異世界転生したのに前の転生者にやり尽くされていた件 作:berunarudo
俺の目の前で、タケルは人差し指一本だけを地面につき、逆立ちしたまま腕を曲げ伸ばししていた。
一回、二回、三回。
上半身だけでなく、脚まで真っすぐ天へ伸びている。身体は一切ぶれない。
この世界では、これが普通なのだろうか。
「なあ、タケル」
「なんだ、ルークス」
「それって、俺にもできるようになるのか?」
「ハハハハハ! 安心しろ、里の戦士でもできる者はほとんどいないぞ!」
「よかった。それが普通だと言われたら、この世界への認識を改めるところだった」
もっとも、目の前で続けているタケルが異常であることに変わりはない。
俺の一日は、タケルとの筋力鍛錬から始まる。
父さんや師匠から教わった鍛錬も厳しかったが、タケルのそれは次元が違った。
毎朝おぞましい回数の腕立て、腹筋、スクワットをこなし、巨大な岩を担いで山道を走る。その後は休憩することもなく、食料を得るために魔物を倒す。
最初の頃は、昼になる前に指一本動かせなくなった。
今では、倒れるのが夕方まで延びた。成長していると信じたい。
そんな生活が始まって、半年が過ぎていた。
◇
故郷へ戻ろうとしなかったわけではない。
滝の上へ続く崖は、タケルでも登れないほど切り立っていた。火龍の里まで行けば、ゴルゴン王国へ手紙を届ける行商人もいるらしい。
家族も、レンも、サラも、俺が死んだと思っているかもしれない。
できるだけ、早く伝えたい。
「また腕だけ鉄にしようとしているぞ」
タケルの声で、意識を修行へ戻す。
俺は目を閉じ、自分の右腕へ魔想を流していた。
「腕を硬くするんじゃない。魔想を肉体へ馴染ませろ。皮膚も、筋肉も、骨も、最初からそういう性質だったと思い込ませるんだ」
「簡単に言ってくれるな……!」
それは火龍の里に伝わる、魔想の性質変化を極めた武術だった。
魔想を鎧のように身体の外へ纏うのではない。肉体へ深く馴染ませ、身体そのものの性質を変化させる。
肉体を鉄壁へ変える――
一点へ力を集中させ、威力を跳ね上げる――
触れた相手へ魔想を流し、相手の中を巡る魔想と衝突させる――
壁で敵の攻撃を受け、極で打ち抜き、転によって内部から破壊する。
三つの絶技を一つの流れへつなげた奥義が、極心三絶――
当然、今の俺には真似すらできない。
「ふっ!」
右腕へ魔想を押し込む。
皮膚の色が黒鉄のように変わった。
成功した。
そう思った瞬間、腕が地面へ落ちた。
「お、重っ……!」
右腕だけが鋼鉄の塊になったように重い。持ち上げようとしても、肩が悲鳴を上げるだけだった。
タケルが豪快に笑う。
「ハハハハハ! 見事な失敗だ!」
「褒めるところじゃないだろ!」
「普通は、肉体をそこまで変質させるだけの魔想を流せん。失敗できることも才能だぞ」
慰められているのか、本当に褒められているのか分からない。
俺は「転」だけなら得意だった。
もともと魔想撃によって、物体や相手の内部へ魔想を流す技術を身につけていたからだ。
だが、「壁」は苦手だった。
俺の魔想量は、普通の人間より多すぎる。少し流すつもりでも、肉体が必要とする量を簡単に超えてしまう。
「極」も同じだ。
莫大な魔想を拳へ集中させれば、敵を殴る前に俺自身の拳が裂ける。
壁で肉体を守れなければ、極は自爆技にしかならない。
「やはり、ルークスは壁が下手だな」
「自分でも分かってるよ」
「だが、半年で里の子供と同じところまで来た」
「こ、子供……」
「里の子供は、十歳までに極心流の基礎を修めるからな!」
絶対に、火龍の里がおかしいだけだ。
普通の十歳が、肉体を鉄へ変える怪物拳法を使うはずがない。そう信じたい。
「それに、君は極心流に向いている」
「壁は下手なのに?」
「魔術回路がないからだ」
思いもしなかった言葉に、俺は顔を上げた。
「魔術回路がない方がいいのか?」
「武人の中には、そう望む者も多い。魔術回路があれば、魔想を流しただけで属性が混ざる。純粋な魔想だけを扱う極心流では、それが邪魔になることもある」
