ただ私自身、東方についてあまり詳しくないため、原作に忠実な作品が好きな方や拘りの強い方は避けていただければと思います。
鬱蒼とした竹藪の中。村人どころか猟師さえも近寄らない山奥に珍しい声が響き渡っていた。赤子だ。枯れた竹の葉が掠れる中、つんざくように泣いている。
近くで見ると明らかに人間の子どもなのだが、端のほつれた薄汚ないボロに包まれているせいで、遠目では何かの妖怪のように見える。
ただ所詮は何の力も持たない赤子である。明日の今頃には力尽きて冷たい肉塊になっているか、生温かい獣腹の中だろう。
だから、ある意味この赤子は幸運であった。例え、その声が届いた相手が愉悦を好む天狗だったとしても。
「これはこれは。珍しいですね。」
天狗が降り立ったときの風にのって炭のように黒い羽根が辺りにひらひらと落ちた。そのうちの一枚は布の隙間から顔を出した赤子の顔に乗った。額の羽根に驚いたのか赤子は目を丸くして泣きやんだ。
「ふむ。女の子ですか。ボロボロとはいえ見たことのないおしめをしていますね。これも一種の迷い人でしょうか。」
羽をどかしてジッとこちらを見つめる赤子をよく観察する。まだ歯の生えていない乳飲み子のようだが、産毛のような柔らかい黒髪とぱっちりした碧い目からして生後幾月かはたっていてもおかしくない。
「食べるにしては痩せすぎですね。まだ鶏ガラのほうが濃い出汁が取れそうだ。」
抱えてみると頬はかろうじて丸みを帯びているが、腹のほうを撫でるとうっすらとあばら骨の硬い感触が指に伝わる。里の子どもとは大違いだ。
捨て置くか、その考えが天狗、いや射命丸文の頭をよぎった。天狗は組織で生活するが競争社会であり、とびぬけて利己的な妖怪である。本来であれば何の利益をもたらしそうにない子どもを育てるなんてことはしない。
指をいじったり足を曲げ伸ばしたりして体の様子を確認する射命丸の顔に次第に狐のようないやらしい笑みが浮かんだ。
「まあ、育ててみるのもまた一興ですかね。」
しかし、それと同時に天狗は享楽にふける妖怪である。子育ても一つの命を意のままにできると思えば暇をつぶす遊び事になる。飽きたなら食べればいい。その頃には恐らく食べごろになっているだろう。
「どうせなら長期連載の記事にしてしまいましょうか。当代の巫女はあまり大きな活躍をしませんし。刺激的なネタに困っていたんですよね。」
矮小な人間の、しかも非力な女の子に武と知に秀でた天狗らしい教育を施したらどういう人間になるか。犬をしつけるのにも似た高揚感がある。
「でも、赤子と言えどこのまま家に連れて帰るにはいきませんね。手頃な洞窟にでも住まわせますか。」
竹藪からさらに奥に進んでいくと垂直にそびえたつ崖がある。その中腹に畳十畳ほどの広さがある洞窟があるのだ。簡易的な結界も張れば丁度良い座敷牢替わりになるだろう。
いまだに大きな目で射命丸を見つめる赤子を両手でしっかりと抱え直しながら大空を駆けた。また泣き出すかと思っていたらむしろ手足をじたばたさせて喜んでいる。
「これは将来大物になるかもしれませんね。まあ、無事に育てばの話ですが。」
歩けるような歳になったら白狼天狗に稽古をつけさせるのも良いかもしれない。どうせ刀を与えたって何の脅威にもならないのだから。天狗に敵う人間なんて大人の男の中でもそういないのだ。女はさらに力がない。どれだけ上達したって見世物ぐらいが関の山だ。
あっという間にたどり着いた洞窟の奥のほうに赤ん坊を寝かせる。あとで家からいらない布を何枚か持ってくれば十分だろう。
「この私が目にかけるのです。せいぜい数年は楽しませてくださいよ。」
射命丸はまだ何もわかっていないであろう赤子の滑らかな柔らかい頬を指先で押した。
外から流れた何も知らない赤ん坊がどのような生涯を送るのか。それは誰も分からない。
しかし、妖怪と人間の交流が穏やかに終わった話はそうそうないものだ。