南ことり&ピカチュウ ~キミといた夏の奇跡~ 作:あいライス
金曜日
◇東京都
蝉が鳴いてる。
(BGM:トキワへの道-マサラより(1997-1998
◇秋葉原駅 3番線
山手線が止まってる。
人たちが乗り降りしてる。
◇電気街
たくさんの人が歩いてる。
◇松住町架道橋
総武本線が走ってる。
総武本線「【警笛】【走行音】」
◇万世橋交差点
人も車もたくさん通ってる。
車「【クラクション】」
◇昌平橋架道橋
中央本線が走ってる。
中央本線「【走行音】」
昌平橋を歩いてる一人の女子高生。
ことり「………」
主人公:南ことりは、音ノ木坂学院への通学路を歩いていた。
ことり「(ふぅ…)」
軽く額の汗を拭く。
ことり「(いい天気。 昨日の雨が嘘みたい)」
◇音ノ木公園
公園の近くを歩くことり。
公園の前には、近所に住んでる小学生2人がいた。
子供A「稲毛、津田沼、船橋、市川、新小岩、錦糸町、馬喰町、新日本橋、東京順に停車いたします」
ことり「…?」
子供A「右よし、左よし」
左を向いたら、ことりと目が合った。
子供A「あ! ことり姉ちゃん! おはよう!」
ことり「おはよう」
子供B「おっはー!」
ことり「おはよう。 んっ? ねぇ、そのシャツ、ボタン、取れかけてるよ?」
子供B「えっ? あ、ホントだ…。やべ…、気づかないで落とすところだった…」
ことり「ちょっと待ってて」
ことり、スクールバッグから裁縫セットを出す。
子供A、B「…?」
ことり「動かないでね」
子供B「うん」
屈み込み、手際よく針を通して、ボタンをつけ直してあげた。
ことり「はい、これで大丈夫♪」
子供B「すげぇ~!さすがことり姉ちゃん! サンキュー!」
ことり「どういたしまして。学校に遅れないようにね」
子供B「は~い!」
子供A「じゃあね~!」
子供2人は去る。
子供A「稲毛、津田沼、船橋、市川、新小岩、錦糸町、馬喰町――」
ことり「……」
(BGM:ほのかな記憶)
ふとことりは、公園の中を見る。
ことり「この公園、小さい頃、穂乃果ちゃん、海未ちゃんとよく一緒に遊んだっけ」
滑り台、ブランコ、ジャングルジム。
誰もいない遊具たちが、朝の日差しを浴びて静かに佇んでいる。
ことり「なんだか懐かしい」
夏休み前のこの時期、さっきの子どもたちは、まだ登校日。
公園には誰の姿もない。蝉の声だけが響いていた。
ことりも学院へ行こうと歩みを進めようとしたとき…。
???「ピカ……」
とてもかすかな、小さな鳴き声が、公園の中から聞こえた。
ことり「えっ?」
足を止めた。
ことり「(今、声がした?)」
ことり「誰かいるの?」
もう一度、耳をすましてみる。
???「ピカ……」
今度は少し、切なげな声だった。
ことり「…!?」
ことり「(やっぱり声が聞こえる…。 動物の鳴き声?)」
何か胸の奥がざわっとする。
ことり「………」
ことりは躊躇うことなく公園の中へ入り、足音を立てないように、そっと歩く。
ことり「どこだろう…?」
目を凝らして耳を澄ます。
???「ピカチュウ…」
ことり「…!」
ことり「(また聞こえた…! ブランコの後ろから?)」
その声は、公園の奥にあるブランコの後ろの植え込みから聞こえた。
ことり「え……!?」
そこから見えた植え込みの隙間から、小さな黄色い体が見えた。
小さくうずくまる、黄色い……なにか。
ことり「…?」
ことりは小走りに近づき…。
ことり「ん~~?」
植え込みを覗き込む。
そこにいたのは……。
ことり「っ!?」
???「ピカ……?」
見たことのない動物だった。
ふわふわした黄色い毛並みに、長い耳は先端が黒く染まっており、背中には茶色い二本線、頬には丸い赤いほっぺ、尻尾はギザギザしていて、まるで雷のような形をしている。
ことり「なに…? この子……」
???「ピ……」
その子は、どこか怯えたような表情をしていた。
でも、ぬいぐるみみたいに、小さくて、なんだかとっても。
ことり「か…、かわいい…♡」
不思議な姿なのに、どこか愛らしくて、胸の奥がきゅんとする。
ことり「誰かのペットかな?」
辺りを見渡すが、公園に飼い主らしき人はいなかった。
ことり「もしかして、迷子?」
ことりが近づくと、黄色い小さな体がびくっと震えた。
体を低くして、尻尾をぴんと立てて、明らかに警戒している。
ことり「あ…!」
黄色い生き物の毛には、うっすらと泥がついていた。
きっと、どこかで転んだのか、あるいは昨夜の雨に濡れたのかもしれない。
ことり「怖くないから、ねっ? ちょっとだけ、触ってもいい?」
ことりは、しゃがみ込んで、そっと手を伸ばした瞬間…。
???「ピカッ!?」
黄色い生き物が、ビクリと震え――
???「ピ~~~カ~~~…ヂュウウウウウウウ!!!」
(BGM:M28(2002~2005(AG)))
ビリビリビリビリビリビリビリビリッッ!!!
