巫女による監査が入ります。ふとしたことに気づいているかに普段の育て方が問われるのです。親ばかな保護者たちの様子をご覧ください。
丁が天魔の膝上で遊ぶことが、そう珍しいことではなくなったころ、射命丸は天魔、大天狗も交えて博麗の巫女と会うことになった。
「巫女の狙いは何だと思う?」
「丁の保護、でしょうか。」
「今更そんなことをするか。それに妖怪が人を攫うのは昔からしてきたことではないか。」
普段は妖怪と人の関りを自然の成り行きに任せる彼女にしてみれば、異様な干渉だった。
「河童たちめ。厄介ごとを持ってきて。」
「まあまあ、あいつらが巫女に歯向かうには荷が重い。」
「それもそうか。しかし、誠に面倒よ。」
天狗たちは河童が人里近くで預かったという守護者からの手紙を無視するわけにはいかなかった。
射命丸は丁の成長記録を新聞に連載しているが、その記事を載せているのは天狗用のものだけであったし、他所に配るものには適当な広告を載せて丁のことは一切触れていない。
それなのに山から逃げた妖が口を滑らせたのか、それともスキマの妖怪が告げ口したのか定かではないが、何故か山に入ったことがない巫女が人の子の存在を知っていたのだ。
放っておくには危険だと判断した。
「人の子ぐらいくれてやってもいいが、差し出すのは天狗の沽券にかかわる。だから、射命丸。私が巫女に会い。その真意を尋ねることになった。」
「天魔様が!?」
「そうだ。このような重大なことを部下だけに任せるわけにはいかぬ。」
「私もお供するぞ。」
「大天狗さまも!?」
そこで育ての当事者の射命丸を呼び議論を重ねた結果、天魔直々に赴くことが決まったのだ。しかも、護衛には大天狗という破格の対応である。真剣に検討した末の対応だ。
後から話を聞いた犬走と姫海棠は言葉にはしなかったが、思わず揃って天を仰いだところみるに内心上司達に呆れていたに違いない。
この日、丁は生まれて初めて人の里に行くことになった。
最初は博麗神社で話し合う予定だったのだが、天狗側が「いざとなったら子どもを力づくで奪う魂胆なのだろう」と巫女相手にごねた結果、折衷案として会談の場は村外れに住む半妖の家になったのである。
「丁は私が運ぼう。さ、こちらにおいで。」
子どもを運ぶのには大天狗が名乗りを上げた。大きな布で幼い丁をくるむとしっかり紐で上半身に括り付けて、さらに両腕で抱えた。だが、途中で結びなおすために地上に降りることになった。
「やぁーか。やぁーか。」
「これ、大天狗の羽根をしゃぶるではない。」
「丁、やめなさい。」
当初は前で抱っこした状態で飛んでいたのだが、目前で力強く羽ばたく羽根に目を奪われたのか丁は肩越しに掴もうと手を伸ばしたのだ。そのため、一度地上に降りておんぶ紐で背負う形に落ち着いた。フワフワの羽毛に頬を擦り付けてご機嫌である。
「ハッハッハッ。気に入ったか。この大天狗の羽根を触れてはしゃぐお前は、とんだ馬鹿か蛮勇か。まあ、見る目に免じて許してやろう。」
声をあげて喜ぶ子供に大天狗は気分を害するどころか良くした。天狗は傲慢で虚栄心の強い妖怪である。自慢の羽根で幼子が無邪気にはしゃぐことは彼女の自尊心をこの上なく満たしたのだ。
現に、不敬だと思って叱る射命丸と違って、大天狗の内心を読んでいた天魔はあまり真面目に止めるつもりはなかった。ただ、誤って細かい羽毛を吸い込まないようにそれとなく気を配るくらいだった。
「巫女直々にお出迎えか。」
「丁重な出迎えだな。」
粗末なあばら家の前に妙齢の女性と半妖が立っていた。女性はにこやかに歓迎するそぶりをみせているがその手には何枚かのお札が握られている。
「ご足労お掛けしました。それで子どもはどちらに。」
「飛んできたというのに皮肉か。子供はそこの者の背にいるよ。」
その言葉に巫女が大天狗のほうに目を向けると射命丸が背負われた丁を引き取ってあやしていた。
「思っていたより大事に扱われているのね。」
「ああ、私も縄でぐるぐる巻きにしていてもおかしくないと思っていたよ。」
