異世界転生したのに前の転生者にやり尽くされていた件 作:berunarudo
朝の光が、やけに眩しかった。
昨日までは、気持ちのいい太陽だと思っていた。
初めて見る大きな街。石畳の道。赤茶色の屋根。魔導列車の白煙。屋台から漂う香辛料の匂い。そういうものを照らす陽光は、ただ世界の広さを教えてくれるものだった。
けれど、今日は違う。太陽の光が、俺だけを狙っているように感じた。
昨日歩いたはずの街は、ずいぶん前に見た景色のように感じた。
通りには今日も人が多い。商人の声、荷馬車の車輪が石畳を叩く音、屋台で焼かれる肉の匂い、本屋の窓辺に並ぶ分厚い本。
昨日の俺なら、きっと全部に目を輝かせていただろう。
焼けた肉にかかった香辛料の匂いも。
店先に飾られた本の背表紙も。
遠くから聞こえる魔導列車の汽笛も。
どれも、俺の心を満たしてはくれなかった。
今、俺が求めているものは一つだけだった。
このどうしようもない気持ちを、全部ぶつけられる場所。
悔しさも、惨めさも、嫉妬も、焦りも。
胸の奥で黒く溜まっていくものを、何かに叩きつけなければ、俺は自分の中で腐ってしまいそうだった。
だから、俺は歩いた。
街の大通りから少し外れ、武器を背負った者たちが行き交う区域へ向かう。
そこには、分かりやすい看板があった。
冒険者ギルド。
その文字を見た瞬間、俺は少しだけ笑った。
テンプレだ。
異世界と言えば冒険者ギルド。
登録して、依頼を受けて、魔物を倒して、ランクを上げていく。
受付嬢がいて、荒くれ者がいて、たいてい主人公はそこで絡まれる。
昔の俺なら、そういう展開を見て笑っていた。
またこのパターンかよ、と言いながら、それでもページをめくる手は止まらなかった。
でも、今の俺にはちょうどいい。
もし、この世界が俺を主人公に選ばないなら。
俺が自分で、そういう場面に飛び込めばいい。
俺は木造の扉に手をかけた。
扉の向こうからは、酒の匂いと、肉の焼ける匂いと、男たちの笑い声が漏れていた。
俺は息を吐き、扉を押し開けた。
「おいおい、聞いたか? 昨日、勇者の痣が現れたんだってよ」
「もちろんだ。昨日はそれでずいぶん酒を飲んだからな」
「六十三人目だろ? この街から勇者様が出るなんてなあ」
入ってすぐ、そんな会話が耳に入った。
心臓の奥を、細い針で刺されたような気がした。
だから、俺はその会話から意識を逸らした。
ギルドの中を見回す。
壁には多くの依頼書が張り出されている。
薬草採取。害獣駆除。護衛。素材集め。魔物討伐。
テーブルには、武器を置いた冒険者たちが酒を飲みながら騒いでいた。
受付は思っていたより空いている。ちょうどよかった。今の俺に、長い列で待つ余裕はない。
俺は受付へ向かった。
そこにいたのは、ブロンドの髪を肩で揃えた女性だった。
年は二十代前半くらいだろうか。表情は柔らかいが、目元には疲れが見える。
冒険者という面倒な人種を相手にする仕事なのだから、それも当然かもしれない。
「冒険者登録できますか」
俺が声をかけると、受付嬢は俺を見て少し困った顔をした。
「ごめんなさいね。ここは洗礼を受けた子しか登録できないの」
「それなら問題ない。昨日受けたばかりだ」
「あら、そうだったの。ごめんなさい。お姉さん、勘違いしちゃったわ」
身長はそこまで低くないと思っていたが、やはりまだ子供に見えるらしい。
いや、実際に十歳なのだから仕方がない。
「じゃあ、説明は聞く?」
「ああ、もちろん」
「よかった。最近は説明を聞かずに飛び出そうとする子も多いのよね」
受付嬢は少し安心したように笑い、掲示板を指さした。
「冒険者は、あそこにある掲示板から依頼書を選んで、受付に持ってくることで依頼を受けられるわ。依頼を達成すれば報酬が出る。失敗すれば違約金が発生することもあるから、無茶はしないこと」
彼女は慣れた口調で続ける。
「冒険者にはランクがあるの。最初はDランク。そこからC、B、Aと上がっていく。最上位のSランクは、世界でも数えるほどしかいない特別な冒険者よ」
「なるほど」
「基本的には、自分のランクに合った依頼を受けてもらうわ。低ランクのうちは採取や簡単な討伐が多い。無理に高ランクの依頼を受けて死なれても困るからね」
