Waiting for you who are captured at SAO   作:ふくふく

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ソードアート・オンラインという作品はどうしてもキリトやアスナに焦点が当てられがちで、VR世界が肯定されがちでもありますが、普通に考えたら未曽有の大災害で、多くの人々の人生に影響を及ぼしています。現実世界でも、キリトやアスナみたいな派手な活躍はなかったにせよ、いろんな形でみんなこの事件と戦っていたかと思います。そんな彼らにスポットライトを当てたいと思い、独自の解釈ですが執筆してみたいと思います。




1.秋月真琴 26歳 会社OL

 恋人の孝之に送った最後のメッセージが未読になってから1日後、ソードアート・オンライン事件、略してSAO事件が世間を騒がせた。

 ゲームにログインしている1万人がログアウトできず、ゲーム内で死亡した場合現実世界でも死んでしまうという前代未聞の事件で、連日その報道ばかりだ。このゲームはどうやらベッドに横たわって、ヘッドセットみたいなのを被って意識ごとゲームにダイブする、というものらしい。世界初のゲームなんだと孝之がずっと興奮していて、発売日は絶対に有休をとって遊ぶんだと息巻いていたので、孝之もその事件に巻き込まれたのだろう。

 政府から、SAO事件の被害者をすぐに病院に搬送するよう発表があったのだが、孝之は香川出身であるため現在は東京で一人暮らしである。ご家族も香川にいて、すぐに動けて孝之の家を知っているのは私しかいなかったので、少ない有休を3日分使ってなんとか孝之を病院に搬送した。

 そしてSAO事件発生から4日後、私は久々に出勤した。始業前なのにパソコンのタイプ音が鳴り響くため、私のか細いおはようございますが、かき消されていく。私のデスクに座ろうとしたその時、オフィスの奥の窓側の席に座る部長が目を細めながら私を呼んだ。

 

「秋月さん、ここしばらく休んでたけど、大丈夫? 何かあったのか?」

「……ちょっと家庭の事情で」

「……まさかとは思うが、あのゲーム関係か?」

 

 あのゲーム、とはソードアート・オンラインのことである。そのゲームの名前を発している部長の顔は、明らかに呆れており、そんなゲームに参加した被害者の処理のために仕事に穴をあけた私を責めているように思えた。私の喉から水分が蒸発し、声が出なくなり、逃げるように部長からを目をそらす。その態度から部長は肯定と取ったようで、小さくため息を吐く。

 

「……まあ、遅れた分ちゃんと取り返してくれれば何の文句もない。今日も一日頑張ってくれ」

 

 そういうと部長は目線をパソコンに落とし、会話を終わらせた。私は頭を下げ、逃げるような足取りでデスクに戻った。とにかくたまったメールをチェックしなければいけない。私はパソコンを立ち上げ、片っ端から未開封のメールを開く。

 未開封メールのうちの一つに、「(お詫び)弊社の西田について」という件名のメールを見つけた。これは不祥事事案なのかと体をこわばらせながらメールを確認する。

 

「関係者各位

(Bccで送付いたします)

 

お世話になっております。

株式会社東都高速線の武田と申します。

 

弊社の西田についてですが、ソードアートオンライン事件の被害者となりましたため、西田に代わり当職が担当いたします。

 

お客様には大変ご不便・ご迷惑をおかけし、申し訳ありませんが、ご理解のほどよろしくお願いいたします。」

 

 ご迷惑。

 確かに迷惑だ。急に突然ゲームから出られなくなり、そのせいでいろんな人に迷惑をかけている。

 この西田さんは、うちの会社のクラウドサービスを委託しているネットワーク運営企業の保安部長で、管理職でありながらも現場知識もある人なので、この人に抜けられると非常に今後の調整が難航しかねない。西田さんはご年配の方で、あまりゲームとかをするイメージがなかったが、どちらにせよ、迷惑をかける形となってしまっている。

 ……孝之だってそうだ。西田さんと違って、孝之はまだ3年目だけれども、それなりに任せてもらっている仕事もあるなかで突然孝之ができなくなるのだから、孝之の会社にも迷惑をかけることとなってしまう。

 

「係長、東都高速線のメール見ました? 迷惑ですよね」

 

 私のデスクの隣に座る、部下の高木君が声をかけてきた。ストレートパーマに眼鏡をかけ、紺色のスーツをしわなく着こなしている。仕事も早く物言いも論理的で的確なので大変助かっている部下だ。けれど、彼の言葉は私に少し刺さっている。

 

「俺ゲームとかあんまりしないですし興味ないんでわかんないですけど、普通に考えたら意識をゲームに丸ごと移して仮想世界でゲームするなんて、危なすぎますよね。それでまんまと引っかかかって、国とか世間を騒がしているなんていい迷惑ですよ。マジで馬鹿としか言いようがないです」

 

「……それはそうね。私も、そう思ってやらなかった」

 