黄色い電撃が、その黄色い生き物から出され、その電撃はことりに直撃した。
ことり「きゃあああああああっ!! うぅ~! な、なにこれぇ~!? しびれるぅ~~!!」ビリビリビリ
数秒後、ようやく放電が収まった。
ことり「はぁぁ~…、し…、しびれたぁ~……っ」
ことりは、へなへなとその場に尻もちをついた。
ことり「びっくりしたぁ…! あれ? でもケガは…してない、みたい?」
自分の体を見るが、幸い痺れるだけで、特に火傷やケガをしてないみたいだ。
ことり「…?」
目の前の小さな生き物は、小さく震えていた。
まだ怖がっているようだ。怯えた顔で、後ずさりして数歩、ことりから距離を取る。
???「ピカ……」
ことり「あ…、ごめんね。びっくりさせちゃったよね」
ことりは、もう一度ゆっくりとしゃがんで、目線を合わせた。
ことり「私は南ことり。 あなたのこと怖がったりしないよ」
その子に手を伸ばした。
今度は触れようとせず、手のひらを上に向けて、ただそっと、そこにいることだけを示す。
ことり「大丈夫だよ。ほらっ、私、動かないから」
???「ピ…?」
その子はしばらくの間、じっと動かずにことりを見つめていた。
ことり「………」ニコッ
やがて黄色い子は、ほんの少しだけ前に足を踏み出した。
ことり「…!」
(BGM:M42(1997~1998))
ことりの胸が、ドキンッと跳ねた。
さっきの電撃とは違う意味で、彼女の体を震わせた。
???「………」ソロリソロリ
黄色い生き物は一歩。
さらに、もう一歩とゆっくり、警戒しながらも、ことりとの距離を詰めてくる。
ことり「来てくれるの? 嬉しい♡」
そして、その子がことりの目の前まで来たその瞬間、小さな鼻をくんくんと動かして、ことりの手や膝あたりを確かめるように嗅いだ。
ことり「……?」
ぽすん。
その小さな体が、ことりの太ももの上にそっともたれかかった。
ことり「………っ!♡
ことり「(可愛い~♡)」
その子の黒い瞳には、まだわずかに警戒心が滲んでいる。
けれどそれ以上に、何かを求めてるような、まるで助けを求めるような、そんな光も宿っていた。
ことり「(……この子、きっと、ずっと一人だったんだ?)」
ことりは、ゆっくりと、そのふわふわした背中を優しく撫でた。
その子は一瞬びくっとしたが、すぐにことりの手のぬくもりに気づいたのか、そっと目を閉じた。
???「ピカ…♪」
あたたかくて、やわらかい。
ことり「ねえ、あなたの名前、なんていうの?」
???「ピカ?」
ことり「本当に見たことない動物さん。そもそも何の種類の動物なのかな? パッと見は、うさぎさんみたいだけど、もしかして、まだ名前のない新種の動物さんなのかな? なんてね。 でも、名前がないと、呼ぶときに不便だし…」
???「ピカチュウ!」
ことり「っ!?」
ことりは思わず、微笑んだ。
ことり「そういえば鳴き声、『ピカピカ』とか、『ピカチュウ』なんだね?」
その子は、ぴくりと耳を動かす。
???「ピカチュウ」
ことり「うん、じゃあ…“ピカチュウ”って呼んでもいい?」
ピカチュウ「ピッカ♪」
ことり「ふふっ。 それじゃ、ピカチュウ~♡」
ピカチュウは嬉しそうに頬を赤らめ…。
ピカチュウ「ピッカァ~~~!!」
(BGM:凛の戸惑い)
ビリビリビリビリビリビリビリビリッッ!!!
