南ことり&ピカチュウ ~キミといた夏の奇跡~   作:あいライス

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今日で出会って、4日目♡


学校に行ってる間、理事長室で留守番をすることになったピカチュウ。

ピカチュウにとって、2回目の音ノ木坂学院。

何やら探検の予感…♪





ーーー



お待たせしました。地震のメンタルも回復したので、再開します。


第5話「涙とお花と、ごめんなさい」

(BGM:フタバタウン(昼))

 

 

月曜日・朝

 

朝の光が、カーテンの隙間からゆっくりと差し込んでくる。

 

 

ちゅん……ちゅん……。

 

 

窓の外から聞こえる鳥のさえずり。

 

 

ことり、ピカチュウ「Zzz……」

 

 

ピピピピッ!  ピピピピッ!  ピピピピ~! ピピピピ~! ピピピピピピピピピピピッ!!

 

 

目覚まし時計が鳴り出したが、まだ慣れない誰かさんにとっては、ちょっぴり刺激が強かった。

 

 

ピカチュウ「……ピ、ピカッ!?」

 

 

布団の中から飛び上がるように、顔を出す。

 

 

ことり「ん…? おはよう…ピカチュウ…」

 

 

ことりは、目覚まし時計を止める。

 

 

ことり「びっくりしたね、目覚ましさんの音」

 

ピカチュウ「ピカ…」コクッ

 

ことり「慣れるまでは、ちょっと大変かもだけど、大丈夫だよ」ナデナデ

 

ピカチュウ「ピカァ…」

 

ことり「(電気で起こされないだけ、ちょっとずつ慣れてくれたのかな…?)」

 

 

ことりは体を起こす。

 

 

ことり「ん~~……。 さてと、準備しようか!  学校に行こう!」

 

ピカチュウ「ピッカ♪」

 

ことり「ふふっ」

 

 

~回想~

 

昨日の晩ご飯の時。

 

 

鷹夫「そういえば、昨日今日は、ことりが学校休みだったから良かったけど、明日からどうするんだ? ピカチュウ一人、家で留守番させて大丈夫か?」

 

ことり「あ…そっか…そうだよね…」

 

ことり「(そっか…。今日は海未ちゃんと穂乃果ちゃんが面倒見てくれたけど、明日はそうもいかないね…)」

 

ことり「どうしよう…。 また初日みたいに学校裏の倉庫に隠れてもらうのも、ピカチュウ危ないし…」

 

ピカチュウ「ピカ?」

 

飛鳥「あっ…、なら、学校にいる間は、私が理事長室で預かってもいいわよ」

 

ことり「本当!? お母さん!」

 

飛鳥「えぇ。 明日は幸い、来客の予定もないし、私が仕事をしながら面倒を見ておくわ。ことりも休み時間になったら、様子を見に来ればいいわ」 

 

ことり「うん、ありがとう~!」

 

ピカチュウ「ピカピカ!」

 

 

~回想終了~

 

 

ことり「(お母さんが預かってくれるから、よかったよ)」

 

 

ことりは制服に着替えるため、ベッドから立ち上がった。

 

音ノ木坂学院の制服をハンガーから取り出し、丁寧に袖を通していく。

 

鏡の前でリボンを綺麗に結ぶ。

 

 

コンコンコンッ

 

 

ことり「…? は~い」

 

飛鳥「おはよう、ことり、ピカチュウ」

 

ことり「お母さん、おはよう」

 

ピカチュウ「ピカチュウ」

 

飛鳥「私は先に学校へ行くから、着いたら理事長室に連れてきて。 朝ご飯はもう出来ているから、しっかり食べてくるのよ」

 

ことり「わかった!」

 

ピカチュウ「ピカ!」

 

 

飛鳥は満足そうに頷くと、一足先に音ノ木坂学院へと向かって家を出て行った。

 

 

ことり「よしっ、ピカチュウ! 私たちも朝ご飯を食べて、学校へ出発しようね!」

 

ピカチュウ「ピカピカッ♪」

 

 

* * *

 

 

(BGM:凛の戸惑い)

 

 

ことりは初日のように、ピカチュウをスクールバッグに入れて、学院までの道を歩く。

 

 

ことり「ピカチュウ、大丈夫? 窮屈じゃない?」

 

ピカチュウ「ピッカ!」

 

 

バッグの中から顔を覗かせた。

 

 

ことり「うん♪」

 

 

登校の途中、いつものことり、穂乃果、海未の待ち合わせ場所。

 

 

ことり「穂乃果ちゃん、海未ちゃん、おはよう!」

 

穂乃果「ことりちゃん! おはよ~!」

 

海未「おはようございます、ことり。今日も暑くなりそうですね」

 

ことり「そうだね~」

 

 

3人で並んで歩き始めると、バッグの中でじっとしていたピカチュウは、ひょこっと顔を出した。

 

 

ピカチュウ「ピカ♪」

 

ことり「あっ」

 

穂乃果「わっ! ピカチュウ! おはよう!」

 

海未「ことり、ピカチュウを学校に連れて行く気ですか!? 誰かに見られたらどうするんです?」

 

ことり「あはは…。びっくりさせちゃってごめん。でも大丈夫なの! お母さんが理事長室で、ピカチュウのこと見ててくれるって。 だから、朝だけ一緒に登校して、学校に着いたら、預けに行くの♪」

 

海未「あぁ~なるほど。それなら、まだ安心できますね」

 

穂乃果「また会えて嬉しいよ、ピカチュウ! 昨日のこと、ちゃんと覚えてるかな~?」

 

ピカチュウ「ピカ!」

 

 

昨日の指切りげんまんを覚えているのか、嬉しそうに尻尾をふりふり振っている。

 

 

穂乃果「うう〜…、ホントに可愛いよ〜! 連れてきてくれてありがとう、ことりちゃん!」

 

ことり「えへへ、ピカチュウも会えて嬉しいって言ってると思うよ」

 

 

3人と1匹で歩く朝の通学路は、どこか特別な時間のように感じられた。

 

けれど、音ノ木坂学院の正門が見えてくる。

 

 

ことり「ピカチュウ、そろそろ隠れようか。もうちょっとだけ我慢してね」

 

ピカチュウ「ピカ」

 

 

ことりの言葉に従って、ピカチュウは、バッグの奥に引っ込んだ。

 

ことりは、バッグのファスナーを元の隙間の位置まで閉める。

 

校門をくぐり、朝の校舎を進んでいく3人。

 

 

ことり「それじゃ、ピカチュウをお母さんに預けてくるから、2人は先に教室行ってて」

 

穂乃果「わかった!」

 

海未「気をつけてくださいね。誰にも見られないように」

 