「そして、ギルド内での殺し合いは禁止。受付や一般人に被害を出したら資格剥奪。ただし、冒険者同士の揉め事は、基本的には当人同士で解決。決闘扱いになれば、ギルドはあまり干渉しないわ」
なるほど。
テンプレではあるが、最低限の秩序はあるらしい。
受付嬢は、手形のような台座を俺の前に置いた。
「ここに手を置いて。登録用の魔導具よ」
また手か。昨日の洗礼を思い出して、胸の奥が少しだけざわついた。
あの時も、俺は手を差し出した。
神父の魔術が身体の中を探り、そして何も出なかった。
何もない手。
俺は小さく息を吐き、台座に手を置いた。
昨日ほどではないが、ぞわりとした感覚が手のひらから腕へ走る。
自分の情報を薄くなぞられるような、あまり気持ちのよくない感触だった。
「はい、登録完了。これが冒険者タグよ」
受付嬢が、木製のタグを差し出した。
ドッグタグのような形をしている。木でできているせいか、軽い。
「Dランクは木製。Cは銅、Bは銀、Aはミスリル、Sは
「分かった」
俺は木製のタグを握った。
Dランク。冒険者としては最初の一歩。
普通なら、ここから地道に依頼をこなしていくのだろう。
薬草を採り、害獣を追い払い、少しずつ実績を積む。
それが正しい。
それが当たり前だ。
でも、今の俺には耐えられなかった。
昨日、レンは勇者になった。サラは魔術師として認められた。
俺だけが、何もなかった。
ここで雑草集めの依頼を受けたら。
俺は本当に、ただのDランク冒険者になる。
勇者の隣にいる、何もない子供になる。
そんなもの、認めたくなかった。
「いきなりBランクの依頼を受けることはできるのか?」
受付嬢の表情が固まった。
「……できないわけではないけど、普通は認めないわ」
「どうして?」
「死ぬからよ」
彼女の声は、さっきより少し硬かった。
「無謀な子を止めるのも、受付の仕事なの。見栄を張って高ランクの依頼を受けて、そのまま帰ってこなかった子たちも見てきたわ」
それは、たぶん本心だった。
この人は俺を馬鹿にしているのではない。
ただ止めようとしている。
でも、止まれなかった。
「俺が
ギルドに静寂が走った。
一瞬だけ、酒場の音が消える。
次の瞬間、その静寂は笑い声に変わった。
「ぶはははは!」
「冗談よせよ、坊主!」
「赤眼熊はBランクのパーティーでやる相手だぞ!」
「ガキは大人しく雑草でも集めてろ!」
「そうだそうだ!」
笑い声が降ってくる。
ああ、そうだよな。信じるわけがない。
十歳の子供が、赤眼熊を一人で倒した。
そんな話を聞いて信じる大人がいるなら、そいつは相当なお人好しか馬鹿だ。
魔想を解放して見せれば、少しは黙るかもしれない。
けれど、それをすれば余計な騒ぎになる。昨日の今日で、また目立つのはまずい。
それでも、胸の奥の苛立ちは消えなかった。
「ねえ、無理しないで。最初は採取依頼から――」
「おいおい、ガキ。退け」
上から声が降ってきた。
振り返ると、背の高い男が立っていた。
腰には剣。金のかかった装備。胸元には銀色の冒険者タグ。
Bランク。
ただ、装備には傷が少なかった。
新品とまでは言わないが、使い込まれた強者の装備には見えない。
「なんだ」
「分かんねぇのか、ガキ。ローズは俺専用の受付嬢だ」
男は受付嬢の名前をわざとらしく呼び、カウンターに肘をついた。
「ちょっと、グーズ様。困ります」
「照れんなよ、ローズ。なあ、さっさと俺の女になれって」
受付嬢――ローズの顔が引きつる。
周囲の冒険者たちは、面倒そうに視線を逸らした。
誰も止めようとしない。
そういう男なのだろう。
嫌われている。でも、止められない。
グーズは銀色のタグを指で弾いた。
「俺様はBランク冒険者だ。この街を守ってやってるんだよ。俺がいなくなったら困るだろ?」
「そ、それは……」
ローズが言葉に詰まる。
なるほど。この街には、Bランク以上の冒険者が少ないのかもしれない。
だから、性格に問題があっても切れない。
よくある話だ。力を持った小物が、周囲に迷惑をかけながら居座る。
テンプレだ。
これほど綺麗なテンプレが、俺の前に転がってきた。
