異世界転生したのに前の転生者にやり尽くされていた件   作:berunarudo

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第三十五話 極心流

 

 俺の目の前で、タケルは人差し指一本だけを地面につき、逆立ちしたまま腕を曲げ伸ばししていた。

 

 一回、二回、三回。

 上半身だけでなく、脚まで真っすぐ天へ伸びている。身体は一切ぶれない。

 この世界では、これが普通なのだろうか。

 

「なあ、タケル」

「なんだ、ルークス」

「それって、俺にもできるようになるのか?」

「ハハハハハ! 安心しろ、里の戦士でもできる者はほとんどいないぞ!」

「よかった。それが普通だと言われたら、この世界への認識を改めるところだった」

 

 もっとも、目の前で続けているタケルが異常であることに変わりはない。

 俺の一日は、タケルとの筋力鍛錬から始まる。

 父さんや師匠から教わった鍛錬も厳しかったが、タケルのそれは次元が違った。

 毎朝おぞましい回数の腕立て、腹筋、スクワットをこなし、巨大な岩を担いで山道を走る。その後は休憩することもなく、食料を得るために魔物を倒す。

 最初の頃は、昼になる前に指一本動かせなくなった。

 今では、倒れるのが夕方まで延びた。成長していると信じたい。

 

 そんな生活が始まって、半年が過ぎていた。

 

     ◇

 

 故郷へ戻ろうとしなかったわけではない。

 

 滝の上へ続く崖は、タケルでも登れないほど切り立っていた。火龍の里まで行けば、ゴルゴン王国へ手紙を届ける行商人もいるらしい。

 家族も、レンも、サラも、俺が死んだと思っているかもしれない。

 できるだけ、早く伝えたい。

 

「また腕だけ鉄にしようとしているぞ」

 

 タケルの声で、意識を修行へ戻す。

 俺は目を閉じ、自分の右腕へ魔想を流していた。

 

「腕を硬くするんじゃない。魔想を肉体へ馴染ませろ。皮膚も、筋肉も、骨も、最初からそういう性質だったと思い込ませるんだ」

「簡単に言ってくれるな……!」

 

 極心流(きょくしんりゅう)

 それは火龍の里に伝わる、魔想の性質変化を極めた武術だった。

 魔想を鎧のように身体の外へ纏うのではない。肉体へ深く馴染ませ、身体そのものの性質を変化させる。

 

 肉体を鉄壁へ変える――(へき)

 一点へ力を集中させ、威力を跳ね上げる――(きょく)

 触れた相手へ魔想を流し、相手の中を巡る魔想と衝突させる――(てん)

 

 壁で敵の攻撃を受け、極で打ち抜き、転によって内部から破壊する。

 三つの絶技を一つの流れへつなげた奥義が、極心三絶――崩天(ほうてん)

 

 当然、今の俺には真似すらできない。

 

「ふっ!」

 

 右腕へ魔想を押し込む。

 皮膚の色が黒鉄のように変わった。

 

 成功した。

 そう思った瞬間、腕が地面へ落ちた。

 

「お、重っ……!」

 

 右腕だけが鋼鉄の塊になったように重い。持ち上げようとしても、肩が悲鳴を上げるだけだった。

 

 タケルが豪快に笑う。

 

「ハハハハハ! 見事な失敗だ!」

「褒めるところじゃないだろ!」

「普通は、肉体をそこまで変質させるだけの魔想を流せん。失敗できることも才能だぞ」

 

 慰められているのか、本当に褒められているのか分からない。

 

 俺は「転」だけなら得意だった。

 もともと魔想撃によって、物体や相手の内部へ魔想を流す技術を身につけていたからだ。

 だが、「壁」は苦手だった。

 俺の魔想量は、普通の人間より多すぎる。少し流すつもりでも、肉体が必要とする量を簡単に超えてしまう。

 

「極」も同じだ。

 莫大な魔想を拳へ集中させれば、敵を殴る前に俺自身の拳が裂ける。

 壁で肉体を守れなければ、極は自爆技にしかならない。

 

「やはり、ルークスは壁が下手だな」

「自分でも分かってるよ」

「だが、半年で里の子供と同じところまで来た」

「こ、子供……」

「里の子供は、十歳までに極心流の基礎を修めるからな!」

 

 絶対に、火龍の里がおかしいだけだ。

 普通の十歳が、肉体を鉄へ変える怪物拳法を使うはずがない。そう信じたい。

 

「それに、君は極心流に向いている」

「壁は下手なのに?」

「魔術回路がないからだ」

 

 思いもしなかった言葉に、俺は顔を上げた。

 

「魔術回路がない方がいいのか?」

「武人の中には、そう望む者も多い。魔術回路があれば、魔想を流しただけで属性が混ざる。純粋な魔想だけを扱う極心流では、それが邪魔になることもある」

 