ことり「うん!」

 

 

* * *

 

 

◇理事長室

 

扉の前に立ち、ことりは小さくノックをする。

 

 

ことり「お母さん、ことりだよ。ピカチュウ、連れてきたよ」

 

飛鳥「入っていいわよ、ことり」

 

 

母の穏やかな声が返ってきて、ことりは扉を開ける。

 

 

ことり「ピカチュウ、着いたよ」

 

 

ことりはしゃがんで、バッグからピカチュウを出す。

 

 

ピカチュウ「ピカ?」

 

飛鳥「ピカチュウ。今日はここで、ことりを待ってましょうね」

 

ピカチュウ「ピカピカ?」

 

飛鳥「ここなら誰も来ないし、静かで涼しいわよ」

 

ことり「それじゃピカチュウ、お昼休みになったら来るから、いい子で待ってるんだよ」

 

 

ことりはピカチュウの頭を優しく撫でて、立ち上がる。

 

 

ピカチュウ「ピカ!」

 

 

ことりの足にしがみつく。

 

 

(BGM:M09(1997~1998))

 

 

ことり「っ!」

 

飛鳥「あらあら」

 

ピカチュウ「ピ~カ~…」

 

ことり「……クスッ」

 

 

ことりはスカートの裾を少し押さえ、しゃがみ込み、ピカチュウと目線を合わせる。

 

 

ことり「ピカチュウ、あのね。ここで、キーンコーンカーンコーン♪って音が鳴るの」

 

ピカチュウ「ピカ?」

 

ことり「その音が、8回鳴ったあとに、私はここに来るよ」

 

ピカチュウ「……」

 

ことり「ちゃんと来る。約束だよ」

 

 

ことりは小指を立てて、ピカチュウに見せる。

 

 

ピカチュウ「ピカ!」

 

 

ことりの指を握る。

 

 

ことり「うん。 またあとで、いっぱいなでなでしてあげるからね」ナデナデ

 

ピカチュウ「ピカ」

 

 

ことりはふわりと立ち上がる。

 

 

ことり「お母さん、お願いね」

 

飛鳥「えぇ。ちゃんと見てるから。今日も勉強頑張りなさい」

 

ことり「は~い」

 

 

ことりは扉を開ける。

 

 

ことり「ピカチュウ、行ってきます」

 

 

理事長室を出た。

 

 

◇理事長室前

 

——「ピカ!」

 

 

中から声が聞こえた。

 

 

ことり「ふふっ」

 

 

ことりは胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じながら、足取り軽く自分の教室へ歩き出した。

 

 

◇理事長室

 

ピカチュウは、ちょこんと絨毯の上に座り込み、パタンと閉まった扉をじっと見つめていた。

 

 

飛鳥「ふふっ、ことりはもう行っちゃったわよ」

 

ピカチュウ「ピカ…」

 

 

ピカチュウは少しだけ耳を伏せ、トコトコと歩き出し、理事長室の中を探検し始めた。

 

 

(BGM:ぶる~べりぃ♡とれいん【サビ】 オルゴールVer.)

 

 

絨毯の踏み心地を確かめるように足を動かしたり、棚に整然と並べられた本を見上げて首を傾げたり、観葉植物に近づいて匂いを嗅いだりした。

 

飛鳥は微笑みながら書類に目を落とし、ペンを走らせる。

 

学院の経営や今後の行事に関する重要な書類の山。

 

普段なら静まり返った部屋で黙々とこなす作業だが、今日は時折聞こえてくる「ピカ」「ピカチュウ」という愛らしい声や、小さな足音が、心地よいBGMとなっていた。

 

しばらく部屋の中を徘徊していたピカチュウだったが、やがて探検に満足したのか、トコトコと飛鳥の足元へと寄ってきた。

 

 

ピカチュウ「ピカチュウ?」

 

飛鳥「んっ? どうしたの? 寂しくなっちゃったかしら?」

 

 

飛鳥は手を伸ばし、ピカチュウを抱っこして、膝に乗せてあげた。

 

ピカチュウは、飛鳥の手をクンクンと確かめると、スッと自分の頭を飛鳥の掌に押し当ててきた。

 

 

飛鳥「あら。ふふっ」

 

 

飛鳥の手から伝わる温もりと優しさは、どこかことりのそれと似ていて、ピカチュウの心を穏やかにしていく。

 

飛鳥は、ピカチュウの耳の後ろや、背中を優しく撫でてあげた。

 

 

ピカチュウ「ピカァ…♪」

 

飛鳥「ふふっ、ことりも昔は、こうして甘えてきたわね。 あの子、一人っ子だったから、ずっと弟か妹を欲しがっていたのよ。 だからピカチュウのことが、可愛くて仕方ないんでしょうね。 ことりが、あなたをとても大切にしている理由が、よく分かるわ」

 

 

ことりが家にピカチュウを連れてきた日のこと、そしてこの4日間のことりの表情を思い返す。

 

 

飛鳥「あの子に、こんなに素敵な家族が増えるなんてね…。 ふふっ、大丈夫よ、ピカチュウ。ことりはちゃんとお勉強が終わったら、戻ってくるわよ」

 

 

時折、校庭から体育の授業をしている生徒たちの元気な声と、蝉の鳴き声が聞こえる。

 

 

ピカチュウ「ピカ……」ウトウト

 

 

ピカチュウは飛鳥の膝の上で丸くなり、膝の暖かさと優しく背中を撫でる手つきに身を委ねている。

 

やがて規則正しい撫で心地に誘われるように、すやすやと心地よい寝息を立て始めた。

 

 

飛鳥「あら、寝ちゃったかしら?」

 

 

時計の針が刻一刻と刻まれ、静かで温かな時間はゆっくりと過ぎていった。

 

 

* * *

 

 

昼休みを告げるチャイムの音が、校舎全体に高らかに鳴り響く。

 

その瞬間、ピカチュウの耳がピンと立ち上がり、起きた。

 

 

ピカチュウ「ピカ?」

 

飛鳥「あら? ちょうどいい時間に起きたわね」

 

ピカチュウ「ピカピカ」

 

 

この音が、何回目なのか聞いてる。

 

 

飛鳥「チャイムの音かしら? ずっと寝てたから気づかなかったのね。 今のがお待ちかねの8回目よ。  もうすぐことりが来るわよ~」ナデナデ

 

 

(BGM:M02(1997~1998))

 

 

◇2年教室

 

ことりはスクールバッグから自分のお弁当箱と、もうひとつ小さめの可愛らしいお弁当箱を取り出し、席を立った。

 

 

ことり「それじゃ、ピカチュウのところ行ってくるね」

 

