 その掌が空中で裂け、内側に収縮していた肉の塊を撃ち出す。

 

 弾丸のように圧縮された白い塊が、女の脇を抜けて海斗へ迫った。

 

「――ッ!」

 

 女が振り返る。

 

 背部スラスターが限界まで開き、蒼白い粒子光を噴き上げた。

 

 その光に、血のような赤が一瞬だけ混じる。

 

 灰色のFRAMEが加速した。

 

 白い弾丸を背後から追い、海斗へ届く寸前でその射線へ割り込む。

 

 振り向きざまにブレードを振り抜き、白い弾丸を海斗の眼前で両断した。

 

 左右へ分かれた破片の間で、景色が捻じれる。

 

 女がブレードを引き戻すより早く、見えない衝撃が灰色のFRAMEの腹部で炸裂した。

 

 装甲が砕け、赤い血と蒼白い放電が同時に噴き出す。

 

 灰色のFRAMEは後方へ弾き飛ばされ、瓦礫と鉄骨をへし折りながら海斗のすぐ傍へ激突した。

 

 ドガァンッ――!!

 

 海斗の頬へ、熱い液体が降りかかった。

 

 赤だった。

 

『致命的損傷』

 

『腹部装甲大破』

 

『内部出血警告』

 

『コーラスリアクター出力、低下』

 

 灰色のFRAMEの腹部が、大きく抉れていた。

 

 抉れた腹部から、蒼白い放電を孕んだ白煙が漏れ、装甲の隙間からは赤黒い液体がとめどなく流れ落ちている。

 

 その向こうでは、白い異形の再生が続いていた。

 

 切り刻まれた胴体が繋がり、失われた腕が新たな組織によって形作られていく。

 

 海斗に肉片を奪われた箇所にも別の白い肉が盛り上がり、欠けた部分を埋めていった。

 

 白い異形が最初の一歩を踏み出した時には、傷も欠損も完全に消えていた。

 

 女はブレードを支えに立ち上がろうとしたが、膝が崩れた。

 

 装甲内で何かが壊れる鈍い音がした。

 

 白い異形が、ゆっくりと近づいてくる。

 

 静かで、美しく、残酷な勝者の歩みだった。

 

 キィィィィィィィ――――――!!

 

 海斗の耳鳴りが限界まで跳ね上がる。

 

 視界が歪む。

 

 頭の中へ、何かが流れ込んでくる。

 

 安心。

 

 静寂。

 

 繋がる。

 

 溶ける。

 

 独りじゃない。

 

 もう、戦わなくていい。

 

 そして――接続。

 

「あ……ぁぁぁぁっ……!!」

 

 海斗は絶叫した。

 

 それは痛みだけではなかった。

 

 恐怖だけでもなかった。

 

 自分の中に、自分ではない感情が入り込んでくる。

 

 怖いはずなのに、楽になれると思ってしまう。

 

 逃げたいはずなのに、もう抵抗しなくていいと、どこかで囁かれる。

 

 その優しさのようなものが、何よりも気持ち悪かった。

 

 女は膝をついたまま上体を起こし、海斗を背にして白い異形へブレードを向けた。

 

 右腕は震えていたが、刃先だけは下がらなかった。

 

「……ガキに……手ェ出してんじゃねェよ……」

 

 掠れた声。

 

 だが、白い異形は女を見ていなかった。

 

 砕けた装甲も、流れ続ける血も、最後まで海斗を庇おうとする意志さえ、すでに終わったものとして扱っているようだった。

 

 白い顔が、ゆっくりと海斗へ向く。

 

「……っ」

 

 喉の奥が、凍りついた。

 

 見られている。

 

 そう思った。

 

 だが、違う。

 

 白い異形が見ていたのは、海斗の顔ではなかった。

 

 右手。

 

 血に濡れた指が握り締めている、白い肉片。

 

 白い異形は、それを確認するように、ほんのわずかに首を傾けた。

 

 それに応えるように、海斗の右手の中で肉片が小さく脈打った。

 

 どくん、と。

 

 自分の心臓とは違う拍動だった。

 

「……ぁ……?」

 

 海斗の指が、勝手に強張る。

 

 離そうとした。

 

 けれど、離せなかった。

 

 白い肉片が、手のひらの内側で粘るように震えている。

 

 白い異形の周囲で、景色がゆっくりと歪み始めた。

 

 赤煙がねじれ、瓦礫の輪郭が波打つ。

 

 白い身体は、その歪みの奥へ沈むように薄れていく。

 

 消えていく輪郭の奥から、なおも視線だけが残っている気がした。

 

 やがて白い輪郭は完全に消えた。

 

 残されたのは、白い肉片の拍動だけだった。

 

 どくん。

 

 その音を最後に、海斗の意識はゆっくりと沈んでいった。




《STRIKER/ストライカー》

高速機動と近接戦闘に優れた汎用型FRAME。
背部スラスターを用いた高速戦闘を得意としている。
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