 タケルは自分の胸を指した。

 

「俺には火属性の魔術回路がある。火山や雪山では便利だが、極心流を覚える時には苦労したぞ。魔想から火の性質を抜くところから始めなければならなかった」

「じゃあ、俺が半年で基礎まで来られたのは……」

「魔術回路を持たず、純粋な魔想を自由に扱えるからだ。量の調整さえ覚えれば、君はもっと強くなる」

 

 魔術回路がないことを、初めて才能として認められた。

 胸の奥が少しだけ熱くなる。

 これまで俺は、魔術回路がないことを欠点だとしか思っていなかった。

 魔術を使える人間を羨み、自分には何かが足りないと考え続けてきた。

 場所が変われば、欠点の意味も変わるらしい。

 

「でも、俺はやっぱり魔術も使ってみたかったけどな」

「ハハハハハ! ないものを欲しがるのも人間というものだ!」

 

 タケルは笑いながら、俺の背中を叩いた。

 加減しているはずなのに、身体が地面へめり込んだ。

 

     ◇

 

「そろそろ、山へ登ってみるか」

 

 朝食の魔物肉を食べ終えたところで、タケルが言った。

 

「俺はまだ、壁を完璧に使えないぞ」

「完璧である必要はない。今の君なら、死なない程度には耐えられる」

「何に?」

「少し熱いぞ」

「待て。何をするつもりだ」

 

 タケルの身体から、炎が噴き上がった。

 

「た、タケル!?」

「山は寒いからな。こうしておけば、凍えて死ぬことはない!」

「防寒具という文明を知らないのか!?」

「そんなもの、魔物に切り裂かれるだろう!」

 

 タケルが俺の肩へ触れる。

 次の瞬間、俺の身体まで炎に包まれた。

 

「熱っ――くない?」

 

 壁で皮膚の性質を変え、炎の熱を遮断する。

 完璧ではない。少しでも集中を切らせば、全身を火傷するだろう。

 

 こうして雪山の入口に、二本の火柱が完成した。

 

 傍から見れば、山へ登る人間ではなく、山を焼きに来た魔物である。

 

「これで、どれくらい登るんだ?」

「三日だな!」

「防寒具に感謝したい」

「だから、切り裂かれると言っているだろう!」

「燃えながら三日よりはましだ!」

 

 俺たちは火柱のまま、雪山へ足を踏み入れた。

 

     ◇

 

 一日目の夜。

 

 俺たちは風を防げる岩陰で休んでいた。

 周囲に魔物の気配はない。俺は焼いた肉をかじりながら、以前から気になっていたことを尋ねた。

 

「そういえば、タケルはアレスの子孫なんだよな」

「ああ。俺も本人を知っているわけではないが、里には多くの伝承が残っている」

「どんな人だったんだ?」

「妻が三人いたそうだ!」

「最初に出てくる話がそれなのか?」

 

 もっと英雄らしい逸話があると思っていた。

 

「一人は幼馴染で、帝国の貴族。もう一人はゴルゴン王国の女性。そして最後の一人が、当時の火龍の御子だ」

「その御子が、タケルの先祖なのか」

「そういうことだな」

 

 アレスは、異世界でしっかりハーレムまで作っていたらしい。

 

「ほかの一族はジョーンズ家を名乗っているが、俺たちだけはカミヤマを名乗っている」

「どうしてだ?」

「アレス様は旅の途中、別の名で生活していた時期がある。その時に使っていた名前が、シゲノブ・カミヤマだ」

 

 おいおい。

 どこからどう聞いても日本人の名前じゃないか。

 

「英雄シゲノブとアレス様が同一人物だと知らされた時、里の者も驚いたそうだ」

「英雄シゲノブ?」

「その名で旅をしていた頃にも、数多くの国や町を救ったらしい。土地によっては、守護神アレスより英雄シゲノブの名の方が有名だぞ」

 

 シゲノブ・カミヤマ。

 

 なぜか、どこかで聞いたことがあるような気がした。

 この世界ではなく、前世で。

 だが、記憶を探っても答えは出てこない。

 

「早く試練を終えて、火龍様にルークスを会わせたいものだ。きっと君を気に入るぞ!」

「俺も会ってみたいよ」

 

 火龍なら、アレス本人についても知っているかもしれない。

 俺は焚き火の向こうにそびえる山頂を見上げた。

 

 すべては、そこへたどり着いてからだ。

 

     ◇

 

 三日目。

 