穂乃果「えっ? じゃ私も行っていい? 一緒にお昼食べたい!」

 

ことり「うん、それじゃ一緒に行こう!」

 

海未「あの…、私も行っていいでしょうか?」

 

ことり「もちろん♪」

 

穂乃果「海未ちゃんが自分からそう言うなんて、珍しいね?」ニヤニヤ

 

海未「えっ? べ、別に私は…。 ピカチュウが、ちゃとんいい子で、理事長室で待ってるのか気になるだけで…」

 

穂乃果「ふふ~ん、素直になりなよ〜? 海未ちゃんもピカチュウに、メロメロになっちゃってるんでしょ~?」

 

海未「穂乃果っ!///」

 

ことり「ふふっ」

 

穂乃果「じゃ行こっか。 あっ、ピカチュウのお弁当も、ちゃんとあるんだね?」

 

ことり「うん。玉子焼きとお野菜を小さく切ったやつだけど」

 

穂乃果「さすがことりちゃん! 愛情たっぷり~♪」

 

海未「ホント、面倒見がいいお姉ちゃんですね」

 

 

ことりはほんのりと頬を染めた。

 

 

* * *

 

 

3人は弁当を持ち、教室を抜けて理事長室へと向かう。

 

理事長室の前に着くと、ことりは扉をノックした。

 

 

ことり「お母さん、ことりだよ。ピカチュウに会いに来たよ」

 

飛鳥『どうぞ~。    あ、ピカチュウ、ちょっと』

 

 

ことりが扉を開けた瞬間、ふわっと、ピカチュウがことりの胸元に飛びつく。

 

 

ピカチュウ「ピカチュウ! ピッカ♪」

 

ことり「ピカチュウ! ただいま~♡」

 

 

ことりは、ピカチュウをぎゅっと抱きしめた。

 

ピカチュウは嬉しそうにことりの胸元に顔をすり寄せる。

 

 

ピカチュウ「ピカ〜♪」

 

 

後ろでその様子を見ていた穂乃果と海未。

 

 

穂乃果「ピカチュウ、やっほ~!」

 

海未「ピカチュウ、いい子にしてましたか?」

 

ピカチュウ「ピカッ!」

 

飛鳥「んっ? 穂乃果ちゃんに、海未ちゃんまで…? ことり、あなたもしかして?」

 

ことり「あ……。ごめんなさい、お母さん…。 実は…一昨日、2人が家に遊びに来た時、ピカチュウのことがバレちゃって…。 それで、昨日も…その…、私が用事で出かけてる間、ピカチュウのお世話手伝ってもらってたの…」

 

飛鳥「……そうだったのね…」

 

海未「っ!   すみませんっ!」ペコッ

 

 

(BGM:答えはとても簡単)

 

 

ことり、飛鳥「っ!?」

 

海未「私たちが無理やり問い詰めたのが悪かったんです! ことりを責めないであげてください!」

 

穂乃果「あっ、そ、そうですっ! 私たちが悪いんです! ことりちゃん、ちゃんと隠そうとしてました!」

 

飛鳥「あ…ふふっ……。いや、いいのよ。 2人には、きっとすぐバレるだろうって、最初から思ってたから」

 

ことり、穂乃果、海未「えっ……?」

 

飛鳥「あなたたち3人は、幼い頃からずっと一緒だったでしょう? ことりが何か隠し事をしていたら、穂乃果ちゃんや海未ちゃんが気づかないはずがないわ。  それにほらっ、ことりって昔から、誤魔化すとき、微妙に隠せきれない言い訳をするでしょ…?」

 

海未「は…はぁ、そう…ですね」

 

穂乃果「あぁ~…確かに。私たちが、隠れてるピカチュウの声を初めて聞いたとき、ことりちゃん『テレビの音だよ~!』って、テレビついてないのに、それで誤魔化そうとしてましたよ」

 

ことり「穂乃果ちゃん!?///」

 

飛鳥「やっぱりね…。 ことりらしいわ…」

 

ピカチュウ「ピカ?」

 

 

ピカチュウは首を傾げながら、楽しそうに笑い合う一同を見つめていた。

 

しかし、飛鳥は少しだけ表情を引き締めると、凛とした理事長としての、そして母としての視線を3人へ向けた。

 

 

飛鳥「でも、穂乃果ちゃん、海未ちゃん。わかってると思うけど、ピカチュウは、どこから来たのかも分からない。 普通の動物とも違って、電気を出す力を持った子。 もしこの子の存在が公になれば、どれほど大きな騒ぎになるか、あなたたちも分かるわね?」

 

穂乃果、海未「…はい」

 

飛鳥「もし悪意ある大人の目に留まれば、連れ去られたり、世間の好奇の目に晒されたりしてしまうかもしれない。だからこそ、生半可な気持ちで守ることはできないの」

 

飛鳥「この子は今、ことりの大切な家族として暮らしています。けれど、それはあなたたちの協力もあってこそ成り立つもの。 穂乃果ちゃん、海未ちゃん、そしてことり。3人で力を合わせて、この子の秘密を絶対に守り抜き、責任を持って最後まで大切にすること。それを、私と約束してくれる?」

 

 

ことり、穂乃果、海未は顔を見合わせると、固い絆で結ばれた笑みを交わし、力強く真っ直ぐに飛鳥を見つめ返した。

 

 

穂乃果「はい! 絶対に約束します!」

 

海未「何があろうと、私たちの手でしっかりとこの子を守り抜いてみせます!」

 

ことり「うん! もちろん!」

 

飛鳥「ふふ、頼もしいわね。約束よ。 さっ、お昼にしましょうか」

 

 

* * *

 

 

(BGM:ゆったりお昼休み)

 

 

応接用のローテーブルの上に、それぞれのお弁当箱が広げられた。

 

飛鳥も自分のデスクでお弁当を開く中、ことりたちはソファーに腰掛け、楽しい昼食の時間がスタート。

 

穂乃果はお気に入りのランチパックの袋を開け、嬉しそうに食べ始めた。

 

 

穂乃果「あむっ。  うん。 いや~、今日もパンが美味い!」

 

ピカチュウ「ピカ?」

 

穂乃果「んっ? ピカチュウ、気になる? 食べてみる?」

 

 

穂乃果は、小さくちぎったパンの端っこを、ピカチュウの目の前に差し出した。

 

ピカチュウは、クンクンと鼻を鳴らして匂いを確かめると、嬉しそうにパクッと食べて、モグモグと噛みしめる。

 

 

ピカチュウ「っ! ピッカ~♪」

 

穂乃果「どう? 美味しいでしょ!」

 

ピカチュウ「ピカピカ!   ピ~カ?」

 

 