 孝之に一緒に遊ぼうと誘われたけど、私は仕事が忙しいからと、一緒にログインすることを断った。正直高木君とは理由は違って、単純に面白いかどうかわからなかったし、感想を聞いてからにしようかなと思っていただけなのだけれど。

 高木君はですよねと、満足げにうなずきながらメールをタイプしている。

 

「まあとりあえず早く終わってほしいものですよ。あ、今業者への仕様書案メールで送ったので確認お願いします」

 

 雑談しつつも仕様書を書き終える並行思考能力に感心し、私は係長モードへと切り替える。そうだ、高木君の言う通り。迷惑しかかけない人のことなんて、考えるべきじゃない。

 そうしているうちに、お昼休みのチャイムが鳴る。弛緩した空気が流れ始め、コンビニで買ってきたおにぎりをほおばる人もいれば、その場で眠るもの、社員食堂に繰り出すものと皆様々だ。私はとりあえず職場から離れようと、社員食堂へと向かう。

 ここの社員食堂は100人くらいが一度に座れるほどの大きさで、蕎麦、うどん、定食、丼ものが選べる。私は何となくうどんを選び、厨房カウンターで受け取り、適当な席に座った。

 箸をつかみ、無心でうどんを口に運んでいると、私の近くの席に、2人の女性社員が談笑しながら座ってきた。

 

「SAO事件で取引先の担当者がいなくなって取引先と連絡取れなくてマジでむかつく」

「めっちゃわかる。ゲーム中毒なのは勝手だけど人巻き込むなって思うわ」

「ね。警戒しろよって思うわ。てか私の大学時代の友達さ、彼氏の影響でSAO一緒に入っちゃったんよね」

「え、それやばくないですか? だいじょうぶなんですか?」

「知らないけど何してんのって思ったよね。断ればいいのに、自業自得だなって思うわ」

「あたしの彼氏ゲーム好きじゃなくてマジでよかったって思いますわ」

「ほんとね。SAO事件に巻き込まれている人の彼女になったらマジで外歩けないって」

 

 ……ゲーム中毒だから、巻き込まれても、最悪死んでも自業自得。

 私はうどんを飲み込めなくなり、水を呷る。

 そうだ、孝之はまさに世間の人にそう見られている。

 そして、そんな孝之のために動いた私もまた、恥ずかしくて迷惑だと思われている。

 思えば孝之は、自分のことを優先しがちな性格だったと思う。

 孝之とはマッチングアプリで出会って、すごく優しくて話も合うため1年前から付き合い始めたのだが、映画を一緒に見ようと話で予定が合わないときは一人で先に見に行ってしまったり、デートしたいって思ったときでも先約があるからといって友達と飲み会に行ってしまったりする。浮気を疑ったこともあるけれど、ドライブデート中に、音楽変えてくれと携帯を貸してくれたときにこっそりLINEを見たが、女の影は一切なかった。

 今回だって、後日私と一緒にログインをするという選択肢を取れば、閉じ込められることも、私が孝之の両親に涙ながら電話することも、部長に嫌味を言われることも、孝之を馬鹿にされることもなかったのだ。

 私は滲みそうになる涙を唇で噛んで堰き止め、そそくさと食堂を出た。

 その後の仕事も正直身が入らなかった。

 今日はもう早く帰って休みたい、そう思い、無理を通して定時で帰った。オフィスを出て携帯をチェックすると、孝之の母親からLINEが入っていた。

 

「真琴さん。お仕事でお疲れのところ申し訳ないんですけど、孝之の看病にいっていただけますか」

 

 退勤で軽くなったはずの背中にまたも重りが伸し掛かり、その反動で思わずため息が出る。

 いや、孝之の母親からしたら、心配で仕方ないのはわかるそして一番近くにいて今最も孝之にとって親しい人物にお願いするのは当然の理ではある。

 だけど、迷惑じゃないのか?

 自分が香川にいていけないから、東京にいる私を使いに出して生存報告をさせるなんて、なんて自分勝手なんだろうか。しかも恋人の母親という、断れない立場でさも申し訳なさそうに頼むあたり、図々しいし自分勝手が過ぎる。まったく、孝之そのものじゃないか。

 乱暴な手つきでわかりましたとメッセージを送り、携帯をカバンにしまう。どうせ申し訳ないだの、ごめんなさいだのそういうメッセージがくるのだから、見なくてもいい。

 いつもはゆりかもめに乗って新橋駅で乗り換えて、丸ノ内線で方南町まで向かうのだが、今日は上野に行かなければいけないので、山手線へ乗り換える。上野駅の改札で降りようとしたが、交通系ICカードの残高が足りず無慈悲に弾かれ、私の後ろにいるスーツ姿の男に舌打ちされた。

 慣れない上野の街でスマホのマップを頼りに病院へ向かう。15分ほど歩くと、清潔感のあるガラス張りの建物が見えてきた。「不忍総合病院」と書かれた門をくぐり抜け、病院に入ると、上野の街の騒がしさが嘘のように消え、図書館のような静寂な空間に一瞬で変わった。少し不気味さを感じつつも私は、受付の40代くらいの女性職員に話しかける。