なら、味わわせてもらおう。
「なあ、グーズさん」
「あん? なんだ、ガキ」
「あんた、Bランクなんだろ」
「そうだ。名誉あるBランク冒険者様だ」
「じゃあ、あんたを倒せば、俺もBランク相当ってことでいいよな」
空気が変わった。
笑っていた冒険者たちが黙る。
ローズが息を呑む。
グーズの額に青筋が浮かんだ。
「おいおい、ガキ。それは冗談じゃすまねぇぞ」
「冗談じゃない」
俺はグーズを見上げた。
「事実だ」
グーズが腰の剣を抜いた。
刃が光を反射する。新品に近い剣だ。よく研がれている。だが、そこには戦場の匂いがなかった。
「俺は寛大なんだ。今取り消せば、命だけは助けてやるよ」
「俺は問題ない。さっさと来いよ、グズ野郎」
「だ、ダメです! やめてください、グーズ様! 相手は子供ですよ!」
ローズが制止しようとする。だが、グーズは止まらなかった。
そして、俺も止まる気がなかった。
「ガキ、一回死んどけ」
グーズが踏み込む。
魔想による身体強化。
それなりに速い。少なくとも、ただのチンピラではない。
けれど、遅い。
剣筋が単純すぎる。踏み込みも大きい。魔想の流れも荒い。
ジャンに何度も転がされてきた俺から見れば、次にどこへ剣が来るか分かりすぎるほどだった。
振り下ろされた剣が、俺のいた場所を斬る。
だが、そこに俺はいない。
グーズの剣は床に突き刺さった。
「あ?」
グーズが顔を上げる。
その顎を、俺の蹴りが捉えた。
魔想を流した脚で、地面を蹴った勢いで死角から振り抜いた一撃を浴びせる。
衝撃が顎から頭蓋へ抜ける。
グーズの身体が後ろへ倒れた。
床に背中を打ちつけ、銀色のタグが音を立てる。
ギルドの中が静まり返った。
俺は倒れたグーズの首元から銀のタグを掴み上げる。
「これで、Bランクの依頼を受けても問題ないよな」
ローズはしばらく言葉を失っていた。
やがて、絞り出すように言う。
「……本来は、問題あります」
「だよな」
「でも、実力を示したのは事実です。こちらで責任を持てる範囲なら、特例として認めます」
ローズは苦い顔をしながら、掲示板から一枚の依頼書を外した。
「
「それでいい」
「本当に行くの?」
「ああ」
ローズは俺の顔をじっと見た。
心配している目だった。
止めたいと思っている目だった。
それでも、俺は依頼書を受け取った。
今の俺には、止まる理由より、進まなければならない理由の方が大きかった。
ギルドを出た俺は、そのまま領地近くの森へ向かった。
街の喧騒が遠ざかり、代わりに木々のざわめきが耳に入る。
森の空気は、俺の町の近くにある森と少し似ていた。
だが、違う。満ちている魔粒子の濃度が違う。
分かりやすく言えば、俺の町の森が五なら、この森は十。
肌に触れる空気の重さが違う。呼吸のたびに、肺の奥へ入ってくる魔粒子の量が多い。
この世界には、ステータスも鑑定もない。
目の前の魔物がレベルいくつなのか、数字で表示されることはない。
だから、自分の感覚を信じるしかない。
魔粒子の流れ。魔物の気配。足跡。匂い。空気の揺れ。
ジャンに叩き込まれたものが、俺の中に残っている。
俺は十年で、町の森にいる魔物ならほとんど倒せるようになった。
赤眼熊にも勝った。
なら、ここで俺はもっと強くなれる。
強くならなければならない。
レンが勇者なら。
サラが魔術師なら。
俺は、それとは違う強さを手に入れるしかない。
森の奥へ進む。
しばらく歩くと、遠くに大きな魔力を感じた。
俺は足を止め、息を潜める。空気中の魔粒子に意識を伸ばす。
ジャンが使う感知技術――サイト。
俺もようやく、少しだけ形にできるようになっていた。
もちろん、ジャンのように細かくは見えない。分かるのはせいぜい、大きさと輪郭、魔力の流れくらいだ。
それでも十分だった。
感じるのは大きな鳥類、翼を広げている。まあ、使えるといっても軽い造形しか分からないのは残念だ。
ゆっくりと気配を消し、近づくと大きな鳥が見えてきた。思っている以上に大きい。
俺は気配を殺しながら近づいた。木々の隙間から、それが見えた。
頭部には、骨のように硬質な冠羽が何本も突き出していた。
鋭く曲がった嘴は、獲物を引き裂くためだけに存在しているようだった。