ことり「きゃあああああああっ!!」ビリビリビリ
再び、電撃が走った。
ことり「もぉ〜……ピカチュウ~……」
ピカチュウ「ピカ?」
ピカチュウはぴょん、とことりの膝から降りて、心配そうに覗き込んでくる。
ピカチュウ「ピ~カ?」
その仕草があまりにも可愛くて、ことりは小さく笑った。
ことり「ふふっ、大丈夫、怒ってないよ。 きっと名前呼ばれたのが嬉しかったんだね?」
ピカチュウはちょこんと座り直して、尻尾をふりふり。
ことり「…? あっ、汚れを落としてあげようとしてたんだった…!」
ピカチュウの体が、泥で少し汚れてることを思い出した。
ことり「ちょっと待っててね」
ことりは立ち上がり、公園の水道へ行く。
ピカチュウ「…?」
スカートのポケットから白いハンカチを取り出して、水で濡らし、ピカチュウのところへ戻る。
そして再びピカチュウの前にしゃがみ、ピカチュウの体を拭こうとする。
ことり「ごめんね。 ちょっと拭かせてね」
ピカチュウはまた身をすくめる。
ことり「いい子いい子、そのままそのまま」
優しく語りかけながら、ことりは泥で汚れたピカチュウの顔や背中をそっと拭っていく。
ピカチュウ「…?」
ピカチュウは、ことりの柔らかな手の感触と、ハンカチの心地よいぬくもりに、次第に緊張をほぐしていった。
ことり「うんっ、キレイになったかな」
自分のハンカチを見る。
ハンカチは、泥の薄茶色がうっすらと染みている。
ピカチュウ「……」
ことり「うん、もう怖がらなくていいんだよ」
ピカチュウの目が少しだけ細まり、どこかほっとしたような表情になる。
ようやく、ピカチュウの表情からは、警戒心がなくなった。
その瞳には、ほんの少し、ほんの少しだけど、信頼の色が宿り始めていた。
ことり「ふふっ」ナデナデ
ことりは立ち上がり、スカートについた砂を払い落とす。
そして、腕時計にちらりと目をやると、朝のホームルームまで、あと15分もない。
ことり「…っ!? 大変、もうこんな時間! 学校に行かなきゃ!」
ことり「(ここから音ノ木まで、歩いて5分ほどだから、ギリギリ間に合うけど、のんきにしてる暇はないよね)」
ことりは慌てて、学校へ行こうとするが、目の前の小さな存在を見下ろす。
ことり「ごめんね、ピカチュウ。私、学校に行かなきゃいけないの」
ピカチュウ「ピカチュウ?」
ことり「ここで待っててくれたら、夕方には戻ってくるから、待っててくれる?」
ピカチュウ「ピ~カ…」
ピカチュウは、ことりの足元にすり寄るように近づいた。
まるで「まだ一緒にいたい」と言っているみたいに。
ことり「うぅ…。 本当は、今すぐ家に連れて帰ってあげたいんだけど、今は時間がなくて…」
ピカチュウ「ピカ…」
ピカチュウは不安げにことりを見つめていた。
彼女の顔色を伺うように、尻尾を小さくゆらゆら揺らしている。
ことり「う~ん……、じゃあ…私のバッグの中で、ちゃんと大人しくしてくれるなら、今日だけ一緒に学校に行こうか?」
その瞬間、ピカチュウの耳がぴんっと立った。
ピカチュウ「ピカ!? ピカァッ♪」
嬉しそうにふわりと跳び上がり、ことりの胸元に飛び込んできた。
ことり「きゃっ…! ピ、ピカチュウ!?」
ぎゅっ!
ピカチュウが、ことりの胸にしがみついた瞬間…。
ピカチュウ「ピカピッカ~~♪」
ビリビリビリビリビリビリビリビリッッ!!!
