異世界転生したのに前の転生者にやり尽くされていた件 作:berunarudo
キャンウィング領の門の前には、思った以上に長い列ができていた。
荷馬車、旅人、商人、冒険者らしき一団。
俺たちの町では見たこともない数の人間が、門の前で順番を待っている。
前世でも、ここまでしっかり並ぶ人の列はなかなか見なかった気がする。
「うわ、人多すぎだろ」
レンが馬車の窓から身を乗り出した。
「こら、危ないよ」
サラに注意され、レンは慌てて座り直す。
その様子を見て、エリシアは少し申し訳なさそうに苦笑した。
「普段から出入りは多いのですが、今日は特に混んでいるようですね」
「これ、どれくらい待つんだ?」
「下手をすれば、一時間以上は」
「俺たちの町なら、すぐに入って出られるのに」
思わずそう呟くと、ジャンがかかかと笑った。
「都会ってのは、便利な分だけ面倒なんだよ」
なるほど。夢の大都市キャンウィング領、入る前から早速面倒くさい。
「騎士が確認しに来た時に、私が事情をお話しします」
「分かりました」
御者台からガードナーさんの返事が返ってくる。
この人は、ここまでずっと馬車を動かしてくれていた。
本当に頭が上がらない。
「ガードナーさん、ここまでありがとうございます」
「いえいえ、これが仕事ですから。でも次は、勝手に森へ飛び出さないでくださいね」
「あははは……」
俺にできたのは、苦笑いだけだった。
列の先では、騎士団らしき男たちが門番と一緒に荷物を確認していた。
槍を持つ兵士とは違い、彼らはしっかりとした鎧を身につけている。
胸には、翼を広げた鳥の紋章。
おそらく、キャンウィング家の紋章なのだろう。
その一人が、こちらの馬車を見て目を細めた。
「そこの馬車、止まれ」
馬車がゆっくりと止まる。
扉を開けてエリシアが騎士の前に降り立つ。
「私です。エリシア・キャンウィングです」
「お嬢様!?」
騎士の顔色が変わった。
その声に、周囲の騎士たちも一斉にこちらを向く。
列に並んでいた人々まで、ざわざわと騒ぎ始めた。
「お嬢様、どちらにおられたのですか! 領主様がどれほど心配されていたか!」
「ごめんなさい。森で盗賊に襲われて……こちらの方々に助けていただきました」
エリシアはそう言って、俺たちの方を見る。
すると騎士たちの視線が、一気に俺とレンへ集まった。
「この子供たちが、ですか?」
「盗賊は十人ほどいました。レン様とルーク様が助けてくださったのです」
「十人を……二人で?」
騎士の目に疑いが浮かぶ。
まあ、気持ちは分かる。
十歳の子供が二人で盗賊十人を倒しました、と言われてすぐ信じる方がどうかしている。
「お嬢様、混乱されているのでは?」
「本当です!」
「しかし……」
騎士たちの疑いの目は、一向に晴れなかった。
どうしたものかと考えていると、馬車の奥からジャンが顔を覗かせた。
「こいつらは俺の弟子だ」
ジャンは馬車からひょいと降りる。
「それで十分だろ」
突然出てきた、いかにも怪しい男。
騎士たちは思わず腰の武器に手をかけた。
「誰だ、貴様は」
「誰だって?」
ジャンは、見せつけるように笑みを浮かべる。
その顔を見て、俺は気づいた。
この男、このために今まで黙っていやがったな。
「俺様の名は、
「雷窮……?」
騎士の一人が息を呑む。
「まさか、自由都市一の狙撃手、ジャン・ボルト様ですか」
ジャンは嬉しそうに口角を上げた。
そして、わざとらしく茶色のハットを深くかぶる。
次の瞬間だった。
背中の矢筒から矢を抜き、弓を引き、放つ。
その動きは、瞬きをすれば見逃してしまいそうなほど速かった。
矢は街道脇の木へ飛び、枝先についていた小さな木の実を正確に射抜く。
木の実は矢に貫かれたまま、ぽとりと地面に落ちた。
「あの木の実はお前らにやるよ。サイン代わりにな」
「ほ、本物だ……」
「雷窮様だ……」
騎士たちの表情が一気に変わる。
さっきまでの疑いはどこへやら、幼い頃に見た英雄と出会ったみたいな顔になっていた。
いや、仕事しろ。
「疑ってしまい、申し訳ございませんでした。ジャン・ボルト様」
「いいさ。盗賊どもは後ろに積んである。あとはよろしく頼んだ」
「はい!」
騎士たちは慌てて馬車の後方へ回り、縄で縛られた盗賊たちを確認し始めた。
ジャンは満足そうな顔で馬車に戻ってくる。
俺たちに「どうだ、すごいだろ」と言わんばかりの、実に気色の悪い笑顔を浮かべていた。
「あー、すごいすごい」
「師匠かっこいい」
俺とレンは、完全に棒読みで褒めたたえた。
なぜこの反応なのか説明しておくと、このおっさんは自分が昔どれだけすごかったかという武勇伝を、すでに何度も聞かせてきているからだ。
最初はすごいと思った。しかし、二、三回聞かせられたら普通に飽きる。
「ただ者ではないと思っていましたが、雷窮様だったのですね」
「まあ、昔の話だけどな」
ジャンが得意げに笑う。
「つまり、レン様は勇者様のような方で、さらに雷窮様のお弟子様……すごいですわ、レン様」
「え、いや、俺様の方がすげえだろ」
一瞬でレンに話題を持っていかれた師匠は、少し悲しそうな顔を浮かべた。
まあ、自業自得だ。とっとと後ろの席に戻ってくれ。
◇
騎士たちの手配もあり、俺たちはほとんど待たずに門を通ることができた。
その際、エリシアとマリーは騎士たちに守られながら、一足先に領主館へ向かうことになった。