 

「すみません、入院患者のお見舞いに来たんですけど」

「かしこまりました。患者様のお名前をお伺いしてもよろしいですか」

「佐野孝之です」

「佐野様ですね」

 

 職員がパソコンを叩くと、僅かにだが目を細め、口角が少しだけ上がる。面倒くさいクレーマーを相手にするとき、みんなこんな顔をする。ああ、こいつか、みたいなそんな態度。

 それはそうだろう、ゲームをしていた連中に、病気でもなんでもないのに急に病院に押しかけられたのだ。迷惑以外何ものでもなかったのだろう。

 でも、そんな同情も理解も、きっとこの職員は私には求めていない。それどころか、私自身が厄介の種ですらある。

 表情を戻した職員から身分証の提示を求められ、私は平静を装おって運転免許証を出す。ちらっと流し見した職員から返却され、403号室ですと案内され、一時入館証を受け取った。プラスチックのICカードなのに、やけに重たく感じる。

 ほぼ駆動音がしないエレベータに乗り、4階に入る。廊下を歩くと、どうやら私と同じように見舞いに来ている人がいる。エレベータを降りてすぐの部屋には、男の子が寝ていて、お母さんが静かに泣いていた。その横の部屋には、初老を迎えている男性がベッドで横たわっており、うつむきがちの制服姿の女の子と、初老を迎えそうな女性が看病していた。男の子もおじいさんも、頭に不気味なヘッドギアをつけている。彼らも間違いなく、孝之と同じだ。

 おじいさんの部屋の隣が、403号室だった。引き戸式のドアは閉まっている。この先に、孝之がヘッドギアをして寝ている。いや、わからない。もしかしたらヘッドギアを外して起き上がっているかもしれない。

 ……もしそうなら思い切りぶん殴ってやろう。私をこんだけ困らせやがってこの野郎って。私は、右拳を握りしめながら、左手でドアを引く。

 そこに待っていたのは、ただただ静寂だけだった。

 視界に映るベッドで、一人の男が静かに眠っていた。そして頭には、死を招くゲーム機。プレイヤーを夢で誘惑し、地獄へと引きずり込んだ、悪魔と呼ぶべきガジェットだ。孝之の魂は、今もそこに囚われている。

 私はその場に崩れ落ちていた。この姿なら、数日前も見た。孝之の自宅で一切動けなくなっている姿を見ている。でもあのときは、とにかく病院に引っ張り出すのに必死で、悲しんだりする余裕もなかった。言ってしまえば、災害現場みたいなものだったから、感傷に浸る暇がなかったのだ。

 でも今は、何もない。だから、孝之が置かれている現状が私を突き刺してくる。孝之は、自分の欲望を優先し、家族にも、社会にも、そして私にも迷惑をかけた奴。孝之はそうするつもりじゃなかったのに、そうとしか思えなくなってくる。

 そうだ、孝之がこんなもの被らなかったら、私は嫌な思いをしなかった。他人になぜか申し訳ない思いをすることもなかった。恋人の両親の嫌なところを早々に見ることもなかった。全部、孝之のせいだ。

 私は立ち上がり、拳を握りしめながら孝之のベッドに歩み寄る。そして、幼さが残る表情で眠る孝之の頭上に、固く閉ざされた拳の影が落ちる。

 けれど、私の拳は、彼の頬に柔らかく沈む。そして、彼の白いシャツに水滴が垂れる。

 

 「なんで……なんで置いてったの……」

 

 いつの間にか涙があふれていた。まるで今日受けた責苦によってたまった傷を洗い流すように。でも、その涙を流すたびに、身体が燃えるように熱くなる。

 

「なんとか言ってよ……なんとか言えよ!!」

 

 彼の体を殴るように、私はベッドに何度も拳を打ちつける。そのたびに孝之の体がわずかに揺れる。それでも孝之は動かない。いつもならごめんって、と軽い感じで優しく謝ってくるのに。そして、必ず私の大好きなアイスをおごってくれるのに。

 そう、孝之は自分勝手だけど義理を必ず通すんだ。

 悪いことをしたら謝り、お詫びをする。約束をしたら必ず守る。私の誕生日のときは盛大に準備してくれる。私が女の子の日は気を回してくれる。「私を幸せにすること」も孝之のやりたいことに入っている。だから、好きなんだ。だからこそ、周りに好き勝手言われている孝之が許せない。

 私の拳は限界を迎え、力なくベッドに沈む。そして、涙を腕で乱暴に拭い、立ち上がる。あいつの表情は、一切変わらない。私がこんだけ泣いているのに、幸せそうに寝ているのだ。

 ……やっぱりこいつは、自分勝手だ。

 私はくるりと踵を返し、引き戸を力を込めて閉めた。

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