ことり「きゃあああああああっ!! またぁ〜っ!? くぅぅ~っ…! ビリビリするぅぅ~~っ!!」ビリビリビリ
放電は数秒続いたあと、ようやく止まった。
ことり「……ふぇぇ……」
ことりはまた、その場にしゃがみ込み、軽く震える。
ことり「しびれるぅ~っ…! もう…ほんとに元気なんだから~…」
ピカチュウ「ピカ……」
ピカチュウは、どこか申し訳なさそうに小さく鳴いて、ことりの胸元に頬をすり寄せてきた。
ことりはそんなピカチュウの姿に、思わずくすっと笑う。
ことり「ふふっ、大丈夫だよ、ピカチュウ」
ピカチュウ「ピカ?」
ピカチュウはことりの顔を覗き込む。
ことりはそっとピカチュウの頭を撫でる。
ことり「平気。ちょっとしびれただけだから」
ピカチュウ「ピカ♪」
ことり「うん」
ことりはバッグを開けて、その中にスペースを作り、そこにピカチュウを優しく入れた。
ことり「ちゃんと隠してあげるからね」
ピカチュウ「ピカ♪」
(BGM:すぐ先にある未来)
ことりは微笑んで、バッグのチャックを少しだけ閉じて、肩にかける。
そして公園の出口へと歩き出した。
ことり「(勢いで一緒に行こうって言っちゃったけど、この子のこと、どうしよう…? μ’sのみんなになんて説明しよう? やっぱり言わないほうがいいのかな…)」
ことり「……きっと、なんとかなるよね♪」
◇通学路
音ノ木坂学院までの道のり。
ことり「中、暑くない? 大丈夫?」
ことりはカバンを覗き込みながら、そっと囁く。
ピカチュウ「ピカ」
ことり「うん、よかった…。 もう少しで着くからね。頑張ろうねっ」
ピカチュウ「ピカ…」
ことり「(さっきまであんなに電気出して元気だったのに、意外とバッグの中で大人しくしてくれてる。 もしかして、さっきまで草むらでずっと怯えてた分、疲れもあったのかな)」
坂の途中で、風が少し吹いた。
ことりのふわりとした髪が、緑のリボンごとやさしく揺れる。
空は青く澄み渡って、蝉の声が木々のあいだから降ってくる。
でもその中に、どこかほんの少しだけ、特別な時間が混ざっているような気がした。
ことり「今日が普通の日じゃないって、なんだか思うよ」
ことりは、小さく頬を赤らめながら微笑んだ。
ことり「だって、ピカチュウと出会えたんだもん。きっと、これから何かが始まるんだよね」
ことりの歩く足取りは、自然と軽くなった。
◇音ノ木坂学院
それから間もなく、ことりは音ノ木坂学院の校門に到着した。
腕時計を見ると、始業まであと10分。
ことり「……どうやってピカチュウを連れて行こうかな…?」
ことりはバッグを抱き直して、誰にも聞こえないようにそっと呟く。
ことり「(この子を学校に連れて行くなんて、本当はとても無謀だってわかってる。でも。一人にしたくなかったんだもん…)」
ことり「でも教室は…、やっぱりだめだよね。 そうだ…あそこなら…!」
ことりは校舎の脇を通って、裏手に回る。
生徒の姿はほとんどなく、窓から様子が見えない場所があるのを思い出した。
ことり「ここならいいかな?」
ことりが向かったのは、校舎裏の倉庫の陰。
誰も来ない小さな日陰だった。
ことり「ピカチュウ、ちょっとだけここで、待っててくれるかな?」
そう言って、ことりはしゃがみ込み、そっとバッグのチャックを開ける。
ピカチュウ「ピカ?」
ピカチュウが顔を出した。小さな鼻がくんくんと動く。
ことり「大丈夫、すぐ戻ってくるから心配しないで」
そう言いながら、ことりはタオルを取り出して、その上にピカチュウを優しく乗せた。
ピカチュウ「ピカ?」
薄暗い日陰は、夏の朝の光から守ってくれる。風通しも悪くない。
ことり「ほら、ここなら暑くないし、誰にも見つからないと思うから」
ピカチュウ「……」
ピカチュウは少し不安そうに、ことりの顔を見上げた。
けれど、ことりが微笑んで優しく頷くと、しばらくしてから…
ピカチュウ「ピカ…」
小さく鳴き、おとなしくタオルの上に身を沈めた。
ことり「うん…いい子だね…。 すぐ戻ってくるから、待っててね、ピカチュウ」
ことりは立ち上がり、ピカチュウに向けて、もう一度優しく微笑み、足早に教室のある校舎へ歩き出した。
ピカチュウ「……」