太い脚には、肉を抉る鉤爪。翼は広げれば、木々の間を覆い隠すほどある。
開かれた口の奥から、獣の咆哮とも鳥の鳴き声ともつかない濁った声が漏れていた。
紫に光る眼には、知性らしいものはほとんどない。
ただ、壊すものを探す狂気だけが燃えている。
最高の獲物だ。
ここから気配を消し、全力で強化して急所を突くこともできるだろう。
たぶん、それが一番安全だ。だが、それでは意味がない。
俺が欲しいのは、安全な勝利ではなかった。
自分の強さを、自分に叩きつけるための勝利だ。
俺は魔想を解放した。
体内に満ちていた魔想が、全身から溢れ出す。
空気が震える。足元の草が揺れ、森の魔粒子が俺の魔想に反応してざわめいた。
「Gra……?」
暴鳥が反応した。紫の眼が、こちらを向く。
最初は驚いたように首を傾げた。
だが次の瞬間、俺を獲物として認識したのだろう。
翼を広げ、喉の奥から咆哮を放った。
「Graaaaaa!」
「うるせぇよ、鳥野郎」
俺は手を向け、指を曲げて挑発する。
「さっさと来い」
言葉が通じたのか、それともただ本能が反応したのか。
暴鳥は地面を蹴った。
大地が抉れる。
砕けた石が弾丸のように飛ぶ。
翼を背後へ流し、嘴を槍のように突き出した巨体が一直線に迫ってくる。
速い。
でかい図体のくせに、想像以上に速い。
正面から受ければ、俺の身体など簡単に吹き飛ぶ。
骨は折れ、内臓は潰れ、肉は裂けるだろう。
ならばギリギリで避けるしかない。
一寸の狂いも許されない。
俺は腰のショートソードの柄を握った。
鞘の中には、すでに魔想を流してある。
ただ剣を抜くのではない。鞘の内部で魔想を圧縮し、小さな爆発を起こす。
その衝撃で刀身を押し出し、抜刀速度を限界まで跳ね上げる。
タイミングは一度きり。
早すぎれば届かない。遅すぎれば潰される。
暴鳥の巨体が迫る。
風圧が頬を叩く。
嘴の先が、視界いっぱいに広がる。
「そうこなくちゃな」
俺は地面を蹴った。
前へ。
暴鳥の突進から逃げるのではなく、その足元へ潜り込む。
視界が暗くなる。
頭上を鉤爪が掠める。
爪が巻き起こした風だけで、頬の皮膚が裂けそうになる。
その下で、俺は身を翻した。
魔想を圧縮し、鞘の内側で炸裂。
次の瞬間、剣が跳ねるように抜けた。
閃光。
横一文字の斬撃が、暴鳥の足元を走った。
それは一度きりの抜刀だった。
だが、滑り込む俺自身の速度と、鞘の爆発で押し出された刀身の速度が重なる。
その一閃は、暴鳥の両脚をまとめて斬り抜いた。
抜き放った剣を、俺は身体の回転に合わせて鞘へ戻す。
「
カチン。
納刀の音が響いた。
次の瞬間、暴鳥の両脚から血が噴き出した。
「Graaaaaa!」
支えを失った巨体が傾く。
突進の勢いを殺しきれないまま、暴鳥は前のめりに崩れた。
森の大木へ激突する。
幹が悲鳴を上げるように軋み、次の瞬間、轟音とともにへし折れた。
土煙が舞い上がる。折れた枝が降り注ぐ。
俺は砂煙の中で立ち上がった。
右手が震えている。
抜刀の反動で、手首から肘にかけて鈍い痛みが走っていた。
脚にも負荷が残っている。滑り込みの時に、少し皮膚を削ったらしい。
それでも、立っている。
暴鳥は倒れていた。
まだ生きている。
翼をばたつかせ、嘴を地面に打ちつけ、何とか立ち上がろうとしている。
だが、両脚を失った以上、もうまともには動けない。
真正面から切り合っていれば、かなり消耗していただろう。
知性がなく、ただ突っ込んできてくれて助かった。
あとは、とどめを刺すだけだ。そう思った時だった。
茂みの奥から、魔力を感じた。
「おい、誰だ」
俺は剣の柄に手をかける。
次に聞こえたのは、拍手の音だった。
「素晴らしい腕だ」
茂みの奥から、一人の男が出てくる。
グーズだった。
「お前……」
さっきギルドで倒したはずのBランク冒険者。
顎にはまだ蹴りの跡が残っている。だが、意識ははっきりしているようだった。
「何の用だ」
「お前の実力は確かに本物だ。そこは認めてやるよ」
グーズは笑っていた。
ギルドで見せていた小物じみた笑いではない。
もっと薄く、嫌な笑いだった。
「だけどな、経験はD以下だ」
「何が言いたい」
