異世界転生したのに前の転生者にやり尽くされていた件 作:berunarudo
第三十四話 里の戦士
レンとサラが王都へ旅立つ一年前まで遡る。
ルークスが滝へ落ちてから、二日後のことだった。
ぱち、ぱち、と火花の爆ぜる音がする。
まぶたが重い。身体中が痛い。喉は焼けたように乾いている。
それでも意識が浮かび上がるにつれ、俺はその音を雷の弾ける音だと思った。
師匠が矢を番える時にも、よく似た音がしていた。
「し……しょう……?」
「師匠?」
返ってきたのは、知らない男の声だった。
重いまぶたを持ち上げる。
揺れる焚き火。その向こうから、筋骨隆々の男が俺の顔を覗き込んでいた。
しかも、上半身裸である。
「ぎゃあああああ!」
「うわあああああ!」
俺が叫ぶと、男まで叫びながら後ろへ飛び退いた。
勢いよく身体を起こしたせいで、脇腹に激痛が走る。
「いっ……!」
「まだ動かない方がいい。君は二日も眠っていたんだ」
「ふ、二日……?」
男は何事もなかったように戻ってくると、木の器を差し出した。
警戒しながら受け取る。中身は水だった。
「安心しろ。毒など入っていない」
「その見た目で言われると、逆に不安なんだけど」
「む? この肉体のどこに不安を感じる要素がある?」
男は胸を張り、全身の筋肉を強調するように力を込めた。
何パックあるのか数える気にもならない腹筋が、焚き火に照らされている。
「全部だよ」
もっとも、悪い人間ではなさそうだ。
俺は器の水を一気に飲み干した。乾ききっていた身体へ水が染み込んでいく。
「あんたが、俺を助けてくれたのか?」
「ああ。川辺を歩いていたら、君が流れてきた。あれほど膨大な魔想を持つ者が、魚のように浮かんでくるとは思わなかったぞ」
「そうか……ありがとう」
頭を下げてから、俺は周囲を見回した。
岩壁に囲まれた小さな窪地。焚き火。俺が寝かされていた毛皮。
それだけだ。
「俺のほかに、誰かいなかったか?」
「誰か?」
「四十代くらいの男だ。左目に傷があって、弓を持っている。口が悪くて、いつも茶色の帽子を被っていて……」
言葉を重ねるほど、胸の奥が冷たくなっていく。
男はしばらく黙ったあと、傍らに置いていたものを差し出した。
「見つけたのは、君とこれだけだ」
泥に汚れた、茶色のハットだった。
震える手で受け取る。
見間違えるはずがない。師匠がいつも被っていた帽子だ。
「川の上流も調べた。だが、ほかに人の気配は感じなかった」
「そう……か」
帽子を深く被る。
顔を隠していなければ、後悔も、怒りも、情けなさも、全部こぼれ落ちてしまいそうだった。
どうして俺だけを逃がした。
あとから行くと言ったくせに、嘘つきやがって。
「彼は、立派な戦士だったのだな」
男が静かに言った。
「……ああ。最高の師匠だ」
まだ、死んだと決まったわけじゃない。
そう自分に言い聞かせた。それでも、帽子を握る手から力を抜くことはできなかった。
「俺の名はルークス。あんたは?」
「俺は火龍の里の戦士、タケル・カミヤマだ」
タケルは真っ白な歯を見せ、親指を立てた。
「カミヤマ? この辺りでは珍しい名前だな」
「うむ。守護神アレスが、我が一族に残した古い名だ」
「アレスが?」
「俺はアレス・ジョーンズの血を引く者。もっとも、何代も前のご先祖様だがな!」
タケルは豪快に笑った。
また、アレスか。異世界へ来てから、何度この名前を聞いただろう。
死にかけ、すべてを失いかけた先でさえ、俺はあの男が残したものから逃れられないらしい。
けれど今は、皮肉を言う気にはなれなかった。その子孫に、俺は命を救われたのだから。
「それで、ルークス。君はなぜ滝から流れてきたんだ?」
「滝の上の森で、ノアーク教団のミシェルという男と戦っていた」
「ノアーク教団?」
「世界を一度壊して、作り直そうとしている連中だ。俺たちはそいつの計画を邪魔して……負けた」
地面へ拳を落とす。
殴るというより、押しつけることしかできなかった。
「負けそうになった時、師匠が俺だけを逃がしたんだ」
「だから、強くなりたいのか」
「ああ」
「仇を討つために?」
復讐。
ノアーク教団は止める。ミシェルも、必ず俺がぶちのめす。
だが、殺したいのかと問われると、すぐには頷けなかった。
俺には、まだ前世の価値観が残っている。
魔物と人間は違う。どれほど憎い相手でも、人の命を奪うという一線は、今の俺には重すぎた。
「分からない」
俺は正直に答えた。
「あいつを許せない。でも、殺したいのかは分からない。ただ――」
帽子のつばを握る。
「もう、大切な人が俺を守っていなくなるのは嫌だ。次は俺が守れるくらい、強くなりたい」
「うむ。戦士として立派な心構えだ」
タケルは大きく頷いた。
その直後、なぜか筋肉を強調するようなポーズを取った。
「だが、強くなることが君の夢なのか?」
「え?」
「俺の夢は、火龍様を超えることだ。拳で超えられるなら、それが一番いい。だが、武力とは違う何かで火龍様を超えられるのなら、それでも俺の夢は叶う」
タケルはポーズを解き、俺を真っすぐに見た。
「君の夢に、強さは必ず必要なのか?」
答えようとして、言葉が出なかった。俺の夢は、物語の主人公のような人間になることだ。