ピカチュウはその背中を、ずっと見つめていた。
* * *
◇昇降口
2年生の教室へ向かう階段を駆け上がる。
ことり「(ピカチュウ、ちゃんと隠れてくれてるかな…)」
◇教室
穂乃果「ことりちゃん、おはよう!」
海未「おはようございます、ことり。 おや?今日はいつもより遅いですね。何かありましたか?」
ことり「う、うん! 実はね――」
ことり「(っ!? 見たことないふわふわした、電気を出す不思議な動物を、いきなり『拾った』なんて言っても、信じられないよね。 それに話して、もしピカチュウに何かあったら――!)」
ことり「ううん、なんでもないよ」
穂乃果、海未「えっ…?」
ことり「ちょっと寝坊しちゃっただけ、えへへっ」
穂乃果「そっか~寝坊か~。 わかるわかる。あと5分だけでもゆっくり寝たいよね」
ことり「そうそう!」
海未「ことり…? 本当に、大丈夫なんですか?」
ことり「大丈夫大丈夫!」
担任の山田が入って来た。
山田「おはよう。ホームルーム始めるぞ~」
全員席に着く。
ことり「(休み時間になったら、すぐに行ってあげよう)」
(BGM:M10(1997~1998))
1時間目の数学の時間も、ことりは心ここにあらずだった。
ことり「(冷静に考えたら、あそこなら誰にも見つからないと思ったけど、もしこんな時に限って、誰かがあそこに行ったら? 野良猫さんや、カラスさんが来たら?)」
数学教師「南さん」
ことり「あ…はい!?」
数学教師「さっき言った公式を、黒板に書いてもらえるかい?」
ことり「は、はい!」
穂乃果、海未「…?」
* * *
1限目が終わると同時にことりは、教室を出て行く。
穂乃果「ことりちゃん、どこ行くのかな?」
海未「さあ…? お手洗いでは?」
◇校舎裏
ことり「ピカチュウ~?」
ピカチュウ「ピカ? ピカッ♪」
ことり「よかった~、無事にいてくれたんだね!」
ことりはその場にしゃがみ込み、そっとピカチュウの頭を撫でた。
ピカチュウ「ピカァ~♪」
ことり「ふふっ、可愛い…♡」
そのまま数分間、2人だけの静かな時間が流れる。
キーンコーンカーンコーン……
ことり「あっ……もう、2限目」
ピカチュウ「ピカ…?」
ことり「大丈夫だよ、また休み時間になったら、ちゃんと来るからね」ナデナデ
ピカチュウ「ピカ」
ピカチュウは、ふわりと尻尾を揺らした。
──このお姉さんは、また来てくれる。
そう信じて、ピカチュウはそっと元の場所に戻って、倉庫の陰で丸くなった。
ことりは名残惜しそうに振り返りながら、校舎の中へと戻っていった。
(BGM:M38(1997~1998))
◇教室
2限目:英語の授業。
外の日差しが強くなった気がした。
ことり「(ピカチュウ、ちゃんと日陰に移動してくれてるかな…? お水飲めるかな? 喉、乾いてたりしないかな? 次の休み時間、飲み物持っていこう)」
ことりの様子に、隣の席の穂乃果が気づかないはずなかった。
穂乃果「……ねぇ、ことりちゃん、さっきから何か考え事?」ヒソヒソ
ことり「えっ? どうして?」ヒソヒソ
穂乃果「いや、何か落ち着きないから」ヒソヒソ
ことり「そ、そうかな…?」
ことりの前の席に座る海未も、眉をひそめていた。
海未「(確かに、授業中に、こんなにソワソワしていることりは、珍しいですね…)」
穂乃果「もしかして、衣装のアイデア煮詰まってるとか?」ヒソヒソ
ことり「違う違う。大丈夫、大丈夫」ヒソヒソ
穂乃果「本当?」ヒソヒソ
ことり「本当本当」ヒソヒソ
英語教師「高坂、南、静カニシヤガレ」
ことり、穂乃果「はい」
海未「(まったく…)」
お爺さん先生の癖に、地獄耳だった。
* * *
2限目終了のチャイムが鳴った瞬間、ことりは勢いよく立ち上がった。
穂乃果「ことりちゃん? またどこかに行くの!?」
ことり「ちょ、ちょっと飲み物を買ってくるねっ!」
穂乃果、海未「…?」
◇廊下
購買の脇に設置された自販機の前。
ことり「甘すぎるのはよくないし…、う~ん…。オレンジジュースがいいかな」
キンと冷えたパックを手に、ことりは再び校舎の裏へ。
◇校舎裏
ことり「ピカチュウ?」
ピカチュウはちょこんと座っていた。
ピカチュウ「ピカ♪」