今度は海未のお弁当を見る。

 

海未の綺麗に整えられたお弁当のおかずをつまみ食いしようとするピカチュウ。

 

 

海未「あっ、ピカチュウ、これは味が濃いのでダメですよ!」

 

 

海未は、弁当箱を持ち上げて避けた。

 

 

ことり「あはは、ピカチュウ。 ピカチュウのご飯は、こっちにあるからね」

 

 

可愛い丸型の小さなお弁当箱のフタを開けて見せた。

 

中には、小さい玉子焼きと、柔らかく茹でて細かく刻まれたニンジンやブロッコリーなどのお野菜が詰まっている。

 

 

ピカチュウ「ピカ~ッ!」

 

 

ピカチュウは、嬉しそうに尻尾を振り、ことりの膝の上へ、お行儀よくちょこんと座り直した。

 

 

ことり「ふふっ。はい、あ~ん♪」

 

 

ことりは箸で、一口サイズのたまご焼きを取り、ピカチュウの口元へと優しく運ぶ。

 

 

モグモグ、モグモグ。

 

 

ピカチュウ「ピカチュウ~♪」

 

ことり「美味しい? よかった。お野菜も食べようね。 あ~ん♪」

 

 

今度はニンジンをあげる。

 

ピカチュウは、ことりから差し出されるのを嬉しそうに、次々とパクパクと口に運んでいく。

 

 

穂乃果「ほんとピカチュウって、表情豊かで可愛いよね!」

 

海未「えぇ。言葉は通じなくても、何を考えているのか、手に取るように分かります」

 

飛鳥「ことりが丹精込めて作ったお弁当ですものね。ピカチュウにも、その愛情がしっかりと伝わっているのよ」

 

 

デスクで自身のサンドイッチを口にしていた飛鳥も、温かな眼差しでその光景を見守っている。

 

お弁当を食べ終わると、ピカチュウは満足そうに、ことりの膝の上で丸くなった。

 

ことりが優しく背中を撫でてあげると、ピカチュウは心地よさに目を細める。

 

 

ことり「ふふっ、ピカチュウ。お腹いっぱいになって眠くなっちゃった?」

 

ピカチュウ「ピカ…」

 

穂乃果「ねぇ、そういえば、今日の放課後のμ’sの練習は、屋上でダンスのおさらいだったよね?」

 

海未「はい。前回のステップの合わせで、まだ甘い部分がありますから、そこを重点的に行います」

 

ことり「あそこ、もう少し可愛いステップに変えるのもありかもね」

 

海未「あとで絵里と話してみましょう」

 

飛鳥「ふふっ、いつも頑張ってるわね」

 

ピカチュウ「ピカチュウ?」

 

 

しかし楽しい時間は、いつだってあっという間に過ぎ去ってしまうものだ。

 

壁の時計の針が進み、予鈴の鳴る数分前。昼休みがそろそろ終わる時間。生徒たちは教室に戻らなければならない。

 

 

海未「そろそろ時間ですね。理事長、お邪魔しました」

 

穂乃果「えぇ~?もう? 仕方ない…、戻るとしますか~…」

 

ことり「ふふっ。  ねぇピカチュウ、またお留守番の続き、頑張れるかな?」

 

ピカチュウ「ピカ?」

 

 

ことりは、ピカチュウを膝から、ソファーの上に優しく下ろそうとした。

 

 

ピカチュウ「ピッ!」

 

 

だが、大好きなことりと離れるのが嫌なピカチュウは、ことりのベストを掴んで話さない。

 

 

(BGM:亜里沙)

 

 

ことり「…?」

 

ピカチュウ「ピカァ……、ピカチュウ……」

 

 

上目遣いでことりを見つめ、うるうると瞳を潤ませながら「行かないで」と必死に甘えてくるピカチュウ。

 

 

ことり「……!♡」

 

 

そのあまりにも愛らしく、愛おしい姿に、ことりの胸はキュンキュンと高鳴る。

 

 

穂乃果「か、可愛すぎる…っ! 私、午後の授業サボってここに残りたい…!」

 

海未「穂乃果! 授業をサボるのは許しませんよ!」

 

飛鳥「う~ん、理事長としても、さすがに今の発言は感化できないわね~?」

 

穂乃果「じょ、冗談だよ、冗談!  でもピカチュウ、本当にことりちゃんと離れたくないんだね…?」

 

ピカチュウ「ピカ……」

 

ことり「ピカチュウ、ごめんね? 私、午後の授業に行かなきゃいけないの」

 

ピカチュウ「ピカ~……」

 

ことり「お勉強が終わったら、すぐに迎えに来るから。お母さんと一緒に、いい子で待っててくれる?」

 

ピカチュウ「ピ~カ~…」

 

ことり「…クスッ……、ねぇ、ピカチュウ。 今までことりが、嘘ついたことある?」

 

ピカチュウ「ピカ…?」

 

 

ことり「……」ニコッ

 

ピカチュウ「ピカピカ…」フルフル

 

ことり「ふふっ、ないでしょ? だからね、放課後になったら、絶対に真っ先にここに来るって、約束する」

 

 

ことりは自分の小指をそっと立てて、ピカチュウの目の前に差し出した。

 

 

ことり「だから、お留守番頑張れるかな?」

 

ピカチュウ「………ピカチュウ」ギュッ

 

 

掴んでいたベストの手を離し、ことりの小指を握る。

 

 

ピカチュウ「ピカ!」

 

 

ピカチュウはパッと表情を明るくして元気いっぱいに返事をした。

 

 

ことり「うん!」

 

 

ことりはピカチュウを膝から下ろす。

 

 

穂乃果「すごいな~、本当に伝わってる」

 

海未「そうですね」

 

ことり「それじゃお母さん、ピカチュウをまたよろしくね!」

 

飛鳥「えぇ、任せてちょうだい。行ってらっしゃい、ことり、穂乃果ちゃん、海未ちゃん」

 

ピカチュウ「ピカピカ~!」

 

穂乃果、海未「失礼しました」

 

ことり「ピカチュウ、待っててね~」

 

 

理事長室を出る3人を見送って、ピカチュウはソファーの上へ歩み寄り、そのままコロンと横になった。

 

この場所が、天井のエアコンから出る冷気が直接当たって一番涼しいということを、ピカチュウなりに察知したらしい。

 

飛鳥はデスクでペンを動かし、書類を書きながら、横目でそんなピカチュウの様子を優しく見守っていた。

 

 

飛鳥「ふふっ…、そこが一番涼しくて気持ちいいのよね?」

 

 

ことりと一緒にやってきた、穂乃果と海未にも、たくさん撫でてもらった。

 