世界の中心で輝き、誰かのために立ち上がり、最後には世界を救う。そんな人間になりたい。
そのためには、強さが必要だと思っていた。
けれど、本当に足りないものは、それだけなのだろうか。
「……今は、分からない」
「そうか!」
タケルはなぜか嬉しそうに笑った。
「分からないなら、探せばいい。夢とは、歩きながら形を知るものだからな!」
脳筋にしか見えないのに、時々やたらと深いことを言う男だ。
「ところでルークス、俺の手伝いをしてくれないか」
「手伝い?」
「俺は今試練を受けている。それを手伝ってくれるなら俺が君を街まで連れて行こう」
「試練?」
「俺は今、火龍様から与えられた試練の最中なのだ。だが、どうしても目的の場所へたどり着けない」
「命を救ってもらったんだ。手伝うよ。案内の対価なんてなくてもな」
「なんといういい男だ!」
タケルのポージングが、さらに激しくなった。
そろそろ俺の身体が筋肉に拒否反応を起こしそうだ。
「それで、どんな試練なんだ?」
「山岳地帯に棲む
「竜を……拳で?」
「火龍様を超えるのだ。竜の一頭くらい倒せなければ、里一番の戦士にはなれん!」
言っていることは単純だが、規模がおかしい。
「問題は、試練の場所へたどり着けないことだ。かれこれ三年、あの山をさまよっている」
「三年!?」
タケルが指した先には、天を塞ぐような巨大な山脈がそびえていた。
山頂は雲に隠れ、ここからでは見ることもできない。
「何度登っても、気づけばこの場所へ戻ってくる。魔術なら魔想の流れを感じるはずだが、それもない」
「それで、俺の頭を借りたいと」
「うむ! 里の戦士は、考えることをあまり得意としていない。普段は妹のヒミコが考えてくれるのだが、試練に他の里人を連れていくことは禁止されている」
ヒミコとは、ずいぶん占いが得意そうな名前だ。
それにしても、アレスの子孫にタケルとヒミコ。あの守護神、名前の残し方まで日本に寄せすぎではないだろうか。
「とにかく、一度その山を調べてみよう。実際に行かないと何も分からない」
「いや、今の君を連れていくことはできん」
「どうしてだよ。手伝ってほしいんじゃないのか?」
「知恵は借りたい。だが、その前に君が山で生き残れるか確かめる必要がある」
◇
三日後。
身体の傷が塞がり、まともに歩けるようになった俺は、タケルと向かい合っていた。
「君の魔想量は申し分ない。だが、量だけで山を越えられるほど、あの場所は甘くない」
「ずいぶんと言ってくれるな」
「不満か?」
「当然だ。俺のことを、もう理解したつもりか?」
タケルは腕を組み、しばらく俺を見つめた。
やがて楽しそうに口元を上げる。
「ならば、俺に一撃入れてみろ。できれば連れていこう」
「後悔するなよ」
全身へ魔想を流す。
傷の残る身体が、内側から熱を持った。
地面を蹴る。
一気に間合いを詰め、タケルの顔面へ拳を繰り出した。
タケルは避けなかった。
俺の拳が、真正面から頬へ突き刺さる。
「いったあああああ!」
悲鳴を上げたのは、殴った俺の方だった。
拳が痺れている。
人間を殴ったはずなのに、鋼鉄の壁へ拳を叩きつけたような感触だった。
タケルは微動だにしていない。
「今のが君の全力か?」
「まだだ!」
外側が駄目なら、内側を叩く。
俺はタケルの腹へ手を当て、魔想を直接流し込んだ。
武器の内部へ魔想を蓄積し、内側から破壊する魔想撃。その技術を、人体へ応用する。
「くらえ、魔想撃!」
流し込んだ魔想が、タケルの内部で渦を巻いた。
次の瞬間、そのすべてが俺の手へ押し返された。
「なっ――」
行き場を失った魔想が爆発する。
俺だけが勢いよく吹き飛ばされ、地面を転がった。
「いってぇ……どうなってやがる」
起き上がると、タケルは感心したように目を見開いていた。
「驚いた。君は
「極心流? 今のは俺の独学だ」
「独学で、ここまで魔想を操作したのか」
タケルは嬉しそうに笑うと、右腕を高く振り上げた。
「俺たち火龍の里に伝わる極心流には、三つの基本がある」
その声とともに、周囲の空気が震えた。
「肉体を鉄壁へ変える――
先ほど俺の拳を受け止めた技。
「一撃へ、すべての力を集める――
掲げた拳へ、タケルの魔想が収束していく。
「相手の内へ魔想を流し、巡る力を打ち崩す――
俺の魔想を押し返した技。
「今から見せるのは――極だ」
タケルが拳を地面へ振り下ろした。
一瞬、世界から音が消えた。直後、地面から閃光が噴き上がる。
轟音。衝撃。巻き上がった土砂と暴風が、離れていた俺まで吹き飛ばした。
「なんだよ……これ」
土煙の向こうで、大地が消えていた。
タケルの足元には、人間の拳で作ったとは思えない巨大なクレーターが残されている。
「君には素質がある」
クレーターの中心で、タケルが白い歯を見せた。
「極心流を学ぶ気があるなら、山を登れるところまで鍛えてやろう」
俺は、どうやらとんでもない男に助けられたらしい。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
謎のゴリマッチョ登場!
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