ことりの姿を見つけるなり、ぴょんっと小さく跳ねたピカチュウが駆け寄ってくる。
ことり「ピカチュウ、これよかったら、飲んでみて?」
ピカチュウは興味津々といった様子でパックを見つめ、それからちょっと戸惑いながらも、ことりが差したストローをくんくんと嗅ぎ、ちゅう、と吸ってみた。
ピカチュウ「ピカ…?」
一瞬きょとんとしたその顔が、すぐにパァッと明るくなる。
ピカチュウ「ピカピカ~~♪」
ことり「ふふっ、気に入ってくれた?」
ピカチュウは尻尾をふりふりと揺らしながら、飲んでいく。
ことり「(よかった。ちゃんと水分補給できた)」
また休み時間が終わるまでの、ほんの数分。
その短い時間の中で、ことりはピカチュウの隣に座り、一緒に空を見上げた。
ことり「(こんな時間、ずっと続けばいいのになぁ)」
それからも、休み時間の度に会いに行き、やがて昼休み。
◇教室
穂乃果「ことりちゃ~ん! お昼にしよ~!」
ことり「あ、ごめん…、今日はちょっと、次のライブの衣装のこと考えたいから、服飾室で一人で食べようかなって…」
穂乃果「え~? そんなぁ~、ことりちゃんと一緒に食べたかったのに~」
海未「衣装のことでしたら、私たちも手伝いますよ? ことりはいつも、一人で抱え込みすぎです」
ことり「平気だよ。今日はほんの少し考えるだけだし。 それに、手伝ってもらうほどのことでもないし、えへへ。それじゃ、行って来るね~!」
ことりは慌てて弁当袋を手に取り、足早に教室を出た。
穂乃果「……う~ん。ことりちゃん、やっぱりちょっと変じゃない?」
海未「ですね。 まあ本人が大丈夫と言うなら、大丈夫なのでしょう」
穂乃果と海未は顔を見合わせ、首を傾げたまま、しぶしぶお昼の支度を始めた。
(BGM:ゆったりお昼休み)
◇校舎裏
ことり「ピカチュウ~、おまたせ~!」
ピカチュウ「ピッカ♪」
ことり「ねぇ、ピカチュウ。 私もここで、お弁当食べていいかな?」
ピカチュウ「ピカ!」
ことり「ふふっ、ありがとっ」
ハンドタオルを敷いて座り、膝上にお弁当箱をそっと置く。
お弁当のふたを開けると、ふわっとだしの香りが立ちのぼった。
黄色くふんわり焼かれた卵焼き、ほうれん草のおひたし、少し甘めに煮たにんじんの花型。
ピカチュウはその香りに、はっきりと反応した。鼻をひくひくと動かし、尻尾がぴくり。
ことり「もしかして、食べたい?」
ピカチュウ「ピカ?」
ことり「じゃ、ちょっとだけだよ?」
ことりは箸で、卵焼きを一切れ摘み、そっとピカチュウの前に差し出す。
ことり「はい、あ~ん♪」
ピカチュウは一瞬きょとんとした表情を浮かべたが、ことりの優しい声に促されるように、ぱくりと卵焼きを口に入れた。
もぐもぐ……
ピカチュウ「ピカ!?」
それは、初めて口にする優しい味だった。
ふわふわで、ほんのり甘くて、じんわりと温かい気持ちが広がる。
ことり「どうかな? 美味しい?」
ピカチュウ「ピッカ~~♪ ヂュウウウウウウウ!!!」
ビリビリビリビリビリビリビリッ!!!
ことり「やっぱりぃ~~~!? 美味しいのは嬉しいけど~~!! ビリビリやめて~~~!!」
止まった。
ことり「ふぇぇ…。感激すると電気出すのはやめてよ~…」
ピカチュウ「ピカ……」
ことり「ううん、いいの。それだけ、美味しかったんだよね? 食べてくれて、ことりもとっても嬉しいよ」ナデナデ
* * *
ことりのお弁当箱は空になり、ピカチュウもお腹がいっぱいになって、ご満悦の顔をしていた。
ことり「ごちそうさまでした♪」
ピカチュウは、その言葉と仕草を不思議そうに見つめていた。
ことり「えっとね…、『ごちそうさま』っていうのはね、美味しくご飯を食べ終わったときに言う、感謝の気持ちかな?」
ピカチュウ「ピカ? ピカピカ」
ちょこんと前足を揃え、小さく頭を下げるようにした。
ことり「ふふっ、えらいえらい♪ ちゃんと『ごちそうさま』できたね~♪」ナデナデ
ピカチュウは気持ちよさそうに目を細めている。
しばらくして、午後の授業のチャイムが鳴り響いた。
ことりは「はっ」として立ち上がり、制服のスカートをぱんぱんと払った。
ことり「もう、午後の授業の時間だね。 ピカチュウ、あともう少しだけ、ここで待っててくれる?」