昨日、ことりがアルバイトで家にいなかった間、2人が一日中自分と一緒にいて、たくさん遊んで世話をしてくれたことも、ピカチュウはちゃんと覚えている。

 

2人のことも大好きだし、感謝している。

 

でも、やっぱり――。

 

 

ピカチュウ「ピカ……」

 

 

ついさっきまでことりが座っていた場所。

 

ことりのあたたかな体温。そして、お日様のような、ほんのりと甘くて優しい匂い。

 

 

飛鳥「本当にことりのことが、大好きなのね?」

 

 

飛鳥はそっと立ち上がり、ピカチュウに歩み寄って、頭を撫でてあげる。

 

 

飛鳥「大丈夫よ、ピカチュウ。放課後になったら、ことりは一番にあなたを抱きしめに来てくれるわよ」

 

ピカチュウ「ピカァ…」

 

 

飛鳥の優しく撫でてくれる手のひらを感じながら、ピカチュウは安心したように目を細めた。

 

窓の外では、夏の高い空から日差しが降り注ぎ、蝉の鳴き声が聞こえる。

 

あと数時間もすれば、放課後を告げるチャイムが鳴り、あの大好きな笑顔が、この扉を開けて入ってくる。

 

ピカチュウはことりの残した温もりにすっぽりと包まれながら、楽しみな放課後の訪れを待つために、再びゆっくりと瞼を閉じていくのだった。

 

 

――ことり…早く会いたいな……。

 

 

* * *

 

 

2年生の教室へ続く廊下を歩く3人。

 

 

穂乃果「いや~、ピカチュウ、可愛かったね!」

 

ことり「でしょでしょ! ピカチュウは、とっても可愛いんだから!」

 

海未「本当にことりに懐きすぎなくらい、甘えん坊ですね。   最初にお世話をすると聞いた時は、どうなることかと思いましたが、もうすっかりことりの弟って感じですね」

 

ことり「弟かぁ♪ うん! もっともっと仲良くなりたいな♪」

 

 

あの日、雨上がりの公園で、一人ぽつんと寂しそうに丸くなっていた黄色い不思議な生き物。

 

今まで見たことも聞いたこともない未知の動物で、突然放たれる激しい電気に最初は戸惑うこともあったけれど、もう今となってはそんな種族の違いなんてどうでもよかった。

 

一緒にご飯を食べたり、甘えて頭をすり寄せてきてくれたり、同じベッドで抱き合いながら静かに眠りについたり。

 

一日一日を重ねるごとに、その存在は自分の中でかけがえのないものへと大きくなり、今ではもう愛しくてたまらない、世界で一番大切な家族になっていた。

 

 

ことり「早く会いに行ってあげないとね♪」

 

穂乃果「うん」、海未「えぇ」

 

 

* * *

 

 

◇理事長室

 

6時間目の開始を告げるチャイムが鳴った。

 

ソファーで寝てたピカチュウがパチッと目を覚ました。

 

 

ピカチュウ「……? ピ~カ?」

 

飛鳥「んっ?起きた? 今6時間目が始まったから、あともう1回これが鳴ったら、ことりが迎えに来てくれるわよ」

 

ピカチュウ「ピカ」

 

 

その言葉を理解したピカチュウは、待ち遠しそうに尻尾をパタパタと振った。

 

その時だった。

 

コンコンコンッ。

 

 

飛鳥「……?」

 

 

飛鳥は、ソファーの上のピカチュウを、来客の視線から遮るように、すっとその前に立ち上がった。

 

飛鳥「はい? どうぞ」

 

教員「失礼します、理事長。少しお時間をいただけますでしょうか? 先日提出致しました9月の行事計画の件で、確認していただきたいことがございまして」

 

飛鳥「あ…はい」

 

 

飛鳥は、背後のピカチュウへとちらりと視線を走らせた。

 

ピカチュウは飛鳥の意図を察したのか、静かにソファの上で丸くなり、お行儀よく大人しくしている。

 

 

飛鳥「(少しくらいなら、大丈夫かしら? 打ち合わせは、すぐ隣の応接小部屋で済ませれば、問題ないわね)」

 

飛鳥「わかりました。 では、こちらへどうぞ」

 

教員「失礼いたします」

 

 

飛鳥と来客は、隣接する小部屋へと移動し、ドアを静かに閉めた。

 

理事長室の中に、再びしんと静かな時間が訪れる。

 

 

ピカチュウ「ピカ?」

 

 

ピカチュウは頭を上げ、部屋の中から飛鳥の気配がなくなったことに気づいた。

 

 

ピカチュウ「ピカピカ」

 

 

ソファーから降りたピカチュウは、探検するように部屋の中を歩き出し、さっきまで飛鳥が座っていた机の大きな椅子へとぴょんと飛び乗った。

 

 

(BGM:過ぎ去りし日々)

 

 

ふんわりとした椅子の上で立ち上がり、ふと窓の外へと視線を向けると、音ノ木坂学院の中庭が広がっていた。

 

青々と茂る芝生、そしてその奥にある花壇には、風にそよぐ白や赤、紫色の色鮮やかな花々が美しく咲き誇っている。

 

 

ピカチュウ「ピカ…!」

 

 

ピカチュウの瞳が、中庭の一角に咲く小さくて可憐な白い花に釘付けになった。

 

 

――ことり、あのお花、好きかもしれない。

 

 

ふと、ピカチュウの胸に、そんな思いが浮かんだ。

 

自分をいつも優しく抱きしめて撫でてくれて、甘い匂いがする大好きなことり。

 

放課後、自分を迎えに来てくれることりへ、何かプレゼントがしたい。

 

あの可愛い白いお花を摘んで、ことりにあげたら、きっとあの飛び切りの笑顔で見つめてくれるはず。

 

 

――あのお花を、ことりにあげたい!

 

 

窓は換気のためなのか、ピカチュウの体一匹通れるくらいの隙間が、ほんの少しだけ開けられたままになっていた。

 

ピカチュウは意を決すると、椅子からぴょんと窓辺のフチへと飛び乗った。

 

 

ピカチュウ「ピカピッカ♪」

 

 

ことりの喜ぶ顔を思い浮かべ、胸をときめかせながら、ピカチュウは開いた隙間から、窓の外へと勢いよく飛び出したのだった。

 

 

* * *

 

 

◇2年教室

 

担任:山田「それじゃ最後に、明日の連絡するぞ~」

 

 

後ろの窓際の席に、穂乃果が座っていた。

 

その隣がことり。 ことりの前が海未の席。

 

ことりはきちんと前を向き、先生の話をノートに取りながら、真面目に聞いていた。

 

海未も姿勢よく、時折小さく頷きながら内容をしっかりと受け止めている。

 

 

山田「夏休み明けたら、すぐに実力テストがあるからな。各自しっかり準備しておくように。それと、明日の日直は――」

 

 

しかし、穂乃果だけは違っていた。

 

 

穂乃果「(ふわぁ~……)」

 

 

欠伸をかみ殺しながら、ぼんやりと窓の外の風景に視線を向ける。

 

 

穂乃果「(やだな~…テスト…)」

 

 

 

その時だった。

 

 

穂乃果「(ん…?  えっ…!?)」

 

 

(BGM:ん???)