 標高が上がるにつれて吹雪は激しくなり、周囲は白一色に染まっていた。

 身体を包む炎のおかげで凍えることはない。足元の雪は熱で溶け、俺たちが歩いた後には、濡れた足跡が続いていた。

 それでも視界はほとんど利かない。

 俺は魔粒子の反応を読むセンスを使い、周囲の地形と魔物の位置を確認しながら進んだ。

 

「タケルなら、この吹雪くらい問題ないだろ?」

「ああ、問題ない。問題はこの先だ」

 

 その言葉と同時に、周囲から魔粒子の感覚が消えた。

 

「なっ……」

 

 センスが何も捉えない。

 正確には、空気中にあるはずの魔粒子を感じられない。

 魔粒子そのものが凍っているのか。

 だとすれば、この場所では魔術も使えないはずだ。

 

 ところが、俺の疑問を嘲笑うように吹雪が止んだ。

 雲が左右へ割れ、その向こうに白く輝く山頂が姿を現す。

 俺たちの前には、山頂まで真っすぐ続く雪道があった。

 

「タケル、道が……」

「これが問題なのだ」

 

 疑いながらも、俺たちは道を進んだ。

 真っすぐ歩いている。山頂も少しずつ近づいている。

 だが、しばらくすると再び吹雪が吹き荒れ、気づけば同じ場所へ戻されていた。

 

「これでは、どうやっても山頂へたどり着けない」

「確かに、センスも使えない。魔術の気配も感じなかった」

 

 魔術ではないのか。

 それとも、この山自体がそういう性質を持っているのか。

 

「これは難関だな」

「そうだろう? ああ、ヒミコがいればな」

「ヒミコさんなら突破できるのか?」

「当然だ。ヒミコは里一番の天才だからな!」

 

 火龍の里には、タケル以上の怪物がまだいるらしい。

 

「もう一度行くぞ、ルークス!」

「また燃やされるのかよ」

 

 俺たちは再び炎を纏い、吹雪の中へ入った。

 やがて魔粒子の感覚が消え、先ほどと同じように雲が割れる。

 白い山頂へ続く一本道が現れた。

 

「ルークス、道が出たぞ!」

「タケル。ここに長く残る火を置けるか?」

「長時間は無理だが、できるぞ」

「十分だ」

 

 タケルが指先を立てる。

 

「第二階位――蛍火(ほたるび)

 

 小さな火が生まれ、提灯のようにその場へ浮かんだ。

 俺たちは蛍火を背に、山頂へ向かって歩き始める。

 しばらく進んだあと、振り返った。蛍火は、すぐ後ろに浮かんでいた。

 

「やはりだ」

「どういうことだ、ルークス。俺たちは確かに歩いていたぞ」

「ああ。足は動かしていた。でも、場所はほとんど変わっていない」

 

 俺は足元を見た。

 山の下では、身体を包む炎によって雪が溶け、俺たちの足跡が残っていた。

 だが、ここには足跡が一つもない。

 試しに足元の雪へ炎を近づける。雪が溶け、その下から黒い岩肌が現れた。

 

 次の瞬間だった。

 周囲の雪が、生き物のように流れ込んだ。

 露出した岩を覆い、何事もなかったように白い道へ戻していく。

 

「雪が動いた……?」

「俺たちは進んでいなかったんじゃない」

 

 俺は山頂へ続く道を睨んだ。

 

「俺たちが一歩進むたび、足元の雪が同じだけ後ろへ流れていたんだ。進んでいるように見えていた景色は、おそらく蜃気楼だ」

「ならば、雪を動かしている魔術があるのか?」

「でも、魔術の気配は――」

 

 言いかけて、俺は地面へ手を触れた。自分の魔想を、雪の下へ流し込む。

 岩盤へ触れた瞬間、あまりにも巨大な魔粒子の流れが押し返してきた。

 

「ぐっ……!」

 

 反射的に手を離す。

 地下にあるのは、川などという規模ではない。

 大地の底を、海のような魔粒子が流れている。

 

「龍脈……」

 

 タケルはそう言葉を漏らした。

 魔術が使われていないのではない。

 あまりにも巨大な魔粒子の流れに紛れているから、レルギオンの魔術だけを見つけられなかったのだ。

 空気中の魔粒子が消えたのも、雪と龍脈をつなぐために地面へ引き込まれていたからだろう。

 

「見えてきたぞ」

 

 蜃気楼で目を欺き、龍脈を利用して雪の道を作り替える。

 タケルが三年間、どれほど歩いても山頂へ届かなかった理由。

 

「俺たちが道に迷っていたんじゃない」

 

 絶えず形を変える白い道へ、俺は指を突きつけた。

 

「道そのものが、俺たちを進ませなかったんだ」

 




ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
タケルの頭脳は戦闘以外はくそ雑魚ナメクジです。
特に印象に残った場面や台詞がありましたら、一言だけでも感想をいただけると、とても励みになります。
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