ピカチュウは少しだけ、不安げな顔をした。
ことり「ちゃんと戻ってくるから。 今までも、ことり、ちゃんと戻ってきたでしょ? だから信じて? ねっ?」ナデナデ
ピカチュウ「ピカッ!」
ことり「うん、ありがとう。 行ってきます」
ピカチュウは尻尾を小さく揺らしながら、ことりを見上げていた。
――またすぐに戻ってきてくれる。
そんな信頼が、そこに確かにあった。
* * *
◇教室
放課後のチャイムが、静かな校舎に柔らかく響いた。
穂乃果「ことりちゃん、部室に行こう! 今日も屋上でダンス練習~!」
海未「さてと、行きましょうか」
ことり「ごめん、2人とも! 私、ちょっと用事済ませてくるから、先に始めてて」
穂乃果「えっ?そうなの? 手伝おうか?」
ことり「あっ、それならみんなに、私は遅れるって伝えてくれると嬉しいな~」
穂乃果「わかった。じゃ私たちは先に行ってるね!」
海未「では、屋上で待っていますね」
ことり「うん!」
ことりもスクールバッグを手に持ち直し、ピカチュウのところへ向かう。
◇廊下
海未が立ち止まる。
海未「……」
穂乃果「海未ちゃん、どうしたの?」
海未「(ことり…、やはり、何か隠していますね?)」
穂乃果「海未ちゃん?」
海未「あ、すみません、穂乃果。今行きます」
◇校舎裏
ことり「ピカチュウ~、お待たせ」
ピカチュウ「ピッカァ!」
愛らしい鳴き声とともに、またことりのところへ駆けてくる。
ことりはその前に両手を広げて、ストップの合図。
ことり「ピカチュウ、ちょっと待って!」
ピカチュウ「ピカ?」
そっとしゃがむ。
ことり「ごめんね、ピカチュウ。迎えに来たけど、まだお家には帰れないの」
ピカチュウ「ピカチュウ?」
ことり「これから、μ’sの練習があるの」
ピカチュウ「ピカ?」
ことりはバッグのファスナーを開ける。
ことり「私たち、スクールアイドルっていうのをやっててね。今からそのダンス練習を屋上でやるの。だからその間、また少しだけバッグの中で待っててくれる?」
ピカチュウ「ピカ」
バッグの中にぴょんと飛び込んだ。
ことり「ありがとう、ピカチュウ」
そっとファスナーを半分だけ閉める。
ことり「ふふっ。じゃまずは、部室へレッツゴー♪」
ことりはくるりと踵を返し、スクールバッグを抱きかかえるようにして歩き出す。
◇部室
部室の中に入り、鍵を掛ける。
みんなはもう、屋上へ行ってしまっていたようだ。
バッグを机の上に置き、練習着を取り出し、制服を脱ぎ始めた。
ことり「~♪」
練習着に袖を通し、髪を結び直すと、ことりは一度深呼吸した。
そして、バッグの中に顔を近づけて、囁くように言った。
ことり「さっ、ピカチュウ。一緒に、屋上まで行こ?」
バッグの隙間からピカチュウがちょこんと顔を出した。
ピカチュウ「ピカ♪」
ことりは微笑みながら、しっかりとバッグを胸元に抱いて、部室を出た。
◇屋上
屋上への階段を駆け上がると、扉の向こうから賑やかな声が聞こえてきた。
ガチャッ
(BGM:楽しい部活)
ことり「ごめん、みんな! 遅くなっちゃった!」
花陽「ことりちゃん、来た!」
にこ「ことり! 遅いわよ〜!」
穂乃果「ことりちゃん、もう用事は終わったの?」
ことり「う、うん!」
海未「……」
絵里「それじゃ、ことりも来たことだし、始めましょうか!」
真姫「えぇ、いつでもいいわ」
凛「今日も頑張るにゃ~!」
希「凛ちゃん、今日も元気やね~」
ことりは、みんなに気づかれないように、屋上の扉横そばの日陰に、そっとバッグを置く。
ことり「ピカチュウ、ここから見ててね。ことり、頑張ってくるからね」
ピカチュウ「ピカ?」
ことりは、みんなの輪の中に駆け戻っていく。
ことり「お待たせ~」
海未「では、始めますよ」
ピカチュウ「…?」
ピカチュウは、バッグの口から小さく顔を出し、屋上の中心に立つことりを見る。
海未「ワン・ツー・スリー・フォー・ファイブ・シックス・セブン・エイト」
ステップ、ターン、スピン――ことりが踊るたび、髪が風を受けてふわりと舞う。
ピカチュウ「ピカチュウ~……!」
さっきの可愛くて、優しかったことりちゃんが、今はとっても――
――かっこいい!