 

 

校庭の端、中庭へと続く敷地を歩くピカチュウが、視界に入った。

 

 

穂乃果「っ!?  ピカチュウ!?」

 

一同「…?」

 

 

クラス全体が、一斉に穂乃果へ視線が向けられる。

 

ことりと海未も、驚いて穂乃果のほうを見つめる。

 

 

山田「高坂、どうかした?」

 

穂乃果「い、いえっ! すみません! 何でもないです!」

 

 

ことりは、心配そうに覗き込んだ。

 

 

ことり「ほ、穂乃果ちゃん……?」

 

 

穂乃果は、慌ててノートに走り書きして、ことりに見せる。

 

 

《校庭にピカチュウが歩いてる!!》

 

 

ことり「(えっ!?)」

 

 

理事長室でお留守番をしているはずのピカチュウが、なぜ外を歩いているのか。

 

ことりも大急ぎでノートに返事を書き込む。

 

 

《どうしよう!今すぐ保護しに行かなきゃ!》

 

 

一刻も早く教室を飛び出したいけれど、今はホームルームの真っ最中。

 

ことりがどうすべきか迷い、パニックになりかけていると、隣の穂乃果がウインクした。

 

 

ことり「(穂乃果ちゃん……?)」

 

穂乃果「あ…! 痛たたたたっ! せ、先生ぇ~っ! 頭がすっごく痛いです! ちょっと保健室、行って来ていいですか!?」

 

山田「えっ? そ、そう…なの…か? …えっと…じゃ、南。保健委員だったな。高坂を保健室までお願いできるか?」

 

ことり「は、はいっ!」

 

 

ことりは即座に立ち上がると、穂乃果の肩を支えるフリをした。

 

 

ことり「(穂乃果ちゃん、ありがとう…!)」

 

 

二人はそそくさと教室内をあとにし、廊下へ出て行った。

 

 

海未「(頭が痛そうには見えませんが…?)」

 

 

穂乃果のあからさまな仮病に溜息をつく海未。

 

その時、海未の制服のポケットの中でスマホがブブッと小さく震えた。

 

 

海未「…?」

 

 

手元でこっそり画面を開くと、案の定、穂乃果からのメッセージが届いていた。

 

 

穂乃果:

ピカチュウが校庭を歩いてる!捕まえてくる!

 

 

海未「(まったく…穂乃果らしいですね。 ですが、早く捕まえないと、他の生徒や先生に見られたら、本当に大変なことになってしまいます。 私もこのホームルームが終わったら、すぐに合流しましょう)」

 

 

* * *

 

 

校舎を出たことりと穂乃果は、急いで校庭へと足を運んだ。

 

 

ことり「どっちに行ったの!?」

 

穂乃果「わかんない! でも多分、中庭のほうに行っちゃってたと思う!」

 

 

2人は辺りを見回すが、すでにピカチュウの姿は見えなかった。

 

 

ことり「ピカチュウ…、どこ…?」

 

穂乃果「大丈夫だよ!すぐ見つかるって! 二手に分かれよ? 私はこっち行くから、ことりちゃんは、あっちをお願い!」

 

ことり「う、うんっ!」

 

 

頷き合い、二手に分かれて駆け出した。

 

その直後、放課後を告げるチャイムが鳴り響いた。

 

 

(BGM:M41(1997~1998))

 

 

◇音ノ木坂学院 中庭

 

ピカチュウは、ふわふわと揺れる草花の間を歩き回ってた。

 

 

ピカチュウ「ピカ、ピカ♪」

 

 

ぴょんぴょんと草をかき分けながら、お花一つ一つに顔を近づけては、くんくんと匂いを確かめる。

 

 

――ことりに、褒めてもらいたい。

 

――ことりに、喜んでもらいたい。

 

 

その一心で、一番綺麗に咲いてるお花を探しているのだ。

 

プレゼントしたい。

 

自分なりの「ありがとう」を伝えたい。

 

小さな体と、小さな手でも、できることを。

 

そしてようやく、花壇の端のほうで、それが見つかった。

 

ほかのどれよりも色鮮やかに、誇らしげに咲く白い花。

 

 

ピカチュウ「ピカァ…!」

 

 

――これだ。これにしよう。この花をことりにあげよう。

 

 

目を輝かせたピカチュウは、そっと花の茎を器用にポキンと摘み取った。

 

 

ピカチュウ「ピカ…?」

 

 

その瞬間、小さな鼻先に花の香りがふわりと漂い、うっとりと目を細める。

 

 

ピカチュウ「ピカ~~♪」

 

 

ピカチュウは嬉しそうにその花を胸に抱えて、ちょこちょこと歩き出した。

 

さっきいたお部屋、理事長室。ことりのいる場所へと戻ろうとして。

 

 

 

 

 

 

 

だが…、ぴたりと立ち止まる。

 

 

ピカチュウ「ピ~カ?」

 

 

思い返せば、花を探すことに夢中で、自分がどこから外に出て、どうやってここまでやって来たのか、まったく覚えていなかった。

 

首をかしげて見回してみても、中庭の周りには同じような校舎の窓がいくつもずらりと並んでいるばかり。どれも同じ形に見えてしまい、どの部屋が理事長室だったのかなど、ピカチュウに分かるはずもなかった。

 

 

ピカチュウ「ピカ……」

 

 

急に心細くなる。

 

花を抱えたまま、その場に立ち尽くすピカチュウ。

 

その時、かすかに「カラカラ……」と何かが動く音が聞こえた。

 

耳を立てて、そちらを振り向くと、振り向くと、校舎の一階にある窓の一つが、わずかに開いているのが見えた。

 

 

ピカチュウ「ピカ?」

 

 

――あそこなら入れるかもしれない。

 

 

ピカチュウは、開いた窓の方へとトコトコと近づいていった。

 

そして、小さな体をバネのように、ぴょんと軽やかに窓枠を飛び越え、部屋の中へと着地した。

 

 

ピカチュウ「ピ…?」

 

 

着地したその部屋に入った瞬間、ピカチュウの鼻がピクッと動いた。

 

どこかで嗅いだことのある匂いがしたのだ。

 

