異世界転生したのに前の転生者にやり尽くされていた件   作:berunarudo

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第十六話 招かれざる客

 

 周囲の家々より一段高い場所に建つ、灰白色の石造りの館だった。

 青灰色の屋根は広く、左右には小さな塔のような張り出しがある。派手な城ではない。

 だが、館の前には馬車が何台も停められるほどの広場があり、役人らしき者たちが書類を抱えて出入りしている。

 

 兵士たちは通りを行き交う人々に目を光らせ、領主館の周囲には、町の中心とは違う緊張感があった。 

 ここはイメージした貴族の家であった。

 よかった。これが高級マンションみたいな建物だったら、俺はショックで気絶していたかもしれない。

 それにしても、ここがエリシアの家か。

 本当に俺たちは、領主の娘を助けてしまったらしい。

 レンのセンサーは、とことん優秀だな。

 

「俺の家何個分だよ」

「かかかか。これでも貴族の家なら小せえ方だぜ」

「まじかよ、師匠!」

「かかか。お前も金持ちになったら住めるぜ」

「うぉおおお!」

 

 レンとジャンが馬鹿みたいに盛り上がっている。

 うるさい。だが、ここまで来ると、むしろこの騒がしさが少し安心する。

 俺の感覚も、だいぶおかしくなってきたらしい。

 

「私も領主館なんて、初めて入りますよ」

 

 ガードナーさんが小さく息を吐く。

 元冒険者らしいこの人でも、さすがに領主館を前にすると緊張するらしい。

 

「わ、わぁ……すごい大きさだね。私も少し緊張してきたかも」

 

 普段はわりと肝が据わっているサラも、今回はさすがに落ち着かないようだった。

 そういう俺も、かなり緊張している。

 でも、実際にこの建物を前にすると、田舎者の平民が入っていい場所なのか不安になってくる。

 

「胃が痛くなってきた」

「かかかか。なんでお前らが緊張してんだよ。こういう時は堂々と成果をアピールするのが普通だろうが」

「それはあんただからだろ」

「かかかか!」

 

 まあ、確かに娘を救ったんだ。取って食われることはないだろう。多分。

 

 門を開けてもらい、領主館の中に入っていく

 俺たちの町の草原を綺麗に切り取って、金と手間をかけて整え直したような場所だった。

 花は色ごとに並べられ、木々は好き勝手に枝を伸ばすのではなく、庭全体の形に合わせて手入れされている。

 自然のままではない。だが、不自然というほどでもない。人の手が入りすぎているのに、どこか落ち着く。

 安っぽい感想しか出てこないが、すごく金がかかっていそうだ。

 

「綺麗……」

 

「いやはや、絶景ですね」

 

「綺麗だな」

 

 そんな会話ができるほど、門から領主館までは距離があった。

 そうこうしていると、領主館の前に一人の男が立っているのが見えた。

 黒い執事服に身を包んだ、整った顔立ちの男だった。

 姿勢は真っ直ぐで、動きには無駄がない。

 俺たちの馬車が止まると、男はゆっくりと頭を下げた。

 

「本日はお越しいただき、心より感謝申し上げます」

 

 柔らかい声だった。落ち着いていて、丁寧で、耳に残りすぎない。

 

「エリシアお嬢様の御命を救っていただき、感謝の限りでございます。領主館の案内を務めさせていただきます、執事長のミシェルと申します」

「ああ、彼らの付き添いのガードナーです。田舎者なので、ご無礼があるかもしれません」

「とんでもございません。お嬢様の御命は、我らにとっても命と同じ。それを救ってくださった皆様は、ここにいる者たち全員にとって恩人でございます」

「いやはや、ありがとうございます」

「へへ、そこまで言われると照れるな」

「かかか。嬉しい待遇じゃねえか」

 