タケルは自分の胸を指した。
「俺には火属性の魔術回路がある。火山や雪山では便利だが、極心流を覚える時には苦労したぞ。魔想から火の性質を抜くところから始めなければならなかった」
「じゃあ、俺が半年で基礎まで来られたのは……」
「魔術回路を持たず、純粋な魔想を自由に扱えるからだ。量の調整さえ覚えれば、君はもっと強くなる」
魔術回路がないことを、初めて才能として認められた。
胸の奥が少しだけ熱くなる。
これまで俺は、魔術回路がないことを欠点だとしか思っていなかった。
魔術を使える人間を羨み、自分には何かが足りないと考え続けてきた。
場所が変われば、欠点の意味も変わるらしい。
「でも、俺はやっぱり魔術も使ってみたかったけどな」
「ハハハハハ! ないものを欲しがるのも人間というものだ!」
タケルは笑いながら、俺の背中を叩いた。
加減しているはずなのに、身体が地面へめり込んだ。
◇
「そろそろ、山へ登ってみるか」
朝食の魔物肉を食べ終えたところで、タケルが言った。
「俺はまだ、壁を完璧に使えないぞ」
「完璧である必要はない。今の君なら、死なない程度には耐えられる」
「何に?」
「少し熱いぞ」
「待て。何をするつもりだ」
タケルの身体から、炎が噴き上がった。
「た、タケル!?」
「山は寒いからな。こうしておけば、凍えて死ぬことはない!」
「防寒具という文明を知らないのか!?」
「そんなもの、魔物に切り裂かれるだろう!」
タケルが俺の肩へ触れる。
次の瞬間、俺の身体まで炎に包まれた。
「熱っ――くない?」
壁で皮膚の性質を変え、炎の熱を遮断する。
完璧ではない。少しでも集中を切らせば、全身を火傷するだろう。
こうして雪山の入口に、二本の火柱が完成した。
傍から見れば、山へ登る人間ではなく、山を焼きに来た魔物である。
「これで、どれくらい登るんだ?」
「三日だな!」
「防寒具に感謝したい」
「だから、切り裂かれると言っているだろう!」
「燃えながら三日よりはましだ!」
俺たちは火柱のまま、雪山へ足を踏み入れた。
◇
一日目の夜。
俺たちは風を防げる岩陰で休んでいた。
周囲に魔物の気配はない。俺は焼いた肉をかじりながら、以前から気になっていたことを尋ねた。
「そういえば、タケルはアレスの子孫なんだよな」
「ああ。俺も本人を知っているわけではないが、里には多くの伝承が残っている」
「どんな人だったんだ?」
「妻が三人いたそうだ!」
「最初に出てくる話がそれなのか?」
もっと英雄らしい逸話があると思っていた。
「一人は幼馴染で、帝国の貴族。もう一人はゴルゴン王国の女性。そして最後の一人が、当時の火龍の御子だ」
「その御子が、タケルの先祖なのか」
「そういうことだな」
アレスは、異世界でしっかりハーレムまで作っていたらしい。
「ほかの一族はジョーンズ家を名乗っているが、俺たちだけはカミヤマを名乗っている」
「どうしてだ?」
「アレス様は旅の途中、別の名で生活していた時期がある。その時に使っていた名前が、シゲノブ・カミヤマだ」
おいおい。
どこからどう聞いても日本人の名前じゃないか。
「英雄シゲノブとアレス様が同一人物だと知らされた時、里の者も驚いたそうだ」
「英雄シゲノブ?」
「その名で旅をしていた頃にも、数多くの国や町を救ったらしい。土地によっては、守護神アレスより英雄シゲノブの名の方が有名だぞ」
シゲノブ・カミヤマ。
なぜか、どこかで聞いたことがあるような気がした。
この世界ではなく、前世で。
だが、記憶を探っても答えは出てこない。
「早く試練を終えて、火龍様にルークスを会わせたいものだ。きっと君を気に入るぞ!」
「俺も会ってみたいよ」
火龍なら、アレス本人についても知っているかもしれない。
俺は焚き火の向こうにそびえる山頂を見上げた。
すべては、そこへたどり着いてからだ。
◇
三日目。
標高が上がるにつれて吹雪は激しくなり、周囲は白一色に染まっていた。
身体を包む炎のおかげで凍えることはない。足元の雪は熱で溶け、俺たちが歩いた後には、濡れた足跡が続いていた。