最初の日、ことりの踊りを見る前に来たあの部屋。

 

μ'sの部室:アイドル研究部だった。

 

 

(BGM:M66(1997~1998))

 

 

ピカチュウ「ピカ…?」

 

 

周りを見渡すと、一人の生徒がいた。

 

 

 

矢澤にこだ。

 

 

にこは、パソコンの前に座ってた。

 

 

ピカチュウ「っ!?」

 

 

ピカチュウは素早く、部室中央のテーブルの下に身を潜めてから、にこを見上げる。

 

 

――あのお姉さんも、ことりが踊っていたとき、一緒にいた人だ。

 

 

にこ「ふ~ん…。今注目の新人アイドル? やっぱり王道路線かしら? ……って、えっ?」

 

 

にこの瞳が、きらりと輝いた。

 

 

にこ「えぇ~!? A-RISEの新曲ライブ開催のお知らせぇ~!?」

 

 

大ファンであるライバルグループの超ド級の朗報に、にこは歓喜の声を上げたが、ピカチュウはその声に飛び上がるほど驚いた。

 

 

ピカチュウ「ピカァッ!?    ヂュウウウウウウ!!」

 

 

パニックを起こしたピカチュウの頬の電気袋から、電撃が出た。

 

 

ビリビリビリビリビリッ!!

 

 

にこ「ひゃああああああああああ!!」

 

 

ビリビリビリビリビリッ!!

 

 

放電をやめたピカチュウは、慌てて部室の窓から外へ逃げた。

 

 

ピカチュウ「ピカッ!? ピカチュウ~~ッ!」

 

にこ「痛たたた……っ な、何なのよ…? この感じ…! か、体に電気が流れたみたいに…痺れるわ…!  確かにA-RISEのライブは、痺れる情報だったけど、本当に痺れるわけないわよね?」

 

 

にこはフラフラになりながらも、立ち上がったが、その視線の先で、見てしまった。

 

ぴょんぴょんと走り去っていく、小さな黄色い生き物の後ろ姿を。

 

 

にこ「えっ!? 何あれ!?   えっ!? えぇっ!?」

 

 

* * *

 

 

部室の窓から必死の思いで飛び出したピカチュウは、 花を抱えたまま全力で走っていた。

 

 

ピカチュウ「ピカ!?……ピカッ!?」

 

 

走る途中で、ふと手元に違和感を覚え、ピカチュウは慌てて、足を止めた。

 

 

自分の小さな両手を見つめると、そこにあるはずだったあの白い花がない。きっと、さっき部室でパニックになって逃げ出した拍子に、どこかへ落としてしまったのだ。

 

 

ピカチュウ「ピカチュウ…」

 

 

せっかく見つけた綺麗なお花。これを見せたら、きっとことりは飛び切りの笑顔で自分を抱きしめてくれるはずだったのに。

 

ピカチュウは力なく耳を垂らし、悲しそうに肩を落とした。

 

だが、落ち込んでいる暇はなかった。放課後が始まり、ことりがもうすぐ迎えに来てしまう。

 

ピカチュウはすっと顔を上げると、気を取り直すようにきょろきょろと辺りを見回し、再びことりのための花を探し始めた。

 

 

(BGM:ハクタイのもり)

 

 

すると運よく、さっき落としてしまったものよりもずっと大きく、白く綺麗に花びらを開かせた一輪の花が、すぐ近くの茂みに咲いているのが目に入った。

 

 

ピカチュウ「ピカ!」

 

 

その花をポキンッと折って、胸に抱えるピカチュウ。

 

 

ピカチュウ「ピカ~~♪」

 

穂乃果「あっ!ピカチュウ!」

 

ピカチュウ「ピカ?」

 

 

見上げると、そこには穂乃果がいて、走ってこちらへ来た。

 

 

穂乃果「ピカチュウ…! よかった~、無事だったんだね!」

 

 

穂乃果はしゃがみ込み、ピカチュウの頭を撫でる。

 

 

ピカチュウ「ピカ!」

 

穂乃果「あっ、ことりちゃんに教えなきゃ」

 

 

スマホを出して、ことりと海未のグループにメッセージを送る。

 

 

穂乃果:

ピカチュウ、見つかったよ! 連れてくるから、理事長室で待ってて。

 

 

穂乃果「ふぅ。  ねぇ、ピカチュウ、どうして出てきちゃったの?」

 

ピカチュウ「ピカピカ!」

 

 

穂乃果に花を見せる。

 

 

穂乃果「あ…、綺麗だね!」

 

ピカチュウ「ピカピカ! ピカピカピカチュウ!」

 

 

ピカチュウは小さな前足でお花を指さし、胸に手を当ててから、ことりの姿を真似するように首をかしげて可愛らしいジェスチャーをして見せる。必死にことりに渡したいのだという意思を伝えるピカチュウ。

 

 

穂乃果「んっ? もしかして、それ、ことりちゃんにあげたかったの?」

 

ピカチュウ「ピカ!」

 

穂乃果「いいね!ことりちゃん、きっと喜ぶよ!」

 

ピカチュウ「ピカ!」

 

穂乃果「でもね、ピカチュウ…。 ことりちゃん、勝手にいなくなって、すごく心配してたんだよ?」

 

 

そう言って、穂乃果は少しだけ眉を寄せた。声は変わらず柔らかかったけれど、その響きには真剣さが込められていた。

 

 

ピカチュウ「ピカ…」

 

穂乃果「だから戻ろう。ことりちゃん、理事長室で待ってるから、一緒に帰ろ?」

 

ピカチュウ「ピカ」

 

穂乃果「よし。 じゃ、行こっか♪」

 

 

穂乃果は優しく微笑むと、小さなピカチュウの体をそっと持ち上げて腕の中に抱き上げた。ピカチュウはそのまま彼女のあたたかな胸元に身を預ける。

 

ことりの喜ぶ顔を思い浮かべながら、小さなお花を、大事そうに両手で握りしめたまま。

 

 

◇理事長室の扉の前。

 

穂乃果「よし…行こう、ピカチュウ。ことりちゃんに、ちゃんと渡そうね」

 

 

(BGM:真剣な眼差し)

 

 

ドアを開けると、ことり、海未、飛鳥がいた。

 

穂乃果の姿に気づいた瞬間、3人がこちらを向き、そしてピカチュウの姿を見た瞬間、全員がはっきりとした安堵の表情を浮かべる。

 

 

ことり「ピカチュウ…!」

 

海未「穂乃果…。 ピカチュウ、無事に見つかったんですね」

 

穂乃果「うん。お花、探しに行ってたみたい」

 