 レンとジャンは分かりやすく機嫌が良さそうだった。

 俺も悪い気はしない。ただ、ミシェルという男の言葉は、あまりにも丁寧すぎた。

 いや、執事とはそういうものなのかもしれない。

 俺が執事を知っているのはラノベくらいなので、何とも言えない。

 馬車を使用人に任せ、俺たちは領主館の中へ入っていく。

 中は、想像していたほど豪華ではなかった。

 金ぴかの装飾品が並んでいるわけでも、壁一面に宝石が埋め込まれているわけでもない。

 床はよく磨かれているし、家具も高そうではある。だが、全体としては派手さよりも落ち着きが優先されていた。

 シンプルでありながら、洗練された家。そんな印象だった。

 

「ふふ。この家は、少々シンプルでございましょう」

 

 ミシェルさんが、こちらの視線に気づいたように微笑んだ。

 

「貴族の館と言えば豪勢なものを思い浮かべる方も多いのですが、我が主は派手な装飾にはあまり興味がございません。浮いた金を、領地の道や水路、兵の装備に使う方を好まれます」

「今時、珍しい貴族様だな」

「ええ。自慢の我が主でございます」

 

 シェルさんはそう言って、穏やかに目を細めた。

 その言い方には、本当に領主を誇っているような響きがあった。

 なるほど。やはり貴族の中には、金のことしか考えていない奴もいるのだろう。

 安易に貴族には近づかないでおこう。貴族怖い。

 

 すると、ミシェルさんの視線が、俺とレンの腰へ向いた。

 俺たちが下げている剣。その柄、鞘の位置、歩き方、足の運び。

 ただ眺めているだけではない。

 まるで、俺たちがどういう戦い方をするのかを、そこから読み取ろうとしているような目だった。

 

「お二人様は、どちらの流派でございますか?」

「流派?」

 

 レンが首を傾げる。

 

「腰に剣を携えていらっしゃいますし、盗賊十人を退けたと伺っております。どの剣術を学ばれたのか、少し気になりまして」

「俺たちは父さんからだぜ」

「俺も父さんからですね」

「おや。道場や師範ではなく、お父上から」

 

 ミシェルさんは、ほんの少しだけ目を細めた。

 

「我流でありながら、洗練された身のこなし。恐れ入りました。素晴らしい師をお持ちなのですね」

「それほどでもねぇよ、かかかか」

 

 ジャンがなぜか嬉しそうに笑う。

 どうしてもその顔を見ると腹が立つ。

 まあ、実際、俺たちは父さんから剣術をしっかり教わったわけではない。

 父さんから基本を教わり、ジャンに身体技術を叩き直され、そこに俺たちなりの癖が混ざっている。

 流派として名乗れるほど綺麗なものではないのだろう。

 

「なあ、流派って何があるんだ?」

 

 レンが気になったのか、ミシェルさんに質問した。

 

「大きく分ければ、三大剣派がございます。魔纏(まてん)流、無尽(むじん)流、朧一千(おぼろいっせん)流」

「まてん? むじん? おぼろ?」

「魔纏流は、魔術や魔想を剣に纏わせて戦う剣術です。王国はこの流派の使い手は多いですね」

 

 ミシェルさんは、丁寧に説明を続ける。

 

「無尽流は、魔術に頼らず、身体操作と剣技を極める剣術です。冒険者に多い流派でございます。」

 

「魔術を使わない剣……」

 

 レンの目が輝いた。

 俺も思わず、自分の腰にある剣の柄を握る。

 父さんは魔術が使えないと言っていた。

 なら、父さんの剣は無尽流に近いのかもしれない。

 

「朧一千流は、西方や自由都市圏に多い剣術で、変則的な間合いを重んじる流派でございます。使い手によって形が大きく変わるため、見分けるのが難しいとも言われています」

「へえ……」

「お二人のお父上がお使いになったのは、あくまで推測ですが、無尽流に近い剣ではないでしょうか。魔術を前提としない動きが多いように見受けられます」

「無尽流か……かっけええ!」

 

 レンが分かりやすく食いついた。

 俺も同じ反応をしそうになって、少しだけ悔しくなる。

 

「無尽流か。いいな」

 

 どうやら、父さんに教えられていた剣術は無尽流だったのか。気に入ったぜ!