ピカチュウ「…っ!」
ピカチュウの胸がキュンと鳴った。
ことりの動き一つひとつに、ぴょん、と耳が跳ねる。
ダンスに合わせて、ピカチュウの尻尾が小さく揺れる。
まるで、一緒に踊っているように――
* * *
海未「では、今日の練習は、ここまでにしましょうか」
穂乃果「ふぅ~、終わった~! 疲れた~」
凛「かよちん!真姫ちゃん! 帰りにラーメン食べて帰るにゃ!」
真姫「また? このうだるような暑さの中でラーメンなんて、あなたどれだけ好きなのよ…?」
花陽「あ、そういえば今朝、いつものラーメン屋さんの前を通ったら、冷やし中華の貼り紙が、入口に貼ってたよね?」
凛「あったあった! でもあの看板の文字、『冷やし中華、始めさせられました!』って書いてたにゃ!」
真姫「はっ? 『始めさせられました』? ナニソレ、イミワカンナイ。 普通は『始めました!』でしょ?」
絵里「本当にそんなふうに書いてあったの?」
花陽「うん」
希「ふふっ、チェーン店なら、本部の偉い人や、怖いエリアマネージャーさんとかに、『いい加減、冷やし中華始めなさい!』って強制させられたんやない? きっと、苦渋の決断の貼り紙やったんやね!」
にこ「何バカなこと言ってるのよ? ただの書き間違いか、ウケ狙いに決まってるでしょ? 本当にそうならそうで、わざわざ強制されたこと書くんじゃないわよ!」
凛、エアギターを弾く。
凛「♪ 冷やし中華~、始めさせられました~!」
にこ「いや…、後半のリズムが、全っ然合ってないわ!」
凛「え~? じゃ、にこちゃんお手本見せてにゃ!」
にこ「ぬわぁんで、私が冷やし中華の歌を歌わなきゃいけないのよ!?」
真姫「それで? 結局行くの? 行かないの?」
花陽「ちょっと私、その冷やし中華、気になるかも」
凛「かよちんがそう言うなら、突撃にゃ~!」
絵里「私も何か、地味に気になるわ…」
希「ついてく?」
海未「行くなら、あまり遅くならないようにしてくださいね。 さてと、帰りましょうか」
穂乃果「うん。 ことりちゃん、一緒に帰ろう!」
ことり「あ…ごめん、今日はちょっと帰りに、寄りたいところがあるから、先に帰っててくれる?」
穂乃果「えぇ~? なんか今日、ことりちゃんとあんまり話せてない…」
ことり「あ~…ごめんね、穂乃果ちゃん」
穂乃果「今日、ことりちゃんパワーが全然溜まってないよ~。穂乃果、全然充電できてない! だから、充電させて!」
ことり「きゃっ!」
穂乃果、ことりに抱き着く。
にこ「あんた、この暑い中、よく抱きつけるわね…」
ことり「あはは…。 よしよし、穂乃果ちゃん。また来週、いっぱいお話しようね?」
海未「それならことり、夕方は物騒ですから、気を付けて行ってきてくださいね」
ことり「うん、ありがとう海未ちゃん! みんな、また来週ね~!」
凛「また来週にゃ~!」
絵里「じゃあね、ことり」
穂乃果「それじゃね~」
メンバーたちの賑やかな声が階段を下っていったあと、屋上にはことり一人が残っていた。
ことりはバッグのチャックをそっと開ける。
ことり「ピカチュウ、もう出て来て大丈夫だよ。 おいで」
ピカチュウ「ピカ♪」
(BGM:友情)
そっとピカチュウをバッグから出して、抱っこする。
ことり「ふふっ、バッグの中、ちょっと暑かったかな? 大丈夫だった?」
ピカチュウ「ピカチュウ」
ことり「ねぇ、練習、見てたでしょ? 顔がちょっぴり見えてたよ?」
ピカチュウ「ピカピカ!」
ピカチュウはぱっ、と嬉しそうに両前足を広げ、まるで拍手するようにパチパチと音を立てた。
まるで『すごかったよ!』と伝えるように。
ことり「ありがとう♪」ナデナデ
ことりは、抱っこしたまま、屋上の柵の近くへと歩いていく。
風が練習着のスカートの裾を優しく揺らし、淡いオレンジ色の夕陽が、校舎の向こうに沈みかけていた。
ことり「ほら見て、ピカチュウ。これが、音ノ木の町だよ」
ピカチュウ「ピカ?」
視界いっぱいに広がる屋根の波が茜に染まり始める。
校庭の端から聞こえるカラスの鳴き声や、街灯の灯りがぽつぽつと点き始めたその景色を、ピカチュウは静かに見つめていた。
ことり「ねぇ、ピカチュウ」
ピカチュウ「…?」
ことり「あなたはきっと、私たちとは違う世界から来たんだと思うの…。 図鑑でも、あなたみたいな可愛い生き物はどこにも載っていなかったから…。 ピカチュウがどこから来たのかも、どうしてここにいるのかも、まだよくわからない…。 でもね、私は、ピカチュウと出会えて、今すっごく幸せだよ! きっと大丈夫。 あなたのことは、ことりが責任を持って、ちゃんと守ってあげる。 誰にもいじめさせたりしないし、寂しい思いもさせないからね」
ピカチュウ「ピカ♪」
ことり「ふふっ、これからよろしくね、ピカチュウ♡」
夕陽がゆっくりと沈み、空は茜から群青へと、静かに移り変わっていく。