飛鳥「ホッ…。 ことり、ごめんなさい。私が席を外したとき、窓を閉め忘れていたの。 ごめんね」

 

ことり「ううん、お母さんのせいじゃないよ」

 

 

ことりは首を振りながら、そっと立ち上がって、穂乃果とピカチュウに歩み寄る。

 

 

ことり「ピカチュウ……」

 

ピカチュウ「…?」

 

 

 

視線が、ピカチュウの瞳と重なった瞬間。

 

 

 

ことり「……めっ!!」

 

ピカチュウ「ピッ……!?」

 

 

ピカチュウがビクリと震える。

 

穂乃果までつられてピクンとした。

 

 

穂乃果「こ、ことりちゃんが、怒ってる…?」

 

ことり「どれだけ…、どれだけ心配したと思ってるの…!? もし…! 誰かに見つかったら…、知らないところに連れていかれたり、危ない目に遭ったりしたら……! 本当に……心配だったんだよ……!!」

 

 

ピカチュウのつぶらな瞳に、涙がじわりとにじみ始めた。

 

 

穂乃果、海未「……」

 

 

穂乃果と海未は思わず顔を見合わせる。

 

今までピカチュウが、どんないたずらをしても、何度電撃してきても、ことりは一度も怒らなかった。

 

どんなときも、「ピカチュウ、ダメだよ~」と優しく受け止めていた。

 

そんなことりが、初めて怒った。

 

ピカチュウは、ぽろぽろと涙をこぼした。

 

 

ピカチュウ「ピ……ピカピカ~……!」

 

 

――ごめんなさい…! 勝手に出て行ってごめんなさい…!

 

 

その切ない声と涙を目にした瞬間、ことりはハッと我に返った。

 

 

ことり「あ……、ご……ごめんね……。そんなに強く怒るつもりじゃなかったの……」

 

 

ことりは穂乃果の腕から、そっとピカチュウを引き取るように抱き上げた。

 

 

ことり「本当に心配したんだよ。ピカチュウがいなくなっちゃって、もう、どこにもいなかったらどうしようって…。 私、すごく怖かったの……」

 

 

ことりの腕の中で、ピカチュウはしくしくと鼻を鳴らした。

 

ぽろぽろと大きな涙の粒を絶え間なくこぼしながら、しゃくりあげるように小さな声を上げる。

 

ことりの首元に必死で顔をうずめ、短くて小さな手でことりの制服の襟元をぎゅっと力いっぱいに掴みしめた。

 

 

海未「ことり…、ピカチュウも、反省してるようですし」

 

 

海未が静かに歩み寄り、ことりの肩にそっと手を置いた。

 

 

ことり「……」

 

飛鳥「元々窓を閉め忘れた私が悪いんだもの。あまり責めないであげて」

 

ことり「うん…」

 

 

ことりは、ただ優しく、包み込むようにピカチュウの背中を撫で続けた。

 

トントン、トントン、とリズムを合わせて、幼子をあやすように背中を叩く。

 

ことりの温もりと甘い匂いが、ピカチュウの身体を包み込み、少しずつその震えが収まっていった。

 

 

ピカチュウ「ピカチュウ……」

 

 

ことりはそっと腕の力を緩めると、顔を上げて自分を見つめ直したピカチュウとしっかりと目を合わせた。

 

涙で濡れてうるうるとキラキラ光るつぶらな瞳が、ことりの顔をまっすぐに見つめ返してくる。

 

 

穂乃果「あ、そうだ! ピカチュウね、お花を摘んでたの」

 

 

言葉を詰まらせる2人の間に入り、穂乃果が明るい声で助け舟を出した。

 

 

ことり「お花?」

 

 

穂乃果は、ピカチュウの手に握られている物をそっと指差した。

 

 

ことり「…?」

 

 

ピカチュウの小さな手に、一輪の白く美しい花が握られていた。

 

 

穂乃果「それ、ことりちゃんにあげたかったんだって」

 

ピカチュウ「ピカ…。  ピカチュウ」

 

 

ピカチュウは、涙をこらえながら花を差し出した。

 

 

ことり「これ……、私に……?」

 

ピカチュウ「ピカ!」

 

 

ピカチュウは力強く大きく頷いた。

 

 

それはとても優しく、あたたかい、ピカチュウからの真っ直ぐな、贈り物だった。

 

 

ことり「あ……」

 

 

ことりの瞳から、再びポロポロと涙が溢れ出した。けれど今度の涙は、悲しさや不安からではなく、溢れんばかりの愛おしさと感動によるものだった。

 

 

ことり「私にプレゼントするために、探してくれてたの…? ありがとう、ピカチュウ…! すっごく綺麗だよ……!」

 

 

ことりは差し出された白い花を愛おしそうに受け取ると、ピカチュウの小さな体を強く、優しく胸の中へ抱きしめた。

 

 

ことり「ごめんね、ピカチュウ…! 勝手にいなくなったことばかり気にして、ピカチュウの優しい気持ちに気づいてあげられなくて…!  ありがとう…。大好きだよ…!」

 

ピカチュウ「ピカ~! ピカチュウ!」

 

 

ピカチュウは、ようやくことりの表情に笑顔が戻ったのを見て、安心したように尻尾を振った。

 

理事長もそっと微笑み、海未も静かに頷いた。

 

 

海未「ホントに仲のいい姉弟のようですね」

 

穂乃果「ことりちゃん、よかったね!」

 

飛鳥「素敵なプレゼントね、ことり」

 

ことり「うん! 世界で一番素敵な、お花だよ♪」

 

 

* * *

 

 

一方その頃…。

 

 

(BGM:M08(1997~1998))

 

 

◇アイドル研究部

 

 

にこ「本当なんだから! 私の体に電気がビリビリビリッ!って流れたの! っで、そのあと! 窓の外を見たら、黄色い変な生き物が走っていくのをこの目で見たのよ!」

 

花陽「えぇ~?」

 

凛「夢でも見たんじゃないかにゃ?」

 

真姫「にこちゃん、ありえない話は、ほどほどにしてよね」

 

にこ「本当に見たのよ! 実際、今でも少し痺れてるんだから!」

 

絵里「校内に猫が入るなんて珍しいことじゃないでしょ。最近、裏門の近くで野良猫を見かけるって他の生徒も言っていたし、毛並みの黄色い猫だったんじゃないかしら?」

 

にこ「猫じゃないわよ! どっちかといえば、うさぎかネズミに近い感じだったわ! 耳が長くて、尻尾が変わってて…! とにかく、あっちのほうに走ってったの!」

 

希「にこっち、エイプリルフールは4月やん?」ニヤッ

 

にこ「嘘じゃないわよ!! 」

 

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