 

「ふふ。お気に召したようで何よりでございます」

 

 ミシェルさんは穏やかに微笑む。

 だが、その目で見られるとなぜか、緊張してしまう。

 目つきが怖いな。この人。

 

「この先に、我が主がいらっしゃいます」

 

 ミシェルさんが扉の前で足を止める。

 

 扉を開くと、そこは広い応接室だった。

 豪華なシャンデリアや金ぴかの装飾があるわけではない。

 だが、大きな窓から光が差し込み、磨かれた木の床と、落ち着いた色の家具が並んでいる。

 金持ちアピールというより、長く使うことを前提にした部屋。そんな印象だった。

 

 その中央に、エリシアがいた。

 先ほどまでの旅装ではなく、淡い青色のドレスに着替えている。

 髪も整えられていて、森の中で震えていた少女とはまるで別人のようだった。

 

 その隣には、一人の男が立っている。

 淡い金髪に、少し混じった白。整えられた口髭。

 背筋は伸びているが、目元には深い疲れが刻まれている。

 ただそこに立っているだけで、この館の主なのだと分かる空気があった。

 この人が、キャンウィング領の領主であり、エリシアの父。

 

「本当に、無事でよかった」

「ご心配をおかけしました、お父様」

 

 俺たちが入ってきた時、ちょうど父娘の会話が聞こえた。

 領主はエリシアの肩に手を置き、静かにその姿を確かめるように見ている。

 その顔は、領主というより父親のものだった。

 子を失うかもしれなかった親の顔。

 それを見た瞬間、少しだけ胸が痛くなる。

 父さんと母さんも、もし俺が帰らなかったら、こんな顔をするのだろうか。

 

「皆様」

 

 エリシアは俺たちを見ると、慌てて姿勢を正した。

 

「改めまして、本当にありがとうございました」

 

 丁寧に頭を下げる。

 隣にはマリーさんも立っていた。

 マリーさんも服を着替え、落ち着いた様子ではあったが、顔色はまだ少し悪い。

 

「いや、無事でよかったぜ」

 

 レンがいつもの調子で言う。

 エリシアはその言葉に、ぱっと表情を明るくした。

 

「はい。レン様のおかげです」

 

「お、おう」

 

 レンが少し照れる。

 サラが、にこりと笑った。

 おお、怖い。俺は何も見なかったことにした。

 領主は、そんな俺たちを静かに見ていた。

 そして一歩前に出ると、深く頭を下げる。

 

「キャンウィング領主、エルランド・キャンウィングだ。娘と侍女を救ってくれたこと、心より感謝する」

「い、いや、そんな」

 

 領主に頭を下げられるなんて、前世でも今世でも経験がない。

 

 どう反応していいか分からず、俺は変な声を出してしまった。

 

「困っていたから助けただけです」

 

 レンが真っ直ぐに言った。

 こういう時、迷わずそう言えるのは本当にレンらしい。

 エルランド領主は、レンをじっと見た。

 その目が、ほんの一瞬だけ揺れる。

 懐かしむような、恐れるような、そんな目だった。

 

「君が、レン君か」

「あ、はい」

「娘から聞いた。勇者のように現れたと」

「そ、それは大げさというか」

 

 レンが照れたように頬をかく。

 

「ルークス君、サラ君、ガードナー殿。そして……ジャン殿」

 

 エルランド領主の視線が、ジャンで止まる。

 

「まさか、雷窮殿まで同行しているとは思わなかった」

「かかか。今はただの暇なおっさんだよ」

「ご謙遜を」

 

 領主は薄く笑った。

 だが、その笑みはすぐに消える。

 

「本来なら、すぐにでも礼を尽くしたいところだが……妻の容態があまり良くない。娘が無事に戻ったことを、妻にも伝えたい」

 

 エリシアの表情が曇った。

 そういえば、彼女は母親のために月灯草を取りに行ったのだった。

 危険な森に入ってまで救いたかった人。それが、この館にいる。

 

「ミシェル」

「はい」

 

 領主の声に、部屋の端に控えていたミシェルさんが静かに頭を下げる。

 

「妻の部屋へ案内を」

「かしこまりました」

 