それでも視界はほとんど利かない。
俺は魔粒子の反応を読むセンスを使い、周囲の地形と魔物の位置を確認しながら進んだ。
「タケルなら、この吹雪くらい問題ないだろ?」
「ああ、問題ない。問題はこの先だ」
その言葉と同時に、周囲から魔粒子の感覚が消えた。
「なっ……」
センスが何も捉えない。
正確には、空気中にあるはずの魔粒子を感じられない。
魔粒子そのものが凍っているのか。
だとすれば、この場所では魔術も使えないはずだ。
ところが、俺の疑問を嘲笑うように吹雪が止んだ。
雲が左右へ割れ、その向こうに白く輝く山頂が姿を現す。
俺たちの前には、山頂まで真っすぐ続く雪道があった。
「タケル、道が……」
「これが問題なのだ」
疑いながらも、俺たちは道を進んだ。
真っすぐ歩いている。山頂も少しずつ近づいている。
だが、しばらくすると再び吹雪が吹き荒れ、気づけば同じ場所へ戻されていた。
「これでは、どうやっても山頂へたどり着けない」
「確かに、センスも使えない。魔術の気配も感じなかった」
魔術ではないのか。
それとも、この山自体がそういう性質を持っているのか。
「これは難関だな」
「そうだろう? ああ、ヒミコがいればな」
「ヒミコさんなら突破できるのか?」
「当然だ。ヒミコは里一番の天才だからな!」
火龍の里には、タケル以上の怪物がまだいるらしい。
「もう一度行くぞ、ルークス!」
「また燃やされるのかよ」
俺たちは再び炎を纏い、吹雪の中へ入った。
やがて魔粒子の感覚が消え、先ほどと同じように雲が割れる。
白い山頂へ続く一本道が現れた。
「ルークス、道が出たぞ!」
「タケル。ここに長く残る火を置けるか?」
「長時間は無理だが、できるぞ」
「十分だ」
タケルが指先を立てる。
「第二階位――
小さな火が生まれ、提灯のようにその場へ浮かんだ。
俺たちは蛍火を背に、山頂へ向かって歩き始める。
しばらく進んだあと、振り返った。蛍火は、すぐ後ろに浮かんでいた。
「やはりだ」
「どういうことだ、ルークス。俺たちは確かに歩いていたぞ」
「ああ。足は動かしていた。でも、場所はほとんど変わっていない」
俺は足元を見た。
山の下では、身体を包む炎によって雪が溶け、俺たちの足跡が残っていた。
だが、ここには足跡が一つもない。
試しに足元の雪へ炎を近づける。雪が溶け、その下から黒い岩肌が現れた。
次の瞬間だった。
周囲の雪が、生き物のように流れ込んだ。
露出した岩を覆い、何事もなかったように白い道へ戻していく。
「雪が動いた……?」
「俺たちは進んでいなかったんじゃない」
俺は山頂へ続く道を睨んだ。
「俺たちが一歩進むたび、足元の雪が同じだけ後ろへ流れていたんだ。進んでいるように見えていた景色は、おそらく蜃気楼だ」
「ならば、雪を動かしている魔術があるのか?」
「でも、魔術の気配は――」
言いかけて、俺は地面へ手を触れた。自分の魔想を、雪の下へ流し込む。
岩盤へ触れた瞬間、あまりにも巨大な魔粒子の流れが押し返してきた。
「ぐっ……!」
反射的に手を離す。
地下にあるのは、川などという規模ではない。
大地の底を、海のような魔粒子が流れている。
「龍脈……」
タケルはそう言葉を漏らした。
魔術が使われていないのではない。
あまりにも巨大な魔粒子の流れに紛れているから、レルギオンの魔術だけを見つけられなかったのだ。
空気中の魔粒子が消えたのも、雪と龍脈をつなぐために地面へ引き込まれていたからだろう。
「見えてきたぞ」
蜃気楼で目を欺き、龍脈を利用して雪の道を作り替える。
タケルが三年間、どれほど歩いても山頂へ届かなかった理由。
「俺たちが道に迷っていたんじゃない」
絶えず形を変える白い道へ、俺は指を突きつけた。
「道そのものが、俺たちを進ませなかったんだ」
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
タケルの頭脳は戦闘以外はくそ雑魚ナメクジです。
特に印象に残った場面や台詞がありましたら、一言だけでも感想をいただけると、とても励みになります。