俺は剣を握る手に力を込めた。
こいつは何をしに来た。
俺の戦闘を邪魔するつもりか。
それとも、さっきの仕返しか。
グーズは自分の頭を指で叩いた。
「俺はBランク冒険者だ。実力だけじゃない。ここを使って生き残ってきた」
「頭を使ってきたってか」
「そうだ。Bランクの条件は、単純な強さだけじゃねえ。依頼の達成数、危険地帯での生還率、街への貢献。そういうものも含まれる」
グーズは肩をすくめる。
「それに、この街にはBランク以上の冒険者が少ない。だから、俺みたいな奴でも重宝される」
「自覚はあるんだな」
「もちろんだ。俺は強者じゃない。だが、弱者でもない。死なずに稼ぐ方法を知っている」
その言葉に、胸の奥がざわついた。
こいつは雑魚ではない。
少なくとも、自分が強くないことを知っている。
そのうえで、生き残るために他人を利用する種類の人間だ。
「ギルドでお前を見た時から分かってたぜ」
グーズは口の端を吊り上げる。
「誇示するように垂れ流していた魔想。子供にしては異常な動き。赤眼熊を倒したって話も、あながち嘘じゃねえと思った」
「なら、なんで絡んだ」
「決まってんだろ。お前みたいなのがこの街で目立ったら、俺の価値が下がるからだ」
グーズの目が細くなる。
「Bランク冒険者が足りねえから、俺はこの街ででかい顔ができる。受付嬢にも、ギルドにも、領主の連中にもな。だが、お前みたいなガキが出てきたら困るんだよ」
「だから、俺をここに誘導したのか」
「正解だ」
グーズは楽しそうに笑った。
「
その瞬間、倒れていた暴鳥が大きく喉を震わせた。
嫌な予感がした。
「まさか――」
「
次の瞬間、暴鳥が空へ向かって咆哮した。
「Graaaaaaaaaa!」
森全体を揺らすような声だった。
空気が震える。
木々の葉がざわめく。
魔粒子の流れが乱れる。
俺は即座に走り、暴鳥の頭へ剣を突き刺した。
咆哮は途切れた。だが、遅かった。
すでに声は届いていた。
「じゃあな、ガキ。せいぜい死ぬ気で頑張れ」
「てめぇ!」
俺が振り返った時には、グーズの気配が薄れていた。
隠密系の魔術か。
さっきまで感じていた魔力が、霧のように消えていく。
追うか。いや、違う。
それどころではない。
森の奥。いや、山の方角から、空気が変わった。
重い。
さっきの暴鳥とは比べ物にならない魔力が、遠くから押し寄せてくる。
俺の背筋に、冷たいものが走った。
◇
山のふもとに、黒い影があった。
最初、それは岩山の一部に見えた。
だが、違う。羽だ。
漆黒の羽を背負った巨大な魔鳥が、折れた木々と抉れた土の中心に蹲っていた。
彼女の足元には、家屋ほどもある大蛇が横たわっている。
蛇の鱗は何枚も剥がれ、太い胴は無惨に裂けていた。
山の主と呼ばれてもおかしくない巨体。
人間なら、見ただけで逃げ出すような魔物。
その大蛇が、ただの餌になっていた。
大暴鳥は鉤爪で蛇の肉を押さえつけ、嘴を深々と突き立てる。
ぐちゅり、と湿った音が響いた。
骨が砕ける。
肉が引き裂かれる。
大蛇の巨体が、まだ生きているかのようにびくりと跳ねた。
けれど、大暴鳥は気にも留めない。
紫黒い瘴気をまとった嘴で肉を抉り取り、喉の奥へ流し込んでいく。
捕食というより、蹂躙だった。
この山の主であったはずの蛇でさえ、今の大暴鳥の前ではただの肉にすぎない。
その時だった。遠くから、我が子の声が届いた。
大暴鳥の嘴が止まる。
紫に光る眼が、ゆっくりと声のした方へ向いた。
嘴の先から、裂いたばかりの蛇の血が滴り落ちる。
一滴、二滴。
黒い土の上に落ちた血が、じわりと広がった。
低く、喉が鳴る。山の空気が震えた。
人は、その天災そのものの魔物に「
そして今、その天災が、山を下りようとしていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
冒険者ランクがSの条件の一つに龍討伐があります。その際に龍の中にある龍魔石でタグを作ります。
また、ランクSは頂点はなく、さらに上の国家が認める頂点も存在しております。
特に印象に残った場面や台詞がありましたら、一言だけでも感想をいただけると、とても励みになります。