軽い驚きをみせる巫女と半妖に得意げに笑うと天魔は射命丸から人の子を受け取った。おべべを直すと懐から取り出した手拭いで口元の涎を拭ってやる。
「我らは蛮族ではないのでな。そんな鬼畜な所業はせぬよ。」
「まあ、詳しい話はなかでしましょうか。」
「分かった。」
巫女の雰囲気が和らいだがまだお札をしまおうとはしない。人の子の扱いが演技なのか実情なのか慎重に見定めようとしていた。
「うー、かあー。」
戸をくぐろうとしたその時、天魔の腕の中にいた丁は地面に下りたいのか身をくねらせた。落としたら危ないと天魔が抱え直してそっと足を土につけるとあっという間に垣根の側に行ってしまった。
「丁、どうしたんだい。」
天魔と大天狗も近づいていった。
遅れて巫女たちも続いた。
「カァーカァー。ねえ、カァーカァー。」
しきりに天魔の袖を引っ張る丁に乞われて、垣根の上を見るとその小さい指の先にいたのは一羽の雀だった。
「愚か者め。あれは鴉じゃない。」
以前、丁が鴉を指さして同じように言っていたので、天魔はこの幼子が勘違いしているのだろうと思った。
「そうだ間抜け。あれは雀という鳥だ」
大天狗も続けて教えた。「す・ず・め」とまだハッキリものが言えない丁に一音ずつ区切って熱心に教える二人は、初孫を前にした祖父母と遜色なかった。
「射命丸、丁は雀を初めて見たのか。」
「いえ、何度も見ているはずです。以前から教えているのですが、その小娘は鳥をなんでも「カーカー」で片づけるのでございます。」
射命丸は近づいてきた丁を手馴れた様子で抱き上げた。雀を見つけてはしゃいでいる丁の頬っぺたを人差し指でつついている。
「名前を覚える気がないのか。そもそも区別がついていないのか分からないな。」
「なら、今度私が生きた雀を捕まえてきましょう。手のひらにのせて教えれば流石に覚えるはずですよ。」
「名案だな。大天狗、どうせなら食わせるのもいいんじゃないか。滋養もつくし、頭をかち割ったのは珍味だ。」
天魔の言葉に射命丸は少し慌てた。
「お待ちください。雀は子供が食べるにはまだ早いです。小さい骨を飲んだら大変です。」
「むう、そういうものか。射命丸が言うのなら止めておこう。」
矢継ぎ早に交わされる天狗たちのやり取りに巫女と半妖は人目を憚らず笑った。
「何を笑う。」
「いえ、悪気はなかったんですよ。ただ微笑ましくて、つい。」
「想像以上の子煩悩ぶりに驚いたよ。」
「フン、人の子はすぐに死ぬからな。これくらいで丁度いいのだ。」
大天狗は威張ってそう言ったが、片手は幼子に預けたままだった。
「はいはい、そういう事にしておきましょう。全く、私達の杞憂だったってことね。」
「そうですよ。そもそも、この子はさらったのではなく拾ったのですから、認めてもらわなくては困ります。」
射命丸はすました顔をしてそう言ったが、天魔はそれを諫めた。
「すまんな。これは今朝からずっと気が立っていたのだよ。」
「ええ、気にしていませんよ。貴女方の様子を見ればその子が大事に育てられているのがよく分かります。」
巫女は眩しいものを見るかのように目を細めた。彼女は歴代の中では珍しく五つになるまで親元で育てられた人であったから、天狗たちの姿が在りし日の家族と重なったのだ。
「この様子なら話し合うまでもないですね。」
博麗の巫女は今回のことは問題ないと判断した。人の子も里からさらったものではないことはとっくに調べがついている。ただ、粗暴な扱いを受けていないか心配だっただけなのだ。
「人里で引き取るとしても里親を探すのは大変ですから。このまま貴女方に育てられるほうがその子にとってもいいでしょう。」
「当然、人の親よりは上手く躾けるに決まっているだろう。」
天魔は自信満々に胸を張った。
「まあ、別の心配事も増えましたけど。」
「それは何だ。」
「あなた達が甘やかしすぎないかという心配ですよ。」
揶揄い混じりの言葉にこそばゆくなった天狗たちは鼻を鳴らして山へ帰っていった。