「必ず、領主館へお越しください。レン様、皆様」
エリシアは馬車を降りる前に、深く頭を下げた。
「この御恩は、キャンウィングの名に誓ってお礼いたします」
うん。どう考えても感情が重い。
まあ、もらえるものはもらうけど。
俺たちの馬車は長い列を抜け、門の中へ通される。
「おお……」
思わず声が漏れた。
門の内側には、俺たちの町とはまるで違う景色が広がっていた。
赤茶色の屋根が幾重にも重なっている。
煙突から白い煙が上がり、人々のざわめきが風に乗って届いてくる。
大通りには商人の荷車が行き交い、道の端では子供たちが焼き菓子の屋台を覗き込んでいた。
その奥には、ひときわ大きな石造りの館がある。
周囲の建物よりも高く、青灰色の屋根を持つその建物は、遠目にもただの屋敷ではないと分かった。
あれが、領主館なのだろう。
さらにその向こう。屋根の隙間から、黒い鉄骨と一本の線路がうっすらと覗いていた。
駅舎の姿は建物に隠れてよく見えない。
だが、そこから立ち上る白煙だけが、空へ細く伸びている。
遠くで、低い汽笛のような音が鳴った。
「あれ、魔導列車の音か?」
レンが窓に張りつく。
「……すげえ」
悔しいが、俺も感動してしまった。
「たぶん、そうだと思う」
「かかか。ガキども、あれが魔導列車だ」
ジャンが得意げに言う。
「一瞬で王都まで行けるだけじゃねえぞ。駅で売ってる箱飯があるんだ。列車に乗りながら食うと、なぜかうまい」
師匠の言う箱飯って、もしかしてあれか。
「駅弁?」
「おん? お前、何で知ってるんだよ」
「え、ああ、本で見たんだよ」
「ほーん。変な本もあったもんだ」
危ない。つい言葉を漏らしてしまった。
それにしても、駅弁文化のある異世界。
うん。やっぱり、なんか合わない。
前の転生者、アレス・ジョーンズ。
俺がやりたかったことを、全部やり尽くした男。
その男が残したものが、今、目の前で当たり前のように動いている。
悔しい。でも、すごい。その二つが、胸の中でぐちゃぐちゃに混ざった。
「ルークス君、顔がすごいよ」
サラがくすりと笑う。
「仕方ないだろ。十年分のワクワクだぞ」
我慢できるわけがない。
俺が、あいつを超えてやる。
そう思いながら、馬車は教会へ向かっていった。
◇
キャンウィング領の教会は、俺たちの想像よりずっと大きかった。
白い石で造られた建物。尖った屋根。
入口の上には、剣と光を模した紋章が刻まれている。
その前にも、人が並んでいた。
親に連れられた子供。洗礼を終えて嬉しそうにしている子供。
逆に、今にも泣き出しそうな顔で出てくる子供もいた。
くそ。そんな顔を見せられたら、こっちまで緊張するだろ。
俺たちは馬車を降り、教会の入口へ向かった。
だが、受付らしき神官は、俺たちを見るなり困ったように眉を下げた。
「申し訳ありません。本日の洗礼は、すでに終了しております」
「え?」
俺たちの声が重なった。
「今日はもう終わり?」
「はい。洗礼は午前中のみとなっております。遠方から来られた方には申し訳ありませんが、明日、改めてお越しください」
「そんな……」
サラが小さく呟く。レンは分かりやすく肩を落とした。
そして俺も、思わず固まった。
ここまで来て、今日は終わり。
「間に合いませんでしたか。申し訳ございません」
ガードナーさんが申し訳なさそうに頭を下げる。
「俺たちが勝手なことをしたせいです」
「そうだよ、ガードナーさん。俺たちこそごめん」
いろんな感情が、胸の中で渦を巻いた。
もう少し融通を利かせてくれよ。
領主の娘を助けたんだぞ。
そんな情けない考えが、一瞬だけ頭をよぎった。
すぐに嫌になる。何を考えているんだ、俺は。
レンもサラも、そんな文句は言っていない。
俺だって、魂だけなら二十歳だ。少しくらい大人らしく飲み込め。
そう思う。でもさ。こっちは、十年待ったんだぞ。
この世界で目覚めてから、ずっと気になっていたことだ。
自分には魔術回路があるのか。本当に、俺は魔術師にはなれないのか。
それを今日、知るはずだった。心のどこかで、もしかしたらと期待していた。
その答えが、目の前まで来ている。
なのに。
「明日かよ……」
思わず、情けない声が出た。
「ルーク、大丈夫か?」
「大丈夫だ。ちょっと心の準備が空振りしただけだ」
「なんだよそれ」
レンは首を傾げる。
神官は申し訳なさそうに頭を下げた。
「明日の朝一番でしたら、すぐにご案内できます」
「分かりました。ありがとうございます」
ガードナーさんが、俺たちの代わりに礼を言ってくれた。
「かかか。まあいいじゃねえか」
ジャンが肩をすくめる。
「俺たちは領主の娘を救ったんだ。徳は積んだろ」
「確かにな!」
「そう、だな」
過ぎたことを考えても仕方がない。
洗礼は明日。それだけの話だ。
それだけの話のはずなのに、胸の奥の緊張だけは消えなかった。
そして俺たちは、明日の洗礼を待つため、エリシアに案内された領主館へ向かうことになった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
この街はこの世界の中では中ぐらいの発展です。魔導列車は高いので、平民はそこまで乗りません。
特に印象に残った場面や台詞がありましたら、一言だけでも感想をいただけると、とても励みになります。