 ミシェルさんは、無駄のない動きで扉へ向かう。

 その背中を見た瞬間、隣にいたレンが小さく眉をひそめた。

     ◇

 案内されたのは、館の奥にある静かな部屋だった。

 廊下を進むにつれて、人の気配が薄くなっていく。

 領主館全体は広く、立派で、どこも手入れが行き届いていた。

 だが、奥へ進むほど、空気が重くなる。

 扉の前で、ミシェルさんが足を止める。

 

「奥様は先ほど少し眠られました。ですが、熱はまだ下がっておりません」

「そうか」

 

 エルランド領主の声が沈む。扉が静かに開かれた。

 中に入った瞬間、薬草の匂いが鼻をくすぐった。

 その奥に、ほんのわずかに甘い匂いが混じっている。

 けれど、誰もそれに触れない。

 

 部屋の中央には、大きなベッドがあった。

 そこに、細い女性が横たわっている。

 エリシアと同じ淡い金髪。白い肌。整った顔立ち。

 きっと元気な時は、美しい人だったのだろう。

 しかし今は、頬がこけ、呼吸も浅い。

 

「お母様……」

 

 エリシアがベッドのそばへ駆け寄る。

 眠っていた女性が、ゆっくりと目を開けた。

 

「エリシア……?」

「はい。私です。戻りました」

「よかった……無事だったのね」

 

 母親は弱々しく微笑んだ。

 エリシアはその手を握りしめる。

 その姿を見ていると、さっきまでレンにくっついていた少女とは別人みたいだった。

 いや、こっちが本当なのだろう。

 

「あなた方が、娘を助けてくれたのですね」

 

 病の女性が、俺たちを見る。

 

「ありがとうございます」

「い、いえ」

「無事ならよかったです」

 

 レンがまた、真っ直ぐに答えた。

 その言葉に、女性は少しだけ目を細める。

 

「まるで、あの子みたい」

「あの子?」

 

 レンが首を傾げた。

 その瞬間、部屋の空気がわずかに止まった。

 エルランド領主の表情が強張る。

 エリシアは、母親の手を握ったまま唇を結ぶ。

 マリーさんは目を伏せた。

 ミシェルさんは、静かに目を伏せた。

 

「あなた」

 

 エルランド領主が、低い声で妻を止める。

 女性は少しだけ寂しそうに笑った。

 

「ごめんなさい。少し、昔を思い出してしまって」

 

 あの子。レンのような子が、昔この家にいたのだろうか。

 レンは何か聞こうとしたが、その前にエルランド領主が口を開いた。

 

「今日は本当に感謝する」

 

 エルランド領主は、静かに言った。

 

「君たちには客室を用意しよう。明日の洗礼が終わるまで、ここで休んでくれ」

「ありがとうございます」

 

 ガードナーさんが代表して頭を下げる。

 

「ミシェル、部屋の準備を」

「かしこまりました」

 

 ミシェルさんは美しい動作で一礼した。

 その横顔を、レンがじっと見ている。

 不思議に感じた俺は、小声で聞いた。

 

「どうしたんだ、レン?」

「なんか、ミシェルから感じる」

「何が?」

「分かんねえ」

 

 レンは眉を寄せる。

 

「でも、あいつの近くにいると、胸の奥がざわざわする」

 

 こいつの勘は、何かと信用できる。

 けれど、俺には何も分からなかった。

 分かったのは、領主館のベッドが信じられないほど柔らかいこと。

 そして、明日の洗礼のことを考えると、その柔らかさでもなかなか眠れないということだけだった。

 

 ミシェルという執事の笑顔。エルランド領主がレンを見た時の目。

 その2つが、妙に頭から離れなかった。俺にはセンサーがない。

 

 それでも、この館に何かがあったことだけは、なんとなく分かった。




ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
魔纏流は無尽流に強く、無尽流は朧一千流に強く、朧一千流は魔纏流に強い
とはいっても、単純な相性以上に技量次第では覆されます。作者おすすめはシンプルに強い魔纏流です。
特に印象に残った場面や台詞がありましたら、一言だけでも感想をいただけると、とても励みになります。
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